●「THE GIRL FROM IPANEMA」
を取り替えるのが面倒でこの1か月ほどはBGMとしてスタン・ゲッツがアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲を演奏したベスト・アルバムを聴いている。



d0053294_23424438.jpg3階の仕事部屋は連日37度を超えているので、1階のパソコンを置いている部屋に毎日陣取り、その部屋の片隅のラジカセを鳴らしている。旧式のラジカセで、同じ曲をリピート設定出来ないのが難点だが、CDを丸ごと何度も繰り返して聴くのもいいものだ。10回、20回と聴いていると、好みの曲が少しずつ変わって来る。そうして聴き続けているアルバムの題名は『イパネマの娘』で、今日はそのタイトル曲を取り上げる。筆者がこの曲をラジオで最初に聴いたのは日本で紹介された1964年であった。シングル盤を買ったのは1970年4月12日のことで、挿入される歌詞カードの片隅に鉛筆で書いてある。当時18歳で、最初に聴いた時から5、6年経っていた。後ればせながら買ったのは、この曲が気に入っていたからで、小遣いに多少が余裕が出来たからでもある。当時カセットは出始めたばかりで、ラジオの放送をオープン・リールのテープに録音して聴くこともなかった。また、そうした複製よりも、レコードを買って聴く方が断然充実感があった。「イパネマの娘」は袋状のジャケットで、買った当時にそれを入れた厚めのビニール袋があまりにきっちりし過ぎて、またこの40年の間に湿気のためにビニールが紙に密着した部分があって、紙袋ジャケットを取り出そうとすると裏面の解説の半分ほどが破れそうだ。そのため、ビニール袋に入ったままジャケットをスキャンし、画像に生じたビニールの照りは修正加工した。この袋状ジャケットの裏面下の価格は400円のシールが貼られ、表側の上部は370円と印刷された個所に横線のハンコが押されている。数年の間にシングル盤は30円値上がりしたのだ。青緑色の地に歌手のアストラッド・ジルベルトと彼女をアメリカに紹介したテナー・サックス奏者のスタン・ゲッツが並んで写っている。このジャケット写真がなかなかよい。ふたりの人格がこの1枚の写真からもよく想像されたものだ。ゲッツは頬を膨らませていて、また腹が出っ張って見える。かなり恰幅のよい初老のおじさんと当時思ったが、実際はそうではなく、まだ30代半ばで、スリムな体形であった。スタン・ゲッツの名前は短くてよい。今でこそ即座にユダヤ系の名前だとわかるが、同じユダヤ系アメリカ人でサックス奏者のジョン・ゾーンはゲッツのことをどう思っているのだろう。ゾーンの理知的なところとゲッツの芸人といった風情はあまり共通点がないように思える。またゲッツはもっぱら他人の曲を演奏するばかりで、作曲はほとんどしなかったと思うが、そこも違うところだ。また、ゲッツはメロディアスな曲を好み、それを即興で展開する能力に長けていた。ゾーンは誰もが知っている古典的名曲をカヴァーすることはまずない。こういう比較によって、ゲッツは単なる演奏家、ゾーンは作曲家と分類出来そうだが、だからと言ってゲッツがゾーンより才能がないとは言えない。ゲッツは麻薬漬けで事件を起こして監獄に入ったこともある。人相もどこかヤクザっぽくて、それがまた音楽の味わいにも影響しているところがある。音は奏でられた瞬間ごとに消えて行くもので、その刹那に命を賭けるという態度は、ゲッツの場合、麻薬に溺れる生活とは矛盾していないようにも思える。ザッパは麻薬をやらず、また麻薬をやるミュージシャンの演奏はみな同じようになると批判していた。それもまたよくわかるが、ゲッツの場合は、麻薬漬けの危うい状態が音楽を支えている雰囲気がどこかにある。ま、この話はこれ以上入り込まないようにしよう。いつかゲッツの演奏をまたこのカテゴリーで取り上げるつもりでいる。その時に麻薬を脱した境地のゲッツについて書いてみたい。
