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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●今年の桜、その6-背割り桜
ビールを歩きながら飲むのは始めてかもしれない。いかにも酒好きとは思われたくないので、白いビニール袋に入れたまま飲んだ。一昨年亡くなったNは、日本酒が好きで、ウィスキーは飲まなかった。そこが筆者とは違った。



そして、ビールを飲む時でも何か肴らしきものがなければならず、ジュース代わりに飲むことを考えもしなかった。筆者が高速バスにで京都へ戻る時などはいつも缶ビールを飲むと言うと、驚いた顔をしながら、「お前にそういう面があったとは知らなかった」と軽蔑の眼差しで顔を見つめた。たかが缶ビール1本でも酒であり、それを飲むことは非日常的な一種の儀式と考えていたのだろう。Nは筆者より酒好きであったが、日常的に飲むと、それが癖になりそうなので自粛していたのだろう。筆者も真っ昼間から酒浸りになることはないし、何度も書くように、酒は常備していない。なくても平気なのだ。昔はビールを瓶ケースで買って毎晩欠かさず飲んだ。家内と住み始めた頃だから20代後半だ。そのことを家内の父に知られてえらく説教された。筆者の身分で毎晩ビールを1本飲むとは何事かと言うのだ。それは考えてみれば実際そのとおりで、信じられないほどの低い年収からすれば贅沢品であった。それで目が覚めたわけではないが、酒屋から取らなくなった。だが、家内がビールを常備していたのは、当時来客がひっきりなしにあり、そうした人にビールを出すのが習慣にもなっていたからだ。今は来客もほとんどなくなった。その意味で筆者の交際範囲は極限まで縮小して来たかもしれない。その理由は、家に物が溢れ、客に座ってもらう場所がろくにないことにもよる。そのために1年前に隣家を購入したが、そこには邪魔になっていた本を移動したものの、床に積んであるだけで、結局隣りも今住んでいる家の中と同じように整理が出来ていない状態だ。これには物を処分するしかない。筆者が死ねばそうしてほしいと思っている。だが、価値のありそうなものは自分で整理しておかねばならない。話を戻して、酒を買わなくなったのは、買うものが多く、酒まで手が回らないからでもある。筆者は元来酒好きとは言えないが、あれば底なしに飲める。そして、自分で言うのは何だが、とてもいい酒だ。であるから先頃の歌舞伎役者の事件は信じられない。酒癖の悪い奴とは絶対に飲まないというのがNの信条でもあり、その点で意見が合い、Nとは本当によく飲んだ。背割り堤を歩きながら、ふとNのことを思い出した。Nが生きていればきっと誘った。そして、何だかんだと言いながら、Nはついて来たはずだ。人間嫌いのNであったが、Nは筆者の願いを何ひとつ断わったことがなかった。
●今年の桜、その6-背割り桜_d0053294_1315974.jpg
 Nのことを思い出したからではないが、歩きながら桜を左右に見ていると、妙にさびしく、悲しい。日がかなり傾いていたからでもあろう。それにめったに立たない広々としたところであったからか。そのことは家内に言わなかったが、筆者が思ったのは、人間はいつか親しい者と別れ、ひとりになるということだ。その孤独を筆者はまだ本格的には知らないが、想像してみることは出来る。老いることは孤独に耐えることであると、20年ほど前にある婦人から聞いた。その時はぴんと来なかったし、今もそうだが、別れには死に別れと生き別れがあって、前者に遭遇するとそのさびしさはたとえようがない気がする。後者も死ぬまで会えないのであれば前者と変わることはないが、それでもどこか同じ空の下で暮らしていると考えれば、まだ心に温かいものが浮かぶ。そんな一例として、昨日いわき市江名在住の80代の老婦人Tさんからお礼の電話があった。一昨日、震災見舞いにちょっとしたものを送ったのだ。それが震災以前と同じようにすぐに届いた。Tさんは20年ほど前、わが家に一度来られたことがある。その日と翌日、京都を案内した。新婚旅行が京都であったらしく、40年ぶりかの訪れだ。水戸藩士の出で、女学校では文学を学んだようだ。確か若山牧水が好きとか言っておられた記憶がある。筆者は短歌の素養がないので、詠むこともまた深く味わうことも出来ない。そのため、牧水のことをよく知らないし、またTさんが牧水のどこをどのように好きであるのかもわからない。だが、常識的な範囲で誰しも牧水のことはおぼろげに知っているし、これまたその常識的なところで文学好きの女学生が牧水のどういうところを好んでいるかも想像出来る。牧水は東北の人で、日本各地を旅し、酒好きで、また女にもとことん惚れた。これだけでもう文学では名を残す条件が揃っているところがある。もうひとつは夭逝することだが、牧水は40代半ばで死んだ。これは明治人でも夭逝に当たるだろう。それはさておき、地震後に電話の通じなかったTさんだが、それがようやくかなって先日電話で少し話した。水道が駄目で、1か月も風呂に入れず、給水車の世話になったこと、また水道が復旧して数日後に強い余震でまた断水。それが昨日の電話によると、一昨日ようやくまた復旧したとのことだ。だが、家庭に引き込んだ水道管のあちこちが漏れていて、その修理をしてもらわねばならないとも語っておられた。家は津波で倒壊しなかったものの、少し傾き、瓦は落ち、土壁が剥がれ、また部屋内部は本棚が倒れ、TVはすっ飛び、部屋の中は今も手をつけていないほど散乱しているとのことだ。老夫婦だけの住まいなので、誰かが手伝って整理しなければならない。近くならばすぐに駆けつけてあげたいが、車に乗れない筆者には無理だ。
