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●『Feeding The Monkies At Ma Maison』その2
いアイスキャンデーは、普通はアルバムの内容も甘いものかと思いかねないが、ザッパの音楽は「甘い」から連想されるものとはかけ離れている。



もちろん、ファンにとっては、ザッパの音楽は聴いて楽しいという意味で甘美さを感じるだろうが、それでも最晩年まで編集に力を注いだ『CIVILIZATION PHAZE Ⅲ』(以下『文明、第3期』)に収録されるシンクラヴィア音楽は、どれも苦味ばしっていて、聴いて朗らかになるという意味での甘さとは随分異なる。また、アイスキャンデーはその『文明、第3期』に収録されてもよかった、アルバム・タイトルの「家で猿を飼う」ということとも無関係であるから、ゲイルがなぜこうしたジャケット・デザインにしたかの真意はわからない。予約販売メールでは、「秋が近づいて暑い夏が溶けた」といったことが書かれていたが、それが新譜のジャケットを意味することではないことは明白で、昨日書いたように、日本の原発がメルトダウンしたことを知ってのことだろう。前回のダウンロード音源の発売は5月であったが、ちょうどその頃に福島原発のメルトダウンは公表された。それでゲイルは急いで今回の発売を決めたか、あるいはジャケット・デザインを考えたのではないか。そして、アイスキャンデーのような甘ったるいカラフルなジャケットが今回の音に似合わないと思う人のためには、中袋にちゃんとザッパの大きな顔写真を用意しているところが心憎い。このアイスキャンデーをジャケットに使うポップ感覚は、去年11月発売の『HAMMERSMITH ODEON』に続くもので、昔のザッパのアルバムからすれば違和感があるが、80年代という古い録音が充分現在的であることを示すには、アルバムの顔であるジャケットを現在的にすべきで、それがゲイルにメルトダウンするアイスキャンデーを思いつかせることになった。このことは、ザッパの意志をゲイルが深く理解して汲んでいることを示い、実にいい仕事をしていると言うべきだろう。また、原発の燃料棒をアイスキャンデーにたとえたとすれば、それは日本の原発行政に関する痛烈な批判になっている。つまり、地震国の日本は原発を甘く見過ぎた。そういう論調はアメリカの新聞などのメディアには載っていたと思える。だが、日本の文化の特徴は戦後どんどん甘くった。それは、アニメ・ブームや幼児ポルノの野放図さを見てもわかる。この国民的甘さが放射能を甘く考え、福島原発の被害を今なお過少気味に思い、たいして調査をせずして住民を早々に帰宅させるという考えにつながっているのであれば、甘さにすっかり毒され、糖尿病があまりにひどくなり、快復の望みはほとんどないだろう。筆者はTVで流れる若者の曲をほとんど知らないが、多少聴きかじって思うことは、とにかくどれもこれも甘過ぎる。このべとべと感には耐えられない。そう思ってたとえばザッパの今回の新譜を見ると、ジャケットはまさにその甘さを装いながら、中身はまるで正反対で、甘さを全部洗い流してくれるようで、聴いて身が引き締まる。「楽しい」すなわち「甘さ」という図式しか知らない人は、芸術には無縁だ。芸術は甘さもあれば苦さも、渋みも辛味もあり、さらにはもっと複雑な味わいを持つ。そういうことを知っている人だけがザッパの音楽を聴く。ザッパが日本であまり聞かれなくても、甘い文化しか歓迎されない国ではそれは当然のことで、味覚が著しく減退している。あるいはそれはアメリカでも大同小異であることはザッパも知っていたはずだが、晩年になるほど甘い音楽で儲けた金をその味に限定されない創作に使い始めた。その成果のひとつが今回のアルバムで、わざわざ苦味のある音楽になぜ身を浸す必要があるのかと思うに人に対しては、人をそうした苦味に陥れることがザッパの目的であったのではなく、創作はそのもの自体に前向きの熱がなければ出来ないという事実を思い出すべきだ。
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 さて、そのビターな感覚は、ジャケットの裏面に表現されていると言ってよい。猿の形をしたアンティーク調のキャンドル・スタンドが両手にほとんどなくなりかけたロウソクを持っている。この雰囲気は、シンクラヴィア音楽を始めた頃のアルバムに使用したロナルド・ローラー・ウィルソンの油絵を思い出させる。闇を照らすロウソクは、しばしば人生の残りの歳月の暗示とされるが、この置物の猿を見ていると、もう残り時間があまりないことを思わせられ、表ジャケットの溶けるアイスキャンデーと併せて考えると、なおさらザッパが思った文明の第3期という末期、あるいはそれを悲劇的なものにしたくないのであれば、第2期である現代をうまく乗り越える必要がある意味においての次のステップを感じる。