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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『岡本太郎 地底の太陽展』その2
帯を取れば顔がない。『透明人間』のアメリカ映画をTVで昭和30年代に見たことがある。当時まだわが家にはTVがなかったが、さきほど調べると、その映画は1933年のようだ。



●『岡本太郎 地底の太陽展』その2_d0053294_0581697.jpg

特撮はそれ以前からあったが、それにしてはよく出来ていた。一方、さきほど夕食を食べる前に、月光仮面の歌を思い出して口ずさんだ。♪どこの誰かは知らないけれどー、誰もがみいんな知っている、月光仮面のおじさんは正義の味方だーよい人よー。これをひととおり歌いながら、月光仮面を思い出した理由を思い出した。『地底の太陽展』のチケットに写る太陽は、包帯をぐるぐる巻きにした透明人間か、あるいは月光仮面の怪しさに見える。岡本太郎がそうした大衆に愛されたキャラクターに感化されていたと言えば冒涜になるか。そうではないだろう。大衆への迎合を拒否しながら、大衆のいる世界に常に対峙していたのが岡本太郎で、大衆的人気を得るものにはそれなりに存在価値を認めていたのではないだろうか。岡本太郎の作った地底の太陽を別格視する必要はさほどなく、昔の子どもならきっと月光仮面を思い出して正義の味方だと微笑んだに違いない。この地底の太陽は、実際に包帯が巻かれているように見えるし、その包帯状の帯は太陽の仮面の左右に数本ずつたなびいている。それは透明人間の包帯がほどけて行くような雰囲気もあり、岡本は地底にある太陽を、そのように隠されていながらも、顔を見せようとする存在と言いたかったのかもしれない。それが万博時にどういう金属で作られたのか知らないが、金属というのがいい。それは地底に眠っていて、精錬を経て純粋な塊になる。また、写真からは、この仮面は暗い部屋で照明が当てられて輝いた様子がわかるが、太陽の塔の内部は、いわば洞穴で、そこを地底に見立てるのは自然な考えだ。あるいは塔を有機体と考えると、内部空間は内臓に相当し、そこが暗いながら、外面とは比較にならないほどさまざまなものが詰まっているという状態は、理にかなっている。その内臓としての物を岡本太郎は、生物の進化を表わす大きな樹木を1本中央に立てることにした。その上部を見るためには階段を使う必要があるが、設計図からは、エスカレーターで徐々に上昇しながら鑑賞出来たことがわかる。そうであれば、その整備や電気の再工事がおそらく必要で、また大勢の人が一度に押し寄せると危険でもあるから、万博後に内部を公開しないことになったのは、そういう危険を思ってのことではないか。この進化の様子を示す樹木を岡本がどう呼んだのかわからない。展覧会では少し説明があったが、人間を進化の頂点に置く意味での樹ではないとあった。これも岡本らしい。万博のテーマ「人類の進歩と調和」に対して、岡本は全面的には賛同しなかった。
●『岡本太郎 地底の太陽展』その2_d0053294_0585082.jpg
 それはさておき、万博後はサントリーが鳥類の保護運動キャンペーンを繰り広げ、鳥をかたどったウィスキーの瓶を作るなど、しばらくは環境保護に大いに力を入れた時期があった。それが青い薔薇を発明することを宣言してからは鳥類保護の方向性は萎んだ。青薔薇は自然に反するが、サントリーとしてはバイオテクノロジーの分野での会社の規模拡大を図り、そのひとつのシンボルとして青薔薇を生み出すことの成功は会社の行く末にかかわっている。ところが、現在のところ、まだ完全な青薔薇は生まれていない。そういう自然に反して遺伝子を操作することが、鳥類保護とどこで折り合いがつくかは難しい。鳥類を保護しても一円の利益にもならないのであれば、青い珍しい薔薇を独占的に発明して売り出す方がはるかに儲かるし、また恋人に薔薇を贈る男にも、贈られる女も喜ぶ。だが筆者は薔薇は赤か白がいい。サントリーの鳥類保護キャンペーンは、鳥がいなくなれば次に人間が消えるといった危機感に発していた。それは開高健の発案か、社長にヒントを与えたのではないだろうか。今はそんな大物の小説家はいない。小物だらけの競争になって、梅原猛が小説を価値のないもののように言うのはもっともなことだ。そこには、野鳥が減ると人類の将来が危ないと言いながら、すっかりそのことを忘れたかのように日本は開発に邁進し続け、その速度は今なお滞ることがない状況がある。突貫工事であった万博以降、環境保護の側面がなりを潜めて行ったのは、日本が年中お祭り騒ぎの最中のようになって、誰もが神経が麻痺して来たからか。岡本はサントリー・ウィスキーの宣伝ではなく、キリン・シーグラムのロバート・ブラウンの宣伝を70年代にしたが、底に仮面を彫ったウィスキー・グラスがもらえたりした。それに、筑波の科学万博の際には、太陽の塔の女性版といったピンク色の陶製のブランデーの瓶が作られたことがあり、わが家には2,3本あったが、今は1本しか見当たらない。岡本太郎ブームの今、若い人はそういうことを知っているだろうか。それよりも、岡本が生きていれば、芸術が爆発せずに、原発がそうなったことに対してどう意見したかと思う。「人類の進歩と調和」が40年後にすっかり裏切られたような形となって、月光仮面のおじさんではないが、仮面をかぶって登場し、「進歩」が「科学と技術」とともに語られることに異を唱えたのではないか。
●『岡本太郎 地底の太陽展』その2_d0053294_0591323.jpg

