訴えが聞こえたと言えばおおげさだが、感じるところがあったので駅前の床几の写真を撮った。去年７月１９日のことだ。



ふたつあって、ひとつは改札を出て真正面、元あった円形の植え込みの縁だ。もうひとつは改札を出て右手端、桜の老木の下だ。こっちは桜が日陰を作ってくれるので、より利用が多いようだが、駅前で待ち合わせをする人にとっては、駅舎から出て来る人の目につきにくいので、案外利用は少ない。このふたつの床几は数年前に新品が置かれたと思う。その前にはもう少し小さなものがあったような記憶がある。雨ざらしなので劣化は早いが、数年程度ではまだまだ使用に耐える。この床几が駅前広場の改装工事によって邪魔物扱いされ、処分の対象になるのであれば譲ってほしいなと思わないでもなかったが、もらったところで置き場所がない。裏庭に置くことも出来るが、植木やその鉢など、かなりのものを撤去しなければならない。そこまでして置く価値はないと家内に言われる。それで、せめて写真だけでも撮っておこうと思った。おそらく筆者以外に誰もこれを中心に撮った者はいないだろう。それほどに地味で目立たない。これを書いている現在、とっくに完成した駅前の改装だが、工事中は人の通行を妨げないようにしながら、部分的に順次完成して行った。その工事が去年夏にいよいよ始まった時、このふたつの床几が同じ場所にそのままあることは考えられず、移動ないし撤去されると確信した。仮に駅員に訊ねて移動と言われれば、工事が終わった後に復活する可能性がありそうだが、それはまずない。まっさらになった駅前にこのような古い床几が似合うはずがなく、移動すなわち処分だ。そして、消え行くものの影として写真を撮っておくことで我慢することにした。この床几がどのような状態で置かれ、利用されていたかは、今までに掲げて来た駅前写真を見ていただくとわかる。写真の片隅にぽつんと写っていたりする。それは座ったことのある人にのみかすかに記憶にあるもので、そうでない人はまず覚えていない。そして、筆者はその床几まら１００歩とないところに住むこともあって、おそらく誰よりも強く意識していたのではないかと思う。

　この床几は阪急が設置したはずで、駅前にベンチがほしいという、客の要望に応えたか、駅長の発案によるだろう。近くに喫茶店はあるが、ここに座れば無料で済むし、周囲が見わたせるので待ち合わせにも便利だ。ただし、真夏は炎天下であり、真冬は座っていられないほどあたりは寒い。待ち合わせならば、駅舎内の改札口真横にある椅子が並べられた小さな部屋が便利だ。そこには冷暖房が利き、電車を乗り降りする人はすべて確認出来る。そのため、この床几は電車の利用客より、筆者のような地元の人間が使う割合が多かったように思う。多かったと過去形で書いているが、筆者の予想どおり、撤去されて以来見かけなくなった。その正確な撤去日はわからないが、この床几に関しては後日もう一度投稿する。ともかく、駅前の変化のひとつとして、この床几を取り上げることは、このシリーズの一服にはよい。そして、その一服が、大地震があってここ１０日ほどはその話題について触れて来たことが当てはまりそうだ。断わっておくと、このシリーズは「その１５０」あたりまで、つまりこれから２か月分ほどを数か月前に投稿順を決めてあって、続いた地震の話題から元の調子に戻すために床几の写真を持ち出したのではない。今日の投稿の「その８０」は、地震があったために今日にずれただけで、またこの床几ネタを今日投稿しようと決めたのは、地震の話題のひとまずの区切りのためだ。そして、消え行く運命の古い床几と、そこに座って一休みするという思いが、大地震と何らかの関係があるように感じている。さきほどＴＶで矢沢永吉が被災者に向けてメッセージを送っていて、「頑張れとも言いにくい」と言っていた。それはとても正直な発言で、矢沢の人柄がよく出ている。昨日も書いたが、被害を受けていない者が、一瞬にして何もかも失った人に向けて、ただ頑張れとは言いにくい。この地震によって今後の見通しがさっぱり立たない被災者が多いはずだが、人生には、無理強いであっても一休みの機会がある。立って歩き回るばかりではなく、床几に座って一服するという時も必要だ。それが今回の地震とは思えないだろうか。今すぐは無理でも、１０年２０年経った時、地震のが一休みの時であってと思えると信ずるし、またそのような日が来ることを内心思い続けながら歩んで行かねばならない。