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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『夢二とともに 川西英コレクション収蔵記念』
久夢二の展覧会はいつも日本のどこかで開催されているのではないだろうか。不動の人気を誇り、今後もそれは変わらないのではないか。



>●『夢二とともに 川西英コレクション収蔵記念』_d0053294_0412441.jpg京都の有名な古美術商が発行している販売図録の、今から11年前の号に、夢二の短冊画が2点出ている。幅9センチ、高さ36センチであるから、はがき2枚分程度の大きさだ。これが250万円する。今ならもっと高いだろう。筆者はさほど夢二が好きでもないので、この展覧会には関心がなかったが、鳥博士さんから招待券を送ってもらい、最終日の12月25日に出かけた。大変な人出であった。比較的小さな作品が多いので、じっくり鑑賞することは無理であった。だが、夢二の作品は今までに何度も見ている。チラシによると、代表作600点の展示とある。これは川西コレクションの夢二だけで、そのほかに夢二作品を所蔵する美術館からも代表作が借りて来られ、さらには川西と同時代の版画家の作品も会場の後半部に展示された。ざっと流し見するだけでも大変な数であった。今さら夢二について書くこともないように思うが、川西英が夢二の大ファンで、夢二と手紙のやり取りもし、また特別に絵を描いてもらい、今回それが表具され、初公開されたので、夢二の熱心なファンでも知らないものがぽつぽつ並び、意義のある展覧会であった。川西英は3年前に神戸市立博物館で兵庫の百景を描いた版画集の展覧会が開かれた。その感想を『神戸と兵庫のモダニズム~初公開~川西英えがく「兵庫百景」を中心に』に書いた。川西の画風と夢二とはほとんど結びつかない。それがいい。川西は夢二より10歳若いが、少年時代に夢二の絵に憧れ、それが載る雑誌などをほしいと思った。だが、それを公言することは、男らしくないと思われたため、ほかの人に頼んだそうだ。それはわかる。今でも、なよっとした女性がかなり色っぽい夢二の絵は、少年が愛好すれば、かなりませたことに思える。だが、夢二の絵が描かれたものを徹底して収集した川西が、夢二風の女性を描かず、もうひとつ趣味であったサーカスをテーマにし、また夢二がほとんど踏み込まなかった風景画をもっぱら手がけたのは、作家の個性を自覚した見上げた態度だ。そのためにも創作版画家として大成した。また、色彩的にも夢二のような、いかにも女性が好みような華やかなものではなく、三原色を中心にメリハリをはっきりとさせた色使いで、川西の作から夢二を想像することは出来ない。
 川西は夢二が手がけた印刷物をきれいに紙に貼りつけて整理した。それは色彩効果を考えた配置で、入手した順や、発売された順ではない。そうした手作りの夢二のイラスト集と言ってより資料集を見ることは、夢二の才能のほかに、川西の夢二に対する思い入れと、造形感覚をも示している。何より、その整理具合からは、いかに夢二を敬愛していたかがわかる。川西のアトリエはこうした資料のほかに自作のデッサンなどもあったから、きれいにしっかりと整理しておかねば収拾がつかなくなったのだろう。版画家は版木もたくさんあるから、アトリエは物に溢れていたはずだ。川西の息子で同じく木版画家の祐三郎も今は80代のはずで、父の集めた夢二関係、そして同時代の版画家の作品の行く末を今のうちに考えておこうとしたのだろう。では、川西父子が住む兵庫県がその収蔵先になってよかったはずであるのに、それが京都になったのは、先に書いたように、夢二の作品の価格がとんでもない高値で、県が買い取るには高額過ぎて、国でなければ無理であったからではないか。こうしたことを詮索するのは下司の勘ぐりだが、チラシのどこにも「寄贈」とは書かれておらず、「収蔵された」とあるので、これは「購入」だろう。その価格は公表されたか、されるはずで、それが妥当かどうかは先の夢二の一般価格と照らせばいい。だが、川西が集めた資料には肉筆は6点と少ない。また、今は国立近代美術館の年間の作品購入価格の限度額は、さほで高額ではないはずで、市場価格よりはるかに低いだろう。祐三郎としては、父のもうひとつの側面を顕彰しておくためにも、収集を散逸させることは何としても避けたかったに違いない。また、夢二ファンは世に多く、川西ほど、あるいはそれ以上集めた人もいるだろうが、夢二と交友のあった版画家が集めたという点が貴重だ。これはお金に余裕があって、無名の美術ファンが買い集めたものとは違って、付加価値が大きい。そのためにも今回の展覧会が企画された。
