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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●梅雨時の白花三題、その10
蒲畑と勝手に呼んでいるが、ムーギョ・モンガへの途上、松尾橋まで後500メートルほどというところに大きな田畑がある。



昨夕、いつものようにそのスーパーに買い物に行った。菖蒲畑の前を通ったのは7時20分頃で、まだ明るく、菖蒲の花はどれも色がよくわかる。300株ほどあろうか、8割方が枯れているが、白花が10数株新しく開花していて、先日撮影した写真は半ば萎びていたので、撮り直そうかと一瞬思ったが、カメラを持っていない。取りに帰ればそこから往復30分はかかる。また明日ならばもう枯れているかもしれない。やはり花との出会いは一期一会なのだ。また、菖蒲は花の色で開花時期が違うというより、品種が違えば花色が異なり、それで菖蒲畑はより長らく楽しめるようになっているのだろう。この菖蒲畑は、出荷するのでもなく、趣味で育てているように見えるが、付近の人や道行く人にとってはありがたい。農地の固定資産税がどれほどか知らないが、土地持ちでない者からすれば想像を絶する資産に見える。そういう広大な土地を資産として持つ者は代々受け継いでいるのであって、無一文から身を起こした人が農地を買って農業に勤しむことは現在ではどれほど例があるだろう。都会ではまず考えられない。その菖蒲畑の一画には独身者用のマンションが2棟建っているが、高層マンションがいくつか建つほどの土地で、数億以上の地価ではないだろうか。田舎ならば10倍かそれ以上の土地が買えるだろうが、田舎では地元の人以外には手放さず、よそ者を受けつけない。家内の妹の旦那が鳥取出身で、男兄弟が3人あって、長男が当然跡を継いだが、10数年前に父親が亡くなって遺産分与があった。山をいくつも持っていたので、それを部分的に処分して妹の旦那にもまとまった遺産が入り、それで高槻に新築の家を建てた。それを聞いてそういうものかと思ったが、筆者は親からの遺産はゼロ、また家内も両親が亡くなった後、遺産相続権の放棄を迫られ、それに判を押したので、それこそ1円も受け取らなかった。そのため、筆者らはどちらも親からは身ひとつをもらった形だが、昨日梅棹の全集の1冊を読んでいて、そのことについて書かれていたことが面白かった。梅棹は、遺産など引き継がない方がよく、毎月の決まった収入で生活して行くことがよいと書いていた。田舎でいくら山や土地をたくさん持っていても、それは次の代に引き継ぐものであって、毎月の生活には現金収入が必要だ。それに先祖や親の遺産は怨念が染みついていて、そんなものをもらわない方がいいと言うのだ。梅棹らしくない非合理的な意見だが、それもそうかと思う。筆者のように生まれた時から今に至るまで、終始金に困って来た身からすれば、棚ぼた式に大金が転がり込まないかなと思う時がたまにあるが、そんな夢物語があるはずがなく、あってもそれは大事故と同じで、その後はおそらくろくなことがない。そんなことを考えずに、なければないで慎ましくやって行けばよく、また誰からの恩恵も蒙っていないという思いは清清しくていいではないか。家内の妹は10数年前に新築の大きな家を建ててから深刻な病気になり、それを家内の兄などは家の方角が悪いなどと言ったりしているが、遺産で建てた家に住んだ途端にそんなことになったので、何か関係があると思いたくもなる。それに、家内の妹の旦那の兄ふたりは、相続してから間もなく死んだし、その嫁もまた同じ運命を辿った。いったい、遺産という大金が何の役に立つのかと思う。遺産の話になったのは別の理由がある。今日は長くなるので、また明日にでも続きを書く。
●梅雨時の白花三題、その10_d0053294_11583612.jpg

 さて、散歩道沿いの菖蒲畑は阪急電車に乗っているとよく見える。まだ当分住宅が立つ雰囲気はないが、10年もすればどうなるかわからない。ともかく、その田畑は松尾大社から渡月橋に至るまでのわが自治連合会区域では最も大きな田畑のはずで、家が建て混んでいるところからそれが眼前に開けるところに差しかかると、いつもほっとする。菖蒲畑の向こう、電車の線路沿いには田んぼがあって、ちょうど田植えが終わった頃で蛙が盛んに鳴いている。昨日の午後8時頃、ムーギョ・モンガの帰り、その道を歩いていると、眼前の空が稲妻で光った。音はしなかった。そこで一句ひねろうと、「音のない稲妻光り……」まで思い浮かんだが、家に着くまでの15分ほどの間、完成しなかった。こうして書きながらまた一方で考えるが、やはり昨夜思い浮かべていた「音のない稲妻光り鳴く蛙」はどうだろう。