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●『ヤン・シュヴァンクマイエル短編集』
意を伝えないと一昨日のネット・ニュースにあった。北朝鮮とは国交がないうえ、拉致問題もあり、日本政府としてそう判断したのも当然と言ってよい。



●『ヤン・シュヴァンクマイエル短編集』_d0053294_2512350.jpg同じ日だったか、キム・ジョンイルは国民を飢えさせた出来の悪い息子で、せっかくの政治改革の機会に背を向け、世界から取り残されるようになったとする外国の論評も出ていた。以上は昨夜の冒頭に書こうと思っていた。今日もこうして書き始めるのが0時半過ぎだ。この調子では寝るのがまた3時だ。昨夜は3時半に寝たが、なぜいつもこうなるのか、生活のリズムが狂って来ると、そのうち健康に害を及ぼすと思っているところ、実はさきほど食事の用意をしながら、急にひどいめまいがした。こういうことは経験がないので、何となく不安だが、今も頭がふらふらして吐き気を多少催す。風邪の前兆程度であればいいが、脳の血管に異常があるのかしれない。今日ばかりは日づけが変わるまでに寝ようと思っていたのに、このブログを書き上げねば寝ることは出来ない。1日くらい休んでもいいと思う反面、2400日も毎日書いて来たので、それを崩すのは何となくもったいない。それはさておき、昨夜11時前に自治会の住民から訃報が届いた。隣の住民が亡くなり、警察が来ていたと言う。それで今日は通夜と告別式の日取りが決まり、大特急で文章を書き、コピーし、各町内会長に回覧物として配布しに回った。その3時間後には自治会の他のふたりと一緒に葬儀場で焼香を上げていたが、通夜の帰りにトモイチの前で車から下ろしてもらい、次にムーギョでも買い物をして帰った。その帰り道の寒かったこと。それで風邪気味になってめまいがするのであればいいが、明日もひどいようであると、早い目に病院に行った方がいいかもしれない。それはそうと、亡くなった人は学校の体育の教師で77歳であった。つい先日まで出歩いてボランティア活発に行動していたと言うから、ここしばらくの寒さで急死したのだろう。ほとんど自治会内では知られない人で、筆者も焼香を上げながら、遺影に見覚えがなかった。自治会として弔意を示すためには、会長の筆者が出るに越したことはなく、それで今日の午後から夕方7時までは時間を取られた。予定どおりに何でも事が運ぶとは限らない。さて、前置きはこのくらいにして、今日はヤン・シュヴァンクマイエルのアニメについて書いておく。今年の1月、チェコ・アニメのイジー・バルタの短編集の感想を書いた。実はそのすぐ後にヤンについても書くつもりであった。それがほとんど1年近くも遅れてしまったが、かえってキム・ジョンイルが亡くなった直後の今の方がいい。また、別に理由があるが、それについては明日にでも書く。ともかく、今年1月からずっと気になっていたことを年内に済ましてしまいたく、ようやく今頃に肩の荷を下ろす。
 そうそう、チェコで思い出した。先日の金曜日の昼、四条河原町で写真家のグループ展を見た。毎年12月に開かれる。10年ほど前に知り合った奥野さんがその後ずっと作品を出していて、いつもていねいな招待状を送ってもらう。会場で会えるかと思って出かけたが、写真家はひとりもいなかった。奥野さんの作品は白黒の3点で、どれもプラハの街を写したものだ。去年もそうだったはずで、これは以前に撮ったものを小出しにしているのだろう。街角とそこを歩く孤独そうな人を10メートルかそれ以上離れた場所から被写体にして、プラハのイメージそのままといった雰囲気がある。奥野さんの奥さんの写真はカラーで、インドかバングラデシュの人が大勢いる街中で撮ったものだ。しかも人物が大きく写ってこっちを向いている。そういう写真を撮るのは勇気がいるだろう。奥野さんの方が奥ゆかしく、奥さんが大胆であるようであることが微笑ましい。それはさておき、プラハの写真を見ながら、ヤンの短編集についていつ書こうかとぼんやり思い、奥野さんはヤンなどチェコ・アニメに関心があるのだろうかとも思った。ヤンのアニメはほとんどDVD化されていると思うが、筆者が所有するのは短編集の1本のみだ。だが、それで充分な気もする。ついでながら、他の作品名を列挙しておくと、『アリス』『ファウスト』『悦楽共犯者』『親指トムの奇妙な冒険』で、このほか確か今年封切りになったばかりの作品がある。短編集には、『FOOD』『石のゲーム』『ワイズマンとピクニック』『肉片の恋』『フローラ』『アナザー・カインド・オブ・ラヴ』『スターリン主義の死』『プラハからの物語』が収録されている。『フローラ』はわずか24秒の白黒ものだが、一度見れば忘れられない夢のような映像で、この一作だけでもヤンの才能がわかる。また、この短い映像は、最後のカットが意味不明と言うか、筆者には理解出来ず、その宙ぶらりんになった感覚がまた鮮烈さを強めている。簡単にこの作品を説明すると、ひとりの粘度で出来たような土色の顔をした女性が上向きに横たわっているが、全身が草が芽生えるように急速に増殖する。そして、女性は顔を傍らのテーブル向けると、そこには水を入れたガラス・コップがある。最後のカットはそのガラス・コップの画面いっぱいのアップだ。ざわざわと何か蠢くような効果音が終始流れるが、植物の成長を擬人化し、高速度で見せたといった内容だ。ヤンはそのような夢を見たのかもしれない。
