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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●今年の桜、その9
迦さんの誕生日の8日は雨だった。桜が咲いている本物の花の金曜日だというのに、空を見上げてうらめしく思ったカップルもいたであろう。



●今年の桜、その9_d0053294_1282723.jpgその日、自治会関係の用事があって、それを済ませた後、郵便局へ行くのにいつものバス通りとは違う山手側の裏道を通った。一直線に延びるバス通りと違って、その道は古来西山沿いを南北に移動するのに使った街道で、曲がりくねっているので、同じ松尾大社に出るのに距離がある。それでもあまり車が通らず、また寺が多くて情緒があるので、たまに利用する。郵便局はバス通り沿いにあるが、それを山手に入って少し北上したところに、西行ゆかりの寺、西光院がある。先日知ったが、わが家の4軒隣りにその寺の檀家総代が住んでいる。確か3年ごとに3人ずつが担当し、朝に門を開けに行き、夕方には閉めに行くらしい。夜間は無人なのだ。西光院は西行が出家して最初に庵を結んだ位置に建つ寺だ。境内は小さいが、道路際に西行桜と呼ばれる木があって満開になっていた。そう言えば6年前の桜の季節に南河内まで西行の墓を見に行った。天気がとてもよく、ちょっとした旅行気分が味わえていい思い出になっている。そのことは5年前に「春の花に」と題して触れた。あっと言う間に6年が経った。西行の墓を見た翌月にこのブログを始め、もうすぐ丸6年になる。この6年は何をしていたのかと思う。猛烈に忙しかったのに、ほぼ無収入が続いている。もうそろそろ新しい生活に入りたいが、まだ数か月は無理だ。それはさておき、そんなことを思わせて苦渋の思いに浸るのが雨天で、4月8日の花まつりも鬱屈した気分で雨の中を郵便局に向かった。西光院で立ち止まると、満開の桜よりも派手で目につくものがある。花まつりであるからかもしれないが、塀の軒に造花を絡ませてある。それはぎょっとさせる光景で、死の臭いが漂うと言ってよい。何という悪趣味と思いながら近寄って写真を撮った。どうせなら、桜の造花であればよかった。今度檀家総代に会ったら言ってやろう。それもさておき、西行の生涯については富士正晴が書いていた。その本がどこかにあるが、探すのが面倒で、今日は触れない。
●今年の桜、その9_d0053294_12917.jpg

 西光寺には4年ほど前に一度入った。平安画廊でよく個展していた木版画家がそこで個展したのだ。そういう催しに寺を貸すというわけではない。その版画家がこの寺に保存されている西行の古い木彫りを画題として作品化したことを記念して作品展を開催したのだ。その作品はその後金属のプレートに焼きつけられ、今は街道沿いに寺の目印と宣伝を兼ねて建ててある。その後、平安画廊がなくなったので、その版画家はどこで個展をしているのだろう。筆者より10歳ほど年長と思うが、西光院では奥さんも来ていた。筆者は芸術家の奥さんにそれなりに興味がある。それは全くさまざまで、なかには本当に驚くほどの美人がいて、その芸術家がうらやましくなることもあるが、その反対に二度と顔も見たくないという人もある。西光院で個展した版画家の奥さんは大柄で、ごく普通の女性に見えながら、やはり芸術家の奥さんだなと思わせる静かで控えめな雰囲気があった。そして、夫婦は各地での個展ではいつも行動をともにするように見えたが、普通のサラリーマンとは違って作品が売れてこそ生活費が出るから、作品を売り捌く場所に夫婦が揃って詰めているのは、何となく行商に似たところがあって、一種悲哀のようなものが漂う。また、魚や野菜とは違ってそう簡単には売れない。版画はまだ比較的安価でいいが、これが日本画となると、桁がひとつふたつ違うので、売るのは大変、それで百貨店の画廊あたりが企画する。そしてそういう場所では作家やその奥さんが詰める必要はない。百貨店側が人件費と会場費を込みで作品の価格をつける。奥さんとしては旦那がたくさん稼いでくれる方がいいに決まっているから、きっと芸術家の大家の奥さんはふくよかで周囲を圧するものが漂っているかもしれない。わが家内は、この2、3年、とみに老けが目立って来て、時に哀れを誘うが、それを本人に言うと激怒されるから言わないし、またそんなことを言う暇があればせいぜい稼がねばならない。だが、魚や野菜を売るのとは違って、筆者の仕事はひとつ取りかかるとたいていは長い。長い時は数年かそれ以上だ。30階建てのビルを建てるより長くかかるほどだ。
