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●防災訓練の放水と病院のベッドでの夢
に何か入れて持参し、防災訓練らしい格好が好ましいという自治連合会の防災部長の考えにしたがって、数日前からナップサックと呼べるほどではないが、紐のついたナイロン製の黒の背負い袋を用意した。



それに何を入れるか。防災用品をそうした袋に詰めてホームセンターで販売しているらしいが、それを見かけたことがない。そこで、どうせ中を見られることはないのであるから、まず防災訓練のパンフレット、そしてデジカメと無料配布のティッシュなどを入れた。曇天なので、折りたたみの傘もと思ったが、出かける8時25分、小雨が降っていた。それで大きな傘を手にしたのに、すぐに止み、結局ほとんど使わずであった。袋の中の重しと考えたデジカメで訓練の様子をたくさん撮った。それらを加工して今日掲げることにする。さて、以上は枕だ。実は今朝も面白い夢を見たので、それについて書こうと思いながら、やはり一昨日のことにする。それは午前中の防災訓練だけではなく、今パソコンに向かいながら、あれこれと別のことが思い浮かぶからだ。そのひとつが今朝の夢だが、それについて書くと、一昨日のことは明日以降の投稿になる。どっちを取るかとなると、夢は後回しだ。あれこれのひとつをまず書く。一昨日の夜、高槻の病院に家内の姉の見舞いに行き、それから兄と3人で駅前で2時間ほど飲み、その後駅の高架下のスーパーで買い物をして帰ったが、その内部で鳴っていたのが、ギターが静かに奏でる「ラウンド・ミッドナイト」であった。酔っ払いながら、この曲の断片が頭によく響いた。このブルーな曲は、雨降る夜によく似合い、また会社帰りのサラリーマンが買い物をする姿にもふさわしかった。この名曲については去年11月の『思い出の曲、重いでっ♪』で取り上げたので、昨日は『チュニジアの夜』をと思った部分がある。だが、そんな話はどうでもいいことで、今日はこれから書く分も含めて、全部後で読み返した時、かなり支離滅裂な内容になっていると思うが、それは今朝見た夢について書こうとしていた気分のせいでもあって、あえて現実と夢が混ざったようなものにしてみたいことによる。ところが、これは後日書くが、その現実と夢をあえて混ぜたような作品について先日触れることがあって、今日の内容はそれについて考えていることとつながってもいるのかもしれない。ところで、さきほどムーギョとトモイチで買い物をしながら、意識が瞬時に次々と別のものに移って行くことに改めて気づき、人間は目覚めている時でも睡眠中の夢を見ている時と大差ないことをつくづく思った。違うのは、現実にはたくさんのルールがあることだ。たとえば信号だ。その三色で行動を分けていることが曖昧になれば、事故が生じて仕方がない。そのような規則が多いほど文明国ということだが、夢には未開も文明国もない。そのため、規則に囚われることを嫌う芸術家が夢に関心を抱くのは無理もない。だが、夢にはまり込んで取り止めもないことを表現しても、それはほとんどどうでもよいことだ。そのどうでもよいことの中に芸術もあるが、どうでもいいとは思わない人がごくわずかにいるお陰でたくさんの作品が芸術でいられる。
●防災訓練の放水と病院のベッドでの夢_d0053294_039367.jpg

 家内の兄は大学を出て定年まで消防士であった。年に2,3回話をするが、温和な人で、誰からも好かれるところがある。それで、筆者と飲めばつい話が弾む。筆者も飲める口だが、体の大きい、また酒豪中の酒豪の義兄に比べると少ない。それでも一昨日は同じ量を飲んだ。筆者は焼酎は好きではないので、ウィスキーのロックにしたが、話が弾むと酒もおいしい。その話は、幾分かは入院した姉についてであったが、そのほかはあれこれ世間話だ。店の女の子が実に朗らかでサービスがよく、酒の飲み放題の時間は過ぎているのに、笑顔で注文を受けつけてくれた。案外それは店の方針として、10分や15分ほど過ぎていても、客から最後の1杯として申し出があるとサービスするようにと言われているのかもしれないが、仮にそうであっても、その女性はそれを全く感じさせずに、自分の采配でサービスしているといった態度であった。大阪ならではと言おうか、近頃では珍しい店員という気がした。