稲妻の音のごろごろを蛙の声にかけているつもりだが、全体にグロテスクな感じを表現したいのだ。「音のない稲妻光る」は実際はおかしいことはよくわかっている。稲妻は音なしでまず光り、それから音がするからだ。だが、下の句との時間差、意識の差を表現するには、あえてそこは稲妻の音が聞こえなかったが、その後で蛙の鳴き声に気づいたということを表わしたい。だが、「稲妻光り」はまずいか。稲妻は光るものであるから、ここは「光り」を使わずに別の言葉にしたいところだが、「田に照り」などとすると一字あまる。こうしてあれこれ言葉を選んでいるのは楽しい。それはいいとして、「鳴く蛙」は「泣き帰る」にひっかけてもいる。それを説明しよう。稲妻を見る5分ほど前にジョン・レノンの曲「GOD」を思い出し、それをずっと口ずさんでいた。あたりに人は歩いていないから、2,3メートル離れても聞こえるほどの声だ歌った。その曲はとても好きで、年に何度か思い出すが、昨夜はジョンが早く死んだこと、またピアノを弾いているビリー・プレストンも死んだことを思い、自分がとても長生きして来た気分になった。また、その畑から松尾駅までの500メートルほどの間は、さまざまな思い出があって、それら遠い過去を思い出すと、途端にしんみりとして来る。筆者が20代後半、染色工房に勤務していた頃、家内は大阪で勤めていた会社から、仕事を終えた夜にそのままの足でたまに筆者にパンを買って会いに来てくれた。家内は交際を両親や兄弟姉妹から猛烈に反対されていたから、内緒で会ってさっとまた帰るのだが、昨夜は歩きながら、松尾駅で待ち合わせていた真冬の頃を思い出した。先に書いたように、筆者は昔から今に至るまで貧しい生活の連続で、その真冬の暗い夜も古い黒いセーター1枚にジーパン姿、しかも栄養が足りずにガリガリに痩せていたが、松尾橋をわたる時に急に雪が降って来て、寒さに縮み上がった。吹雪を見つめながら、駅前で家内の乗る電車を20分かそこら待ち、会ってすぐに暗いバス道を嵐山寄りに駅から100メートルほど歩き、小さな喫茶店を見つけて入った。そこへ入ったのは一度切りで、それがどこにあったのか、とっくに店はない。30分ほど話をして、松尾駅で家内を見送った後、工房に戻ると、喫茶店で家内(その頃はまだ恋愛中)からもらった10円玉数十枚がない。10円玉をトーテム・ポールのように高く積み上げ、テーブルの片隅に置いたのだが、帰りを急ぐ家内に気を取られ、それを持ち帰るのを忘れたのだ。その10円玉は、昼に筆者が家内の会社に電話をかけるためのお金だ。まさかそこまでお金に困ってはいなかったが、家内の思いやりであった。そんなことを初め、菖蒲畑から松尾駅に至る500メートルには思い出が多くあって、それらをたまに思い出して狼狽する。
●梅雨時の白花三題、その10_d0053294_11585894.jpg ジョンの「GOD」は1969年の古い曲で、そうした思い出とは時代がかなり違うが、古いことで共通しているのでよく思い出すのだ。その曲のいい箇所は中間部以降、同じメロディで「I don’t believe……」と何度も繰り返すところだ。それが終わった直後もまたいいが、最初から最後まできちんとではなく、いいところをでたらめに口ずさむ。そして、昨夜は妙に悲しくなり、ほとんど涙を浮かべながら歩いていたが、「I’m reborn……」という箇所を歌った時、『そうか、生まれ変わったか。そうありたいな』と思い、するとさらにまた涙が出そうになった。それから1、2分後に菖蒲畑に差しかかり、前方に音のない稲妻が光った。そして左手、菖蒲畑の奥の水田からはたくさんの蛙の合唱だ。「音のない稲妻光り……」を思いつきながら、それが何かの啓示とまでは言わないが、本当にリボーンしなければならないなと思った。地震以降、筆者は全くのひとり相撲を取り続けて来て、仕事にあまり熱が入らず、体調も崩しかけ、こんな調子では駄目だと思いながら、またどうしようもない思いに向かうことに手こずっている。いつだったか、地震があったことによって今まで長年何度も見て来たある夢を見なくなるだろうと書いた。だが、一昨日また同じ夢を見た。地震前の気分に戻ったと思うのは早計で、地震後の変化を経験しているから、それからさらにまた過去に戻ったことは、なお始末に悪い状態になったと言うべきだ。その夢の内容について簡単に書くと、筆者はある人物に会うために遠方に旅をしている。その人の痕跡がいつも手がかりとして見つかるが、そこへ行こうとすると道に迷い、目が覚める。あるいは辿り着いても居場所がわからず、見知らぬ町をひたすらさまよいながら目が覚める。その夢を見ている時は苦痛で悲しいので、目覚めていつもほっとする。そんな悲しい夢をまた見たことに、以前にも増して愕然としている。