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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●刹那と永遠
那主義はあまりいい意味では使われない言葉だが、今この瞬間がよければいいと思うのは、動物的本能としてはごく正しいのではないか。



●刹那と永遠_d0053294_22521967.jpgだが、冬場の餌不足を思って、鳥が木の実を地面に埋めることは、野生動物でも先のことを心配していると考えてよく、人間が刹那的に生きるのでは野生動物以下ということになりかねない。この刹那主義はイソップの童話における蟻とキリギリス(本当はキリギリスではないらしい)の話を思い出させる。蟻は脇目も振らずに懸命に働いて蓄える。一方、キリギリスはいい気分で季節のいい時に歌い続け、冬の到来に痩せ細って死んでしまう。この話を、人間が蟻のように慎ましく働くべしという観念のもと、児童に植えつけたのが、昭和30年代であった。今はこの教訓話を学校で教えないのではないか。日本は世界に冠たる豊かな国になり、キリギリスの現在を謳歌する生き方もいいではないかと、見方も変わって来たように思える。国力が増すと、食べるものに贅沢になり、娯楽が盛んになる。オペラとグルメが流行するのは、頂点に達した国力が低下に向かう時という見方がある。今の日本はちょうどそんな時期ではないか。世界中の食材や酒が集められて消費されているのは、TVの食べ物番組の多さを見てもわかる。また、娯楽も同様と言ってよいが、オペラが欧米並みに人気があることは聞かない。それに、一昨日も書いたように、絵画を庶民が気軽に買って部屋に飾る習慣もない。床の間があった時代の方がまだ絵が購入されたであろう。描かれた中身が動かない絵画よりも、毎月違った写真を見せてくれるカレンダーで充分であり、あるいは高画質の大型TVが、絵画以上に豊かなあらゆる画像を瞬時瞬時に見せてくれる。つまり、見るものがあまりに多くなって、絵画鑑賞をじっくりするという優雅な気分はかえって古臭いものになっている。音楽も同じだ。先日自治会の配りものをしていると、見知らぬ男性から声をかけられた。あるマンションに30年ほど前から住んでいる70代半ばの人で、昔はレコード会社に勤務していたそうだ。筆者に質問して来たのは、近くにカラオケ同好会がないかというものであった。そして、音楽好きかと訊ねられたが、カラオケには関心がないと返答した。少し残念そうな顔をしながら、いつでも遊びに来てほしいと言われた。カラオケは、散歩と同じようなものだ。声を張り上げて歌うことは健康によい。散歩はたいていひとりでするもので、人に見せるものではない。カラオケも同じだ。ひとりで歌って、他人に聞かせないに限る。それはさておき、音楽と言えばカラオケを連想する人が多く、ステレオでじっくり聴くという趣味の人はあまり見かけない。絵画好きと同じほど少ないのではないか。働き盛りでは時間の余裕を持つことは難しい。そのため、サラリーマンが音楽鑑賞の趣味に没頭することはなかなか無理がある。働きに働いて今の経済大国を作ったのであるから、絵画や音楽の鑑賞にうつつを抜かすことは出来ず、日本は国民レベルで、かつての「オペラ好き」と同じような娯楽三昧にはなれなかった。それが実現するとすれば今後だ。半世紀後には日本の人口はほとんど半減する予想だが、ふたりにひとりが老人という世の中になれば、カラオケ好きだけではなく、オペラも含めた音楽好きが今より増えるだろう。そうなれば、やはり国家の没落の直前にはグルメと娯楽が盛んになることを実証する。
●刹那と永遠_d0053294_22523557.jpg
 刹那主義は、現在に価値を置き、最大限に楽しもうとする。それには思いを燃焼させるエネルギーがいるから、今を精いっぱい生きるという意味がこもっている。真に毎日を享楽的に生きて空しさを覚えないことは、どこか修行に通じたところがあって、その意味で刹那主義は安易ではない。つまり、キリギリス的生き方も腹をくくる必要があり、死ぬまで歌うのであれば、誰よりもうまく美しくということで、刹那主義にも美学や掟がある。それはいいとして、この刹那が積み重なって永遠になるのかどうか。ひとまずそうとしか言いようがないが、刹那に感じたことばかりが隙間なく連続することで永遠が形成されているのではない。刹那と永遠が等しいのであって、刹那にビリビリと感じたことが永遠だ。時間が長大な意味での永遠の中には、必ず気分の浮沈がある。沈んでいる時期のことはいわばマイナスであって、誰しもそれを思い出したくない。それは忘れ去られるべきものだ。