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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『シュテファン・バルケンホール展』
昨日、大阪中之島の国立国際美術館に行った。ゴッホ展が開催されている。ゴッホ展は日本ではいつも異常な人気を得る。東京では20万だったか、50万だったか、とにかく大変な数の人が観て、その点では大成功ということになる。



●『シュテファン・バルケンホール展』_d0053294_15142591.jpg国立国際美術館は前の茨木の万博公園ではあまりこうした客寄せ的な展覧会は開催されなかったが、中之島に移転して一転して(ゴロ合わせになっています)露骨な金儲け主義に走り始めていそうで何だかいやな感じだが、今後様子をじっくり見ないことには断定は出来ない。展示場がみな地下にある美術館で、雰囲気もなかなかいいが、もう少し肥後橋から美術館に至る川沿いの道がどうにかならないものか。殺風景過ぎて、くつろぎの雰囲気があまりにもない。美術館までは徒歩で10分以内だが、川水を浄化し、遊覧船を浮かべるなどして豪華な遊びの光景を見せてほしい。淀屋橋に行けばそれより東方向にアクアライナーが川面を運行しているが、あまりにも運賃が高いし、もっと低料金でせっかくの水の都の大阪周辺をも楽しめるような工夫がほしい。話がいきなりそれたが、ゴッホ展は1999年にも確かあって、その時に今世紀最後で当分は開催されないといった文句で大勢の客集めしていた。それから関西では去年だったか、神戸の兵庫県立美術館でまた大きなゴッホ展があり、それも観に行ったが、客の頭しか見えなかった。どうせ今回も同じことだろうと考えて、今のところは観るつもりはない。入場料が1500円するし、ネット・オークションでもまだ1枚1200円程度していて、それならば送料など考えると前売券を買っても同じことだ。ゴッホの人気の凄さが改めてよくわかる。ま、筆者の生きている間にもう100回はゴッホ展があるに違いなく、無理して行く必要はないか。
 それで、バルケンホール展に行った。これはゴッホ展のチケットがあればついでに観られるものだ。国立国際美術館の地下2階の常設展示室を利用して行われている。ゴッホ展は地下3階の特別展専用室でやっている。ゴッホ展に併せてバルケンホール展をやるところに、この美術館の並々ならない腐心の後がうかがえて、これは啓蒙活動の点からも実によい考えだ。で、日差しのきつい正午頃、美術館に着くと、人がずらりと並んでいた。若いアルバイトの男が3、4人いて、メガフォン片手に汗まみれで同じことを何度も言っている。「ゴッホ展は30分待ちです!」。それで筆者は入口前まで行き、そこで訊ねた。「常設展だけ観ますから、すぐにここから入れるのでしょう?」「えーっと、それはですね。一応は美術館に入っていただくためには並んでいただけないと」「どうせ、常設展はガラガラのはずですよね。そこに行くわけだから、別にいいではないですか」。結局駄目ということであった。それで500メートルに及ぶ人の蛇のように曲がった列の最後尾につき、日差しを充分過ぎるほど受けつつ、たっぷり30分待った。館内は充分広いので、常設展だけ観る人はゴッホ展に関係なくどんどん入れるのだが、客をいくら待たせてもかまわないという美術館のこの杓子定規な方針は最悪なものだ。何か機会を見つけて抗議してやろうと思っている。これが真夏ならばきっと倒れて病院に運ばれる人が出る。そんなことがあれば初めて考えるのだろう。それがいつもの日本の風景だ。常設展は小中学生は無料だが、ゴッホ展を観る客と一緒に並ばねばならないとすれば、一体どれだけの子どもたちが観る気になるだろう。もっと合理的に考えられないものだろうか。美術館の地下に降りるのは狭いエスカレーターしかないというのは完全に設計ミス、あるいは美術館の運営方針の傲慢そのものであって、雨天や極寒の日のことを考えて、せめて館内で客の長い列を待たせることが出来るようにすべきだ。館内は充分過ぎるほど広いから、1000人くらいの人の列でも収容出来るはずだ。それが地上の入口前で全員を待たせて少しずつ人を入れてはエスカレーターで下へ降ろすというのは、どう考えても客を歓待する気持ちがそもそも欠けている。責任者出て来ーいっと昨日は言いたかった。
