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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『彫刻家エル・アナツイのアフリカ アートと文化をめぐる旅』
形家と呼ぶ方が似合っているアフリカの作家だ。みんぱくの特別展の建物の2階では3、4か所でエル・アナツイのインタヴュー映像が流れていて、それらを全部見たが、体格がよく、眼鏡をかけて、いかにも知的で親分肌的な様子が伝わった。



●『彫刻家エル・アナツイのアフリカ アートと文化をめぐる旅』_d0053294_2135254.jpg1944年にガーナに生まれ、美術大学を出た後、76年にナイジェリアに移住し、現在も同地の大学で教えながら製作している。現代絵画、彫刻、インスタレーションの領域にまたがった仕事をしていて、エミリー・ウングワレーのように国立国際美術館で展覧会があってもよかったが、みんぱくが会場となったところに意味がある。エミリーもそうだが、国際的な展覧会では、欧米の作家だけではなく、世界中の才能のある作家が有名になる時代になっているが、日本は現代美術に冷淡で、金持ちは現代作品を買おうとはしない。そういう現代作品が100年ほど経って、評価が安定した時には買うだろう。日本には和風建築がまだあって、そこには現代作品はなかなか似合いにくいことも理由だろう。畳や床の間がある限りは、欧米やあるいは中国でもてはやされるような現代美術の作品は浸透しないと思える。また、欧米偏重が激しい日本では、日本よりも経済的文化的に後れていると思える国の美術を軽視しがちだ。そうした国よりも日本はいち早く先進国の文化を摂取したという自負があり、芸術においてもあらゆる実験を早々と済まし、今も先端を走っていると思い込んでいる。そういうところでアナツイの作品が何を突きつけているかだ。気になりつつ、ようやく会期最終日の12月7日に出かけた。高校生が遠足でみんぱくに来ていたこともあって、普段より人は多めであったが、ある若い女性がデジカメで作品をたくさん撮影しているのを係員が注意しないので、訊ねてみると、ストロボ撮影もOK、ただし、最初の彫刻だけは撮影禁止との返事があった。カメラを持参していたので筆者も撮った。それら全部をここで載せるには、2回に分ける必要がある。せっかく撮って来て、またかなり時間をかけて加工もしたので、全部載せようかと迷ったが、2回に分けて書くことも出来るが、退屈になり過ぎるかもしれず、写真を選ぶことにしよう。最初の作品が撮影禁止であったのは、世田谷の美術館の所蔵か、版権の問題らしい。それは、ある若い男性が係員になぜ駄目なのかを質問しているのを小耳に挟んだ時の係員の返事だ。
●『彫刻家エル・アナツイのアフリカ アートと文化をめぐる旅』_d0053294_21471690.jpg

 アナツイは国際的な活躍を視野に入れながら、何をどう表現すればよいかの戦略をきわめて冷静に見つめながら作品づくりをしている。アナツイは2か月間だったろうか、ロンドンで暮らしたことがある。だが、そこで製作する必要を感じなかった。その代わり、ヴェネツィア・ビエンナーレなどの大きな展覧会に出かけては他の作家がどういう仕事をしているかを確認し、それで自分の方向性を見つめている。インターネットの普及もあって、今後はますますそういう考えの作家が増えるだろう。アナツイは自分の身の回りに着想も素材もあると思っている。それは、ナイジェリアの一都市というローカル性に終始しそうではあるが、国際的な舞台に立った時、それがオリジナリティの強みとなる。ある作家が国際的に有名になった時、美術ファンはその作家がどこの国の出身かを見る。そして、その国らしさというものを味わって安心する。その「らしさ」は、意識するしないにかかわらず、必然的に作品に染みつくとも言えるので、ある国の作家がどこに住んで何を素材にしようがかまわないという意見がある。これは日本流に言えば他力本願か自力本願の違いだろう。どんな芸術家も常にその両方を持っていて、その割合が人やあるいは時に異なる。たとえばアメリカ生まれのアメリカ人が成人して日本にやって来て、日本の風物を画題に木版画をやるとする。そしてそのアメリカ人が心底日本に同化したいと願っても、作品は日本人から見ればアメリカ的なものを濃厚に持つだろう。そしてそれはそれでひとつの個性であるから、純粋に日本的な作品より劣るとも優れているとも言えない。それはそれとして日本ではファンがつくだろう。このことから言えば、アナツイがアフリカに住まず、欧米で製作したならば、それは現在の作よりもっと欧米色が濃くなるだろう。アナツイはアフリカを背負ってアフリカで製作するから、そこには欧米にはないアフリカ独自の、そしてアナツイの育ちがそのまま反映したものとなるし、そこを味わうことが求められもする。そのために、今回はみんぱくで展覧会があった。つまり、民族学的な見地から検証すれば理解しやすいということだ。アナツイが若い頃から欧米で過ごし、そこの作家と交流しながら作品づくりをした場合、その作品は国立国際美術館向きになったであろう。芸術家はどこに住んで何をどう表現しようが勝手なので、アナツイがアフリカに住もうが欧米に住もうが、そして作品がそれにしたがってどう変化しようがかまわないが、アナツイの作品はアフリカと密接につながっている点が作品の強みになっている。それは反欧米という意識からではなく、作品が独自性を強めるには、自分の足元を掘り下げればよいという考えだ。そして、20世紀の欧米の文化が、黒人から圧倒的な影響を受けたことを知れば、その力の源を見つめ、そこから時代に応じた新しい表現を目指そうということになったのだろう。
●『彫刻家エル・アナツイのアフリカ アートと文化をめぐる旅』_d0053294_2136242.jpg

