人気ブログランキング | 話題のタグを見る
👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『あしやウォールペインティング』
画をウォールペインティングと表記するほど時代は横文字が普通になって来ている。だが、「壁画」なら2文字で済む。それを「ウォールペインティング」と言いたいほどに、日本はアジアにありながら中国の感化から脱したいということか。



●『あしやウォールペインティング』_d0053294_1221037.jpg

明治でもそのような考えがあって、日本語を使わずにフランス語を用いればいいという意見が知識人から出た。「ウォールペインティング」の表記には歴史があると言うべきだ。だが、無駄のない表現がいいというのがどこの国、いつの時代でも常識であり、横文字の片仮名表記は今でも賛否がある。筆者は中国好きというのでもないが、なるべく字数が少ないのがいいと思うので、片仮名表記はなるべく使いたくない。やたら横文字を使うのは、かえって田舎者丸出しの感じがする。また、よく言われるように、横文字の得体の知れない職業も好きではない。片仮名を使って高尚ぶるという見え透いた思いが安っぽい。漢字表記が中国に通ずるものと思わなくてもよく、日本はそれなりに独自の漢字による言葉を作って来た。それはさておいて、『あしやウォールペインティング』は短く言えば『芦屋壁画』だ。これでは味気ないし、いったい何のことかと、誰しも思うだろう。『あしやウォールペインティング』と書けば、子どもでも、特別の新しい何かを連想する。いや、子どものことを思って、『芦屋壁画』といった漢字を用いなかったのだろう。というのは、そもそも『あしやウォールペインティング』は子どもが中心になって描いたものだ。子どもが描いたものに芸術性などあまりなく、わざわざ言及するほどでもないという考えもある。筆者もどちらかと言えばそうだ。だが、今夜は家内の姉の通夜から先ほど戻り、たっぷりと飲んで来たせいもあって、展覧会の感想を書く気力がない。そこで、別の話題を考えた。今日掲げる写真は、通夜に行く寸前に1時間ほどかけて加工した。通夜から帰って今夜のブログに使おうと決めたからだ。それに、この芦屋の浜辺に近い場所にある壁画は、それなりに印象深かった。先日の19日の日曜日、ひとりで芦屋に行った。芦屋には昔家内の友人がいたし、もっと昔では筆者の上司が住んでいた。それに去年はJR芦屋の駅前のギャラリーで知り合いの染色2人展があって訪れた。その時は、たまたま来ていた年配の女性を紹介され、彼女は筆者にぜひ会わせたい人物があると言って、ケータイでその人を呼び寄せてくれた。その男性は70代半ばか、最後の芦屋のダンディな遊び人と言われていて、さすがの風格があった。コーヒーを飲みながら、30分ほど芸術談義をしたが、筆者は芸術の話ならば、どんな人とでも何時間でも話すことが出来る。それはどうでもいいが、19日に芦屋に行ったのはもちろん展覧会を見るのが目的だ。行くのを迷いながら、結局行った。そして、いつもそういう場合は行ってよかったと思う。その芦屋行きで得たネタをこのブログでは3回ほど書く予定でいる。今日はその1回目だ。
●『あしやウォールペインティング』_d0053294_1223173.jpg

