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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●死の町
路に行って来た。9日のことだ。息子が小学生低学年の頃に行ったきりで、20年は経っているか。それはまた別に書くとして、姫路市立美術館では、ベルギーの象徴派の絵画が10点ほど展示するコーナーがあった。



●死の町_d0053294_2225109.jpg町中の小さな画廊のイメージで、それがよかった。図録を引っ張り出して見ると、『フェルナン・クノップフ展』が1990年の夏に同館で開催され、これを息子と見に行った。21年前になる。だが、図録は1994年5月3日に買ったことになっている。どこで買ったのか記していないが、名古屋市美術館のパンフレットが挟んであるので、同館にあった在庫を買ったに違いない。姫路で買わなかったのは、交通費や食事代、展覧会や姫路城の入場料など、物入りであったので、図録は我慢しようと思ったのだろう。だが、クノップフの美女を描いた絵はがきを10枚ほど買った。そして、強烈なクノップフの絵画は忘れられず、名古屋で図録を見つけた時には迷わずに買ったということだ。そう言えば、数年前のネット・オークションで図録がまとめて出品され、落札した中に、このクノップフ展の図録があった。2冊はいらないので、1冊をまたネット・オークションに出品したが、落札者はクノップフを知らず、届いたメールには、「未知のいい画家の図録が入手出来ました」などと書かれていた。今でもあまりクノップフは有名でないだろう。世紀末の頽廃的な匂いがぷんぷんして、100年後の今、新鮮見えるところがあるかもしれない。話を戻して、ベルギー世紀末絵画の10点ほどの中にクノップフが1点あった。タイトルは「死の町」であった。クノップフはエロティックな女ばかり描いている印象があるが、こうした無人の風景画にも独特の味わいがある。この「死の町」をさきほどネットで調べると、題名が「ブリュージュにて 聖ヨハネ施療院」になっている。おかしいなと思って、9日に美術館からもらって来たチラシを見ると、展示作品は9点で、そのうちクノップフの作はやはり「ブリュージュにて 聖ヨハネ施療院」となっている。まさか。筆者はこの絵の前でしばらく立ち、そのいかにも「死の町」であるような色合いや、水面に接した不気味な黒い半円の口を見つめた。「ブリュージュにて 聖ヨハネ施療院」は「死の町」とも題されるのではあるまいか。この作品は90年のクノップフ展には出品されず、図録に紹介はない。似た構図の横長の作品んとして「ブリュージュの思い出-ベギーヌ修道院入口」がある。解説には「死の町」の言葉は使われていない。また、有名な「見捨てられた町」はブリュージュのハンス・メムリンク広場を描いているが、これも「死の町」と題するにふさわしい不気味な気配が漂っている。クノップフにとってブリュージュは死んだ町に見えたのだろう。思い出したのでついでに書いておく。20年ほど前の一時期、親しくした年配の男性があった。一代でそこそこの財を成し、晩年は海外旅行三昧の日々を送った。その人が言うには、一番よい思い出となった町はブリュージュで、そこだけはもう一度訪れたいと顔をほころばせていた。筆者はクノップフの絵画で第一印象が出来上がっていたので、その思いを言うと、確かにそういうムードのある町だが、とてもきれいでよいと語った。フランスに行ったことのない筆者はベルギーに行くこともないだろうが、クノップフが描いた100年前と違って、今はすっかり観光都市化し、死の町のイメージは乏しいのかもしれない。それに、クノップフが「死の町」のイメージで描いたことがかえって宣伝になって、訪れる人は多いのだろう。
●死の町_d0053294_22524426.jpg