 夢二は生前から人気があったが、現在ほどの人気者になることを少年時代の川西が思ったであろうか。同時代的に夢二を追い続け、丹念に作品を集め、それを整理したことは、夢二にとっても、また現在の夢二ファンにとっても喜ばしく、価値のあることであった。だが、夢二ファンでしかも川西の版画を同じほどに好む人はどれほどいるだろう。川西の40歳頃の写真が1枚展示されていた。痩せ型で精悍な印象があった。40にしては老け過ぎているが、昔はそうであったのだろう。ロシアのプーチン大統領は筆者と同じ60歳というが、ロシアではようやく男性の平均寿命が60になったという。夢二は51歳で戦前に死んでいる。川西は71歳だ。つまり、夢二が死んだ時、川西は41歳で、その後30年は夢二からは吹っ切れた仕事がなお出来たのではないだろうか。作家が他の作家の作品を手元に置くことは多いが、川西のように徹底したものは珍しいだろう。そういう作家が所蔵する作家の作品という切り口でも面白い研究が出来るはずで、夢二の与えた影響が意外な形で別の作家の画風を決定したと見ることにより、夢二の独創性がさらに鮮明に浮かび上がる。また、夢二から何を学び、何を注意深く避けたかを考えることで、川西の個性を再確認することにもなるだろう。前述のように、川西はサーカス好きで、それがやって来ると必ず見、その資料もていねいに集めたが、その趣味と夢二ファンであったことがどう折り合いがつくのだろうか。サーカスを版画のモチーフにしたのは、それがまだあまり誰もやったことがなかっただけではなく、見世物という、お祭りの感覚を好んだからであろう。そのお祭り好きは、華やかでポジティヴなものを好むことにつながっているが、川西の版画は絵はがきのように単純明快で、陰気なところがない。最初期の作は赤の色合いが一種独特の暗さを帯びるが、それは時代の空気を反映もしている。また、夢二のように、女性が好むロマンティシズムもないが、これは夢二のように女性を描かなかったからだ。本当は描きたかったのかもしれないが、かなわないと思ったのだろう。また、夢二と川西の共通点は、夢二が外国に旅行し、西洋風の画題も得意とし、そのハイカラな感覚が神戸という街では味わえ、それを川西が生涯かけて表現し続けたことだ。夢二は浮世絵に描かれるような江戸時代の美人画と、西洋の美人画の双方にまたがって、自在に独自の女性美を表現したが、それは大正という時代であったからで、戦後からこっちはもう前者はほとんど不可能になった。夢二の人気は、日本的でありながら、欧化も破綻なく取りこんでいることで、これは川西の版画にもある程度は言える。
 今回は4つの章に分けられた。1「知られざる川西英、そして竹久夢二との出会い」、2「新しき「竹久夢二像」」、3「川西英、竹久夢二と「前衛」美術家たちとの交流」、4「<川西英コレクション>のすべて」で、先に書いたように、会場の後半は川西が手元に置いた他の版画家などの作品が並んだ。それらは、購入したと言うより、作品の物物交換によって手元に自然と溜まったものとされる。同じ創作版画を歩む者同士、交友はそれなりにあったはずだ。山本鼎や恩地考四郎、それに藤森静雄は1,2点あったが、そのほか川上澄生、前田藤四郎、長谷川潔、また村上知義といった有名どころの有名な版画が並んだ。チラシの表側には、夢二も川西も美術学校で学んだ経験がないと書かれている。それは事実としても、夢二も川西も美術史のどこに置くかとなると、収まりの悪さがある。夢二の仕事は今で言うグラフィック・デザイナーの側面が大で、印刷を前提にした仕事が大半を占めた。また、その印刷物によって名が広まった。それは、夢二の時代にはちょうどカラフルな印刷が可能となったからでもある。そのカラフルさは、現在のような精巧な写真製版ではなく、まだ手作り感覚が大きく、またインクの色にも一種独特の伝統的な日本の色合いというものが残っていて、現在から見ると、同じ印刷の方法とインクに頼らなければ再現は不可能になっている。それは当時の創作版画の作家の作品にも言えることで、版画は複数生産ではあるが、木版画は特にどれもほんの少しずつ仕上がりが違うもので、一点ものの感覚がわずかながら残っている。川西が夢二の作品に夢中になったのは、印刷物を通してで、また集めた資料もほとんどそうであったことは、流行作家的な立場を物語る。そこには商業が密着し、また使い捨てのイメージも絡んで、純粋な美術という範疇に収めにくい部分がある。だが、人気が現在も高いのは、そうしたポピュラーな点が時代性を強く担い、しかも普遍的であるとみなされるからで、それは夢二が絵画表現を通俗的一辺倒に押し込めなかったからだ。現代で言えば、たとえばビートルズの音楽を思えばいいのかもしれない。そして、夢二がこのように人気が高いのであれば、その後のグラフィック・デザイナー的な仕事をする作家もその後に続きそうだが、さてそういう作家として誰がいるか。とてもたくさんいると見る人と、夢二にかなう作家はないと見る人があろう。後者を唱える人は、夢二の女性関係など、ドラマティックな面の魅力を思うからだろう。夢二の女性像は、何と言っても私生活の女性の面影をそのまま引きずっており、そこがなかなか他の作家の真似の出来ないところだ。
by uuuzen | 2012-01-08 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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