 今夜はかなり酒を飲んだので、半分以上酔っ払いながらこれを書いている。話の筋が通らないところがいつもに増してあると思うが、即興で思いつくまま書く。家内の姉は、典型的な姉御肌で、家内とはまるで性質が違う。酒もタバコも大好きで、派手なお祭り好きな性格であった。またかなり裕福であったので、筆者は昔からよくあちこち食べに連れて行ってもらった。義姉の70年の人生の前半分については筆者は詳しくない。そこには筆者にはうかがい知れないほどの小説的な出来事があったようだ。同じ人生を歩むとして、変化が激しい方がいいではないか。義姉が亡くなったのは20日の昼過ぎであった。亡くなってすぐに家内の妹から電話があった。その時筆者はそばにいたが、その前日の同じ時間帯に芦屋の壁画を見ていた。今日はそんなことで、先ほどの義姉の通夜に、この壁画を絡ませてあれこれと追想してしまう。芦屋に行ったのは珍しくも筆者ひとりであった。家内は春休みで、一緒に出かけることも出来たが、誘わなかった。芦屋のその美術館には、去年か2年前かに家内と行ったことがある。もっと昔は幼い息子とも行った。その時は阪急の芦屋駅からバスに乗った。三度目の今回はひとりで行くのがいいと思った。人生は変化があるのがよい。そして、以前の2回とは違う道を行った。そのために今日取り上げる壁画に遭遇した。壁画は湾岸の家並みを東西に横切る車道沿いの歩道際にあって、長さは600メートルだが、1キロに感じた。起点から終点まで歩いたが、終点のすぐ近くに目指す美術館があった。家内と訪れた時は、阪神の芦屋駅から住宅地をジグザグに歩いたが、今回は芦屋川沿いの松林の中を歩き、その南端の、つまり海に近い果てまで行き、堤防の階段を上って壁画の歩道の起点に立った。壁画道路がどこまで続くかわからずに不安になって、途中で住宅地に下りた。すぐに犬を連れていた高齢の婦人が前からやって来たので、美術館の場所を訊ねた。すると、壁画歩道をまだ東へ行けと言う。来た道を戻ってまた壁画を見ながら歩くと、やがて美術館が見えた。前回に住宅地を歩いた時より、かなり東のような気がした。ともかく、美術館が左手下に見えた時、そのすぐ先が壁画の終点であった。壁画の数は全部で150ほどだろうか。ボーイ・スカウトやカブ・スカウトという書き込みがあったので、しかるべきいくつかの団体に依頼したのだろう。起点の説明で、関西ペイントという会社が材料を提供したことがわかった。また、芦屋市政50周年の平成2年5月に描かれたので、もう22年前の制作だ。その割りにはペンキの剥落は少ないが、これは見る人によって思いが違う。この壁画歩道に面して美術館と、それに隣接する谷崎潤一郎記館がある。芦屋市民にすれば、最も文化的に誇る地帯だ。この美術館と博物館を兼ねた建物は、経営が難しくなって、7,8年前だろうか、廃館が云々された。だが、地元住民のボランティアが運営の手助けをすることになって存続が決まった。それだけ文化に理解のある人々が芦屋には多いということだ。これは芦屋の有名度からしてあたりまえだろう。だが、筆者は住みたいとは思わない。
●『あしやウォールペインティング』_d0053294_1225073.jpg

 家内の姉は芸術にはさっぱり関心がなかったので、そういう話をしたことがない。幸い筆者は飲める口なので、その点で馬が合った。いつもご馳走になってばかりであったので、一度高野山の日帰り旅行に誘ったことがある。義姉にとっては初めて訪れる場所で、えらく喜んでもらった。その勢いで、韓国旅行も企画しながら、それには参加してもらえなかった。義姉の人生の後半分を取り上げても、それはさまざまな色合いに彩られた壁画と呼ぶにふさわしい。これは誰でもそうだ。平凡なサラリーマンでも、その平凡さの中に微妙な変化がある。誰しも人生という道を、壁画を描きながら通り過ぎて行く。その果てに墓があるといった無粋なことは言わない方がよい。墓のことなど、誰もわからない。それは意識がなくなった後のことで、どうでもいいではないか。せいぜい生きている間に自動的に描き続けられる人生絵巻、すなわち壁画のことを思えばいい。その壁画は親しい人にのみ時に鑑賞されるものに過ぎないが、お互いの壁画を見比べながら、『ああ楽しかったね』と言い合うことが、人生の意味だろう。芦屋壁画の存在は19日に初めて知った。天気のよい昼で、あまり人も歩いておらず、まっすぐなその壁画ロードを筆者はいつもよりかなりゆったりと歩いた。そのこと自体もまた人生の壁画の一画面だ。こうして書きながら、その15分ほどの散歩がとても懐かしく、また気持ちのよいものとして想起される。歩き始めた時、壁画の終点はわからなかった。主に子どもが描いた壁画であるから、美術館で鑑賞する絵画とはいささか異なる気分で接したが、その気軽さがかえって日溜りの多少の暖かさには似合っていた。そんなのんびりとした気分で1点ずつ見ながら、途中で感じたことは、いつになれば終点があるのかという一緒の退屈感であった。ところが、目指す美術館が見え、そして明らかにそのすぐ先が壁画の終点とわかった時、『もう終わりか』というあっけなさを思った。これこそが人生だろう。いつまで続くのかと思うほど長い年月があると思っていると、予想外に終点が間近に迫っている。そして、その終点の壁画が、それまでにない神々しさと美しさであるかと言えば、そんなことは全くない。それまでの平均的平凡さと何ら変わらない。本当に素晴らしいと感じた瞬間は、案外初期にあったりする。
●『あしやウォールペインティング』_d0053294_12384.jpg

