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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『神戸 花鳥園』その2-ベゴニア
興酒1リットルの大半をひとりで飲んだ。その前に日本酒とビールで赤ら顔になっていた。一旦酔ってからが、底なしに酒が進む。だが、外の寒さに当たればたちまち酔いは醒める。



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昨夜は毎度のことながらブログを書き終わったのが深夜3時だ。あまり寝ないで今日はまた年始に出かけてたっぷり飲んで来た。2日続けての深酒だが、明日は大阪から友人が来るので、相変わらず落ち着かない。それはさておき、今日も深夜3時に就寝ということにならないように、大急ぎでこれを書き終えよう。昨夜は蓮の写真を全部載せられず、今日はまずその続きの2枚を見せるが、加工した画像を見ると、最初のものは昨夜の最後のものと似ている。本来ならどちらかを没にすべきだが、面倒なので両方載せる。蓮池に入った時、カメラのレンズが曇り、何度も拭き直したが、どれもぼやけた写真になった。せっかくの蓮池で1枚もろくな写真がないではもったいない。それで曇った写真を加工して普通に見えるようにした。これが思った以上にうまく行った。昨夜の蓮池の写真はみな全体に白っぽく写ったのに、明暗のコントラストを強調すると、見栄えがよくなった。その喜びもあって、似た写真も全部掲げる。さて、この蓮池、温室のために年中熱帯のような暑さだ。そのため、いつも花が咲いているのかどうか。たぶんそうではないか。あるいはそうでなくても多くの品種を育てているので、どれかは咲いているのだろう。花の色が白、桃色、紫、黄色など実に豊かで、また葉の色も紫の斑紋が入ったものなど、普段見慣れないものがあって、写生の意欲を掻き立てる。オニバスという、子どもなら葉の上に乗ることの出来る蓮もあって、見飽きない。それに池には無数の小魚がいた。100円だったか、餌を買って与えることが出来る。そうしている人が何人もいた。直径8ミリほどの丸くて白い餌を与えると、その周囲に小魚が一瞬のうちに群がる。無数と言うにふさわしいほどで、またいろんな種類の熱帯の魚がいて、魚にとっては天国のような状態だ。長さ数ミリから20センチほどの鯰らしきものまでいるが、大きな魚は小さな魚を食べるであろうし、池の中は天国のように見えて、弱肉強食の地獄であるかもしれない。ま、人間の世界と大同小異だろう。
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 蓮池で思い出すことがある。昔、筆者は誰の紹介か忘れたが、ある若い日本画家にキモノの仕立てを依頼していた。筆者より4,5歳上で、独身のまま今から10年ほど前に癌で亡くなった。Tとしておこう。亡くなる少し前に2度ほど会ったが、本人もびっくりすほど体調がよく、自分が癌でもう手の施しようがないことを信じられないと言っていた。筆者は返す言葉がなかった。おそらくそのほとんど1週間か2週間後には痛みが復活し、そのまま二度と病院から出られなくなった。Tは日本画家としての誇りを忘れなかったが、収入はキモノの仕立てに頼って、絵が売れることは一度もなかった。そういう画家の方が世の中には多い。そうそう、Tに仕立てを依頼している、筆者とほぼ同じ年齢の染色作家の女性Mがいた。まともにMとは話をしたことがなかったが、お互い作品を作品展で見て、才能は知っていた。Mは作品展で受賞するなど、それなりに将来が約束されていたが、ある日、師のもとから去って故郷に帰るということを風の便りに聞いた。その理由が、深刻な病であった。女性特有の病気であったと思う。それを聞いた時、筆者はとても惜しい気がした。故郷に帰ってからも京都の作品展に出品していたが、明らかに力がなく、そのうちに出品もしなくなった。才能があって、本人もやる気充分であるのに、そのように作家の表舞台から退場する人がいる。手紙かはがきか忘れたが、Mとやり取りしたことがあった。そして、Mが染めたキモノを仕立ててもらっている女性が筆者が依頼している女性のTと同じであることがわかった。その時、MはTに対して、はっきりと日本画家ではなく、キモノの仕立て屋という言葉を書いて来た。つまり、同じ女性として、あるいは同じ作家として、日本画家とは認めず、あくまでもキモノの仕立て屋と思っていた。筆者もほとんど同感ではあったが、まさか本人の前でそんな素振りを見せることは出来ない。人は食って行かねばならないから、自分がそうありたい姿とは違ったことを一方ではせねばならないことは多い。絵を描くだけで食べて行くことが出来る人はごく稀で、たいていは何かほかの収入源を確保する必要がある。だが、その収入源の仕事が、結局は自分の存在を示すことになる場合が多い。それほど絵を描くことは、それのみに没頭せねばものにならないことであって、生活の糧を得る行為で、絵に必要な時間がどんどん失われる。