この夢を根本的に解消する手立てが思いつかない。方法がないことはないが、筆者個人の問題ではないだけにどしようもない。だが、昨夜のムーギョ・モンガからの帰り道、音のない稲妻を見る少し前、たくさんの思い出に押し潰されそうになりながら思ったことは、その多くの思い出にまつわる誰とも喧嘩別れしなかったことだ。喧嘩しない別れがあるかと言えば、もちろんある。筆者がどういう意味で書いているかはわかると思うが、かえってそういう別れの方が傷は癒えない。ついでに書いておくと、これも昔の話だが、菖蒲が咲くその田畑の思い出に強烈なものがある。その田畑は桂川の方面が見わたせて、先に書いたように、その付近では最も広々とした場所だ。そこを晩秋の4時頃か、空がまだ水色の時刻帯に自転車で走った時、畑の向こう、地平線近くに驚くほど大きく、またオレンジ色がかった満月が冷たく浮かんでいた。筆者はそれをほとんど泣きながら見た。その日の昼、電話があった。そして、その人が決定的に筆者から遠い存在になったことを伝えられた。奥歯にモノが挟まったような表現だが、筆者が小説家なら、ここはもっとうまく書くところだろう。いつかそういう機会があるかもしれない。ま、そのように、その菖蒲の咲く畑は昔から筆者には印象深い場所で、ほとんど毎日そこを通りながら、たまには感傷的になる。昨夜はちょうどそうであったが、たまたま思い出したジョン・レノンの「GOD」の歌詞「I’m reborn……」を肝に銘じなければならない。
●梅雨時の白花三題、その10_d0053294_11591892.jpg 今日も梅雨時の白花の写真を3枚。こうして毎日掲載すれば、案外梅雨時に白い花が多いことに気づく。やはり蒸し暑い頃には白が似合う。花はそれをよく知っている。まず最初はポピー。この花は筆者が今これを書いている3階から50メートルほど先に見下ろしたバス通り沿いの一画に昔から大量に咲く。そこでよく写生し、図案化してキモノにも何度か染めたことがある。ところがそこには赤ばかりで白の品種はない。この白は一昨日掲げたタチアオイのすぐそばに咲いていた。赤色はほとんど枯れていたのに白だけが元気であった。花菖蒲と同じように、白は梅雨時に合わせて開花時期が少し遅いのかもしれない。2枚目はどこにでもあるヒメジオンだ。雑草なのでほとんど誰も目に留めないが、白い小さな花をたくさん咲かせるのはそれなりに風情がある。息子がまだよちよち歩きの時、夕方に自転車に乗せて桂川沿いの大きな公園までよく連れて行き、いつもこの花ひとつを摘んで、息子に持たせた。息子はそれを手放さず、家に戻ってもなおしっかりと握っていた。息子に小さなこの花を持たせたのは、岸田劉生の絵を真似したもので、こう書いてぴんと来る人は、そこそこ絵画に関心のある人だ。岸田は肖像画を描く際に、しばしば小さな花を握らせた。それと同じ格好を息子にさせたわけだ。さて3枚目の写真はピンぼけになってしまったが、同じく桂川沿いで見つけたもの。少しも珍しくないトレニアで、花壇によく利用される。ブログに白い花をなるべくたくさん掲げる必要を思い、いわば埋め草的に用意した。こういう花は克明に写生する気にはさっぱりなれない。平凡はつまらないということか。人間も同じと言えるかもしれないが、平凡の中にもそれなりの苦労があると反論を食らう。実際そのとおりで、誰にでも身の丈に応じた暮らしと苦労がある。それを時には「蘇った」と思いながら、時の流れに乗って漂って行く。「リボーン」で思い出したのでついでに書いておくと、昨日はムーギョ・モンガでらっきょうを漬けるための酢を買った。らっきょうは塩漬けしたいたが、糠のような成分が出て発酵し、芽が出る部分が少し痛んでいたので、またその部分を全部切り取った。どうにか漬けると、ちょうど保存瓶いっぱいになった。そうなるような量を箱詰めして売っているのだが、そのあまりにぴったりな量であることにびっくりした。ムーギョ・モンガでに相変わらず土つきのらっきょうを売っている。それは筆者がスーパー玉出で買った価格の倍で、ムーギョが何から何まで安いとは限らない。これは玉出も同じで、スーパーはそのようにしてバランスを保っている。そのために、1軒ではなく、はしごして買い物をする必要がある。往復8500歩と先日書いたが、それはムーギョまでの往復で、その斜め向かいの大型スーパーにも足を延ばすので、店内を歩く歩数を加えると優に1万歩は越えるだろう。それが筆者の肉体の運動になっていて、このブログが頭の体操になっている。
by uuuzen | 2011-06-25 11:59 | ●新・嵐山だより
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