だが、そうしたジャケットの解読は、ザッパの関知しないものであり、あまり深く読み解くのは問題もあろう。そこで中身の音楽を何度も吟味することに進まねばならない。第1曲目はアルバム・タイトル曲で、これがザッパの自信作であったことは、LPの片面を費やして当時発売する予定があったことだ。この20分という長さは、ザッパが思い描いていた全体的な気分にゆったりと浸るんどえあれば、歓迎すべきだが、甘い音楽に慣れた人、多忙な人は、もっと短く要領よく聴きたいと思うだろう。それはザッパも知っていたはずで、長い録音をしばしば半分かそれ以下に縮めてアルバムに収録した。だが、アルバムだけが作品ではないはずだ。ザッパは額縁を設けることが作品化と言ったが、その額縁に収めるためには、長過ぎる部分を思い切って削ぎ取り、エキスに近い部分だけで提示する必要がある。だが、この制約はいつもいいことばかりには働かない。そのこともあってザッパはLPでもCDでも2枚かそれ以上の枚数でアルバムを作った。今回の新譜の解説には、ゲイルのほかに、かつてザッパと一緒に仕事をしたトッド・イーヴガが書いている。この意見について明日は書きたいが、結論を言えば、筆者は彼の意見には全面的に賛同しかねる。限られた字数の説明なので、トッドにすれば詳しく思いを書けなかった部分もあろうが、それは別にしても筆者の思いとは少し違う。それはさておき、今回の音は1986年の録音で、LPとして発売されていたならば、シンクラヴィア・アルバムとしては『JAZZ FROM HELL』の後になっていたが、曲の雰囲気は『文明、第3期』にとても近い。それは第2、3曲が同作に半分ほどに短縮されて収録されたからだが、ザッパはシンクラヴィア曲を作ってはその尻から完成とみなして手を加えなかったのではなく、アルバムに収録するためにその後何度も手を加えたから、いくつものヴァージョンが存在する。これはシンクラヴィア曲には限らない。結果的に最も完成度が高く、またザッパが発売するにふさわしいと認めたかは、アルバム収録ヴァージョンとみなすしかないが、これもまた曖昧な部分があって、異なるアルバムに同じ曲の別ヴァージョンがそれぞれ収録されることは生前からよくあったから、ザッパにとって唯一の完成作というものはなかったと見てよい。アルバムで発表しても、それは過渡期の作で、年月を経るとまた違うヴァージョンを作った。であるから、今回の第2、3曲目は、『文明、第3期』収録のものより倍の長さがあるからといって、それが倍饒舌で無駄が多いとは言えない。
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●2003年10月23日(木) その2
●『Feeding The Monkies At Ma Maison』その2_d0053294_21462.jpgそれはそうとインターネットを始めて便利さを感じるのは、メールを送るとすぐに返事があることだ。東京のUさんにヴァレーズEMS盤を入手したことを告げると、彼もこの2、3年の間に東京の中古レコード店で買ったという。また、別のザッパ・ファンも持っているとのこと。何だ、あまり珍しくもないのかと一瞬落胆。しかし別のザッパ・ファンが持っているのは白黒ジャケットのヴァレーズの肩付近にヴァレーズのサインが白抜きで入ったデザインとのこと。さて、ザッパはいったいどの盤を買ったのかという推理の番になった。両者の差はそのサインだけではなく、右下の大きなEMSの書体に違いがあり、また左下の曲目のうち、「IONISATION」がサイン入り盤ではSがZになって「IONIZATION」と印刷されているなどいくつか細部が異なる。この曲目表記はサインなし盤もサインあり盤も、裏ジャケット右上ではSで、解説の中ではZだ。おそらくヴァレーズあるいは解説者は最初「IONIZATION」としたのに、ジャケットの版下作業へ伝達する間のどこかの段階でそれが「IONISATION」となったのではないか。そのことに気がついて表ジャケをその後の版では「IONIZATION」と改め、しかもついでにヴァレーズのサインを入れた。この推理を東京Uさんに伝えると、サイン入りの方はジャケ写真が荒く、複製を思わせるとのこと。つまりサインなしが初版ということで意見が一致した。ザッパに関する洋書や海外のホームページではサインあり盤の画像を紹介している場合が目立つ。そういう場所でどちらが初版かといった話題はないのが歯痒いが、ザッパの『自伝』(日本版31ページ)ではこのアルバムを「IONISATION」の表記で書いているので、おそらくサインなし盤をザッパが買ったと思いたい。という確信を得たところでFさんは紙ジャケ加工の作業に入った。