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 Tさんとは電話で2、3年に1回ほどは話す。いつも変らぬ優しいお声で、80代とは思えない。昔はお互いよく手紙を書いたが、ネットを始めるようになった筆者は、このようなブログに毎日たくさん書くことに追われ、Tさんには年2、3回のはがき程度となった。一昨日送った品には手紙を入れなかったので、帰宅後に久しぶりに万年筆で縦書きに書いた。びっしり5枚ちょうどになった。Tさんに書く時は緊張する。本当に心から書かねばならないからだ。筆者は誰に対してもいつもそうしているつもりだが、相手によって温度差がある。Tさんに対しては、文章に技巧を凝らすという思いよりもまず、読んで心に残るような何かを書きたいと思う。そして、書く内容の裏と言えば言い過ぎかもしれないが、あえて書かないことを悟ってほしい、またTにはそれを無言でしていただけるという思いがある。その理由はここには書きにくいが、昔Tさんからいただいたある手紙による。その手紙に対して筆者は返事を書かなかった。それを求めるものではなかったし、また書かずとも筆者が深く手紙の内容を理解しているとTさんが信じていることを筆者はよくわかったからだ。その時の緊張感が今でも続いている。そういう相手は筆者にはTさんしかいないような気がするし、今後も現われないだろう。Tさんは今回の地震でも全くへこたれず、以前と同じ泰然とした雰囲気を保たれていることが電話から充分に伝わる。決して泣き言など言わない人なのだ。そういう女性に対して、こっちもそれなりの態度と覚悟で接する必要がある。ごまかしは一切通用しないため、Tさんへの本当に久しぶりの手紙は、緊張の連続で書いた。昨日の電話では、月曜日に届くと伝えたが、楽しみにしていますとのお返事。そう言われるとありがたいし、またそう思われていることを承知のうえで書いた。技巧は用いたくないが、筆者の文章にはいつも何らかの落ちめいたことがあって、それなりに技巧が表われる。Tさんへの手紙もそうなった。最初パソコンで書いて、それを印刷し、そして手書きする際に、つまり書きながら即興で新たな文章を加え、また言い回しも変えた。
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 Tさんの若い頃のお顔は知らない。だがかなりの美人であったことは間違いない。茨城からいわきに嫁いだが、本家は水戸にあって、20年前にお会いした時には、筆者とそっくりな顔をした親類があるとのことで、それが親しみの理由にもなったように思った。筆者の母と同じかふたつほど年配と思うが、また会ってみたい。筆者がそう思う人は案外少ない。茨城以北には行ったことがないので、いわきがそこからどれほど距離があるのか、電車やバスを乗り継いでどのように行くのはさっぱり想像がつかないが、三春の滝桜の季節なら、赴く理由にもなる。だが、今回の地震のせいでもないが、東北は筆者にとってさびしく悲しいところだ。Tさんのお住まいは、嫁いだ頃は浜辺から最も遠い山辺にあって、いつも坂を上り下りするのが大変だったらしい。つまり、新しい家ほど浜から遠い不便なところに建った。今回の地震ではそれが幸いして津波には襲われなかった。70年代の高度成長時代にトンネルをいくつも穿った県道がTさんの家のすぐ西側に通った。そこが表通りのようになり、またその県道が出来たためにその付近に山を削っての家が建った。車があると東京へも高速道路で簡単に出られるようになったが、もちろんTさん御夫婦は運転は出来ない。Tさんは筆者の母とは全く違った感じの女性で、そのこともあってか、筆者の母のような気分と言うよりも、年配の憧れの女性といった気がしている。そのTさんが地震の被害を受けた家で不自由な生活を送っていることを思うだけで悲しくなる。筆者はたまにTさんのいる東北を旅する夢を見る。いつも決まったパターンがあって、家の場所がどこをどう探してもわからないのだ。途方に暮れながら、見知らぬ坂道を歩き通し、ついには雨が降って来たりする。これは本当に一度はいわきに行っておくべきなのだろう。牧水の歌にこんなのがある。「山ねむる山のふもとに海ねむるかなしき春の国を旅ゆく」。Tさんの家は東が坂を下ればすぐに海、そして西は県道を挟んで山だ。やはり来年は行ってみようか。あれあれ、背割り桜のことを書くつもりが、話がどんどん外れてしまった。今日掲げる写真の説明は明日に回す。今日の2枚目の横長写真は前に人がほとんどいない機会を狙ったものだ。そのため、なおさらさびしさが出ている。
●今年の桜、その6-背割り桜_d0053294_13161318.jpg

by uuuzen | 2011-04-24 13:20 | ●新・嵐山だより
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