 太陽の塔の内部に話を戻す。塔内部にそびえる進化樹と、地底の太陽との位置関係が今ひとつよくわからないが、おそらく最下層階の広くて丸い部屋の端に地底の太陽があって、樹木の幹はその部屋の真上か、あるいは同じ階からそびえていたのだろう。地底の太陽と進化樹がセットであることは、太陽の塔の外観をなぞってもいる。太陽の塔にも仮面がついていて、しかも全体は白くて太い樹木に見える。あるいはそれは人体でもいいが、同じようなものだ。ただし、そのずんぐりした「ゆるキャラ」のような太陽の塔が、内部に複雑さを抱えていて、しかも万博当時はそれを見ることが出来たことはあまり知られないはずで、それを知ることは改めて岡本の考えの深さを確認することになる。太陽の塔の外観は素朴なので、模型を作ってそれを業者に拡大して建てさせることは案外たやすいが、内部の進化樹の設計は、外観の美的さとは違って、もう少し科学的な知識が必要になる。今回の展示で興味深かったのは、進化樹の設計図の青焼き図面だ。巻かれていたものが日焼けし、等間隔で黄ばんでいるのが生々しい。その図面の隅の枠内に、「岡本太郎現代美術研究所」といった文字が記されていて、会社組織として、太陽の塔の内部を含めた全体設計を請け負ったことがわかる。設計図は現物を作るための指示書で、こうした大がかりな立体では、模型があるのが理想的で、確か20分の1の模型が今回展示されていた。岡本は全体像をおおまかに指示しただけで、実際の製図や模型は専門家に任せたであろう。どういう会社が受注して現物を作ったのかは知らないが、岡本太郎や敏子も制作に一部携わったのではないか。樹木は撤去されずにまだ塔の内部にあると思うが、その樹木の枝に取りつけられていた古代の生物の大きな模型は、外されて別室で保管されていたようだ。長年の間に褪色もし、今回新たな塗り直したものがあると係員の女性から聞いた。長さ50センチはあるような三葉虫は、化石があるので再現は簡単であったろうが、他の海の生物はカラフルな色合いに塗られ、岡本らしい配色だ。メモするのを忘れたが、太陽の塔の建設費は20数億円だったと思う。それが安いのか高いのかよくわからない。今後も補修しながら万博会場の顔となり続けるのであれば安い。また、岡本に設計料としていくら支払われたのか、それが明らかにされているのかどうかも知らないが、国のこうした大きな仕事を任されるだけでも本望で、岡本は全力投球し、太陽の塔は彼の最も大きな、そして代表作としていいのではないか。そこにはそれまで二科で発表した多くの抽象画が背景としてあるが、一種社会の暗さに呼応したような表現が目立ったことからすれば、太陽の塔は原始的な逞しさと前向きの力に溢れる。子どもでも感じ取れるそういう気配を持った塔が代表作になることは、岡本の評価をいよいよ高めることにつながる。
●『岡本太郎 地底の太陽展』その2_d0053294_0593492.jpg
 展示会場の壁面は赤い紙が張られていた。これは胎内を思わせるのによい。その壁面に前述の設計図や、また進化樹に取りつけられていた古代の生物、そして塔内部のカラー写真がかけられた。なるべく当時の雰囲気を味わってもらうために、パネルになった当時の内部写真を筆者は撮影後にトリミングしたが、照明が上部に当たって、写真であることがわかる。それでも雰囲気は伝わるだろう。樹木の先端は塔のてっぺんを目指しているのは言うまでもないが、パネル写真からは塔内部のその頂上付近がどのように彩色されているかがわかる。やはり1970年頃のイメージで、ピーター・マックス調と言おうか、60年代末期の雰囲気が強い。これも岡本が当時の空気をよく知っていたからだ。進化樹はカラフルなのはいいが、ポップ・アート的な大味さがあって、今なら学生が手作りしてしまいそうな安っぽさが目につく。そのため、書き下ろしの音楽が流れていたのかどうか気になるところだ。進化樹より見物であったのは、やはり地底の太陽を中心とする暗い空間のインスタレーションだ。その様子は一昨日の投稿に掲げたが、モアイ像や縄文の土偶の拡大ものもあるなど、地底の太陽を中心として、あらゆる地域のあらゆる時期の仮面が勢揃いしたかのようだ。写真で見る限り、その雰囲気は全くそのままみんぱくの常設展示の、どの地域でもいいが、仮面のコーナーを思わせる。おそらく地底の太陽の印象が梅棹忠雄には強烈にあって、それをなぞらえたような照明を採用したのではないか。世界中から集めた民族資料をいかに効果的に展示するかについては、芸術的な閃きが求められる。明るい空間にただ羅列するのでは、来場者は感動を覚えにくい。梅棹は画家になってもよかったほどに絵がうまかった。そういう才能であればなおさら、岡本の才能には兜を脱いだであろう。岡本が太陽の塔を作ることになったのは、梅棹が推したためとも言われ、ふたりがどういう対談をしたのか、梅棹の対談集を調べてみる必要がありそうだ。そこで思うのは、梅棹が人類の未来にあまり薔薇色を思い描かなかったことと、岡本の暗い情念がどう呼応したか、また、そこから今年の巨大地震から原発事故という流れをふたりが生きていたならばどう思ったか、つい思いはそっちに向いてしまう。みんぱくの常設展示は、時が停止したような、開館当初から変わらぬ広さと静謐さがあり、またそこに集められた世界各国の資料は、ノアの箱舟に積まれた未来に伝えるべきもので、破壊の一歩手前で保管されたものにも思える。そして、それらが膨大に展示される空間は、地底の太陽のあった場所に似ていると想像させるが、そのためにも万博当時の地底の太陽を見つけ出し、それを元の場所に据えるか、あるいはみんぱくの内部の目立つ場所に置くべきであろう。
●『岡本太郎 地底の太陽展』その2_d0053294_0595751.jpg

by uuuzen | 2011-10-21 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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