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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●フランク菜ッパ
っ葉だけではなく、野菜全般その他、有機栽培されたものと、それを使って作ったものを売る店が京都市左京区にある。今日はそこへ行って来た。どこから話をしようか。



ま、3日前の話から始めよう。市内に出た帰りに今日も立ち寄ったが、よく行くスーパーのムーギョに3日前に行った時、レジの横で女性に声をかけられた。ムーギョの近くで写真屋を経営する人で、昔筆者が梅津に住んでいた頃、よくその写真屋を利用した。話を交わすのは10年ぶりだろうか。その人が言うには、去年の秋、関西では有名な朝のTV番組『よーいドン』が松尾駅周辺を取材する際、TV局はその写真屋に誰か地元で有名な人を紹介してくれないかとやって来たらしい。町を歩く円広志にいきなり現地に行かせても、地元の様子がよくわからず、面白い人に出会えないので、予め番組に出しても面白い人を物色するためだ。どういう経緯か訊くのを忘れたが、ともかくムーギョのすぐ近くのその写真屋にTV局がやって来たらしい。その時、その写真屋夫妻は筆者が適役と思い、推薦したと言う。レジの横で話しかけて来たのはそのことを伝えるためであった。写真屋夫妻は早速筆者のことをネットで調べたらしい。ところが、ホームページやブログはすぐにわかっても、そのどこにも住所や電話番号は記されていない。それでTV局は筆者のところに来るのを断念したという。その松尾駅周辺を取材した当日の番組は、家内や妹は見た。だが、本当に松尾大社周辺のみで、嵐山駅前までは来なかった。嵐山駅前はホテルが目立つだけで民家は少ない。そのため、取材しても面白い番組は出来ないだろう。筆者は写真屋の夫人に嵐山に住んでいることを言ったが、もしTV局が筆者の住所がわかったとして、わざわざやって来ただろうか。その可能性は低いように思う。また、あまりに雑然としたわが家に、円広志やTV局の数人を入れることは出来ない。それで、夫人の話を聞きながら内心ほっとした。筆者はTVに出る柄ではない。また、朝のTV番組に取材されて見せるものがない。見せてもほとんど誰も理解出来ないだろう。
 それはさておき、その写真屋の主から昔、河原町三条と四条の間、東側を入ったところにZAPPAという店があることを教えられた。20年ほど前と思う。そのことをずっと覚えていながら、長らく足を運ばなかった。家内には酒を出す店は縁遠い。友人と行くことも出来たが、いつも大阪で飲んでいたし、京都で飲む際は友人の奢りで、その友人の好きな店に行った。ZAPPAに最初に行ったのは、筆者の『大ザッパ論』が出版された直後か、その少し前だったか、もう記憶がうすらいでいる。家族で経営する店であった。店主は小柄な女性で、60歳くらいであったろうか。バリ島に1年の半分は住んでいて、雑誌などにもそのことが紹介されていた。バリを訪れた日本人をあちこち案内していたと思う。バリに来ればぜひ家に立ち寄ってほしいと言われた。奥さんはまた、現地の香辛料を日本に送って、ZAPPAで使っていた。実際の店の切り盛りは、奥さんの美人の娘さんがやっていた。また息子さんも手伝っていたが、自動車事故で怪我をした後、経営から手を引き、小浜で家族と暮らしていると聞いた。その後2,3度ZAPPAに行ったが、息子さんに会ったことはない。エスニック・レストランのZAPPAは、その名前から、外国人がよくやって来た。日本の有名人としては、今NHKの大河ドラマ『平清盛』に出演している中村梅雀が贔屓にしていて、京都を訪れると必ず行くとTVで語っていた。梅雀はベース・ギターの名手でもあって、『平清盛』の撮影の間も弾いていると、正月の特集番組で語っていた。そのZAPPAがなくなって2年経つが、バーのMOTHERSもなくなったので、京都にはザッパに関係する名所のような店がなくなった形になる。さて、筆者が左京区のある場所で7回目の個展を開いた際、ZAPPAの娘さんと、小浜に住む兄がやって来てくれた。室井という姓であることがわかった。1999年であるから、もう13年前だ。その後毎年年賀状を交わすようになった。ZAPPAが閉店したことは書かれなかったが、その代わりに一昨年には、京大の近くに有機野菜の店を始めたとあった。京大の近くといっても広いので、気になりながらもそのままにしていた。それが今年の賀状には、店の屋号が書かれていた。「フランク菜ッパ」とある。早速ネット検索した。場所はザッパが1976年2月に演奏した京大の西部講堂の裏であることがわかった。毎年節分の頃になると、このザッパの京都公演を思い出す。今日も西部講堂の前を通って、その裏手、つまり西側の地域を歩いて店を探した。ネットによると、西部講堂の裏手には民家が立ち並ぶが、「フランク菜ッパ」にやって来る70歳くらいの婦人が、店の屋号はフランク・ザッパから取ったのかと訊くという。その婦人は35年前の演奏が家にいながら聞こえて来たらしく、今でもその音が耳奥に鳴るという。今日はそのことを室井さんからも聞いた。話が先走りした。