 シングル盤ジャケットに写るアストラッドは実際もそのまんまという感じがして、他の写真から受けるイメージと変わらない。アストラッドにどこか似たタイプの女性は学校に数人はいる。筆者の中学生の頃にも面影が似た女子がいた。美人と言うより個性的な顔立ちで、性質は寡黙で出しゃばらない。そしてそれはアストラッドのこの曲の歌い方からもよく感じられる。ささやくようで、素っ気ない。それはゲッツがクール・ジャズを代表するプレイヤーとされたこととうまく合致して、ゲッツがアストラッドの夫である歌手兼ギタリストのジョアン・ジルベルトと組んで、アストラッドにこの曲を歌わせたのは必然的な出来事であった。何年の録音か調べるのが面倒なのでそのまま書くが、ゲッツが演奏する「黒い瞳」がある。迫真的な演奏で、たまに聴いては熱くなる。そうした民謡をゲッツは50年代末期によく演奏した。メロディの美しさに惚れたためだろうか。そういうゲッツが60年代に紹介され始めるジョビンなどのボサノヴァに興味を示すのは自然な流れだったろう。ジョビンの作曲能力は天才的で、曲によってはブルースの影響もかすかに感じられるものがあるが、全体的にはアメリカにはなかったものだ。その独特の味わいにゲッツは新しい可能性を本能的に嗅ぎ取ったのだろう。そして歌手でギタリストのジョアン・ジルベルトと組んでアルバムを発表し、1964年には爆発的なヒット・アルバムを生み、その流れの中で「イパネマの娘」のシングル盤の発売があった。64年は日本ではビートルスが大人気を得た年だ。筆者より数歳年長のジャズをよく知る世代はビートルズよりもゲッツが紹介したブラジルの音楽に参ったのではないだろうか。筆者も20代前半にはジョビンのアルバムを何枚か聴き、彼の名曲と呼ばれるものはひととおり聴いたが、夢中になるほどではなかった。ところが、1年先輩のNはジョビンやまたジャンゴ・ラインハルトの音楽が好きで、8ミリ・フィルムで家族をよく撮った後、BGMとしてジョビンの音楽ばかりを使った。家族の記念フィルムにジョビンの曲を用いるのは、誰が聴いても耳障りではなく、またいかにも知的で洒落た雰囲気がしたからだ。Nはビートルズもよく聴いたが、それをBGMに使うほどにはビートルズのファンではなかった。また、筆者は大のビートルズ・ファンであっても、家族の記録フィルムにその音楽を使うほど無粋ではなく、ジョビンの曲を用いるほどジョビンの曲を好んではいなかった。筆者も一時期そうした8ミリ・フィルムを撮ったが、BGMをダビングするのが面倒であったし、ふさわしい音楽が見つけられなかった。ということで、ジョビンの曲はNの思い出に強く重なっているが、Nは「イパネマの娘」を8ミリ・フィルムのBGMには使わなかった。ゲッツがジョビンの曲を演奏したアルバムではなく、ジョビン自身のアルバムを買っていたからだ。Nとはゲッツが演奏するジョビンの曲について話し合ったことはない。筆者はNと知り合う前に「イパネマの娘」をよく知り、またシングル盤を買っていた。そしてこの曲のみ好きで、作曲者のジョビンや、あるいは歌手のアストラッド、またサックスのゲッツに関して知識も興味もなかった。
d0053294_23433775.jpg ゲッツがジョビンの曲にいち早く注目して演奏し始めたのは、今にして思えば歴史的に記録されるべき大きな出来事であった。ビートルズ人気の陰に隠れて、またジャズがより年上世代の音楽であったため、「イパネマの娘」に代表されるゲッツとジルベルトやジョビンの組み合わせは、その後の流行音楽の歴史を急変させた存在とは言えない。だが、ビートルズとは違っていかにも静かな音で、古臭いような新しいようなその不思議な感覚は、中学生の筆者がビートルズを聴くかたわら、この曲の魅力にも囚われ、レコードを買ったほどであるから、その衝撃の大きさがわかろうと言うものだ。ゲッツがジョビンの曲を演奏したCDを聴いていると、ビートルズとは違う意味でその後の音楽に大きな影響を与えたことが見えて来る。たとえば松任谷由実にきわめてよく似たメロディがあちこちに聴き取れる。ジョビンの曲をほんの少し変えると松任谷由実になると言ってよい。これはジョビンの曲が作曲家に影響を与える斬新さを秘めているからで、その点はビートルズとも互角な才能と言わねばならないだろう。ジョビンの曲は単調に聞こえはしても実際は複雑で、それまでになかった音程をよく使い、ブラジル音楽の独自性を示した。それほどにブラジルが生んだジョビンの才能は偉大ということだ。また、ジョアンは妻と同様、ビートルズのように叫びはせず、ほとんどつぶやくように歌うから、そうした「新しさ」すなわち「ボサノヴァ」に着目したのはゲッツのようなプロがほとんどであったのではないか。ジョビンの生まれはリオデジャネイロで、日本の裏側であることもあって馴染みがうすいが、ブラジルには日本から移民が古くから行っていることもあって、親近感はある。イパネマはリオの海岸の名で、「イパネマの娘」はその海辺を歩く若い女性について歌ったものだ。筆者が初めてリオを意識した頃ははっきりと記憶にある。