埼玉のUさんからは2種の、つまり焼き直した2枚のCD-Rが届いたが、LPそのままであるので、盤面最初の曲の出始めまでの10秒以上の空白までそのまま入っているので、これらはFさんに頼んで今のCDスタイルに倣って削った。入手した盤質が東京Uさんの所有する盤よりいいのか悪いのかが気にはなる。よりよい音質の盤を使用して作りたいからだ。それを言えばジャケットも同じことだが、こちらはパソコンの画像修正でどうにかなる。にしてもFさんの作業は困難であったと思う。入手したLPはKTV(関西TV)のレコード・ライブラリィにあったもので、そのことを示す数センチ角の青いハンコが裏ジャケットの中央に捺してあるため一部の文字が容易には読み取れない。またジャケットの三方にセロテープが貼ってあって、それが黄色に変化している。おまけに裏面の解説の細かい活字はかなり擦り切れて消えている。これらを元の新品のような状態に画像処理の復元をしたうえで縮小し、さらに紙ジャケとして手で作る必要もある。そのためにFさんはザッパの紙ジャケのひとつを分解して構造を調べたそうだ。気軽に頼んだのはいいが、それを実際にひとりでやるとなると大きな手間だ。裏面はスキャン画像をそのまま縮小すると文字が潰れてしまうので、同じようなタイポグラフィを用いて全部打ち直したという。いつでもかまわないとは言っておいたが、着々と作業が進んで、頼んでおいた5部が予告なしに昨日届いた。誰と誰に送ろうかと考え始めて、5部では足らないことがわかった。そのことと、ごくわずかにレイアウトが気になる点をメールで告げると、すっかりそれらを修正してまた作り直したと今日メールがあった。Fさんにとっては大変な二度手間だが、やるならば徹底してというお互いの気持ちがある。何よりも本作のオリジナル・タイトルには「コンプリート・ワークス」とあるから、完璧な仕事を目指すのが本筋でもあろう。そんなことからFさんは昨夜のメールでザッパの紙ジャケ・シリーズの帯と同じように俳句を考えてつけるのはどうかという提案して来た。しかし昨夜は12月にBMGから発売される『グレッガリー・ペッカリー』の曲順変更などのメールがこれも突然入り、それでてんてこ舞いをした。気にはなったが、俳句を考えるどころではない。とはいえ本当はかなり考えもした。しかし布団の中に入ってからも、いいのが思い浮かばない。やりかけの本職もある。月末に送信する5点の切り絵も気にかかる。しかもネット・オークションで今夜終了した日本画がとてもほしくて、その入札が気になって仕方がない。あれこれの作業が全部半ばのまま、とにかくひとつずつ片づけるしかない。実はFさんからは解説もつけてほしいと以前に言われたが、今はとてもヴァレーズ論を書けない。だがやはり帯までつけるのであれば、そして頼まれればやりたくなる性分だ。帯の俳句などはさきほど頭を絞り切ってようやく完成し、すぐに送信した。一夜漬けだがよく出来たと思っている。送った後に注文仕事のキモノの引き染め工程を終え、そしてウテ・レンパーをかけながらこの執筆に入ったが、ヴァレーズ論は書けなくとも、それに変わる何か、つまりこうした日記の番外編をつけるのもよいかと思いついた。ザッパの紙ジャケではいつも原稿は2500字という規定があって、今書いているこの文章も同じだけと思いながら、もうとっくにその分量を越えた。裏ジャケにある英文解説の翻訳をつける方がよっぽどいいのだろうが、その時間とこうした勝手な文章を綴る時間を比較すると当然こっちの方が手っ取り早いし楽しい。しかもこんな忙しい日々ではひとつひとつの気がかりを短時間で片づけて行く必要がある。Fさんから送ってもらった後、各人に発送する際に手紙をつけるのは面倒でもあるので、こうして解説代わりの文章をつければ、それが経緯を示す手紙の代わりにもなる。また、これは話が変わるが、先日大阪のIさん(二度面識あり)からはニューヨークでのジェフ・ベック・ライヴを紙ジャケ化したCD-Rが届いた。その音はアメリカのOさんが会場で収録したものだ。ちゃんと曲目表示と解説のついた用紙が1枚入っていて、その中でIさんは東京Uさんとどっちが早く見開きタイプの紙ジャケを作ることになるかなどと書いていた。そのUさんも少数の知り合いのザッパ・ファンだけに配付するジャケつきのCD-Rを何枚を作っているが、そうしたものをまだFさんには全く見せていない。Uさんの許可を得ていないこともあるが、半分はたまたまたその機会がなかっただけだ。それでもこうした紙ジャケを東京Uさん、あるいはIさんに送ることでFさんの紹介になると考える。いわばFさんの自己紹介の名刺代わりになるだろうとの思いだ。さてもう4時を回った。明日もう少し続きを書こう。
by uuuzen | 2011-10-02 21:04 | 〇嵐山だより+ザッパ新譜
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