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 Mはきりりとした美人で、作家としての覚悟のようなものが見えていた。そのため、作品の出来に関しては的確な目を持っていたであろう。収入の糧を得るためにキモノの仕立てをせねばならないことはわかるとして、肝心の絵がまずければ、それは評価しないという立場だ。それほど作品行為に厳しかった。それは同感で、画家を名乗るのはいいが、とてもそうとは呼べない人が多いと筆者は思う。Tからはよく作品を見せてもらったが、正直なところ1点もいいと思ったものがなかった。150号や200号の作品を描くのに、はがき大のスケッチを1枚だけ作って挑むというのであるから、それは無茶ではないか。写生を数か月はそれ以上続け、小下絵を何度も描き、そのかたわら小品を試しに描くなどして大作の準備をするのが普通だと筆者は思うが、そんな若手の画家はむしろ珍しいと見える。いとも簡単に150号の大画面に描くが、それで名作が出来ると思うのは自惚れが過ぎないか。おそらくそういうことを思ってMは、「(日本画家ではなく)、キモノの仕立て屋さん」と呼んだ。また、Tは日本画家であることにとても誇りを持っていて、染色作家を見下げたようなところがあった。筆者は内心それが気に食わなかった。下手な日本画家と、人間国宝クラスの染色作家とでは、あくまでも前者の方が位が上と見る立場だ。そのような傲慢な意識がなぜ持てるのか不思議であったが、どうやらそれは日本画家に共通した意識であるらしく、とにかくどんなまずい絵であっても、毎年150号の作品を公募展に出品することだけが生甲斐になっている。公募展などない方がどれほど多くの画家志望の若者の将来を救うことになるかと思うが、当の本人たちは全くその反対で、年に一度か二度の公募展出品に作品を出すことだけが自分の存在証明と思っており、その一事の前にはどんな貧困も耐えられるし、またどのような優れた他の分野の才能も見下すことが出来る。
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 話題を変える。ある日のこと、Tは筆者に男性関係を告白した。筆者が訊いたためではない。本人が語りたかったのだろう。その男性はそこそこ名が知られた日本画家なのだろう。旅先で知り合って、関係を持ったと言っていた。年齢は20歳ほど上と聞いた。よくあることで、別にどうでもいい話だ。Tは亡くなる2,3年前のこと、筆者にその画家が亡くなったことを伝えた。そして、亡くなる直前か、あるいは没後かは知らないが、その画家の作品集が妻から送られて来たと言って、それを筆者に見せた。真面目ないい絵であった。その画家は関係を持ったTの住所をどこかに書き留めていたのだ。妻はその女性が夫と関係を持ったかどうかは知らないだろう。だが、遺言か何かによって、とにかく作品集が送られて来た。なかなかドラマティックな話で、Tと関係を持ったことで、その画家に何か得るところがあったのであれば、美しい話だ。だが、Tもそのしばらく後に亡くなった。Tはおそらく筆者にしかその画家と関係を告白しなかったのではないか。絵の才能はあまりなかったとしても、とにかく描く楽しみと苦しみを知っていたTは、旅先で父親の世代の画家と出会った時に、お互い惹かれるものがあったのだろう。それはそれで不倫やどうのということをひとまず越えて、理解したい気はする。Tが筆者に言った男性関係はほかにもあった。だが、結婚しなかったところ、結婚出来ない相手ばかりであったのだろう。そして、50少しの年齢で逝ってしまった。さて、蓮からTを思うのは、Tが蓮を描くために熱海まで旅行して写生したからだ。だが、なぜ蓮を画題にしたかと言えば、Tの先生が蓮を描いて有名であったからだ。そして、Tの蓮の絵はその先生の作を越えることは出来なかった。だが、TはTなりに、蓮に思いを込めていたのだろう。その思いが仏教に因むものであったことは確実だ。それは旅先で出会った20歳年上の画家からの感化が大きいように思う。筆者は神戸の花鳥園の蓮池を見ながら、筆者なりに思いを込めて蓮を画題に作品が出来るのではないかと感じた。そこには、以上書いたふたりの女性への思い出も反映している。病に倒れて画業を成就出来なかった無念を想像すると、何かの形で彼女らに報いたい思いが湧く。
●『神戸 花鳥園』その2-ベゴニア_d0053294_23422061.jpg

 蓮池では多くの子どもが蓮よりも魚が目当てで餌をやっていた。小魚は飛び跳ねて蓮の葉に乗ったりする。それを水中に戻すために池に手を突っ込んで水をかけたりしている光景が、真夏の水遊びのようで面白かった。蓮池を過ぎると、ベゴニアばかりを見せる部屋があった。どれも牡丹の花のように巨大で驚いた。これほど見事なベゴニアがあったことは知らなかった。もっと小さな花が普通であると思っていたが、球根ベゴニアはこのように巨大な花を咲かせる。鉢には1000円など値札がついていた。買いたいと思ったが、温室がなければ育たない。それで写真を撮るだけで我慢した。また、ハート型に枠を作って、その中に収まって写真を撮るコーナーがあった。筆者はそういう場所で面白がって写真を撮ることを好む。早速家内をそこに移動させ、1枚撮った。その写真をここに載せると、きっと家内は激怒する。筆者もあまり筆者や家内の写真を見せることは好まないが、1枚くらいはいいかと思わないでもない。家内はこのブログを見ないが、自分の写真が載せられていることを知った時には削除すればよい。家内は58歳だ。老醜をさらすことになるが、きれいなベゴニアに囲まれて笑顔で写っている。いい写真ではないか。
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by uuuzen | 2012-01-02 23:43 | ●新・嵐山だより
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