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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『MIHO GRANDAMA Ⅱ 母なる方へ』
雪展の内覧会があったのが去年3月11日で、その日はMIHO MUSEUMの館内を出る間際に東日本大震災があったことを知った。それから1年、同じ11日ではなく、2日早い9日に、今日取り上げる展覧会の内覧会があった。



●『MIHO GRANDAMA Ⅱ 母なる方へ』_d0053294_1321847.jpgひとりで出かけるつもりが、急に家内が仕事休みとなったので一緒に出かけた。毎回京都駅八条口から4台の直通送迎バスが出るからいようなものの、そうでなければ車を持たない筆者は出かけるつもりにはなれない。毎回この美術館での内覧会の式典には200人ほどの椅子がエントランスの広間に並べられる。小雨の今回も同様にほぼ満席であった。挨拶はこれもいつもと同様、京都新聞社の滋賀局長、それに宗教団体の神慈秀明会2代目会長である小山弘子、そして館長の辻惟雄の3名が行なった。3名の話はだぶりがなく、それなりにみな興味深い。お互いの領域を守っているというか、それぞれ勝手に述べているのがよい。辻館長の話でわかったことだが、去年の蘆雪展は地震の影響で毎日600人前後と低調な動員であった。それが会期後半になって、大阪の落語家桂べかこが担当している関西民放版の日曜美術館的な番組が2回に分けて取り上げた。その後来場者が急増、結局2万人を超えたそうだ。TVで有名人が絶賛すると、いかに多くの人が注目するかがわかる。大阪あたりからこの信楽の山奥の美術館まで行くのは1日仕事だ。それがかえっていいと思う人もいるだろう。わざわざ出かけるだけの価値があるといったようにべかこは紹介したのではないか。また、TVでべかこが担当するそのような番組があることを初めて知ったが、べかこは西天満のギャラリーには頻繁に出没しているようで、美術好きだ。また、そういう人物であるから、そのような教養番組が任されている。さて、蘆雪展から1年目の企画展に何が用意されているか期待したが、開館15周年を記念し、神慈秀明会初代会長の小山美秀子の美術愛好を称える内容で、主に所蔵品が並べられた。つまり常設展と言っていい。だが、切り口を変え、しかもめったに展示しない作品を持ち出し、また見慣れている作品をいつもとは違った場所で他の作品とまとめて展示することで、単なる常設展示ではなく、あくまでも企画展の特徴を出している。若冲の『象鯨屏風』がまた並んだ。これは辻館長によれば、内覧会以降は長崎の博物館で江戸時代に来日した象にまつわる企画展へ貸し出されるとのことであった。その空いた展示場所に何を飾るのか知らないが、図録には展示替えの作品も含めて図版が載っている。
●『MIHO GRANDAMA Ⅱ 母なる方へ』_d0053294_132465.jpg
 図録の表紙は銀色だ。これは2年前に開催された最初の『MIHO GRANDAMA』展の赤っぽい金色との対照を考えてのことだろう。その赤っぽい金色は、銅色とは少し違う。イタリアに発注してようやく完成した無農薬ワインの「MIHO GRANDAMA」と呼ぶワインのラベルの地色として使われ、特別な名前がついていた。そのため、今回の図録がそれと差別を図るために銀色にしたのはわかるが、この銀色が特製の無農薬ワインと関係があるかと言えば、ない。そのため、銀色の選択は安易で、二番煎じの感を免れないない。筆者なら前と同じ赤っぽい金色を使った。最初の展覧会と紛らわしくてもいいではないか。かえって同じ色の表紙にした方が、今後『MIHO GRANDAMA』展をシリーズ化する時に便利だ。毎回違う色の図録表紙にも出来ないだろう。「GRANDAMA」は、GRANDとDAMAの合体で、DAMAはもちろんDAMEでのはずだ。したがって、「GRANDAMA」は「大婦人」といった意味だ。「GRANDMOTHER」を連想してよいが、それより高貴なものを思い浮かべる必要がある。そして、この「大婦人」は当然「小山美秀子」を指し、彼女が考えた美と生活の根本をなす美術の名品をずらり展示し、しかもそれらは人類の母とでも言うべき、「地母神」や女神、あるいはそれを装飾する作品から選りすぐるという考えに立っている。簡単に言えば、古今東西に表現された母なる女性的な造形と「小山美秀子」を結びつけ、そこに神慈秀明会が目指して実践している無農薬、有機肥料による農作物や製品、そのひとつであるワインの「MIHO GRANDAMA」を持ち出して、三位一体を構成している。つまり、この美術館ならではの企画展だ。これを他館に巡回しても意味がないだろう。前にも書いたと思うが、「MIHO GRANDAMA」という赤ワインは写真では何度も紹介されているが、実物を飲んだ人の感想は聞かない。100本程度しか作ることが出来なかったというから、きわめて貴重で、神慈秀明会の会員でも飲める人は限られるだろう。
●『MIHO GRANDAMA Ⅱ 母なる方へ』_d0053294_133477.jpg
