●ドゥイージルの新譜『RETURN OF THE SON OF…』その1
線の個所にどんな言葉が入るのか。これはブックレットにあるドゥイージルの解説によれば、父フランクのギター・アルバム『SHUT UP‘N PLAY YER GUITAR』ということだ。



つまり、父のギター・アルバムの再来と言いたいのだ。ザッパの『SHUT. UP‘N PLAY YER GUITAR』は3枚のLPとして発売され、その3枚目の題名が『RETURN OF THE SON OF SHUT. UP‘N PLAY YER GUITAR』であった。そのため、今回のドゥイージルの新作アルバムの題名はそれと重なっていささか紛らわしい。それはともかく、今回はZAPPA PLAYS ZAPPAを謳わず、DWEEZIL ZAPPAの名義となっていて、これはなぜだろう。発売はRAZOR & TIE(レイザー・アンド・タイ)という会社からで、筆者はアマゾンで予約して買ったが、その配給会社との兼ね合いもあったのかもしれない。さて、ドゥイージルは今回の新譜を、父の最初のギター・ソロ・アルバムと同じように、ギター・ソロの即興演奏をそのまま作曲と位置づけられるまでの境地に至った成果であるとしている。その意味で前回のZPZ名義のアルバムとは違った段階に到達したものをみなすことが出来るが、収録曲は前回以降新たにレパートリーとしたライヴ演奏で、またギター・ソロ部分のみを『SHUT. UP‘N PLAY YER GUITAR』のように集めた編集にはなっていない。まだ通して1回しか聴いていないが、ディスク2には「ビリー・ザ・マウンテン」が収録されるなど、ヴォーカル・パートが全体に多く、ギター・ソロはさほど目立たない。そのため、今回は前回の補完版で、二番煎じの色合いが濃い。これはアルバム・ジャケットの大味さにも表われている。このジャケットもまた配給会社のある程度の要請にしたがったのではあるまいか。ギターを演奏する姿、ステージ前に集まるファンにサインをする姿、そして観衆の群れで、凝った工夫は皆無と言ってよい。そのため、フランクのアルバム・ジャケットに慣れた者からすれば聴く前から内容がわかってしまうような印象がある。前回のジャケットもあまりよくなかったが、今回はさらにそうだ。父親のように強力なイラストレーターの協力がないというのはさびしい。その分、ドゥイージルの置かれた立場がよく見える。
d0053294_1432668.jpg

 予約して数日後の昨日届いた。送料込みで1638円という安価だ。3つ折りのブックレットは予想どおりに素っ気なく、各曲の演奏時間の表記もない。2008年10月、シカゴでの演奏が大半で、数曲は同年ハロウィーンでのニューヨーク、そして2009年夏、イギリスでの収録だ。残念ながら2008年1月、そして2009年4月での日本での演奏は含まれない。父がしばしばしたように、なるべくあらゆる会場での録音から選ぶ方がCDの売り上げ増進にはいいが、すぐに録音が密かに出回る事情もあって、まだ出回っていない録音を中心にと思ったのかもしれない。とはいえ、今回の音がすでに出回っていなかどうかは知らない。また、ドゥイージルは一部の会場では当日のライヴ録音をそのまま会場に訪れたファンにファンにダウンロードさせる商法を採っているが、そうした会場の録音も除外したかもしれない。父親の時代とは違って、ステージでの演奏がいちはやく情報として把握出来るようになった今、新譜のありがたみはかなり減退している。またザッパ・ファンにすれば曲目を見ただけで内容が想像出来てしまうので、今回の発売はなおさらありがたみが少ない。そのため、筆者が望むのは、ドゥイージルのオリジナル曲の演奏だが、ドゥイージルにすれば父の曲のコピーではあっても、ギター・ソロは自分の創作であるので、父のネタを使って充分に自分の個性を展開しようという思いなのだろう。そして、それが今回はさらに濃密になっているとの自負があって、アルバムの題名も決めたというところだ。つまり変化はゆっくりと確実に訪れている。また前回のジャケットやチラシに使用されたドゥイージルの写真と今回のものを比べると、わずか数年でドゥイージルがえらく老けた印象がある。それだけ大人になったと言い換えてもいい。その成果がギター・ソロに出ていると見ることは出来る。ドゥイージルは父の才能のうち、ギター演奏を受け継いでいるから、今回の聴きどころもその進歩にあり、それを前面に押し出して宣伝したこともあってのアルバム・タイトルだろう。
d0053294_1435722.jpg