 アナツイは以前は木を使った作品を作っていた。立体もあれば、平面もある。電気ノコギリを使って切り、絵画の場合は薄い板を細長く切り、それを20枚程度つないで横長の画面にし、そこにノコギリで線彫りし、またバーナーで焦げ目を施し、部分的に鮮やかな彩色を施す。「さなぎ」と題する作品は、縦1メートルほどだが、そこに1匹の芋虫を表わして印象深い。この時期の同じ手法の彫刻的絵画はみな野生味があり、また洗練もされているが、同じような寸法の小さなものを集合させてひとつの大きな画面を作る手法の点で共通し、その考えは、今回の展示の中心をなした大作群に伝達されている。そこには、飛躍がありながら、変わらない基本、あるいは基本をより明確化した態度が見られる。近年のそうした大作群は、20人ほどの下働きの人々を雇って作らせたものを結合して高さも幅も数メートルに格調した金属のタペストリーだ。その金属はアルミで、酒の瓶の蓋が使われていて、酒造メーカーから大量にもらった廃品がドンゴロスの袋にいくつも詰められてアトリエにある。下働きの人々は、いわばアルバイトでアトリエにやって来て、アナツイが指示したように、同じ作業を繰り返す。役割は分担されていて、みな無言で効率よく作業を進めて行く。彼らは自分たちが作ったものをアナツイが最終的にどのような作品に活用するかは知らない。彼らの作業は薄くて軽い金属片を伸ばしたり輪にしたり、いくつかの最小単位に加工した後、それらを単位別、あるいは混ぜて銅線でつなぐ。ちょうど編み物のモチーフ編みと同じで、アナツイは縦横30センチほどのそうした最小単位の集積となったモチーフを、色別、あるいは最少単位別に大量に保存し、大きな、最終的な作品の構想にしたがってさらにつなぐ。金属であり、また商品の蓋であるから、色鮮やかで、また繊維の織物のようにたたむことも出来る。あるいは作品の大きさは自由に変えることも出来る。レディメイドの廃品を利用するそうした手法は、日本の染織にも古くからある。使い古された布を捨てるのがもったいないので、幅1センチ程度に裂き、裂いたものを1本の糸のように考えて織り上げる。布が安価になった現在、そうした裂き織は、最初から新しい布を裂いて使用するという、裂き織りの仕上がりの面白さだけを追求したものになっているが、この点は西洋のキルトも同じだ。元来使い道のなかった廃品を利用して丈夫な布を縫ったのがキルトだが、今では高価な布を買ってキルト作りのためにそれに鋏を入れる。アナツイの作品はそれに比べると、昔の裂き織りやキルトに近い。
●『彫刻家エル・アナツイのアフリカ アートと文化をめぐる旅』_d0053294_2137867.jpg

