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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●高麗美術館の庭
が石に生えるのは、石にとってよくないと思えるが、本当のところはどうだろう。蔦が建物の壁に這うのは、建物にとってよくないか。



植物図鑑にはそうだとは書いておらず、むしろ建物を太陽の熱から保護して、人の生活にはよく、もっと蔦を生やすべきと書いてある。だが、蔦は吸盤のような根が貼りつくのに対し、苔は何となく普通の植物のように根を生やすような気がする。それがごく短いものであっても、石の内部に食い込むと、石の強度を減ずるだろう。そんなことを今日は考えながら、天気がよかったので裏庭向こうの小川沿いの道の瓦礫を掘る作業をした。90分ほど続けると汗だくになる。道の長さで言えば全体の5分の1が完成し、この調子では3月までには思いどおりになるか。裏庭からその道に出るのに、地道で足元が悪いでは困るので、今日は煉瓦を敷いた。昔そうしていたのだが、何年か前に全部取り去り、今日また瓦礫を除いて敷き直した。また、小川の喫水線より5センチほど高いところに10センチほどのコンクリートの、道とも言えない道が数年前に市が整備工事をし、そこにどうにかたやすく降りられるように、道を横切る形でわずかな幅で煉瓦を敷いたが、全部で20数個用いた。それは庭の数年前に掘り起こして庭の片隅に雨ざらしに放置していたもので、そのうちの何個かに苔が蒸していた。それをこそぎ落とすと、元のきれいな肌になったので、苔は煉瓦を腐蝕させないようだ。それなら石はなおさらそういうことになる。だが、苔もさまざまで、種類によっては石を風化させやすいものもあるだろう。なぜこんなことを書くかと言えば、一昨日、京都の上の方は雪が積もっていると書いたことを昨日投稿した写真を見ながら思い出したからだ。先月23日は日中でもとても寒く、雨ではなく、微細な氷のかけらのようなものが時々降った。それが石に苔を生やさせるだろう。今日は別の話題にしようかと考えたが、高麗美術館で撮った写真がまだある。没にするのは惜しいので、それに絡めて思いつくまま書く。
 館内をまず見た後、外に出てから写真を撮った。その時、玄関左手の庭の中に今まで入ったことがなかったことに気づいた。そこは入場料を払わずに見ることが出来る領域だ。そうであるにもかかわらず、今まで何となくそこには入りづらかったのは、出入り口が小さく、中がせせこましく感じたからだ。また、勝手に入っては悪いような気がしていたためもある。筆者があちこち写真を撮っていると、バイクに乗って同館にやって来た人が、庭の中に入った。それで筆者も入ることにした。また、同館2階にあった創設20周年記念の図録を見ていると、庭に据え置く石仏などの石造物は、その方面で有名な日本の人物にすべてを任せたそうで、その意味では小川治兵衛とはどこかでつながりもあると言える。だが、何しろ狭いところに大きなものをいくつも詰め込んだので、庭というより青空の倉庫といった雰囲気だ。これは惜しい。同館の建物の敷地面積と同程度の庭があれば理想的だが、その付近は閑静な住宅地で地価が高く、そういう贅沢は大金持ちでもなかなか無理だろう。堀川通りから同館へは西に50メートルほど歩く。同館に行くまでの間、竹薮が堀川通りに面してある。そこは別の人の所有だと思うが、その竹薮も同館の敷地であれば、庭は理想的な広さになって、石仏や石塔も映える。そう思えば日本の寺社は贅沢に空間を使っている。建物が立派でも、その数倍の面積の庭があって初めて建物の風格も生まれる。そうした美意識は朝鮮でも同じはずで、ソウルの王宮や慶州の寺など、どこも建物を広い庭が取り巻く。
●高麗美術館の庭_d0053294_0175823.jpg

 同館の庭に入る前にまず目に入るのが軒瓦で、円形の内部に「高麗」の文字が浮き彫りされている。この誂えは庭への思い入れの強さを物語る。この軒瓦は韓国の寺院では馴染みの様式だ。韓国ドラマでも同じものが登場する。高麗美術館は韓国の業者に発注して焼いてもらったのだろうか。その瓦を載せる土塀は、大きな石を斑に嵌め込んだデザインで、これも韓国式で珍しくてよい。土の色が黄色で、それが石の微妙な色とよく調和し、絵画的な美と素朴な豪放さを感じる。通りに面した観音開きの鉄製の門扉が緑であるのは、韓国ドラマによく登場する普通の民家、たとえば『冬のソナタ』でユジンの家の鉄の扉がそうであることに倣ったものか。日本ならば色を塗らないか、塗っても鉄色にするのが普通で、この緑は違和感があるが、他にどんな色がいいかとなると思いつかない。緑は松の常緑に通じ、それで門扉には好まれるのではないか。門扉の格子は、李朝時代の家具によくデザインされている「喜」の文字を崩したもので、これだけでも日本のものではないことがわかる。欧米人が韓国ドラマと日本のドラマを区別する方法は、この建具などによく見られる格子崩しのデザインにある。日本の書院造りの建具は縦と横の格子で、その伝統が現在まで根強く続いているが、朝鮮では縦横の格子のどこかを外して左右対称の文様を必ず形づくっている。それは日本のものに比べて、製造にははるかに手間がかかるが、縦横の格子で簡単に済むところを、わざわざ装飾するところに李朝人の美意識がある。それは黄檗寺院によく見られるような卍崩しなど、中国の影響が大きいが、朝鮮の様式と呼ぶべきものがある。筆者は韓国ドラマでそうした窓や障子が出て来ると、いつも注視するが、ひとつとして同じものがない。日本の格子の、つまり縦横の格子の一部分を除去しての文様作りであるので、たとえば同じ大きさの障子であれば、朝鮮のものは日本のものより脆弱ではないかと思うが、これが案外そうでもないのだろう。朝鮮の寒さは日本以上であり、おそらく強固に造られているはずで、文様の美意識を思いながら、一方で強度も考えているはずだ。ともかく、その格子崩しの建具の文様は、日本の障子を見慣れた目からはかなり異国的で、最初は違和感が大きいが、見慣れるとそうではなくなる。そうした文様の透かし扉と言おうか、木製の100年以上は経っていると思われるものが去年秋、ネット・オークションに10点ほど出た。ひとつ数千円ほどという安価で落札されていたが、使い方によっては李朝の家具のように、かなり面白いものになりそうだ。とはいえ、わが家には置き場所もない。
●高麗美術館の庭_d0053294_0183362.jpg