 ZPZは来月末に新潟でのフジロック・フェスティヴァルに出演が決まっている。父の曲のカヴァー演奏をするだけではなしに、オリジナル曲をやってほしいと思うが、それはおそらくなく、先に書いたように父の曲でありながら自分のギター・ソロに耳を傾けてほしいという思いだ。筆者は2年前にドゥイージルのアルバム『GO WITH WHAT YOU KNOW』を採り上げた時、父のソロを模倣しながら別の味を出していることを評価した。模倣には、逐一音をなぞるものから、同じ音階を用いるだけで奏でるフレーズは独自というものまであって、ドゥイージルは完全に後者に相当する。それは前者のような才能がないと言えばそれまでだが、父自身が前者的才能ではなかった。そのために演奏するたびに違う曲となって、『SHUT. UP‘N PLAY YER GUITAR』といったギター・ソロ・アルバムが生まれた。ドゥイージルの目指すところも全く同じだ。父の曲をカヴァーしながら、自分でしかあり得ないソロを構築しようと考える。その時、父の曲を演奏するのであるから、その曲と同じ音階を使うのはいたし方がない。問題はそれから先にある。父が使わなかった音階をドゥイージルが見出し、しかも父と同じようにそれを存分に創作的と言えるまでに展開出来るかどうかが今後の大きな課題だ。ザッパ・ファンなら音階の詳しいことを知らなくても、ザッパの曲を支配する主音はよく耳に馴染んでいるし、その音を基礎としたザッパの奏でる音階はあまりにもザッパの強い個性によって彩れているため、他人が模倣すればその模倣感がいやでも安っぽく聞こえる。もちろんギター・ソロは音階だけで個性が決まらず、その音階で作られるフレーズやその接続、間、音色など多くの要素が絡まっている。そのため、何かひとつでも工夫して独自色を出せば、それは創造的なものに聞こえることになる理屈だが、創造の段階で言えば、やはり根本である独自の好みの音階をいくつか手に入れることが強みになるだろう。そして、それは恣意的に選んで行くものか、それとも本能的な好みで無意識的に自ずと入手出来るものか、そこには創造論の大きなテーマが横たわっている気がするが、父が成した遺産を前にドゥイージルは、父よりもある意味では困難な位置にたたずんでいる。父の遺産を恣意的に分析模倣する行為の連続の果てに、かえって自由が利かず、本能的な好み、つまり自己の内面を確認することが疎かになりがちであるからだ。それはドゥイージルに限らず、ある作者を尊敬するあまり、その作風の模倣からついに逃れることが出来ない3、4流の追随者がいつの世にも無数にいることと同じで、きわめて同情的にならざるを得ない。だが、健気な息子のドゥイージルはその困難な道を歩んでいる。そして筆者はそのソロにドゥイージルらしさのあることを認めるが、それはまだ十全に開花しているとは言い難い。『RETURN OF THE SON OF…』を訳せば『…の息子の帰還』で、これはもともと『聖書』に登場する「放蕩息子の帰還」に因む言葉だ。ところで、筆者はここ数日、個人的なある出来事もあってストラヴィンスキーの『レイクス・プログレス』を聴いている。それはともかく、ストラヴィンスキーはホガースが描いた「放蕩息子の帰還」に触発されて同オペラを作曲した。ドゥイージルの今回のアルバムの題名の点線部分に何の言葉が入るかを思う時、筆者はドゥイージルの心の中に父に対して不肖の息子という思いがあったのではないかとふと感じてしまう。それほどに父の遺産が大きく、それを咀嚼することすら大変な仕事だ。そして、息子は父の音楽が時代遅れではないことを証明したいためにZPZの活動を始めたが、筆者としては次作にそれこそギター・ソロのみを集めたアルバムを期待したいし、そこにはもっと楽しいジャケットがほしい。

