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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●行楽日和の後楽園
レフォン・カードを母からたくさんもらった。すでに時代後れのものとなって、外に出た時、公衆電話を見つけるのに苦労する。それでもケータイを持たない筆者には必需品だ。



●行楽日和の後楽園_d0053294_125653.jpg母は10年ほど前までは日本各地をよく旅行し、そのたびに記念で現地でテレフォン・カードを買い、それがカード入れにいっぱいになった。ちょうど100枚ほどあって、1枚ずつ使っているが、めったに外で電話をかけないので一向に減らない。そのカードで今使っているのが、岡山を旅した時のものだ。桃と葡萄が中央に印刷され、背景は瀬戸大橋だ。カード入れを調べると、後楽園が2枚あった。その後楽園に行きたいと去年秋に思った。見たい展覧会がその敷地内の県立博物館であったからだ。結局断念したが、3月26、27日の1泊旅行の際に行った。昔から気になっていた場所で、ようやくのことだ。ついでがないとなかなか行く気になれない場所は多い。観光のために行った1泊旅行なので、後楽園はぜひ見ようと決めた。岡山駅を降りて昼をどこで食べようかと大通りを東に歩いていると、気に入る店がない。また、店も少ない。もうすぐ後楽園という突き当たりまで行くと、通りの向い側に円柱型の建物があった。シンフォニー・ホールとわかったが、辺りにほとんど人は歩いていない。車も少ない。落ち着いた、また清潔な街だ。大通りの突き当たりを角を北に曲がってすぐ、ちょうど女性が小さな店から出て来て開店の看板を表に出した。その先にはもう店はないだろうと考えてその食堂に入った。筆者らがその日の最初の客だ。窓際のカウンターに座った。狭い店内はカウンター席のみで、厨房が2階にあって、夫婦で経営している。家内はさしみ定食、筆者はカレーライスを頼んだ。さしみ定食にすればよかったと後悔した。そんな店でさしみ定食というのは珍しい。どうせたいしたことはないだろうと思って月並み過ぎるカレーにしたが、運ばれて来たさしみ定食は予想以上に立派であった。女性店員が話しかけて来た。「旅行ですか。もう1週間遅ければ後楽園の桜が満開なのに惜しいですね。」「いや、桜が目的ではないのです。地元でいっぱい咲きますから。」「どこから来られましたか。」「嵐山です。」「えーっ、いいところにお住まいですね。実はわたくしも京都出身なのです。」「えー、そうですか。」といったように言葉を交わし始めた時、若い男性客、そして母と娘の親子連れが相次いで入って来て、みなさしみ定食を頼んだ。食べながらカウンターの前から窓の外を見ると、光があふれていて気持ちがよい。市電が右手から走って来て角を曲がった。それを見て、方向感覚が少しおかしくなった。筆者らが歩いて来た岡山駅の方面に市電が去ったことを家内から耳にし、ようやく食堂の位置を再確認した。
●行楽日和の後楽園_d0053294_132734.jpg

