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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『美しき日本の絵はがき展』
こうしたグラフィック関係の展覧会は目立って多くなって来ている。作品が軽くて小さいから、運ぶのに便利で保険も安くて済むという理由があるし、もう西洋名画展といったものに対する飽きの気分も人々にあるからだろう。



●『美しき日本の絵はがき展』_d0053294_021528.jpgこういう小規模な展示は数年前までは京都では百万遍の思文閣美術館が得意としていたが、細見美術館が登場してからはいくぶんお株が奪われた感じがある。絵はがきを350枚ほど見せる展覧会で、入場料が大人1000円というのはかなり高いが、いつの間にか展覧会が1500円という映画並みになっていることを思えばこれも妥当な金額かもしれない。しかし、古い絵はがきは今でも弘法さんや天神さんの縁日の市に行けば必ずどこかの露店が並べているし、さほど値打ちがあるものには思えない。それでもブログで展覧会を観た感想をすぐに書くということを始めていることもあり、そのネタ集めもあって今日行って来た。館内は予想以上の盛況で驚いた。今までに5、6回この美術館に訪れたが、その中でも最も人が多かった。チケットは単色刷りで経費をけちっているが、用意されたチラシはカラーだからよしとしよう。会場で読んだが、日本の4か所を巡回するというから、チラシは4か所がある程度デザインを共有するなりして経費節減をしたためにカラーになったのかもしれない。こんなどうでもいいようなことが気になるのは、この展覧会の絵はがきが全部印刷物であり、しかもどのようにすれば少ない色でより豪華に見えるかを苦心して来た日本のデザイナーたちの才能の跡や歴史がわかるからで、カラー印刷があたりまえになったような現在でもまだチケットを単色刷りにして経費を節減する例を見ると、何だか人間は変わらないなと面白く感じるからだ。ついでに言えば、残り3か所の巡回会場ではチケットはカラー印刷だろうか。もしそうだとすれば細見美術館だけがけちっていることになる。カタログが作られているかどうか気になったが、売店では「売り切れました」と貼り紙があって、会期をまだ20日近く残しての完売とは、展覧会の異例の盛況ぶりがわかる。通常は売り切れても1冊は見本で置いてあるはずだが、それがないのはどういう理由か知らないが、よけいに見たい気持ちを起こさせる。次に巡回する会場の分は確保されているはずだから、そこに訊ねれば入手出来るかもしれない。あるいは細見美術館が最後の巡回であったのか。東京や名古屋でも開催とのことは書かれていたが期日の記載まではなかった。
 名古屋にはボストン美術館がある。まだ行ったことがないが、名古屋はボストンと姉妹都市提携でもしているのだろうか。姉妹都市は京都だったと思うが。いずれにしても、名古屋市はとにかくボストン美術館から作品を借りて、定期的に展示替えしている様子で、そのカタログが6、7種類、今回の展示の中にあった。つまり、名古屋ボストン美術館の宣伝も兼ねていたところがあったが、この展覧会もあるいはそうした名古屋とボストンのつながりの中から企画されたものと思える。『ボストン美術館所蔵-ローダー・コレクション-美しき日本の絵はがき展』というのが正式の名称で、この最初の「ボストン美術館所蔵、ローダー・コレクション」というのがなかなか利いている。チラシではその文字が最も目立つようにデザインされている。この誇るべき看板がなければ盛況は望めなかったであろう。権威に弱い人が多いからだ。日本の珍しい草創期の絵はがきを収集している日本人はときっと少なくはないと思うが、そうした人のコレクションを一応美術館と名のつく場所で一堂に展示するということは聞いたことがない。そうしたコレクションがあっても人集めするには別の華々しい、今で言うセレブ的な看板が必要なのだ。