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●ブログ作成歩録46(訪問者数90000)
●ブログ作成歩録46(訪問者数90000)_d0053294_014697.gif報が昨日あって、早速文書を整え、近くのコンビニでコピーを取り、13の町内組長宅に配布した。それで今夜は通夜で、明日の昼前に告別式だ。京都駅の裏手の葬儀場まで自治会の副会長の車に乗せてもらい、そこで自治会関係の受付を担当した。



受付は5つほどに区分けされ、全部で14人、その末席が筆者らであった。たくさんの人がやって来た。数百人といったところか。だが、3年ほど前、筆者の中学生時代の女友だちが亡くなって同じ葬儀場で式を行なった時、1000人ほどが通夜に来たのではないだろうか。その夫が喪中はがきを1500枚ほど出したと言っていた。夫婦ともに仕事を持っていたのでそのような数字になったのだろう。さて、式の30分前から受付に座っていたので、焼香客全員の顔を見たが、名刺をもらうなり、名前を記帳してもらうなりすれば、それで顔を合わせることはなかった。つまり、読経が始まると、順に焼香を上げるが、それを終えた人は受付には戻らずにそのまま別の出口を通って帰宅したので、筆者らが最後に焼香を上げた時は、広い会場には親族しかおられず、がらんとしたさびしさがあった。大きな葬式でも、あまりに効率よく事が運ぶ。それがあまりにドライと言おうか、何だか物足りない気がした。亡くなった人は筆者は一度も会ったことがない。104歳で亡くなったが、筆者の知る限り、最も長命だ。その年齢まで筆者は44年あることを思えば、還暦を迎えてもう老人で人生終わりなどとは思っていられない。さて、今日はこのブログの訪問者が90000を迎えた。カウントの数字がそうなったのは一昨日のことで、ちょうどその瞬間を捉えて画面をコピーした。実は先日の深夜、88888を記録した瞬間を捉えようと思い、88887になった時に何度も画面を最新のものにし直したが、30分ほど経っても変化がなかった。それで気まぐれにメールを確認するなど、2,3ほかの画面を見た。2,3分のことだ。また思い出して訪問者数を確認すると、88891になっていた。せっかく粘ったのに88888の縁起のよさそうなゾロ目には出会えなかった。それで次は90000と思った。そう言えば、888888の可能性もあるが、これは現在と同じ調子で毎日投稿を続け、しかも1日100人の訪問者とすれば約22年後に可能となる数字だ。82歳か。104歳まではさらに22年ある。ところが、人気ブログは1年ほどでそうした数字を達成しているというから、やはり人気のあるなしでは何でもそうとうな開きがある。ま、筆者は徒歩徒歩主義で22年かけて888888の記録を待とうか。ところが、おそらく先日と同じように、888887で待ちかまえて、次に画面を見た時には888889になっていたりするのだろう。どこまでも運のない筆者であるから、きっとそうだ。
●ブログ作成歩録46(訪問者数90000)_d0053294_021167.jpg

 それはさておき、何度も書くように、このブログは2005年5月下旬から始め、同年度末まで非公開にしながら毎日投稿を続けた。公開の開始は2006年1月1日で、その日に訪問者数が220ほど数えていた。つまり、非公開ながら、自分が毎日アクセスしていたので、その数がカウントされたのだろう。その220ほどを90000に加えた数字が、ちょうど今これを書いている時に記録した。そのため、今夜が正式に、のべ90000の訪問者数ということになる。80000を記録したのは7月14日だ。その日のこのカテゴリーの投稿では、「90000を記録するのは10月」と書いた。まさにそのとおりになった。また、予想したように、毎日平均100ほどの訪問者があった計算だが、これは6月頃を境にそのように3桁の日が増えて来た。ブログを公開し始めた当初からすれば4、5倍の多さだ。少しずつ増えて来ているから、進歩と言えばそうなのだろう。だが、何の進歩。筆者の書く態度は変化がない。そのため、訪問者が増えても何も実感がない。相変わらずコメント欄はほとんど空白のままであることが、なおさらそう思わせる。先日たまたま展覧会について書いている他の人のブログを見たところ、コメントやトラックバックがどの回も数十となっていた。ブログの内容はあまりにも簡単で、それは別段意外でもなかったが、そのようなごく普通の内容のものがかえって人気があると見える。また、本人は盛んにあちこちのブログに足跡を残して、コメントやトラックバックの数を増やすことに努めている。どうせブログをやるなら、そのように多くの他者とつながらなければ面白くないというのだろう。その考えはわからないでもない。そうしたネット上の交際を深めると、それが実生活にも持ち込まれる場合もあるかもしれない。そういう人と人との交際を考えるに、筆者は今日の通夜を思い起す。104まで生きると、客のほとんどはその息子さんとのつながりだ。大きな葬式はそれだけ亡くなった人や家族の社会的存在の大きさを示すが、葬式をしない有名人もあるし、結局葬式は残された者たちの今後の交際のために機能する潤滑油のようなもので、社交なのだ。筆者は社交的でないので、葬式も不要と思っているが、そういう考えは自然とブログにも滲み出ているだろう。つまり、コメントやトラックバックが増えればいいとはあまり思っておらず、そのための努力は皆目していない。する気もない。そんなことより、今日は少しでも満足出来る内容が書けたかなと思う。これがなかなかそうならないのは、才能のなさによるが、こうして毎晩書くことを習慣づけていると、それはそれで散歩と同様、健康にいいと思える。筆者の健康が他人に何ら益を与えないのと同様、このブログを読んでも時間の無駄です。
by uuuzen | 2011-10-20 23:59 | ●ブログ作成歩録
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