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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『カレル・チャペックの世界』
ースが落ちている。暑さのせいもあるが、展覧会にあまり出かけなくなっている。特に奈良や神戸といった遠方に足が向かない。見ておきたいものがあったが、いつにしようかと思っている間に期間が過ぎた。



●『カレル・チャペックの世界』_d0053294_23183656.jpgこうして書き出しながら、今日は何の展覧会を採り上げようかとまだ決めていない。週1回の長文日は毎月第1、2週目が展覧会についての感想と決めている。ペースが落ちているとはいえ、いつも3つや4つの候補はある。なるべく今までにこのブログで採り上げていないタイプのものがいいし、一方では、写真を撮った場合、それを掲げたい思いもある。また、この2、3週間以内に見たものが、記憶も新鮮でいい。そんな条件を比較しながら、なおかつ今回はどれについて書けばいいのか迷う。と言いながら、やはり珍しいものをという気持ちが勝ったので、『カレル・チャペックの世界』展について書こう。この展覧会はチラシを見かけず、宣伝が行き届かないこともあって、見た人はとても少ないと思う。先月末まで北区にある立命館大学の国際平和ミュージアムで開催され、最終日の2日前に、珍しくもこれを見るためだけにバスに乗って出かけた。この館を最初に訪れたのは2005年秋のことで、もう5年前になる。戦時中の京都を資料で見せる常設展示のほかに、たまに1階のロビー奥で企画展が開催される。それは巡回展が大半だが、今回もそうだ。展示の中心は説明パネルなので、展覧会と呼ぶにはかなりお手軽な内容だが、副題が「文芸を通した平和と人間性の追求」で、国際平和ミュージアムで開催する内容としてふさわしいものと判断された。図録が1200円ほどで売られていたので買った。扉を見ると、没後70年記念として北海道大学総合博物館が2年前に作ったものだ。その時の展示に用いられた20枚ほどの大型の説明パネルを、今回そのまま持って来たのだ。また図録はパネルをそのまま縮小印刷したもので、これならば展覧会に出かけなくても、図録を入手すればいいようなものだ。だが、展示はパネル以外にもあった。まず書籍やチャペックが使用したカメラやそれで撮った写真、そのほかの実物資料、そして20分と40分の2種のドキュメンタリー・ビデオ上映もあった。40分の方は字幕なしで見なかったが、20分のものはチャペックを生んだチェコスロヴァキアの風土がよく伝わって面白かった。
 筆者はチャペックの小説を持っているが読んでいない。「ロボット」という言葉を発明した人物としてあまりに有名で、その全体像の概略を今回はよく知ることが出来たので、これを契機に本を読んでみようと思う。きっかけがなければ、なかなかその人の本を腰を据えて読む気になれない。いつも興味の対象はある傾向に特に染まっていて、その傾向から外れるものには大きな関心を抱きにくい。このチャペック展に行った理由は、目下の関心事にほとんど関係がないが、チェコ・アニメについて2、3か月前に書いたように、全く関心がないのではなく、並行していくつも抱いている関心事に関係するという思いがあったからだ。つまり、チェコ・アニメを側面から理解するのはチャペックについて知っておくべきと思った。人はなるべく多くのものに対して関心を抱くべきだ。それらは一見つながりがないようであっても、どこかでつながってその人の個性を豊かにする。そう言えばチャペック自身がそんな多面性を持った趣味人であった。カメラ好き、動物好き、植物好き、それに旅もするで、それらが渾然一体となって、作品を育んだ。また、筆者は知らなかったが、カレルには、文章も書くが、どちらかと言えば画家、グラフィック・デザイナーとして仕事を多くした兄がいて、その紹介も今回はかなり詳しくあった。ロボットの言葉もこの兄ヨゼフの発想で、ヨゼフの再評価と言おうか、もっと知られていい存在だ。カレルは兄が意見したロボットという言葉をそのまま受け入れるほどに兄弟は仲がよく、一緒に住んで仕事をしたが、ふたりでひとりといった捉え方がなされてもいる。今回のパネルには兄の作品がいろいろとカラー印刷で紹介され、また分厚い画集が海外では出ているようで、それを手に取って中身を全部見たい思いにかられた。ヨゼフは工芸学校の出で、純粋絵画も描いたが、本の装丁や挿絵など、デザイナー的な才能を発揮し、また本人も画家としてはそうした周辺、底辺的な仕事に誇りも持っていた。どこか柳の民藝に通ずる物の見方があったと言うべきだろう。そういう兄を持った弟のカレルがどういう思想を抱いたかはおおよそ想像出来る。