 展示は仏像やローマのブロンズ像、そして仏画や神像、茶碗や近世京都の絵画など、ジャンルが多岐にわたっている。そのため、鑑賞者は幅広い知識が求められる。だが、素直に作品に接すればよい。それが何よりも大事だ。作品ごとに照明を変え、作品間の距離はゆとりを持って展示されているので、見慣れた作品でも違うたたずまいが感じられるのはよい。これも大切なことだ。博物館で大量の作品を同じような照明で、しかも狭い場所に詰め込まれた形で見るのと大違いだ。ここは知識を吸収するための博物館ではなく、あくまでも美を感じるための施設だ。その感じることの大切さに最大限留意が払われている。見せ方に特にこだわる姿勢は、美術作品への深い愛着があれば当然で、美術作品は感得されて初めて価値があることを今一度思い出す必要がある。たくさんの美術展を見ても、数年後にはさっぱり記憶にないでは意味がない。何か1点でも長く記憶していることが大切で、でなければ毎日のように美術館に通っても仕方がない。変なたとえだが、千人斬りなどといって女と関係した人数を誇る表現があることに対して、ある人はそんな数を誇っても仕方のないことで、ひとりやふたりであっても、飛びっ切りの女性と深い関係を持つことにこそ価値があると書いていた。美術作品との出会いもある意味ではまさにそうではないか。惚れ込むことが必要で、上っ面をなぞるような体験では意味がない。量より質が大事ということをこの展覧会はよく示している。せっかく遠方に訪れるのであるから、作品が語りかけるものにじっくりと耳を澄ますべきだ。そう言いながらも、筆者のように今までに1000や2000といった単位の数の展覧会を見て来た者は、やはり目が汚れていると言うか、見る前にわかった気になりやすい。それがよくないことはわかっているが、日々の気分の変化があり、せっかくの美術作品に接しても、その波長の共鳴がうまく得られないこともある。一期一会ということの意味を忘れないでいたいものだ。そういう思いになれるには、やはり還暦を越える必要があるのではないか。
●『MIHO GRANDAMA Ⅱ 母なる方へ』_d0053294_1332527.jpg 今回は1点とても気に入った作品があった。ローマ時代の青銅製の「婦人像」で、等身大だ。その母のようなふくよかな肉体の表現に一見して響くものがあった。顔や着衣などきわめて写実的で、ギリシアのクラシック期後期からヘレニスティック期の作風を思わせるが、少し時代が下がって1世紀のものだ。ローマは盛んにギリシア時代の彫刻を模倣したが、それを超えるものを生み出したとは言い難い。そのこともこの「婦人像」には言えるかもしれない。だが、そのどこか人間的なところはやはりローマのもので、ギリシア時代の神がかった輝きとは違う。筆者は文句なしにギリシア時代のものを好むが、この年齢になれば甘いも辛いもよく知っているかのような人間臭いローマの彫刻もいいと思う。特にこのような「婦人像」はモデルを彷彿とさせ、その分官能的で手が届きそうなのに届かないようなもどかしい思いにさせられ、そこがまたいい。あまりに気に入ったので、3つの角度から写真を撮った。今夜はそれを載せておく。2000年も前のものであるから、青銅製であっても腕がもげたりして無残な箇所があるのは仕方がない。そういう欠損部を補ってあまりあるものが、歴史を経て今に伝わるこうした美術品だ。簡単に2000年と言うが、その頃日本がどういう状態であったを思えばよい。ローマ帝国の巨大さにただただ呆れ果てる。またこの美術館は中東やエジプトの古代文明の作品も所蔵しており、それらからも今回選ばれたのは言うまでもない。中国はどうかと言えば、光背の円が大きく彫られた北魏の石仏が展示された。額に一匹の蝉を表現したアルカイック・スマイルの観音像で、今図録を見ると図版がない。これは特別出品で、中国の山東省の美術館から持って来たものだ。辻館長によれば、かつてヨーロッパのオークションでMIHO MUSEUMが購入したが、中国に3,4体しかない珍しいものであることがわかった。中国にあれば国宝だ。発掘された後、何らかの事情で持ち出され、それがオークションに出た。中国は返してほしいとMIHO MUSEUMに伝え、会長はそれを了解した。その代わり、15年に1回程度は貸し出しを許可してほしいという条件を提示、それが認められ、今回持って来られた。いくら国宝級とはいえ、正統な手続きで入手したからには、返却しなくてもよかったと思うが、これはケース・バイ・ケースだろう。ま、図録に載っていない珍品も展示されていることは、内覧会に参加して話を聞かねばわからないことなので、ここに書いておく。会期は長く、途中1か月ほど休みながら、8月の盆過ぎまで開催される。次回は土偶展とのことで、今回の企画展との釣り合いがよい。
●『MIHO GRANDAMA Ⅱ 母なる方へ』_d0053294_19013434.jpg

by uuuzen | 2012-03-16 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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