それは義兄も感じたようで、美人だとか誉めそやすと、「ありがとうございます。でも化粧が濃いだけです」と笑って応え、その率直な返事に好感が持てた。化粧が濃いのは本当だったが、化粧しなくても健康そうで愛嬌がある。だが、世間の流行に合わせる必要もあるのだろう。若い女性は大変だ。その店は日曜日の晩であるのに、4割ほどの入りであった。これではサービスをしてもっと店の評判を高めなければならないだろう。駅前であるのに、そういう状態では、よほど世間は水商売が難しくなっているのだろうか。消防士に話を戻す。その日、午前中に合同防災訓練が地元中学校であったことを話題にすると、義兄は即座に、中学校単位の自治連合会が集まったのかと訊く。先日は5つの自治連合会が参加したと書いたが、実際は6つで、それらの名前を全部言えるほどに記憶していないし、またその関心もないが、義兄の言うように、その6つの自治連合会の中学生はみな同じ松尾中学校に行くと思える。数年後の合同防災訓練は別の中学校で実施し、わが自治連合会は松尾中学校よりさらに南の見知らぬ中学校にまで歩いて行かねばならないのかと思っていたが、そうではなく、6つの自治連合会のほぼ中央に松尾中学校があって、今後もそこで合同防災訓練が開催されるということだ。話が長いが、つまりは義兄の一言で、謎が解けたのだ。義兄の発言は、大阪と京都が同じように防災訓練をしていることを意味するが、大阪と京都が決定的に違うのは、大阪には地元の消防団がないことだ。この歴史的経緯については何年か前に義兄から聞いたが、忘れた。大阪市と京都市は近い割りに似ていないところも多く、たとえば京都の消防団は山を抱えているから、山火事に備えて山道に水を入れたドラム缶を並べるが、大阪市には山はない。また逆に大阪では高層ビルが多いので、消防署では5階建ての防火実験用のビルを持っていて、その中を真っ暗にして発煙筒を焚き、その内部から人間に見立てたマネキン人形をたくさん運び出す訓練もしているという。京都でも同様の訓練はあるのかもしれないが、高層ビルの数は比ではない。
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 京都の消防団は減少気味で、地域によって新しく入る人材が不足している。また、聞くところによると、消防団に2,3年だけ入って、優遇される各種保険だけを利用する者もあるらしい。もっとも、これは在籍年月の短さを嘆くあまりの意見だが、最近の若者はちゃっかりしているので、そういう消防団のうまみ部分をよく知っていて、それを利用するのかもしれない。詳しく知らないが、消防団はそれなりの賃金や退職金も支払われ、健康保険や雇用保険もあるのだろう。アルバイトを転々としているような者にとってはそれはかなりいい条件だ。また、消防団の訓練は冬場は集中して夜回りすることもあるが、そのほかはせいぜい10日か2週間に一度ではないだろうか。団員の年齢はさまざまで、わが自治連合会では団長は筆者と同年齢の人が務めているが、大半は30代だろう。消防団に筆者の息子を入れて、少し人慣れさせてやろうかと思い始めているが、義兄にそのことを言うと大賛成だ。世間の大人とほとんど話す機会もその勇気もないぼんくら息子は、そういう一致団結して何かを行なう組織では心身ともに鍛えられるだろうと思うが、息子は興味を示さない。勇気は自信と言い換えてよい。自信は誰にもそれなりに備わっているが、それが本物となるには、充分に時間を費やして物事に取り組まねばならないのは言うまでもないが、その取り組みの対象が、いつでも簡単に他人にとって代わられるものであれば自信につながらない。自分がやれば人とは一味違うものが出来るというものでなければならず、そういう自信を得るには、それなりに努力は欠かせない。一方、そうした努力は金に置き換えられる部分が大きいから、他人がすぐに代わることが出来る仕事であっても、金さえたくさん貯めると自信はつく。だが、そういう自信は脆い。またそういう自信を評価しない世界が歴然としてある。それに、自信は見え透くといやらしくなるから、本当に自信のある人はそういう素振りを見せない。それでいて顔や全体から自信がみなぎっているというのが男の格好よさだ。それは芸能人や政治家のように人慣れすることである程度は身につく。問題はそこからだが、それは問わずに、せめて28歳の男並みの自信を息子に持ってほしいと思うのだが…。また息子に対する愚痴になって来たので、話題を変える。一昨日は昼から神戸方面に行ったが、その帰りに高槻で下車して病院に向かった。この見舞いについてはまだ書かないでおこう。病院という場所は、出来れば生涯世話になりたくない。あの特有の冷たい空気はこの世では別世界で、好きにはなれない。誰でもそうだろう。少なくとも医者以外は。