 食べた後、交差点をわって北上すると、前方に県立美術館が見えた。その前の道を西に入ると、すぐに大きな川べりに出た。これが予想外であった。土手から川面をかなり深く見下ろしたからだ。堤防の高さがとても高い。京都の川ではまずそんな場所はない。川向こうに後楽園があることはすぐにわかった。それは岡山城とは川を挟んで向いあっていて、これも意外であった。てっきり城の真下に広がる公園と思っていたからだ。川べりを右か左のどちらに行こうかと迷った。どちら側にも遠くに橋があってその距離はちょうど同じに見えた。右か左かとなると、たいてい右を選んでしまう。それに右手の遠くに満開の桜が1本見えた。見通しがとてもいいので、橋までとても遠いように感じるが、300メートルほどだ。途中右手の土手下に家並みが見えた。2階の高さがちょうど土手と同じで、土手から直接2階に入って行ける音楽教室を経営する家があった。そこに子どもが入って行く姿を想像した。桜のところまで来ると、数人が写真を撮っていた。風が冷たく、やや肌寒い。すぐ隣が病院だ。桜の立つ場所は史跡だろうか、木の近くに説明書きがあったが、それを読まずに前方見える橋と城が入るような角度で写真を1枚撮った。そして橋まで行って、それが歩行者専用の細いものであることを知った。川面まで距離があるので、わたるのにスリルがある。向こう岸にはすぐにチケット売り場があった。そこで園での現在位置を訊ねると、裏門に当たるらしく、ぐるりと園内を一周して正門から出ればよいと言われた。実際は一周すると元に戻るから、幾分かは歩まずに出ることになる。右手の売店を通り過ぎてすぐに園内に入る門に来た。そこを入ると、広々とした光景が広がった。栗林公園とは全然違って、森や林ではなく、田畑のイメージに近い。実際田畑として使っていた部分もあって、それがそのまま残されている。右手方向、つまり時計と反対回りに進んだ。最初に高さ2メートルほどの樹齢を重ねた蘇鉄の並木があって、これがよかった。栗林公園にも立派な蘇鉄がある。南国の植物なので、岡山の風土に合うのだ。漱石が訪れたことのある堺のとある寺も大変古くて大きな蘇鉄があって、それをいつか見に行きたいと思いながらもう何年も経っている。息子が小学低学年の頃、学校で蘇鉄の葉が1枚だけの苗木をもらって来た。それを筆者は鉢植えし、また何度か大きな鉢に取り替えながら大きく育てた。先日隣の家を買って、その庭にその蘇鉄を鉢から外して直植えしてやった。予想外の霜のため、せっかくの若葉が全部枯れたからでもある。日当たりのいい広い場所に直植えしたのでもう安心だろう。筆者は後何年生きるかわからないが、蘇鉄は大事に育てると数百年は生きる。きれいな花が咲くわけでもないが、いつも勢いを感じて蘇鉄は好きだ。
●行楽日和の後楽園_d0053294_14012.jpg

 後楽園の中に行楽客はまばらであった。桜の季節に早いからだろう。職人が何人か集まって植物の手入れをしていた。また、モデルが撮影するためか、花嫁の格好をした女性が遠くにふたり目についた。あるいは結婚式を挙げていたのか。花をほんの少し咲かせた桜の老木の林があった。そこが満開になればとてもきれいだろう。園内のベンチで弁当を広げている人もあった。そんなことが出来るならば、先の食堂で食べることもなかったなと思った。突如背後の高みから汽笛のように大きく分厚いパイプ・オルガンの音色でシューベルトの菩提樹が鳴り始めた。時計を見ると正午だ。音を流しているのは岡山城だ。菩提樹を選曲しているのはなかなかよい。ほかのつまらない曲であれば、後楽園の思い出全体がぶち壊しになったろう。今こうして書いていて、あの後楽園で毎日背中にその音色を聴きたいと思う。曲が終わった頃には左手に丘が見えるところを歩いていた。それは人工の丘で、後楽園を変化に富ませるために築かれた。みんな登って行くので後に続いた。頂上は狭く、眼下の見晴らしも別にどおってことはない。降りてまた左回りに歩くと、大きな池に来た。鯉がたくさん泳いでいて、餌も売られている。売店も多く、どこもきびだんごの箱を積んでいた。写真をたくさん撮ってやろうと思いながら歩いたのに、どこも絵はがきのようで、撮るまでもないとも思える。だが、絵はがきのような写真もたまにはいいだろう。そう思って2、3枚撮った。特に雲の表情がよいと思えた場所があったからだ。コンスタブルが描くような雲で、それが手入れされた庭にいかにも絵はがきのようによく似合っている。門を入った時に手わたされた地図によって、鶴を飼う場所があることを知ったが、やがてその近くに来た。木立の奥から騒々しい鳥の声が聞こえる。それですぐにわかった。鶴の声はきれいとは言えない。大きな鳥であるから当然か。鶴は中国から贈られたものだ。確か戦後さびしくなった後楽園を惜しんで日本に留学したことのある人物が寄贈したのだ。羽の一部が切り取られているので飛べないのか、あるいは飛びたい気持ちが萎えてしまって飛ばないのか、とにかく4羽ほどの鶴は全部地面に1本脚で立つか、広いケージの中をぐるぐると堂々巡り的に歩いていた。鶴を間近で見るのは初めてかもしれない。小型のスケッチブックを持参していたので写生しようと思って用意したところ、急に大粒の雨がぱらぱらと降って来た。それで描くことを断念したが、手提げ袋にしまった途端、また晴れになった。鶴の目の前に大きなベンチがあったので、そこで一服しようと思って座った。すると、10人ほどの親子連れがどかどかとその区域に入って来てベンチに座ろうとする。それで筆者らはすぐに立ち上がった。ありがとうの声を背に聞きながら歩き始めた。
●行楽日和の後楽園_d0053294_143050.jpg