●『ヤン・シュヴァンクマイエル短編集』_d0053294_2514416.jpg

 最後の『プラハからの物語』は、BBCが制作したヤンの紹介もので、これを見ると、端的に彼の作品の思想がわかる。それによると、活動の源には、幼児体験と夢があり、またプラハの歴史が色濃く影響している。それは簡単に言えば、シュルレアリスムと反体制思想だ。このふたつとも現在の日本では重視されず、そのため、若い芸術家がヤンから学ぶものはないように思うが、もしそれ風の作品を作ると、それはヤンの作とは違って丸っきりの商業主義に堕するだろう。『プラハからの物語』では、イギリスの評論家が解説をするが、ヤンの作品に西欧にはないものを見て驚いたことを告白する。それは日本でも同じはずで、東欧は同じヨーロッパにあっても、イギリスやフランス、ドイツとは違ってかなり謎めいた異国という感じが漂う。それはヤン自身もわかっているだろう。ヤンは1934年にプラハに生まれたが、1930年代はチェコにシュルレアリスムが広まった。その末端にヤンが位置し、本人はそれを強く自覚する。西欧ではとっくに商業主義にまみれてしまったシュルレアリスムがチェコで育まれ続けたのは、ヤンに言わせると、プラハという独特の街のためだ。ヤンはその歴史の最初に16世紀のルドルフ2世治世下の宮廷画家としてイタリアから招かれたジュゼッペ・アルチンボルドを挙げる。アルチンボルドについて今さらここで書くまでもないが、そのマニエリスムの絵画が、騙し絵を特徴とし、20世紀のシュルレアリストたちが再発見した。美術史的に重視されているとは言い難いが、子どもでもすぐにわかって面白がるその油彩画は、美術館としては1点でも所蔵したいところで、大阪市立近代美術館も購入している。このアルチンボルドの絵画をアニメとして動かしてみたのがヤンの作品だ。アルチンボルドはルドルフ2世を喜ばせるために、卑近な物を写実的に描きながら、それを人物の肖像画に見えるように画面を構成した。ヤンのアニメ手法もそれと同じで、実際の物を撮影しながら、その物の持っている本来の意味とは違う何かを表現する。その意味で、アニメ作家とは言うものの、日本のそれのように、漫画が動くセル画アニメではなく、実写映像に粘度細工や人形などを併用し、現実が一瞬にして非現実に移動する、つまり夢のような作品を特徴とする。その夢は大半は悪夢と言ってよいが、睡眠中に見る夢はたいていは悪夢であるから、その意味では現実主義者と言える。ヤンは芸術家は幼年期に支配され続けると考えている。それは生まれ落ちた場所と時代に生涯左右されることだ。幼年期は無邪気で天真爛漫と思いがちだが、ヤンはその反対を見つめる。幼児期ほど残酷な眼差しを育むと考え、その遠い記憶から作品のアイデアを汲んで来る。そして、一方では成長する過程で知ったチェコの不幸な戦後史だ。ヤンは自分の作品をすべて政治的とみなしている。確かにその意見を思いながら短編集を見ると、理解しやすい。どの作品にも共産主義を皮肉る思いが反映していることがわかるし、またそう解釈しない限り、あまり面白いとも思えないジョークが主題になっている。だが、政治的には平和な日本ではヤンのそうした作品はどう歓迎されるか。それは心もとない話で、ヤンの作品を好きと言う人は、ヤンの反体制的な部分をどう自分に折り合いをつけるのだろう。
 ヤンは当局から睨まれ、作品上映禁止の憂き目に遭いながら作り続けた。日本にもそのような作家はいるが、概して評価は低い。それは日本の政治がうまく行っていて、国民の不満や抑圧がチェコに比べてはるかに少ないことを一見意味する。となれば、ヤンは不幸で、日本の芸術家は幸福と捉えるべきだろうか。あるいはその逆か。そこで思うことは、北朝鮮の芸術家だ。半世紀もの間、同じような社会主義リアリズムの画家のみが国家によって認められるという状況が続き、その全く変わらない絵画をかえって西欧が面白いと感じて、数年前には北朝鮮のそうした美術の紹介が一種のブームになった。だが、国家が容認するそうした御用画家たちは、たとえばの話、シュルレアリスムやピカソの絵画をどう思っているのだろう。当局に危険人物とみなされながらも、反体制の思想を込めた作品を密かに描き続けるという画家がいれば面白いが、おそらくそのような隙間もないほどに監視の目が行き届き、しかも画材も手に入らず、自由な時間を一切持つことも出来ないほど労働に駆り出されているだろう。