 姫路から帰っての夜、大臣になったばかりの人が、福島第一原発に近い町に人影がないことを「死の町」と表現して、えらい騒ぎになっているニュースを見た。それを見ながら、筆者はその大臣が非難される理由がわからず、「原発周辺が「死の町」であるのはあたりまえのことで、それを言うのがなぜ悪いのかさっぱりわからない」と家内に言った。結局大臣は陳謝し、辞任した。このあまりの漫画的な、いや漫画にも劣るアホな話が今の日本の政治であって、何とも不気味な、それこそ日本全体がついに「死の町」化していることを思わざるを得ない。「死の町」は文学的表現だ。大臣はそういう文学用語を使ってはならないと見える。また、仮に記者や野党に非難されても、当の大臣は「何が悪い。お前ら文学のわからんやつらに言葉の綾がわかってたまるか。無学者めが!」とでも啖呵を切ったならば、かえって拍手喝采であったかもしれない。変に謝るから、糾弾する者はつけ上がる。そういう手管をよく知っているのが都知事だ。この「死の町」発言が都知事のものであったならば、きっと記者たちに向かって、「何が悪い。お前ら文学のわからんやつらに言葉の綾がわかってたまるか。無学者めが!」に言ったに違いなく、そして株が上がったはずだ。今の日本は相手がやわだと見ると、徹底していじめ抜く。記者などそういう人種の集まりだろう。ペンの威力をはき違えている。弱者に横柄に振るまい、強い者にはぺこぺこだ。都知事がその代表であるから、日本全体の品位が下がっている。だが、大臣の「死の町」発言に対して、TVに出ている政治家や評論家などは一斉に「人が言うこととは思えない」とか、「言葉の扱いを知らない」とか、挙句には「任命した総理の進退問題」とまで言い始めている。こういう連中ばかりがTVで有名人面するから、TVは見ないに限る。電気代がもったいないだけだ。原発も不要になってなおいいではないか。一昨日の朝は関口宏が司会を務める番組を見たが、どの評論家の意見もさっぱりで、何の益も実もない。だが、TVはそういうものだろう。真実など把握出来ないどころか、かえって真実から目を眩まされる。韓国ドラマばかりやるのが偏向著しいという意見が出たが、それを言えばTV全体がみな徹底して真実を伝えずに、適当に国民を騙している。それはさておいて、福島から避難している人々は、大臣から生まれ故郷が「死の町」と形容されていることに憤りを感じたとすれば、大臣の言葉は他人事として謗られるべきだ。だが、福島の人々は故郷がチェルノブイリ化して、全く「死の町」となっていることは内心認めているだろう。広島の原爆が200個だったか、とにかく大量の放射能を撒き散らし、しかも炉のメルトダウンの現状は誰にもわからない状況であるから、安全を思うのであれば、原発周辺は「死の町」と国が認定するのが親切というものだろう。だが、メルトダウンの状況は不明であるし、ひとまず放射能の量も減少しているので、間もなく住民を自宅に戻すと言う。この放射能の量の安定が筆者には信じられない。セシウムで大騒ぎしているが、問題はそれ以外の放射能だ。その計測が正常になされているのか。誰もそれをチェック出来ず、政府の言うことを鵜呑みにするしかない。また、セシウムにしてもくまなく調べたわけではなく、ホット・スポットが存在する。こんな状況で住民を帰宅させるなど、どう考えても放射能騒ぎを鎮めたいと躍起になっているとしか思えない。政治家にとっては放射能は見えないから安心なのだ。そのことを忘れない方がよい。見えないから不安、危険と思うのがまともな考えであるのに、そのまともが今は逆に狂気扱いされる。筆者が原発の被害者ならば、政治家や原発学者が福島の原発周辺に住まない限り、絶対に住まない。帰宅してよいと言われる人は、放射能の実験にされるようなものだ。被害を受けてもなおとことん利用され尽くされるのが、避難者たちだ。
 地震から半年経って、ついに放射能ネタも覚めて来たようだ。日本人は何事も忘れやすいことで有名で、原発事故も数年後にはほとんど話題にならないだろう。そういう操作をするのがマスコミで、その裏には国家がある。「死の町」の発言でいきり立った自民党の議員は、その「死の町」の原因を根本的に作り上げて来たのが自分たちであるから、火の粉がかかるのを防ぎたかっただけであろう。そして、ほとんどの議員は実際に「死の町」にするしかないことを知り過ぎていて、後はどうして自分たちの利権を考えてうまく立ち回るかだ。誰も福島のことなど真剣に考えていない。島として切り離せることが出来るならばそうしたいと思っている。放射能の除染を言っているが、目に見えないものを徹底的にどのように取り除くことが出来るのだろう。また、今あるところから別の場所に移動するだけのことで、放射能はものによってはそのまま何万年も残る。おまけにホット・スポットがあって、とんでもない高い染量が見つかる。これらを取り除くより、そのままにして県民全員を移住させた方が安くつくだろう。チェルノブイリがそうなっているのに、日本がそうしないことがどうかしている。ネットで福島原発や放射能のことについて調べると、3月20日頃の書き込みに、福島原発はチェルノブイリとは構造が違うので、絶対にメルトダウンは生じないというのがあったりする。ネット検索の不便なことは、ブログにしろホームページにしろ、書かれた時期の新しいもの順に並ばないことだ。最新の情報を知りたいのに、それになかなか到達出来ない。いや、不可能だ。だが、これには福島原発のメルトダウンがどうなっているのか誰にもわからないから、伝えるべき情報がないからとも言える。そして、この誰にも実態がわからないメルトダウンは、政府や東電にとっては後々言い逃れが出来る材料になっている。「その時はわからなかったのです。今となっては無茶な考えから住民を帰宅させたものだと思います」などと、今からそういう弁明を心の中で反芻しているに違いない。第一、メルトダウンについて報告されたのも、地震からそうとう経ってのことで、国民をパニックに陥れないというのは聞こえがいいが、実際は忘れやすい国民性をよく知ったうえでの、批判を最小限に食い止めるための操作に過ぎない。今までの経緯からだけでも、国や東電の思惑は充分にわかるはずだが、福島に住む人にすれば、以前と変わらぬ花が咲き、また鳥が囀るので、放射能のことは夢であったのではないかと思うこともあるだろう。だが、問題は10年、20年後だ。子どもが16000人ほど転校しようだが、まだ残っている子どももいるはずで、そういう子どもにどういう影響が出るかは、誰にも正確なことがわからない。であるから、福島を避けて遠方に移住するのがよい。先日福知山の和菓子店で福島から避難して来た家族の主が勤務している様子を紹介していたTV番組があった。福島から京都への移住は大きな決断が必要だったに違いないが、放射能の心配のないところで生活出来ることは何にも代え難い。人間は植物と違って、自分の意志で移動出来るのであるから、誰も何の保証もしてくれない現状を見捨てて他県に移り住むのがいい。生まれ故郷に愛着があるとか、また他県では仕事にありつけないとか言っている場合ではない。それには政府がはっきりと政策を立てるべきだが、政治家はあらゆるところとつながって、そう簡単に物事を独断出来ないのであろう。また、除染ひとつ取っても、そのことによってまた大儲けを企む政治家がいるはずで、とことん自分のことしか考えない連中が日本の中枢を担っていることを思っておいた方がいい。
●死の町_d0053294_2237641.jpg

by uuuzen | 2011-09-13 22:27 | ●新・嵐山だより
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