人生を長く生きて来て頻繁に思い出すことは、あるいは思い出したいことは、ビリビリと心がときめいた瞬間だ。それは1秒か、あるいはもっと少ないか、それともせいぜい数秒といった刹那である場合が多い。その刹那における閃きが、生涯の気分を左右し、また生涯を形づくる。人間は数十年生きるが、本当に意味のある時間は案外そういう刹那であり、それらを集積しても1時間にはとうてい満たないのではないか。ならば数十年生きる意味がないことになりそうだが、それは間違いだ。数十年生きるからこそ、ごくごくわずかな啓示のような刹那に遭遇する。そのほんのわずかな、ささやかな一瞬について、作品を通じて人に伝達出来る存在が芸術家だ。もちろん、芸術に全く無縁の生涯を送る人も、心がビリビリと震える対象に出会う。そのため、芸術はむしろどうでもいいものだ。ただ、自分が刹那に感じたその心の稀な揺らぎを、何らかの形にしたいと思う衝動を人間は持つ。それを、人に知ってほしい、あるいは感動させたいという不純な気持ちは、最初はない。作品づくりの契機は、時間で言えば0.00001秒ほどの直感で、それをしっかりと把握しながら、その後驚くべき根気と時間を費やして、他人が接することの可能な形に作り上げて行く。だが、大事なことは、その最初の刹那における閃きだ。それがなくては真の芸術は生まれない。だが、先に書いたように、そういう神の啓示のような時間は、人生においてそう何度もない。そのため、たいていの芸術家は小粒で終わる。それに、閃きを意識で何度も反芻し直して、つまりもはや啓示とは言えなくなった何かにしがみつきながら、時間の浪費のような作品をたくさん作り続ける。本物の芸術家であれば、それが間違いであることをよく知っているが、手を休めると、啓示がもはや訪れないことを心配しており、ともかく駄作であっても作り続ける道を選ぶ。その苦悶に耐えられずに破滅する場合は多いが、いくらかの刹那に獲得した個性の全面的開放の経験によって、永遠の歴史に記憶されるだろう。
●刹那と永遠_d0053294_16550365.jpg
 昨夜書いたように、草間彌生展でたくさんの写真を撮って来たので、それを1回の投稿で全部載せることは出来ない。そのため、今夜も別のカテゴリーにそれらの写真をこうして載せるが、文章の内容はもちろん草間展を意識している。「○と○」の題名で書き続けて今夜で7日目でちょうど切りがよい。毎晩明日何を書くかわからない状態でともかく書く。今日書くことは今朝の刹那に閃いた。一歩ずつ手探りで進んでいると、一歩前が見える。もちろんそこそこ先の投稿内容も心づもりしているが、それは実際に書き終わってから考えると、当初の予想とは違った内容になっている。自分で言うのも何だが、即興で次に書くべきことを考えながらキーを叩き続けると、思いも寄らなかった経過を辿って結末に至り、またそれがそれなりの手応えがあって当初の心づもり以上の出来と思える。そのため、刹那の閃きはあまり信ずるに足りないなと思うことも多いが、それは錯覚で、やはり大事なのは最初の閃きだ。ブログで言えば、それさえ充分に書きとめることが出来ればいいのだが、たいていは多過ぎる文字の羅列に終わってしまい、隅々までは記憶に残らない。記憶に残ることこそが、刹那のビリビリの閃きだ。それを読者に伝達せねばならないはずなのに、ビリビリの閃きは文字として脳裏に見えるのではないから、文字化することでそれが変質せざるを得ない。そして、結局のところ、文字の羅列が面白いと思わせるには、それなりの熟練した癖のようなものが欠かせない。芸術は、そういう困難な道を常に歩む。刹那の閃きをどう見える形に変えて永遠化させるか。ビリビリの閃きを言い変えれば、当人が思う真実、すなわち永遠性だ。人間は長い年月を生きる動物だが、その間にはごくわずかな飛びっきりの瞬間があるだけで、ほかは平凡な日々だ。そのため、なおさら刹那や永遠といったことを考えがちだ。他の動物や植物がどう思っているかは残念ながら意識も言葉も通じないのでわからないが、おそらく人間と同じで、もっと単純明快であろう。一方、人間はそのビリビリの閃きを感じるのに年齢が関係あるだろうか。たいていの人は老化にしたがって鈍化するが、そうでない人も稀にあるだろう。格好いい大人とは、そういう人のことを言う。明日はいつもより早く起きなければならないため、今夜は早い目に投稿しよう。
●刹那と永遠_d0053294_22552425.jpg

by uuuzen | 2012-02-15 22:56 | ●新・嵐山だより
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