●フランク菜ッパ_d0053294_022659.jpg
 今日は市内に出る用事があった。それを済ました後、京大総合博物館に行き、そのついでに「フランク菜ッパ」を探すことにした。残念なことに、博物館は月火が休みであった。それで早速東大路通りを西にわたって、「菜ッパ」を探し回った。ネット情報でおおよその場所はわかっていたが、狭い路地をあちこち巡りながら、それらしき店がない。出会うのはインド人の留学生ばかりで、店のことを知っていそうな人はいない。休みかもしれないと思いながら、諦めて東大路通りを1本西に入った自動車が通れる道に出た。すると目の前にあった。幸いにも開いていて、経営者である兄、すなわち室井さんがいて、先客の男性2名と応対していた。そこに筆者は割って入った形だが、すぐに室井さんは筆者のことをわかってくれて握手、そして先客ふたりに紹介してくれた。ひとりはレゲエ・ミュージシャンのような風采、日本人のようには見えなかった。留学生か。もうひとりは少し若いIさんだ。レゲエさんはすぐに自転車で北に去ったが、Iさんは残った。室井さんとは年賀状を出し合っていたとはいえ、13年ぶり、しかも会うのは二度目だが、すぐに打ち解けた。妹さんはドイツ人と結婚して近くでレストランを経営しているとのことであった。きっと評判だろう。室井さんは小浜にずっといるものとばかり思っていたが、「フランク菜ッパ」の経営を火水木、そして金曜日は時々開くという。すっかり有機野菜作りと販売に腰を入れている様子だ。また、たまに小浜から魚を積んだ業者が店の前にやって来るらしい。しめ鯖がおいしいとIさんは言ったが、それはそうだろう。小浜は本場だ。店といっても、扉もないような倉庫を改装したそうだ。商品の量も多くない。野菜だけではなく、なたね油や、クッキー、カレーのスパイスなど、有機的な食べ物は何でも置きたいということなのだろう。「フランク菜ッパ」の看板は、キモノの反物のあまりのような生地に派手な虹色でローケツ染めしたもので、それが店の奥中央にかかっている。半分色が褪せていて、Iさんは顔料で染めた方がいいかと話した。ひょっとするとIさんが作ったものか。室井さんはコーヒーをいれてくれた。それを飲みながら、話は有機野菜の店を始めた経緯、ザッパのこと、そしてIさんとも話をした。
●フランク菜ッパ_d0053294_0225139.jpg
 お互い染色に携わっていることがわかって一気に盛り上がった。しかもIさんが交友している先輩格の染色作家はみな筆者もよく知る。室井さんは、筆者とIさんを見ながら、意外な出会いですねと言う。まさに京都は狭い。Iさんは40歳くらいだろうか。奈良の芸大に教えに行っているとのことであった。「フランク菜ッパ」にはよく来ているようであったが、Iさんの住まいは店からは150メートルほどのところにある。室井さんからIさんを紹介された時、筆者はてっきりIさんはザッパ・ファンかと思ったが、ジェリー・ガルシアとデッドのファンとのことだ。しかもここ数年に好きになったと言う。室井さんはデッドも好きで、話はすぐにアメリカの西海岸の都市のことになる。またあちこちの都市の風に当たりたいと語っていた。「フランク菜ッパ」の斜め向かいには、精華大学の学生の溜まり場になっている居酒屋がある。京大のすぐ近くなので、若者が集まりやすい。そういうこともあって室井さんはそこに店を出したのだが、TINSEL通りと名づけようかと語っていた。だが、夜は知らないが、昼間はそんなにキンキラしたイメージのある道ではない。南一方通行の、地元では有名な通りだが、レトロの雰囲気に満ち、学生は住みやすいだろう。またそこからは自転車ですぐに河原町に出られる。便利なところだ。室井さんはまた、キャプテン・ビーフハートが亡くなった話もしたが、「キャプテン・ビーフコロッケ」という名前の店を出そうかと語っている知り合いがいることを話してくれた。そういうギャグが今の若者にどこまで通用するのだろう。むしろ70歳の老人が笑ったりして。室井さんは50少しの年齢だが、13年ぶりに会った筆者は、その年月のあまりに早いことを思う。もう13年経てば筆者は73だ。まだ元気でいて、ザッパの話題に花を咲かせているだろうか。それはともかく、レストランのZAPPAをやめた後、今度は有機野菜の店を西部講堂の真裏に開き、しかも「フランク菜ッパ」であるから、京都にまたザッパに因む店が出来た。ザッパを知る人は一度は西部講堂を拝み、そしてその裏手の「フランク菜ッパ」に行ってみるのがよい。そうそう。筆者はかぼちゃが売られていればそれを買うつもりであったが、季節柄なかった。それで芋を1000円分買った。ウコンなどおまけをいくつかしてもらった。そうそう、TV番組『よーいドン』に「フランク菜ッパ」が出ると面白い。だが、円広志はザッパの音楽を知らないだろうな。
●フランク菜ッパ_d0053294_16531658.jpg

by uuuzen | 2012-01-17 23:28 | ●新・嵐山だより
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