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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●千攫一金の落ち葉さらえ
が色づいて落ちるのは、鑑賞する方にとっては楽しいが、掃除する者にとっては大変だ。昔ロンドンの街を歩いた時、バキューム・カーのような太いノズルを持った男性が、強力な空気を発して落ち葉を舞い上がらせ、一個所に集めていた。



その操作があまりにうまいため、また当時の日本では見ない光景であったため、歩きながら、通りの向こうのその男性をずっと見続けた。その時脳裏に浮かんでいたのは、イギリスでは10月になればすっかり落葉してしまうことだ。そのことは、ジェスロ・タルの「ウェザーコック(風見鶏)」という曲でも歌われる。日本より1か月ほどは、冬の訪れが早いということになる。ところで昨日書き忘れたが、椿の太い枝、あるいはちょっとした幹と言おうか、それを根元に近い部分で切り取った時、その幹が倒れて筆者の額のど真ん中をゴツンと打った。ゆっくり倒れるのであるから、それを避けられない筆者はよほど運動神経が鈍いと言ってよいが、右手でその幹を支えながら、別の方向に倒れさせようと思いながら、幹のあまりの重さで手元が狂って額を直撃したのだ。その時思ったのは、やはり椿の怨念だ。40年もの間、全く切られることはなかったのに、急に思い立ったように体の一部を切り採られるのであるから、椿にすればたまったものではない。せめてもの腹いせで、何らかの方法で懲らしめようと思ったに違いないと、筆者は思ったに違いなかった。切り取った幹の上半分には数百個の硬い蕾がついていた。生け花に使えそうなのに惜しい感じながら、ゴミ袋に入れるためには細かく刻む必要があってそうしたが、幹はノコギリで挽かねばならず、それが面倒で当分そのままにすることを思った。そして、枝分かれしていた部分をきれいに削ぐと、2メートルほどの真っ直ぐな1本の長い杖になった。それは今後の古老に向かう筆者に必要になるかもしれない。そんなことを考えたが、何本かの庭で採れた杖がある。かなり太めの南天もあって、それを持って歩けば禅僧の南天棒と同じになりそうなので、南天は遠慮して椿にするか。「椿ん棒」ではなく「椿ん坊」がいいように思うが、これは「唾ん坊」に通じて、やんちゃな子どものようでいいではないか。といったように、庭掃除する間にもいくらでも妄想は連続するが、面白いことにひとつ遭遇した。
 裏庭の名の知らない落葉樹が黄色い大きな葉を毎日たくさん振り落とすので、それを集めるために掃除を思い立ったのだが、庭の片隅の落ち葉や小石をかき集めていると、穴の空いた昔の50円玉らしきものを1個見つけた。錆びているので、実際はそうかどうかはわからないが、大きさはまさにそれだ。ともかくそれをポケットに入れた。落ち葉がお札であるとの比喩は洋の東西にあると思う。それは貧しい人の慰めから発したものではないだろうか。結局そうした人の中の欲深い人は、狐にだまされたり、あるいは金持ちの真似をしてさらに貧乏のどん底に落ちるというのが、御伽噺によくある筋立てで、筆者は見つけた50円玉らしきものを、思いの半分以上は、何かの部品に過ぎないことをわかっていて、そのことをもっと鮮明に意識するように心を向けながらも、それが50円玉であるかもしれない可能性により心が引き寄せられ、自分が御伽噺に出て来る欲深い愚かな老人に思えた。だが、それはきわめて人間的で、たいていの人はそうではないだろうか。かすかな可能性を大きく拡大して思い込む。その思い込みがあって努力も出来る。その動機は不純という人もあろうが、それは徹底して自分が否定され続けて来て心が歪んでしまった人か、あるいは大金持ちで、貧しい人の心の動きがさっぱり理解出来ない悲しい人のいずれかだ。大多数の人は、淡い期待を抱きながら明るい方向を見つめて生きようとしている。植物と同じだ。その明るい方向には経済的なことが大きく関係している。それのみでないのは当然だが、不幸の大部分には金銭が絡む。そのため、人は幸福の神を、経済的恵みを与えてくれる存在と同一視する。御利益というやつだ。筆者はあまり御利益を信じない。それよりもほしいものを我慢するタイプで、お金は使わないでいれば自然にたまると思っている方だ。だが、それは元来入って来るものが多い場合の話で、筆者の場合はほとんど全くと言っていいほど、ここ数年以上は無収入であるから、使わないと言うより、使う金がない。全く砂漠のサボテンみたいな生活であるから、ついこうした文章のあちこちに刺が生えている。ま、それでもサボテンはそれなりに味があるし、であるから筆者はサボテンを初め、多肉植物にも関心があるのだろう。またその一方で、落ち葉の陰にあった50円玉らしき錆びた金属片を大事にポケットにしまっているありさまだが、これは貧乏人の悲しさと言うより、ブログ・ネタになるかという思いが反映している。
●千攫一金の落ち葉さらえ_d0053294_11352264.jpg