●2003年4月3日(木)深夜 その1
d0053294_1453212.jpg昨日は久しぶりにボロ自転車に乗って古本屋まで行った。モーツァルトの「フルートとハープの協奏曲」という珍しい曲が入ったCDが250円だった。他にも同じように安い2枚を見つけた。それに本も買ったが、途中郵便局で記念切手を買った。1日から郵便局が新たに日本郵政公社となってロゴも変わった。それを記念してのシール式切手シートの発売だ。このシール式は20年ほど前だったか、最初の発売があり、その後ちょくちょく出るようになった。近年は特に目立つ。ベロリと切手の糊をなめることに抵抗のある人が増えて来たのかもしれない。あの糊は食用になるもののほかに無害とはいえ化学合成糊も入っているようで、それを思うとなめるのは抵抗がある。独特の味もあるからだ。いっそのことミント味などにすればどうだろう。聞くところによるとシール式切手は従来の切手の糊の上にさらにシール用糊を被せてあるということで、製造するのも割高になっているに違いない。シール式ならば切手がどんな形でもよいし、周囲の目打ちのギザギザも必要ないのに、わざわざギザギザの形を採用して型抜きしているから、シール切手を貼ると、従来の糊の切手と見分けがつかない。古い習慣が意味もなく伝わって行くことの一例がここにある。郵政公社発足に際しては2種のシール式切手シートが出た。そのひとつは酒井抱一の『四季花鳥図巻』から、春の花がいろいろとトリミングされて計10枚の切手に図案化されている。この抱一を採り上げるところが何となく面白い。これが同じ琳派でも光悦や光琳ではやはりそぐわない。末期的症状を呈している今の郵便制度を思うと、江戸琳派の抱一がふさわしい。抱一の頃になると、琳派の模様的絵画もぐんと写生味が濃厚となって来てそこに抱一の悩みのようなものを感じてしまうが、先人があらゆることをしてしまった後に登場する才能からすれば、抱一はまさにそんな立場にあって損な役回りと言えなくもない。そんな抱一を新生の郵政公社が真っ先に切手にしているのは、何やら切手デザイン課のさすがの周到な考えを見るようで面白いのだ。電子メールがどんどん増加する一方のこの時代にあって、手紙やハガキを扱う郵便そのもの、それに切手デザインはこの先どのように変化して行くのだろう。買った切手シートを見ておやっと思ったのは、片隅の小さな文字だ。昔は「大蔵省印刷局製造」とあった。それが近年「財務省印刷局製造」にバトンタッチし、さらに一昨日からは「国立印刷局製造」となったからだ。字体はずっと同じだが、このたびの「国立」の字面は今まで以上に貫祿だけはある。もう当分この「国立印刷局製造」は変化することがないと思うが、それもまたどう変化するやわからない。一方で10年もっと前から印刷の一部が民間に任せられているふるさと切手に「凸版印刷株式会社製造」というのもあるからだ。ところで、ボロ自転車で思い出したことを少し書いておこう。半年前の日記には、長い間乗っていた自転車がついに盗難に遇い、仕方ないのでよく行く自転車屋で中古自転車を2000円だったか、1台買ったことを書いた。今年1月下旬のある日、そのボロ自転車に乗って桂の古本屋に行った帰り、警官に呼び止められた。それは坂道を下り切ったところで、コートを来た警官か警備員らしき中年の男が急にぬっと物陰から現われて、自転車を止めるような仕種をした。そのすぐ近くにクレーン車が止まっていて、その関係で警備員が注意を促しているのかなと思い、また坂道で急にブレーキをかけると危ないし、後続にもう1台の自転車が来ていたこともあり、とても止まることはできなかった。それでそのままその男をやり過ごし、別に逃げる風でもなく口笛を吹きながら家に向かった。すると3分ほどして、バイクに乗ったその男が追いかけて来て前に回り込み、自転車を道路際に止めるように誘導した。警官だったのだ。すぐに携帯電話で白バイを呼び、若い警官が到着した。尋問が始まった。こっちはよく自転車を盗られている身分だ。それがよりによって自転車泥棒と間違われている。真っ昼間から自転車に乗っている中年はみな自転車泥棒の疑いがあるのだそうだ。自転車は買ったもの、住まいはここから徒歩5分、家まで来れば領収書を見せるなどと説明しても耳を貸さない。それは寒い日で、コートや皮ジャンを着たふたりの警官は暖かいだろうが、こっちはうすいジャンパーにマフラーだけで、風邪を引きそうだ。20分ほど尋問された。「ですから言ってますように、この自転車は桂川を越えた、ここから5分とかからない店で買ったのです。何なら電話で確認して下さいよ」。警官は自転車についている登録シール番号をまず調べると言って聞かない。それで警官の携帯電話が鳴って婦人警官の小さな声が聞こえた。報告を受けたすぐ後、警官は「この自転車は今から7年ほど前に盗難に遇っているではないか」と勝ち誇った笑顔で詰め寄った。「いや、さっきから何度も言ってますように、これは買いました。今からその自転車屋へ行きましょう」「いや、電話する」。そうして自転車屋にようやく電話が行った。以前の持ち主は盗難届けを出した後すぐに見つかったのに盗難抹消手続きをしていなかったのだった。思い出せば、そのボロ自転車を買った際、店の主は「その登録シールを剥がしておいた方がええと思うけど、まあ、こんな自転車、誰も盗んだとは思えへんやろ」などと言っていた。その時わずかに心をよぎるものがあった。その不安が警官の尋問という形で実現した。自転車屋は「大山さんには確かに売りました。絵を描いている人で写生のためにあちこち自転車で行かれることがあります」と言ってくれたから、一気に不審は解消された。この自転車屋の主とは長年のつき合いがあるが、もし当日店が休みであればいったいどうなっていたことやら。冤罪なるものは確かにあると納得した。警察は怪しいと睨めば絶対にその考えを変えようとはしない人間ばかりなのか、「今日はまあ、このくらいにしておく」などと偉そうに言ってふたりの警官は去って行ったが、けっ! 最初から自転車屋に電話すれば済むものを、怒りと寒さでくしゃみが出そうになったものだ。
[PR]
by uuuzen | 2010-06-24 14:05 | ○嵐山だより | Comments(0)


●宝珠坊主 >> << ●ドゥイージルの新譜『RETU...
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
技術だけで有名になれない..
by uuuzen at 17:38
彼ら(ビートルズ)に関し..
by インカの道 at 17:20
本質とは生前のザッパが出..
by uuuzen at 16:04
本質とは?どう言う事です..
by インカの道 at 15:26
7枚組はまだあまり聴いて..
by uuuzen at 10:18
間違いと言えば、オフィシ..
by インカの道 at 22:29
関西在住のザッパ・ファン..
by uuuzen at 13:02
大山様 ご無沙汰してお..
by はたなか at 00:35
間違った理由がわかりまし..
by uuuzen at 11:27
やっぱり"Penguin..
by インカの道 at 22:38
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venusha..
ファン
         ブログトップ
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  © Copyright 2018 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.