 さて、芦屋のこの壁画についての記憶を、今日の義姉の通夜にかこつけて反芻している。壁画を見ながら歩いていた時、義姉はまだこの世にいた。聞くところによると、意識もしっかりしていた。そう思えば、19日は家内と待ち合せをして、筆者は芦屋の帰りに高槻で途中下車して家内と一緒に見舞いに行き、壁画の感想を話してもよかった。だが、義姉は人生絵巻を回顧して懐かしむ気力の余裕があったろうか。それがあったとして、義姉の人生壁画の最後に筆者の話が描かれることになって、そのことが義姉にとってどれほどの価値があったろう。義姉の人生最高の瞬間はとっくの昔に過ぎていたはずで、もはやそれと同じように心を高揚させることはなかったであろう。そう想像すると、筆者は自分の人生壁画について思う。その中に芦屋の壁画を天気のよい冬の昼に見たことは、何とも幸運であった。芸術的な価値は関係ない。初めて歩く道に数多くの壁画があって、それを楽しんだことが重要なのだ。そして、壁画がなければその道のりはさっぱり面白くなかった。このことは、人生には彩りが欠かせないことを意味している。芸術の意味や目的はそこにある。筆者は人生の道のりに、常にそういった心惹かれる、彩り鮮やかな何かを求める。そのことは義姉も同じであったはずだ。ただし、その対象は人さまざまだ。通夜の読経の後、棺の窓から義姉の顔を見た。急に涙が溢れた。どんな人生絵巻にも、いくつもの死や誕生が描き込まれる。死に頻繁に接する年齢になれば、必ず生にもしばしば出会う。死は生とペアで、それは自然なことだ。それはよくわかっているつもりだが、長年知っていた人の死に出会うと、人生壁画の終点が間近である気にさせられる。そのあっけなさは、目前で待っているかもしれない。どうあがこうが、人生壁画における最良の名画は自ずと定まって行き、無理に作り出すことは出来ない。そして、その人生最良の壁画とは、どんな絵柄であるか。功なり名を遂げた時こそそうだと思う人もあろうが、本当はそうではないのではないか。もっとささやかで、もっと目立たない場面に輝かしい場面が刻印されているように思う。それは、本当に愛する対象に出会った時だろう。それ以外に人生の目的はない。モー姉さん、もうしばらくはぼくも人生の壁画を描いて行きます。
●『あしやウォールペインティング』_d0053294_1232615.jpg

by uuuzen | 2012-02-22 23:59 | ●新・嵐山だより
●『生誕100年 伊藤清永展』 >> << ●芦屋公園の松林

 最 新 の 投 稿
 本ブログを検索する
 旧きについ言ったー
 時々ドキドキよき予告

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
言ったでしょう?母親の面..
by インカの道 at 16:43
最新のトラックバック
ファン
ブログトップ
 
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  ? Copyright 2024 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.
  👽💬💌?🏼🌞💞🌜ーーーーー💩😍😡🤣🤪😱🤮 💔??🌋🏳🆘😈 👻🕷👴?💉🛌💐 🕵🔪🔫🔥📿🙏?