 大きな椿の花が地面にいくつも落ちていた。見事な花で、写真を撮ろうと思ったが、つまらない写真になりそうでやめた。間もなく正門の前まで来た。そこを出ると博物館があった。『ああ、ここに去年の秋に来たかったのだな。次に来ることがあればまた後楽園を歩こう。』 そう思いながらその前を通り過ぎ、桂離宮の前あたりにどこか似た雰囲気のある園前の庭といった場所をしばし歩いた。すぐに橋が見えた。鶴見橋と言う。宇治橋にちょっと似たところのある橋で、最初にこの橋をわたって後楽園に入るのが正しい順序だが、逆回りもそれなりによかった。鶴見とは、後楽園は昔から鶴を飼っていたのだろうか。説明にもそう書いてあったかもしれないが、忘れた。それに鶴見と言えば筆者は人物を思い出す。橋に向わずそのまま前方に歩むと竹久夢二の美術館がある。だが、美術館が目的の旅ではないので、足を向けなかった。それに夢二の作品は今までに何度も見ている。橋をわたってそのまま直進すると岡山駅だが、先の大通りに出てすぐに南下した。すると先に見た県立美術館の前に来た。高橋秀展をやっていた。館前に鏡のように物を写す金属性の大きな抽象の彫刻が立っていた。高橋の絵をそのまま立体にした形で、涙粒を逆さにしてふたつ並べたものを思えばよい。筆者の姿がジャコメッティの彫刻以上に細く見えた。あまりに細いので、写真を撮っても人間とはわからないだろう。それでやめた。せっかくなので館内のロビーに入った。すぐにチケット売り場があって、その右手にチラシ・コーナーが目についた。何枚か取った後、さらに右手に進んだ。奥は売店になっていて、グッズを売っている。そしてその奥が喫茶店だ。コーヒーの芳しい匂いが漂っていた。食堂で食べたすぐ後に見つけていたコーヒー専門の大きな喫茶店があったことを思い出し、外に出た。また高橋秀の彫刻の前で自分の針のように細い姿を見て、写真を撮ろうと思ったが、またやめた。そして通りをわたって喫茶店に向った。深緑色に塗った木製の外観がよい。本日のコーヒーを注文した。後で楽するにはしばしの休憩がいる。何より先に後楽園を見ておいたのが、後が楽であった。それにしても行楽にふさわしい園だが、後楽という名称は何に由来するのだろう。それもパンフレットの説明にあったかもしれない。テレフォン・カードを見れば花の季節がいいようだ。だが、地味な菩提樹はきっと植えていないだろう。母は後楽園をどう思っただろう。きっと昔のことで何も覚えていないだろう。
●行楽日和の後楽園_d0053294_145721.jpg

by uuuzen | 2010-05-18 01:06 | ●新・嵐山だより
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