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 防災訓練の最中、テント下の長椅子に全員座り、消防団員の動きを見学した。時間どおりに物事が運び、さすが役所仕事といった感じだ。筆者は架設トイレの組み立てに参加した。マンホールの上に設置するもので、縦横60センチほどの狭い空間で、ビニール1枚で外と遮る。こういうものの世話になりたくないが、地震国ではいつ何時、学校に保管されているこの簡易トイレを使うことになるかわからない。それはいいとして、筆者のすぐ後方に、副防災委員が座った。1軒置いて隣の同じ年齢の早生まれの男性だ。スポーツマンで、マラソンやトライアスロンが趣味だ。そのことは何度か耳にして、こっちも訊ねる質問内容がもうないほどだが、一昨日はその人のそういうスポーツの趣味とは別に、会社の仕事について初めて聞いたことがあった。血液検査の会社に勤務しているのだが、その関係で病院にはよく行くらしい。そして、植物人間のベッドがずらりと並ぶだけの病院もあるらしく、その話を聞きながら、その様子を想像すると、夢を見ている気分になった。死んではいないのに、全く動かない人が寝るベッドが数十、数百もある、植物人間専門の病院らしいが、そこに勤務する医者や看護士はどういう気分だろう。治療ということもあまりないと思うが、点滴を欠かさず続け、そのうちにふっとロウソクの灯が消えるように死んで行くのだろう。そうした寝た切りの人々の寿命もあって、日本は長寿国と言われている。いくら長命になっても、そういう形で病院のベッドに寝た切りになるのはたまらない。筆者が想像したのは、そうした寝た切りの人が夢をどう見ているかだ。目覚めずにずっと夢を見続けるのはどういう気分だろう。夢にうなされて金縛りになった経験が昔2、3度あるが、その時の恐さはたとえるものがない。それはまだどうにか目覚めることが出来たのでよかったが、目覚める体力なく、夢を見ながら眠り続けるのは拷問ではないか。静かな、そして大きな部屋に植物人間のベッドが何列にもなって並んでいる。そのひとつずつのベッドに、違う夢を見続けている人が眠っている。その夢を映像にしてその病室で一斉に映し出すことが出来たとしたら、その空間は夜の道頓堀どころではない激しいきらめきで、そのエネルギーにただ圧倒されるに違いないが、うす暗い部屋で、袋の中のようにシーツにくるまれた内部の身体の、そのまた内部の脳が見る夢は、防災用品の中に何を詰め込もうと考えているようなどうでもいいことの連続で、ちょうどこの文章のように取り止めがないだろう。一昨日の防災訓練は、時間どおりに進んで、11時には校舎に向けて消防団の一斉放水があった。筆者が夢から目覚めるのは、いつも強い尿意を感じてトイレに立つ必要を思うからだ。これが管につながれて自然に排尿するのであれば、夢はまた違うだろう。だが、放水の夢を見ながら、排尿するかもしれない。やはり今朝の夢について書けばよかったか。せっかくなので少しだけ書いておくと、夢の中に「津愁」という地名が出て来た。その出所が筆者にはわからないが、今日はムーギョとトモイチからの帰りに、この夢で思いついた名前を号にするのもいいかと思った。大山津愁。だが面白くない。それでどんどん連想が働いた。その途中は省略して、これはいいかなと思ったのは、大山天泉だが、こうして書いて字面を見るとやはり駄目だな。ところで、「天泉」を思ったのは理由がある。それについては後日書くが、目覚めている時に思いつくものはみな理由がある。だが、夢も部分的に見て行くと、ほとんどそうだ。夢と現実は変わらないということだ。
by uuuzen | 2011-11-01 23:59 | ●新・嵐山だより
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