 ところで、一昨日、甥に車で用事を頼み、その往復の車内でいろんなことを話した中に、教師の給料があった。甥の奥さんの両親が大学の先生で、子どもたちはすべて先生、2代ほど前も全部先生で、先生の家柄なのだ。先生は現在民間企業より給料がいいのでうらやましがられるが、仕事が大変で給料はそれに見合っているのではないかと甥は言ったが、さて先生の給料がいくらなのか筆者には見当がつかない。帰宅して調べると、40歳で年収700万前後とあった。筆者より20歳も若くて筆者の数倍かそれ以上だ。先生の年収は勤続年数にもよるだろうが、大学を出てすぐに先生にならずとも、55歳でなる人もあって、以前の職業を勘案して、たとえ先生とは何の関係もないことをしていても、大学を出てすぐ先生になった人と同額となる仕組みがあるらしい。700万ももらえれば、自殺したくなるほど仕事が辛くてあたりまえと筆者は思うが、昨夜は世間の年収の相場を改めて思い知って多少落ち込んだ。筆者は自由業で、昔友人から「やったらやっただけ儲かるからいい」と言われた。ところが、これは二重の見当違いだ。まず、筆者は儲けることを目指して猛烈にやろうとは一度も思ったことはない。次に、売れてこそ収入になるが、売れなければ数か月と数十万の費用を費やしてもそれはゼロどころかマイナスだ。筆者はそういう作品を数十は所有している。それが全部時間給1000円と材料費ででも売れれば数千万にはなる。筆者が3か月の制作日数とそれなりの材料費を使って作った作品はどれほどの高額かとよく人から言われる。そうした作品を家内の公務員の兄は、自分の年収と比較し、また筆者の才能の価値を加味して300万でも安いと言うが、全くの冗談話のようで、いつも笑ってしまう。だが、そのような価格でも平均賃金生活が維持出来る程度であるから、冗談と思ってはいけないのかもしれない。そういう話を家内とし始めると、お互い落ち込むので、すぐに話題を変える。それに家内が言うには、好きなことをして生きていられるのだからそれでいいのではないかとのことだ。そう言われると、また自分がいかに腑甲斐ないかを思い知らされて、さらに落ち込む。これが美術大学の教授となると、年収1000万は下らないであろうし、それに百号に満たない絵がその3分の1の価格がつくから、芸術家を目指すならば、子どもの頃から有名芸術大学に入ることを考え、そして卒業後はそうした学校で教えることだ。絵は描けるし、収入の面でも楽な暮らしが可能、そして世間で通用し尊敬される教授という箔がつく。
 おそらく年収は学校の先生に及ばなかった富士正晴は、大学で教えると収入が安定すると思ったふしが一時期ある。だが、桑原武夫などか、学校で教えるのは向いていないと言われた。人には向き不向きがある。昔、染色工房にいた頃、筆者より2歳下の女性が人を介して入って来た。それまで中学校の先生を3年ほどしていて、学校で教えている光景の写真を何枚か見せてもらった。そういう安定した職業に最初に就いたというのに、なぜそれをやめて安月給の染色工房に入る気になったかを訊ねると、自分には先生が向いていなかったと話してくれた。それどころか、先生という職を憎悪していた。表向きはていねいな言葉と態度の人たちばかりだが、一歩その裏を知ると精神衛生上悪いことこのうえないと言うのだ。筆者は先生に偏見がないし、また今日はさきほどTVで昔よくしてもらった先生に一般人が会いにいくという番組があって、ひとりは十数年ぶり、もうひとりは39年ぶりに先生を番組で探してもらって面会した。先生は多くの子を教えたにもかかわらず、そうした子どもをよく覚えており、そこには思いやりのある先生と、その恩を障害忘れない教え子が映し出され、先生も冥利に尽きると思ったであろう。そんな番組に感動する方なので、先の女性の意見はちょっと言い過ぎかなという気がしたが、それでも言わんとしていることは何となくわかった。おそらく同じ思いから先生を辞める人は少なくないだろう。また反対に、会社に入ってはみたが、やがて先生に憧れるという人もあろう。またそういう動機の中には、安定した収入であることを高位に思う人もあるかもしれない。それはいいとして、先の女性に、筆者は中学生の美術の先生からは、芸大を出て中学校の美術の先生になってほしいと言われたことをすと、「大山さんは確かに先生向きかもしれないけれど、先生になるには惜しい」と笑顔で言った。その意味は、先生はそこそこ誰でもなれるが、大山さんには大山さんにしかないものがあるから、それに向かって突き進むべきで、先生などしている暇はないということだ。そう言われてみると、何となくそういう気にもなった。今思い出したが、その女性の紹介で、もっと若い女性のキモノをシャクナゲを題材に染めたことがある。その時彼女は「きっと将来名が出る作家なので、今のうちに作ってもらっておくべきよ」とか言って口説いたそうだ。筆者はそういう多くの人の好意によって好きなことをしてここまで来たが、世間並みの年収を思うと、愕然となって落胆する。全く昔友人が言ったように、筆者はよくても家族が大迷惑だ。そのことを家内に言うと、「今さら何をアホな」で一蹴。寝ぼけたことを言うなというところだ。「やったらやっただけ儲かる」と言った友人はそのような仕事に就いたし、年収はおそらく筆者の数十倍だろう。筆者はやったらやっただけ儲かることなど全く考えずに今までやって来たつもりだが、時にもう少し余裕があればいいなと思うことがある。自分のためではない。誰かに何かしてあげたいのだ。それが出来ない自分が腑甲斐なく、そのことにまた落ち込む。
by uuuzen | 2011-04-28 23:59 | ●新・嵐山だより
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