 アナツイの木彫り風絵画は、瓶の蓋を利用した巨大なタペストリーに変化したが、そこには単なる思いつきがあっただけか。この点は、アナツイの父親が猟師で、その合間にケンテクロスを織っていたことに影響があると説明され得る。西アフリカは織物が盛んなところで、ケンテクロスとは儀礼的、象徴的な意味合いを持つ特別な布だ。アフリカらしく鮮やかな色合いで、織物ということもあって、縞模様が中心だ。一方、瓢箪の小片に模様を陽彫し、それをハンコのように使って生地に連続模様を捺染することも盛んで、この文様はアジンクラと呼ばれて、それぞれ伝統的な意味があるが、壁に描かれたり、商品の広告に使われたりもして、人々の生活に馴染みのものとなっている。アナツイがこれらの染織に関心を抱いたことは、西アフリカの伝統につながることで、そこが民族学的に面白いところだ。記号と言えば、漢字が西洋の若者に人気があって、それを刺青にしたりする。もちろんそれなりに漢字の意味を理解してのことだが、アジンクラは、日本で染織の文様に似ながら、もっと意味するものは多様で、しかも文字でも絵でもなく、抽象形であるところから、他の民族には意味は理解出来ない。そうした歴史や伝統とアナツイの作品がつながっていることが、アナツイの名声を高めているだろう。日本にも裂き織りがあるから、アナツイと同じ発想で、また同じような作品を作ったことのある人はきっといるはずだが、そうした作品が国際的な舞台に出ないのは、本人が売り出そうとしないことよりも、日本では染織と純粋芸術がすっかり隔絶して人の意識にあるからだ。そこから見ると、アナツイの作品を芸術とは思わず、染織の一風変わった素人仕事とみなす人もあるだろう。ここで思い出すのは、アボリジニのウングワレーの絵画だ。彼女は最初ローケツ染めに携わった。その後に絵具を手にするようになって、制約が一挙になくなり、自由自在な色彩と形を手にし、そして猛烈な速度で膨大な作品を短期間に生み出した。アナツイは国際的な美術展を見続けながら、作品の売却ということをよく考えているに違いない。そのためには、ウングワレーのようにたくさんの作品を生む必要がある。1年に2、3点では美術マーケットには参入出来ない。そのためか、アナツイは一種要領よく作品を量産する必要を思ったに違いない。それが20名ほどのアルバイトであり、彼らに作品の部分を任せた。その家内工業的な製作は、現代美術家ならば、ほとんど誰でもやっていることであり、非難するには当たらない。世界の市場はそれほど大きいので、売れている時にどんどん作る必要がある。
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 アナツイの金属片の織物作品は、大きな美術館でなければ展示出来ないものだ。しかも時間を費やせば誰でも同じようなものは作り得る。そうした作品のどこが美術であるのかという意見があるかもしれない。ここで重要なことは、アナツイの作品の仕上がり具合が文字、あるいは映像で理解出来ても、作品の前に立った時の力だ。そして、アナツイの作品にはアナツイだけの、またアフリカの味わいがある。その技法を真似して同じような作品を作れば、それはそれでまたその人の何かを伝えるものになるかもしれないし、実際そうであろう。だが、模倣する一方で、その人が深いところで何を考えているかが大切で、その作品がいかにもその人、そしてその人の住む世界や伝統の中から生まれて来たものであることを人に納得させ得るかだ。アナツイはキリスト教社会で育ったそうだが、土着の文化に長じて触れ、それによってアジンクラやケンテクロスに着目した。同じようなことが日本ではどのように可能で、しかもそれが世界の中の現代美術たり得るかだが、アナツイの方法とは全く違う、あるいは一見そう思えるところで日本の現代美術はそれなりに盛んだ。作品の文化的背景は、本人が強く意識しなくても、周囲が意見してくれる。アナツイの作品が民族学博物館で展示されることは、それだけ日本ではアフリカがまだ遠く、その文化や歴史に関心がないからだ。説明抜きで作品の前に立って驚くということが大切で、今回の展示はその意味では説明は比較的最小限度に押さえられていた。出口の直前には、織物で言えば絽や紗のように、シースルーになった巨大な作品が垂れ下がっていて、壁面に飾る重厚さを感じさせるものとは違って、風と光を通して実用的に思えた。日本の簾もそのように、瓶の蓋の周囲のアルミ紐で作れば面白いかもしれない。みんぱくの常設展示には、世界各国のコーナーがある。その中のアフリカは、照明も手伝って、アフリカに行ったことのない者でもアフリカの気分が多少は味わえるようになっていて筆者は好きだ。そのコーナーに展示され、また売店でも売られているものとして、空き缶を展ばして外側と内部に貼った小さな手持ちの箱がある。日本の工芸の技術からすればいかにもちゃちな作りだが、かえってその手作り感が生々しく、そこにはアフリカらしいおおらかさがある。アナツイのアルミの蓋を使った織物的作品は、そうした庶民の発想に似ている。アナツイを手伝う人は、芸術の意識がなく、ラジオを聴きながら無心で手を動かしていた。その民芸的行為を見ながら、アナツイは仕事の場をそうした人に増やしている点で見上げたものだと思ったが、案外それは逆で、アナツイに雇われなくても、彼らは別の商品を手作りしているだろう。つまり、まだ手作りの文化が残るところをアナツイは着目した。アナツイの会場を出た売店でアフリカのグッズをいろいろと見ながら、筆者が目にとめたのは帽子だ。とてもカラフルな布をパッチワークのように使用して作ったもので、同じものがふたつとない。5000円程度の価格で、同じ商品は常設展示の大きな売店の片隅にもあったが、色目が少し違って、アナツイ展売店のものの方がよかった。迷いながら、派手過ぎるかと思って買わなかった。
●『彫刻家エル・アナツイのアフリカ アートと文化をめぐる旅』_d0053294_21381230.jpg

by uuuzen | 2010-12-21 21:42 | ●展覧会SOON評SO ON
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