小学5、6年生の頃だ。グリコだったか、あるいは明治か、おやつとして10円でキャラメルを買っていた頃だ。それまでは中箱の底には自動車や船などが印刷されていたのに、ある日のこと、あまり色合いのよくないカラー印刷で世界の都市シリーズが始まった。その初めて目にしたものがリオであった。説明書きがあって、ブラジルの大きな海辺の都市云々とあった。世それまで界地図でリオの名前は知っていたが、都市の写真をそのように見るのは初めてであったから、なおさら鮮明に覚えている。写真は青空のもと、日本にはない形の尖がって頂上が丸い山と、その麓の海辺、そして海岸に貼りつく街並みを写していた。そのイメージがリオの代表的なものであるこを知るのはもっと後年のことだが、そういう街がブラジルにはあって、世界は広いなと思ったものだ。それから数年して「イパネマの娘」を聴いた。筆者がキャラメルの内箱の底にリオを見た頃にはアメリカではボサノヴァが紹介されてブームになりかけていたのだ。
 ボサノヴァ・ブームを作ったゲッツは、70年代のフュージョン時代を用意したと言えるだろう。それはまたゲッツより下の世代が牽引したので、ゲッツはロック世代にとってはほとんど知られないままに終わった。それは「イパネマの娘」のジャケットに写るゲッツの写真からも明らかで、ロック・ミュージシャンの長髪とは対極にある古臭いイメージから脱却出来なかった。またその必要も感じなかったのだろう。60年代半ば以降、ジャズは旧世代の音楽となっていた。そういう時代の発端にゲッツが「イパネマの娘」を録音したのは先見の明があった。さて、「イパネマの娘」の歌詞カードを今初めて読んでみた。日本盤のこうした聞き取り歌詞はよく間違いがある。これも例にもれず、意味不明の個所がある。それを正して直訳する。「背が高くて日焼けした若くて愛らしい、イパネマから来た女が歩いて行く。彼女が通り過ぎる時、彼女を見る誰もがアー(と言う)。彼女が歩く時はサンバのようで、とても格好よく揺れて優しく動く。彼女が通り過ぎる時、彼女を見る誰もがアー(と言う)。けれど彼は悲しく見つめる。愛しているとどのように伝えられようか。彼は喜んで心を与えたいのに、彼女が海辺を歩く日はいつも彼女は真っ直ぐに前を向くだけ。背が高くて日焼けした若くて愛らしい、イパネマから来た女が歩いて行く。彼女が通り過ぎる時、彼は微笑む。けれど、彼女は見ない。」イパネマ海岸を思い浮かべながら聴くとよいが、この曲を最近聴きたくなったのは、あまりの猛暑で水に漬かりたいと思ったからかもしれない。アストラッドの物憂い歌い方は夏にはよく似合う。そしてこの曲から感じられるイパネマの海岸は人でごった返していない、あるいは人が多くても、その中にぽつんと存在する人がまばらな個所を想像させる。カーニヴァルで有名なリオだが、そのお祭りが派手なほどそれが終わった後の空虚さは大きい。その空虚なところにふと漂う情緒といったものがこの曲、あるいはジョビンの他の曲にもある。シングル盤はアストラッドの歌とゲッツのサックスが中心となっていて、2分50秒ほどだ。伴奏はドラムスやビブラフォン、ピアノ、ベースといったゲッツの数人編成のコンボで、ほとんど出しゃばらない。アルバム『イパネマの娘』ヴァージョンは5分半と長いが、最初の2分ほどはジョアンの歌が入る。シングル盤はそれをカットしたかと言えば録音がそもそも違って、シングル盤にはジョアンのギターがない。またアルバム・ヴァージョンはゲッツのサックスの後にジョビンのピアノの静かなソロも入る。シングル・ヴァージョンの方がコンパクトにまとまって印象深く、ジャケットに嘘がない。ビートルズ以降70年頃までのロック時代、サックスはジャズの代表的な音色としてあまり好まれなかった。それが徐々に復権するが、ゲッツのこの曲のようなだるいムードではなく、音量の増したギターに負けない強烈に炸裂した音であった。その意味でも60年代半ば以降、ゲッツは若者にとっては馴染みのない時代後れのプレイヤーだったと言える。その味が改めてわかるようになるのは、ゲッツがこの曲を演奏した年齢を越えた大人になった頃ではないだろうか。
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by uuuzen | 2010-08-30 23:44 | ●思い出の曲、重いでっ♪ | Comments(0)


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