降水量でどのように調節しているのか、わが家の裏庭のすぐ向こうを流れる小川、というより農業用の水路は、雨が降るとすぐに上流の水門が閉められて干上がる。以前から気になりながら、数か月前の自治連合会で隣の人に訊ねたことがあるが、明確な返事は得られなかった。
筆者が知りたかったのは、降雨量を自動的に計算して門が開閉するのかどうかだ。なぜなら真夜中の雨の場合、管理者が駆けつけて門を閉めるとは考えにくい。おそらく自動と思うが、そうなるとその設備は大がかりなものではないか。それに停電があった時はどうするのだろう。水門の付近はよく歩くが、水門の開閉構造をまともに見たことがない。まずはそれを確認するのが先のような気もして来たが、そう言えば何事も深く追求しないまま長年経ってしまい、そのままついに事情を知らずに終わることは多い。人生とはそういうものだ。これを筆者は昔、「悔い」と呼んで、昨日書いたTさんへの手紙にも話題にしたことがある。人生は悔いがたくさん積み重なる一方であるとも書いた。その後悔に耐えられないと思う辛い時が筆者にもごくたまにある。だが、鬱になることはない。あるいは筆者の鬱は物事を考え過ぎてしまう状況だろうが、どうにもならないことはさっさと忘れることが多い。あるいはその逆にとことんそれにつき合って深みにはまって行くかだ。深みにはまりながら、一方ではこれではいけないという自覚があるから、その自覚がやがて深みから自分を救う手段を探し出す。それはすぐに訪れない場合が当然あって、そういう時は困ったものだが、それでもこうして毎日何か書くことを義務づけていると、それがひとつの救いになっているとも思える。
悔いに話を戻すと、ああすればよかった、こうすればよかったと、過去の自分の行為を否定して悩むというのではない。いつもその場その場で最もよい選択をしている自信はある。ところが、その最もよい選択の次に位置する選択が、長年惜しいと思い返され続ける場合がある。つまり、最もよい選択と2番手の選択の双方を手に入れたかったが、経済的、そのほかさまざまな理由からそれが許されない場合の方が多いし、どれかひとつを選びながら人生を歩んで行かねばならない。だが、そう簡単にあきらめがつかないこともある。そうして選び取ることの出来なかった対象が悔いとなって残る。これは単なる欲張りと思われそうだが、最もよい選択をしながら人生を歩んでいると自信を持たねば、この浮世の辛さを乗り切れず、同じ理由から、結果的に2番手となったものを最もよいものとして選んでいた場合の人生を想像することをあえて避ける思いもある。つまり、時には涙を飲みながら、いつも最もよい選択をしていると思うことにし、その陰で葬り去らねばならなかったものを後々惜しいと思う。葬り去らねばならなかったと書けばえらく大げさで、本当は多忙のあまり、長年気になりながらそれに取り組むことが出来ないちょっとした事柄で、その気になればいつでもそれに取りかかって満足することが出来る場合の方が多い。だが、そういう事柄が筆者に膨大にあって、全部消化するには100年あっても無理だろう。人生はあまりにもあまりにも短い。多くの関心を抱いたものを全部に等しいほど手放さねばならず、それらを、わずかな対象のみを最も自分が欲したものと自覚することで忘れることにする。また、膨大な気になる事柄は、おそらく大半はどうでもいいものだろう。だが、どの道、人生はどうでもいいことの連続であるように思えるし、膨大な気になることの中からごくわずかなものを手に入れ、それに納得することで、自分は最良の選択をして人生を歩んでいると自覚、あるいは錯覚する。そんなことを考えていると、自分が真にやりたいことだけをやり続けて今まで人生を歩んで来たか、また不義理をしたことがなかったと思い至り、それでまた「悔い」の感情がじわじわと湧いて来る。これこそが世間で言う鬱の状態なのかもしれないが、そんな精神状態に強く陥った時でも筆者は普段どおりの生活をしているし、また出来るから、さほど物事を深刻には考えないのだろう。また、100年あっても消化出来ない気になる対象があるとして、筆者はそれらを忘れずにいるから、何かの拍子にそれに取り組む糸口が見つかる場合はよくある。結局膨大な関心事は、結晶を生み出すのに必要な水溶液のようなもので、そう思えば筆者は常に結晶を求めて行動し、また最も最適と思える選択をしていると改めて思う。ただ、その水溶液にどっぷりと浸って溺れそうな時期がある。そのさまよいの時期が辛い。