 門扉の両側に大きな石仏が仁王像のように立っている。これは石が豊富な済州島で作られる有名なトルハルバンで、現在も有名な彫り手がいる。そのため、古いものとの区別がどうつくのだろう。古作と思って買ったのが、近年の作という場合がよくあるだろう。庭に入るには、土塀にアーチ型に開けられた門をくぐり、少し頭を下げる格好になる。入って正面すぐに、石の五重の塔がある。朝鮮半島は日本以上に岩が多く、石造物が発達した。韓国の国宝には寺院の境内に置かれる石の塔が指定されていて、その造りは日本にはない風格がある。高麗美術館のものがどのくらい古いのかは知らないが、そうした伝統を見据えて塔は欠かせないと考えられたに違いない。大きな石造物は移動が困難であるから、今あれば国宝になるような巨大で立派な彫りのものが戦前は非常に安く売られ、それを見つけた日本人がぜひとも日本に持って帰りたいと考えたが、品物の価格の何百倍か、何千倍か知らないが、運賃があまりにも高くつき、断念したという話を読んだことがある。そして、そういうものが当時は半島中にごろごろあったのだろう。そして比較的小さなものは日本に運ばれ、骨董商が扱うに至り、そうしたものをこの美術館が買い戻したということだ。石造物は紙に描かれたものと違って燃えないので、寿命はもっと長いと考えがちだが、石の質が悪ければ青空の下に長年雨ざらしにされると、割れが生じたりする。そういう話を石峰寺の住持と以前話をしたことがある。若冲の『五百羅漢石像』は、若冲は燃えないので絵よりも長生きすると思ったのではないかと筆者は意見したところ、後日住持は、それは逆で、絵は大切にされ、ほとんどそのままの形で長年伝わるのに、石仏は土に埋もれ、苔が蒸し、あるいは倒れて、また倒されて欠けてしまうと語った。つまり、若冲の絵の方が石仏より長生きするという意見だ。だが、素材的には石は紙より強く、そのために中国では書を石に彫って伝えようとした。大きな石に彫ると、それは容易に動かし難いので、盗難にも遭いにくい。高麗美術館が、向い側の研究室も含めて、石像を外に置いているのは、誰も持ち運んで行かないだろうという思いによる。そうした移動の困難さは、その作品に重厚さを付与する。その重厚さは石への信頼感といったもので、人間には石を愛する思いがどこかに本能としてあるように思う。富士正晴は地蔵が好きで、佐渡のものをいくつかを買ってそばに置いていた。筆者は宝珠型の石がほしいと思い続け、どこかで出物がないかと探している。それを裏庭の一郭に据え置きたい。
●高麗美術館の庭_d0053294_019977.jpg

 高麗美術館の庭の五重の塔の土台を見て驚いた。丸い石を4個置き、その上に塔が立っている。その丸い石は表面に宝珠が彫られているところ、全体が宝珠のつもりだ。球体の石の塊を、筆者は「おにおにっ記」ではゴッタと呼んでいる。それにならえば、表面に宝珠を彫ったこのゴッタは、真のゴッタということになる。次に驚いたのは、そのゴッタの真ん中に羊歯の葉が生えていたことだ。苔とは違って、それは根を深く穿つ。そのため石にはよくないが、そう思って周囲を見わたせば、あちこちの石の表面に厚さ2センチほどの緑色の苔がべっとり付着していた。美術館の付近は上賀茂で、四条通り界隈よりかなり気温が低く、霧が濃く、また雪が積もりやすい。また、この庭は石造物が多くて狭いため、湿気が逃げにくいように思える。開館当初はなかったはずのそうした苔は、一旦除いてもまた出来るだろう。そのたびに除去するのがいいのか、あるいは放置しておく方がいいのか、そこは専門家の意見を聞いて対処しているとは思うが、苔もまたこの美術館の歴史と思えば悪くはない。筆者は石造物に知識が少なく、庭にあるものを正しく評価出来ない。また、それらの細部を味わうには何度か見る必要もあるだろう。昔、慶州のどこかの墳墓の周囲に、干支のそれぞれの動物の顔をした浮き彫りの神像を見たことがある。有名なもので国宝になっていると思う。その拓本がこの美術館に展示されていたが、それと同じく、動物の顔をした石像が庭にいくつかあったように思う。それは日本にはない種類のもので、骨董屋に並んでも容易に朝鮮のものとわかるのだろう。高麗美術館が石の作品を多く買うのは、それだけ朝鮮の美術には石造物が多いためで、館内に展示しているものもある。
by uuuzen | 2011-01-13 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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