「あの」ボストン美術館に所蔵されている絵はがきが里帰りするというのであれば、話題づくりにはもって来いだ。コレクターのローダーは有名な化粧品のエスティ・ローダーの創設者のローダー氏のことで、氏は去年だったかに亡くなっており、生前25000枚の日本の絵はがきを25年にわたって集めたという。これはさほどすごいことでもないと思う。アメリカにいての日本の古い絵はがきとなると、からなかなか収集は難しいかもしれないが、日本美術を集めるアメリカ人は珍しくはない。何でも集め始めると自ずとモノは集まって来るもので、ましてや資金にゆとりがあれば絵はがきのような安価なものはたいしたことはない。氏はキュービズム系の作品のコレクターであると書いてあったが、そうしたコレクションに比べると日本の絵はがきなど金額的には取るに足らないものに違いない。最近絵はがき収集ブームで、去年の新聞にもそうした特集が載っていたが、高いものでも1枚2万円ほどというから、普通のサラリーマンでも時間があれば収集は困難ではない。版画や油彩画、あるいは掛軸の収集となると、2万円どころか、桁がもうひとつふたつはつくから、小遣い程度で集められ、また場所を全く取らない絵はがき収集に人気が出るのはわかる。それに種類が無限で、ありとあらゆるタイプの絵があり、印刷の変遷もわかり、また切手や消し印、記念スタンプの有無、さらには新品ではなくて、差し出し人の消息のわかるものなど、変化に富んでいることも収集家にとっては入門の間口は広くて楽しい。
 25000枚から350点を厳選したという今回の展覧会だが、その言葉を信じると、おおよそ代表的な種類は揃っていると見てよい。何の代表かと言えば、切り口つまり分類方法が無数にあって困るだろうが、明治、大正、昭和といった時代別、それに戦争ものや年賀状、観光ものといったジャンル別もあるし、イラストの場合ならアール・ヌーボーやデコ風という区分がまず出来る。また特殊印刷ものやエロティックなものといった切り口も可能だ。こうしたさまざまな代表的とも言える切り口で今回の展示も見せていたが、最先端の印刷技術と相まって、絵はがきが時代の雰囲気をはっきりと表わすものであることが改めてわかった。その意味ではポスターや挿絵のグラフィック世界と同じで、また版画や絵画と隣接もしている。ちょうど100年前の年賀状が1億5000万枚だったか、とにかく今と対して変化ないような数字に思えるほど差し出されていたことを知ったが、絵はがきは電話もまだあまり普及していない時代に美しいデザインのものを気軽に買い求めてどんどん送られていたことがわかる。今も各地の郵便局にあるエビ茶色の風景印やあるいは特別な行事に作られる記念印が、絵はがきの発生とほとんど同時に登場していて、絵はがきの黄金時代は鮮明なカラー印刷が安価で可能となっている現在ではなく、むしろ明治や大正期であったこともよくわかった。それは当時の有名画家を積極的にデザイナーに採用し、書き下ろしをさせたことも理由としてある。どこから見ても浅井忠や藤島武二、竹久夢二といった絵がそのまま小さなはがきにデザインされていて、それらははがきだけに存在する絵であるから、はがきそのものがオリジナルなのだが、そうしたところも現在の収集家の熱を高めるのに貢献している。浅井忠は5、6点の『今様大津絵』といったシリーズがあった。それは大津絵特有のさらりとした筆のタッチでありながら実に巧みなユーモア漂う絵で、浅井はこんな楽しいことを考える人だったのかと印象を新たにしたが、それはそうだろう。ヨーロッパから帰って来て、向こうでアール・ヌーボーともてはやされているもののひとつの源泉が日本の琳派にあることがわかったとなると、帰国してからの浅井の、画家としてではなくデザイナーとしての冴えもよく理解出来るし、その中から大津絵といった日本の造形の遺産に目をつけ、それを今風に変更させてみるということなどもお手のものだったに違いないからだ。また、有名画家だけではなく、無名のデザイナーの絵はがきもたくさん展示されていたが、そうしたものを眺めて思うことは、無名でも当時の流行をよく把握して、いかにもそこから逸脱していないことだ。それほど絵はがきは先端のセンスが要求されたのだろう。あるいはローダー氏が集めたものがそうしたものに偏っていたか、今回厳選されたものに偏りがあったかだが、本当はあまり展示しても面白くないと思っているものの中におやっと思わせる意外なものがあると想像する。そうしたものは今日の展示にないこともなかった。