 カレルは1890年生まれで1938年に亡くなっている。兄はその6年後に没するが、兄弟ともに長命とは言い難い。また、兄とは違って文章で生きたカレルの方が有名になったのは、資質の差もあるが、ペンの力、つまり政治や風俗など、時代に対してより意見を発することが出来たからと見てよい。ましてやその晩年の5年はヒトラー政権と重なっていて、カレルがどういう思いで祖国の行く末を案じたかは、彼の本を読まずとも想像出来るだろう。今回の展示の説明パネルは、チェコで作られたものを日本語に置き換えたもので、写真がふんだんにあって、視覚的に楽しい。図録ではチェコ語のものがそのまま掲載され、右ページにその対訳は掲げられている。会場で展示されたものは日本語訳のパネルで、それを印刷した方がわりやすくてよいが、チェコ語はめったに見る機会がないので、どうせ対訳がつくのであれば、かえってチェコ語の方が資料としてもいい。このチェコ語は字面がドイツ語やフランス語と違って、全くどう読んでいいのか戸惑う。たとえばカレル・チャペックは「KARLA CAPKA」と綴る。このまま読むとカーラ・カプカで、カレル・チャペックと読む規則が見出せない。名前ですらそうであるから、文章となるとなおさらで、その意味でもチェコ語のパネルが図録に印刷されている方がいい。これはチェコがいかに遠いか、また距離的に仮にそうではなくなっても、日本とはあまり関係が深くないかを側面から知らせる。そいう異国情緒が日本からは興味の対象になりやすいところもあって、その代表が絵本やアニメとなっている。そして、その元をたどればチャペック兄弟の果たした役割も大きい。
 カレルのSF小説を読んでいないので何とも言えないが、チェコスロヴァキアは歴史のある国で、それなりに民話も豊富だろう。そういう歴史や自然の豊かさを背景にしてカレルの作品が登場したことを会場で上映されていたビデオが説明していた。図録から引用すると、カレルはボヘミア北部の村の生まれで、チェコスロヴァキアはオーストリア=ハンガリー二重君主国の一部として組み込まれていて、公用語を巡ってドイツ人と激しく対立したと言う。カレルの生きた時代もあってなおさらそう思わせるが、ロボットという言葉やその思想はドイツにきわめて馴染むもので、またカレルの書籍のデザインや、ヨゼフの描くキュビズムや未来派的な作品もまた、ドイツのものに思える。こう書くと、チャペック兄弟から叱られそうだが、それほどに当時のドイツ周辺の文化の流行は似ていたということだ。もっと言えば、チェコスロヴァキアはドイツの片田舎という印象が強く、そうした場から登場したカレルが歴史の奔流でどのような主張をしてどう生きたかだが、説明パネルのほとんど最後の1枚では、カレルが肺炎で死に、兄もナチスの強制収容所で亡くなり、また晩年のカレルは国内の右派と左派の両側から中傷や攻撃を受け、社会主義時代には一部の著作は刊行されず、と書いてある。つまり、チェコスロヴァキアで再評価が始まったまったベルリンの壁崩壊後のことで、そんなに昔のことではないことがわかる。また、その後チェコスロヴァキアはカレル時代とは違って、国がふたつに別れたので、事情は相変わらずややこしい印象もあるが、チェコとスロヴァキアは交流が盛んなようで、心配はないか。そういう国の運命を思わせられるのは、ヨゼフが強制収容所でなくなった事実で、それだけでもいかに過酷な時代をこの兄弟が生きて作品を残したかがわかる。
 「少年時代」と題されたパネルからカレルの言葉を引用する。「生まれ故郷の土地は、幼いころの土地、生涯最初の土地であり、それゆえに、もっとも根強い印象、発見、知識と結びついている場所でもある。人は、実際にその場所に帰らなくともよい。いかなる土地に身をおこうとも、実際には、たえず、その場所に生きているのだから。」とある。これは生まれ育った頃の経験がどれほどその後の人生を決定づけるかを言っており、子どもの心を出来る限り豊かにする場所で育てるべきかを示していると受け留める人は少なくないだろう。日本ではたとえば幼児教育産業が大儲けをし、親は子どもの将来を少しでも高学歴高収入へとつなげようと躍起になるが、生まれ故郷がどんな土地であってもかまわない、あるいは仕方がないのでかまわないと言うしかない。厳しい環境であればそれはそれなりに子どもの人格とその将来を決定するだろうし、それが何事にも恵まれた環境よりもいいとは限らない。何がよくていいかは元来わからず、また豊かな環境に育ったから世をリードする人材を豊富に生む保証はない。どういう生まれ故郷であっても、人はそれを受け入れねばならないし、過酷な環境であってもそれに感謝することも出来るし、豊かな環境であってもそれを憎悪する人もある。