 そんなブログ・ネタに話を続けよう。「関西文化の日」のパンフレットを見ながら、次に行こうと考えた場所は、堂本印象美術館だ。13日と14日が無料公開日で、同館でやっていた展覧会については別のカテゴリーに回し、今日はそこへの途上でのことについて書く。バス1日乗車券を使って、天気のよい14日の日曜日にひとりで出かけた。京都の北区、金閣寺の近くまで行く必要がある。筆者は金閣寺というと、いつも必ず幼少から中学生までの頃を思い出す。母の実家がその付近にあったのだ。母は金閣寺の参道が戦前は薄暗く、また川の流れがあったというが、今は暗渠になり、樹木はみな伐採され、変わらないのは金閣寺がまともに見える境内だけだろう。子どもの頃の筆者は毎年五山の送り火の日には、西大路通りを南下して金閣寺まで行った。当日は無料で拝観出来たので、筆者にとって最も馴染みの寺は金閣寺であった。また西大路通りは市電が走っていて、市電の中から遠くなる送り火を見ながら、大阪への帰路についたが、その時と同じ角度の光景は今はバスや車の中から味わう。金閣寺からひとつ南のバス停はわら天神で、そこには10年ほど前は盛んに下車した。西大路通りを東に入ったところにK先生のお宅があって、よくお邪魔し、深夜過ぎまで飲み続けた。また、近くには桜で有名な平野神社があり、いつかそこで酒を飲みたいなと思いながらそのままになっている。バス停の名前としては、「平野神社前」はなく、今は「衣笠高前」となっているが、「わら天神」はそのままだ。大きなふたつの神社がほとんど隣接する形だが、筆者はわら天神をまだまともに見たことがない。それは金閣寺より南で、筆者が子どもの頃はそこまでは南下しなかったのだ。堂本印象美術館には、わら天神で下りて西に歩く。その付近は閑静かつ高級な住宅地で、筆者はめったに歩かない。いつも車に乗せてもらって仁和寺や龍安寺前の山越えの道路を北上し、そして金閣寺前から西大路通りに出るというコースをたどり、バスを使ってその辺りに行くことはない。そのため、距離感と方向感覚がないのだが、ネットの地図で充分調べて出かけた。それに最近ではカレル・チャペック展で立命館大学国際平和ミュージアムに見に行ったので、その北方ということで迷うことはなかった。それで、バスを降りて、その北方の距離を頭の中で計算しながら、以前のように南下せず、北に上がった。このバス停はかなり坂がきつくて、北に上がるとはまさにその感覚が強い。数十メートルも行かないところに、小さな神社があった。石碑には「金攫八幡神社」とある。聞いたことのない名前だ。説明書きを読む。昔はそのあたりには人家がなく、その神社はぽつんと田畑に目立っていたらしい。すぐ北にわら天神、南には平野神社があって、江戸時代のその地域は田畑と森というさびしい地区であったに違いない。それが今では車や人家でびっしり、田畑のかけらもない。だが、神社はどうにか縮小されながらも残った。
●千攫一金の落ち葉さらえ_d0053294_1136155.jpg

 「金攫」の「攫」は一攫千金からもわかるように、「金をさらう」で、いかにも御利益がありそうだ。それで貧しい筆者は即座に境内に踏み入れた。そこにはびっくりするほど大きな木が西大路通りに張り出ている。そして、真っ赤な小さい実を無数につけていた。説明書きによると、くろがねもちの木とある。知らない名だが、これも縁起のよさそうだ。「くろがねもち」に「黄金」の字を当てていて、この神社には実にふさわしい木が植えられている。落葉樹らしくはなかったが、これがイチョウのように黄葉して一斉に葉が落ちる見事で、それは小判に見えるかもしれない。だが、そうではなくても赤い実が無数につくさまは豪華だ。いくら野鳥がやって来ようとも、とても全部はさらい切れず、大喜びするだろう。境内を斜めに抜けてすぐ、右手に多くの石仏をひとまとめに祭る光景に出くわした。石仏は元来手作りだが、そこにあったものはみな素人が作って絵具で目鼻を描いたもののようで、大きなものからとても小さなものまであって、晩秋の柔らかし陽射しを浴びている。神社に隣接して寺があるが、江戸時代からそうであったのだろう。神社は寺の一部で、明治になって分けられたのであろう。だが、そんなことは庶民には実はどうでもよく、拝む対象が残ればよい。くろがねもちの木を仰ぎ見て、豪勢な気分に浸り、その一方で悪いことがなるべく起こらないようにと、慎ましやかなことを石仏に願うのだ。金を攫うなどの行為はとてもあり得ないが、神社からすればみんなが参拝して賽銭を投げ入れてくれれば、まさにそういう行為が年に何度かはあるわけで、非現実とばかりは言えない。毎年正月になると、大きな神社では数万人単位の参拝者が訪れ、莫大な賽銭を投ずる。それを巫女らが数える光景はTVの風物詩のひとつになっている。その光景を見ながら庶民は一時でも豪華なめでたい気分に浸れるのであるから、「金攫」の名前は率直で実にいいではないか。現実は落ち葉を拾い集め、錆びた50円玉らしき金属片しか見つからない千攫一金にも相当しない厳しさだが、それがそのままこうした千攫一金にもならない駄文と化している事実に、筆者は苦笑しながら、寒さでくしゃみを連発している。せいぜい日向に出て落ち葉をさらえよう。本物の50円玉が見つかるかもしれない。
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by uuuzen | 2010-12-04 11:39 | ●新・嵐山だより
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