 筆者が面白いと思ったのは白黒写真を部分的に挿入し、後はイラストで埋めているデザインのものだ。それらは写真の絵はがきでもないし、イラストものでもない中途半端なものと言えるが、現在のようなカラー印刷がまだ出来なかった頃、白黒写真を小さくあしらいながら、そこにどのようにイラストやレタリングを挿入して豪華に見せるかは、なかなかデザイナーの腐心の跡がわかって楽しい。話が少し飛躍するが、ジョニ・ミッチェルの初アルバムはそうした事例の現代版になっている。それは小さなカラー写真を含みつつ他は全部ジョニのイラストなのだが、カラー写真が小さいので30センチ角のLPジャケットでも細部を確認するのに苦労する。そのためこのジャケットはCDに縮小してしまうとほとんど何が写っているのかは判別出来ない。それと似たことが今日見た絵はがきにもあったのだ。現在のはがきは縦が15センチ、横10センチだが、昔(40年ほど前)はもっと小さかった。その小さい面積の中のさらに小部分に押し込められた白黒写真は、情報量が非常に多く詰まって見えるうえ、その写真がなぜそこにあるのかという今となってはあまり理由がわからないことも手伝って、謎めいた印象を強烈に発している。たとえば、「京都日赤第12回大会記念」だったと思うが、その絵はがきの裏面には瓢箪や葉をかたどった中に写真があって、下は「京都耳塚」のルビのような小さなキャプションと写真、上には何か証明書のような毛筆縦書きの文書の写真があった。耳塚は現在のそれと当然同じだが、正面の柵などの形が違う。耳塚だけを写した絵はがきがあるのかないのか知らないが、なぜ京都日赤がこの耳塚の写真を記念絵はがきに採用したかがわからない。また上の写真は字が細かいがどうにか拾い読みすると、「墳墓」という文字が最後の行にあった。これは「耳塚」の説明文と思える。とすればますますなぜ耳塚と日赤がどう関係があるのかだ。「耳塚」の近くに日赤病院があったという理由かもしれないが、それならもっとほかの神社や寺の写真を掲げるだろう。こういったちょっとした疑問を発している絵はがきを見ると、絵はがきの秘める世界の広さがわかる。画家やデザイン、印刷、紙質といったことのほかにどういう目的で作られたかということが別の大きな分類項目になる。そうしたものの中の代表格が戦争を高揚するもので、大将たちが七福神にたとえられたデザインのものや、10枚の海洋の軍艦などをデザインしたものを横並びさせて屏風のような絵を表現したもの、あるいは裏表印刷により、はがきを透かして見ると、爆撃された飛行機が闇に浮かび上がるものなど、どれも絵はがきが工夫出来る頂点に位置するもので圧倒された。そうした絵はがきのデザイン上の工夫を越えるものはもう今後も出て来ないに違いない。あるとすればパロディもののジャンルからだろうが、そうした例として宮武外骨の滑稽新聞の付録として安価で出回った絵はがきが会場の最後にあった。そこにあるエロさ加減やンセンスな笑いといったものは時代を越えて今も面白好きな人を唸らせるが、結局絵はがきでやれることのすべてはもうとっくに終えられてしまったということが実感出来る展覧会であった。人々、特に若者は、ケータイとネットの登場により、絵はがきで消息を伝えなくなった。今後ますます戦前までの絵はがきは美術品として格上げされるだろう。そしてもはや集めようと思っても高嶺の高値の花になっているというわけ。
by uuuzen | 2005-07-09 23:58 | ●展覧会SOON評SO ON
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