今朝のネット・ニュースで貧乏を売り物にしていた上原美優という若いタレントが自殺したというものがあった。筆者は芸能人の名前を覚えるのが苦手だが、このタレントは何度かTVで見て顔を知っていた。10人きょうだいの末っ子で、種子島出身、生活は貧しかったそうだが、涙袋が目立つかわいい顔で筆者は好ましく思っていた。以前暴走族に入り、4年前の20歳の時に自殺未遂をしたことがあるとのことで、その気持ちが再燃して結局死んでしまった。有名になって、貧乏ではさほどなくなっても、心の隙間を生めてくれるものがなかったのだろう。これは鬱の病と見た方がいいのかもしれない。これも自治連合会の会合で隣に座った婦人から聞いたことだが、その人は鬱病患者の世話をよくしたことがあるらしく、鬱の怖いところをこう言ってくれた。鬱から治りかけた時が一番自殺が多いらしい。これは不思議な気がする。精神的にどん底の鬱では自殺はあまりなく、それから明かりが見え始めたような時が勢いに乗って自殺を企てるとすれば、鬱病は救いがないではないか。結婚している人が鬱病になって離婚することはあるし、そういう事例を見ると、セックスがその人の鬱を取り去ることが出来なかったと思うしかなく、鬱病の人はかわいそうだと思う。セックスは相手に何もかも隠さずに見せ、心身を開放するには最適のものでもあり、配偶者や恋人からそれを得られないとすれば、その人はいったいどこで開放を得ればいいだろう。そこでたとえば自殺願望が横たわっているのではないだろうか。だが、セックスのいい相性は誰もが出会えるとは限らない。むしろそうでない場合の方が多いかもしれない。上原美優に言い寄る男はたくさんいたと思うし、また性行為もいくらでも可能であったろうが、最適な相性の男性と出会えなかったのではないか。失恋から自殺したと言うのではない。もともとセックスが好きな方ではなく、また自分を別の方法で解放したいのに、それが阻まれるものが周囲、芸能界にはあったのかもしれない。年間3万人も自殺者のある日本なので、このニュースはすぐに忘れ去られるだろうが、気になったのは、上原が貧乏を懐かしがって、意地からではなく、おそらく本心からその状態がよかったと思っていたことだ。貧しい家庭であっても、そこには結束力もあり、末っ子ということで大事にもされたはずで、そういう幼少時の記憶と、世間に出てひとり暮らしをして行くことになった時の孤独とのギャップに耐えられない弱さがあったとしか思えない。残念な話で、上原のそういう心を包んでやる男は日本中にはごまんといたはずなのに、出会いがありそうでないというのが実情だ。それでみんな、友人の紹介や見合いなど手を尽くしながら、最後は最もよい選択と思って結婚する。ところが、それがゴールではなく、始まりであって、幻滅は人生に何度も訪れる。それでも自殺せず、こんなものかいなと納得して生活して行くほどの強さ、あるいは鈍感さ、あるいは多忙さが必要だ。
さて今日は去年8月21日に撮影した駅前の工事の様子だ。今日は雨がやんだ時を見計らって自治会の配りものをしたが、駅前ホテルの建設現場が変化していたので、すぐに家に戻ってカメラを取り、1枚撮った後、傘とカメラ持参で配り歩いた。こうして9か月前の写真を見ると、同じ場所でも変化が著しいことに気づく。古い家が手入れをされずに数十年も建っていることがあるが、人も家もいずれ寿命が来て新しいものに取って代わる。人生はあまりにも短いことをまた思う。悔いがないように、少しでもそう思わないようにしたいが、この10年が本当に一瞬のように去ったことを感じる筆者は、その10年前に遡って、やり残したこと、あえて忘れようとしたことなど、もう一度吟味して今のうちに悔いがないように事に当たらねばならないと考えている。それは回顧趣味と言われるかもしれない。そういう部分もあるが、温故知新という言葉があるように、今後の発展、結晶化を思えばこそなのだ。結晶と言えば、女は子どもを産むことがその最大と言えるが、男は情けないもので、やれるべき仕事などたかがしれている。それを充分承知のうえで、またいずれごみとなって地上から消えることがわかっているが、何か形となるものを残したいと考える。こう書いていると、一方でまたふつふつと気分が落ち込み始める自分に気づく。だが、そういう中にあって、やむにやまれない、切羽詰った思いに急き立てられなければ、結晶化はたいてい失敗するだろう。自殺者はその結晶を死ぬことと思っている。