そう思うと、独裁国家のそのありようは、戦後のチェコ史どころではなく、暗黒時代という言葉でもまだ生ぬるい、人類が経験した初めての非人間的な国家と言うべきではないか。だが、芸術的な観点から北朝鮮について答えを出すのはまだ早いかもしれない。北朝鮮が今後崩壊した時、そこからどういう芸術が生まれるのか、それは大きな見物だ。そして、そこからヤンの仕事を見つめる視野も広がっている。『スターリン主義の死』は1990年の作品で、ビロード革命の直後に作られた。ヤンはこの作品を50年から100年後には理解不能となると語っている。それは有名政治家が主役となっているからで、ヤンはそうした人物は歴史に残らないと思っていることになる。槍玉に挙げられる政治家の代表はソ連のスターリンと、その主義に染まっていたチェコの大統領ゴットワルトだ。ヤンはゴットワルトが亡くなる年に20歳になった。そのため、ゴットワルトの治世が創作に大きな影を落としていると考えてよい。その抑圧の思いを払拭するため、カタルシスを得るために『スターリン主義の死』を撮った。これは音楽と言い、映像と言い、ヤンの手法のすべてが駆使されていて、見応えがある。今日はこの作品について残りに文章を充てる。他の作品は明日に回す。予定では。
 ゴットワルトはチェコ史上最悪の政治家とされている。それは共産主義に反する人を粛清しただけではなく、かつては一緒に戦った同士までも絞首刑にしたことで、完全なソ連の操り人形であった。ヤンは、ボヘミアに移植されたスターリン主義は不要なもので、それは人間性を失わせる元凶だと考えていた。そして、『スターリン主義の死』を撮りながらも、問題はそれで解決したのではなく、ビロード革命はいわば喜劇で、本当に試練はこれからだとも語っている。それは人々の思いの奥にかつての思想がまだ巣食っているはずで、それがいつ何時また復活するかわからないと危惧するからだ。『スターリン主義の死』は、スターリンの石膏の頭部がのし歩く場面から始まり、最後はそれがロシアの国旗の3色に塗り分けられてまた同じように歩く。このことは、顔の色が変わっただけで、スターリンは死んでいないことを示している。スターリンのこのふたつの石膏は、縦真っ二つに解剖され、中から血のしたたる内臓が取り出される場面がある。肉や内臓はヤンの作品ではよく登場するが、この作品では豚を屠殺する場面が挟まれ、しかもそれを笑顔の母が抱く赤ちゃんが凝視する場面もある。さすがヨーロッパと言うべきか、血や内臓を赤ん坊の時から見せることに抵抗がない。だが、この作品ではそれ以上の深い意味が込められているかもしれない。屠殺は共産主義者たちが自国民にさんざんやって来たことだ。スターリンの石膏像は屠ったばかりの豚の血を塗りたくられるが、スターリンの内部を手術台に載せて解剖して見せることのは、いったいスターリンはチェコに何をしたのかという検証の意味であろう。だが、こういう読み取りは、映像をぼんやり見ているだけではわからない。そこには、ヤンが語るように、政治的な意味合いを込めたという言葉に沿った読み方をする必要がある。この石膏像を豚の血や内臓と絡めて撮る映像とは別に、これもヤンの作品ではよく登場する粘土細工が現われる。それは石膏型でどんどん量産される小さな人物だ。それはベルト・コンベアに乗って運ばれ、そこから落とされた途端に自力で歩き始めるが、その果てに絞首刑が待っていて、バケツの中に落ちてすっかり形のない粘土に戻ってしまう。そしてバケツはまた同じ人間を製造する工程に回される。これは共産主義の非人間的な恐ろしさを意味しているのは言うまでもない。このふたつの映像の合間に、歴史的事件の写真や政治家の肖像写真などが挟まれるが、スターリンとゴットワルトの肖像写真が画面いっぱいに写し出された時は、背後から、哄笑しながらそれを食いちぎるドクロが現われる。これはスターリン主義の終わりをたとえているのではなく、このふたりが死神であったということだ。このほかにソ連のフルシチョフやグロムイコ、そしてペレストロイカのゴルバチョフなどが登場し、一方では戦後のプラハ開放から1968年の民主化運動のプラハの春とその後の顛末などチェコの現代史の映像を見せるが、こうした戦後史が50年から100年後に忘れ去られ、ヤンの『スターリン主義の死』も理解不能となるだろうか。これは誰にもわからない。北朝鮮が相変わらず世襲国家を続け、共産主義が拡大しているかもしれない。
by uuuzen | 2011-12-22 23:59 | ●その他の映画など
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時々ドキドキよき予告

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