そのあたりまえのことを前提としながら、カレルの生まれ育った場所と時代は、カレルのその後の人生を決定づけ、またカレルのような才能を生んだ故郷と時代というものを思わせられる。もっと言えば、日本ではカレルのような才能が生まれ得たかどうかだ。生みに囲まれた島国日本ではどうあがいてもせいぜい辺境の小者的才能した出ようがなく、その意味で生まれ育ちの条件を憎む資格が日本にはあると言えるかもしれない。また、カレルは自分の文才を遺伝によるものとも書いている。粉挽きであった祖母はカレルによると、「粗暴と誠実、異教性と純粋そのもののキリスト教的恭順、毒舌と宥和とが奇妙に入り混じった人であった。そのくせやたらと活発かつ穏和、加えて言葉づかいの巧みさときたら、まさにチェコ語の民衆芸術家であった」で、これはチャペック兄弟そのものにも言えるに違いない。ロボットという言葉を瞬間的に思いつき、それを直ちに認めて戯曲の文中に使う兄弟は、「チェコ語の民衆芸術家」であった。
 ついでに書いておくと、1920年の『R.U.R.』で使われたこのロボットは、資本家が安価な労働力として大量生産したもので、やがて人間に対して反乱を起こす存在として描かれる。機械文明の行く末を案じた当時の種々の作品に大なり小なり共通する発想だが、ロボットは今ではあらゆる場所に用いられるものとなり、また一方では臓器移植など、人間そのものを部品交換可能なロボットとみなす思想もまずます深まっている。また、今回は『R.U.R.』という題名を印刷した本が何種も展示されていて、この頭文字3つの並びが、えらくロボット時代にふさわしい単純で合理的、また謎めいて不気味にも見えた。もちろんジャズやロック世代から見ればそれは先駆的に格好いい字面に見えもするが、そうした感覚までチャペック兄弟が先取りしていたということだろう。あるいは当時の文化がそのようにきわめてモダンで、その影響は日本にも及んだ。『R.U.R.』は『ロッサムのユニヴァーサル・ロボット』の頭文字を並べたものだが、当時の人にすればそれを読んでも意味不明であったろう。ただし、ロボットがユニヴァーサルな基準になる予感は共有したであろうし、そのとおりとなった。また、どういうわけか図録には書かれていないが、このロボットという言葉は、最初カレルは労働を意味する(英語ではLABOUR)に近い言葉を考えたが、どうもふさわしくないと思って隣で絵筆を口にくわえている兄に訊ねたところ、すぐに返事として返って来たものと説明にあった。筆者がその時に思ったのは、Lから始まる言葉がRから始まる言葉として変化したことで、それはLとRの発音の区別が出来ない日本ではいざ知らず、ヨーロッパの言語でそういう置換めいたことが生じたことの面白さだ。ROBOTがLOBOTになっていれば、『R.U.R.』は『R.U.L.』となって、これではドイツ語で『右と左』と思う人が多いはずで、チェコ語でも同じであったのではないだろうか。それに不気味さからは『R.U.R.』の方がはるかによく、ROBOTが正解であった。子どもでもすぐに覚えることが出来るし、この一語によってカレル、あるいはチャペック兄弟の名は永遠のものとなった。そればかりではなく、チェコスロヴァキアという国もそうだ。
 多趣味なカレルは園芸趣味があって、金持ち向き、貧乏人向きの園芸の区別を思ってそうした園芸に関する本も書いた。また犬が好きで、それを愛用のカメラで撮影し、その犬ダーシェンカは世界的に有名になった。また音楽好きで、ヤナーチェクとは交流があり、一方では世界の民族音楽のレコードを収集した。当時のマサリク大統領と交流し、大統領府でのサロンに出入りもしたというから、国を代表する文化人であった。パネルからわかった興味深いことは、カレルの妻が女優であったこで、その写真が何枚かあった。戯曲を書いていたので、そうした美人と出会う機会があったのだが、多趣味とともに、生活をエンジョイしたカレルの様子が伝わる。だがそれも30年代になると次第に暗雲が射し込み、チェコスロヴァキアの命運ははかないものになって行く。38年には国の一部をドイツに奪われ、その年にカレルは亡くなる。せめて戦後まで生きていれば、どういう活動をしたかと思わせられるが、兄と同じように、強制収容所で命を落としたかもしれない。そうならなかっただけでもまだよかったか。日本ではカレルの人気が本国以上に高いという。チェコ・アニメや絵本とチャペック兄弟との関係を今後調べたいと思う。
●『カレル・チャペックの世界』_d0053294_14481295.jpg

by uuuzen | 2010-08-05 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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