 バルケンホール展はよかった。館内の人の話す声を聞くとゴッホ展よりいいという。おそらくそうだろう。小さな子どもたちがきゃっきゃっと言いながら楽しんでいた。奇妙な彫刻で、おそらくそうした子どもたちにすれば初めて目にするような造形だ。ゴッホは大芸術家かもしれないが、ゴッホだけがそうではない。それにゴッホが生きていた時にきっとゴッホのゴも御理解もしなかったような人々が、今はゴッホというだけで炎天下の500メートルの人の列に並ぶことを何も厭わない。今の時代は今のゴッホがきっとどこかにいるに違いないが、ほとんどの人々は自分で物事を見る目がほとんどなく、世間が大きく騒ぐものをただただ無批判に受け入れる。ゴッホ展をやる美術館は「人々の要望が多いから毎月ゴッホ展をするのです」と言うのであろうが、これは本当は話が逆で、美術館がもっと現代のいいものを面白く見せるようにすれば、ゴッホ以外でも人は美術館に足を運ぶ。美術館がそういった啓蒙活動をもうほとんど諦めるしかない原因の根本は学校教育にもあるが、そもそも本当に日本人が美術鑑賞で潤った生活を求めているかどうかが問題だ。おそらくそうではないのだ。血税を使ってわけのわからぬ美術作品など見せるな、もっとほかに使うべきことがあるだろうといった人の声の方が何百倍も大きいに決まっている。そんな中で、この国立国際美術館が今まで果たして来た役割は実に大きい。熱心な美術ファンをかなり満足させて来たと思う。それが万博公園内からこの中之島に移転してからどうなるかだが、バルケンホール展を観た限りでは、賛辞を送りたい。こうしたマイナーな作家の展覧会を開けるのは今の日本ではこの国立国際美術館しかないと明確に断言してよいからだ。
●『シュテファン・バルケンホール展』_d0053294_1514513.jpg バルケンホールの作品を筆者が初めて観たのは1992年9月18日、フランクフルトの開館したばかりの現代美術館でのことだ。その時は小学生の息子と、それにロンドン在住のSさんを誘って観に行ったが、Sさんもこのバルケンホールの作品を喜んでいた。それは背丈ほどの四角く切った木の柱のてっぺんに、さまざまな姿態のペンギンを削り出して色を塗ったもので、その柱が50本ほど美術館の床からじかに林立していた。その時撮影したスナップ写真を上に1枚掲げておく。写っている男性は筆者でもSさんでもない。その彫刻の林の中を鑑賞者は自由に歩めるので、ほとんど触るまでの間近で鑑賞が出来る。そうした自由さは日本では絶対に考えられない。たいていの美術展では会場の最後にある大きな年譜のパネルを指で示すだけで、係員が即座に飛んで来て「触らないでくださいっ!!」と大声で怒鳴り上げる。それでいてそんな係員は会場で携帯電話が鳴って話している人を注意もしない。これが今の日本の美術展内での光景で、先の啓蒙などほど遠いとも言える。ま、それはいいとして、このペンギンの彫刻を観た時にSさんと話したのは「囚われのペンギン」(フランク・ザッパの曲名)ということで、その現代美術館の面白い作品群の中でも特に印象深かった。それから13年を経てバルケンホールの作品がまとまって日本で開催されたのであるから、芸術家が外国で注目されるには10年スパンの年月がかかる。バルケンホールは筆者より4、5歳年下で、82年からこうした木彫りの作品を始めたらしいが、フランクフルトの現代美術館に先のペンギンの作品が展示されたのはその10年後になるから、やっぱり10年スパンだ。四角い角材の長さの大半を台座に利用しつつ、先端部を削ってペンギンを彫り出すという作風は、材料費が何倍もかかってちょっと贅沢だなと印象を持ったが、同じ作風をバルケンホールはその後も持続させ、昨日観た展覧会でも大きな丸や四角の材木の下半分をそのまま台座にしている作品は目立った。これならわざわざ台座を用意してそこに作品を載せることをせずに済むから便利であるし、台座と作品の関係においても作品の展開の可能性があって、作者にとっては作品のヴァリエーションをさらに広げやすい。しかし、一方で作品がその台座のために彫り出した作品の何倍もの重量になるため、作品の移動が困難になる。この点が日本でのバルケンホール展開催のひとつのネックになったようだ。先日観たミヒャエル・ゾーヴァのような移動にさほど不自由がない作品とはここが大違いで、その重量の差が作品の格の差にもつながって、ゾーヴァが百貨店、バルケンホールが国立美術館という扱いは妥当なものに思える。しかし、前者の方が何十倍もの人には観られる。
 ちょうど今年と来年が『日本におけるドイツ』の年度になっていて、そのひとつの行事としてバルケンホール展が開催出来ないものかと国立国際美術館の学芸員はドイツにかけあったらしい。しかし、そうした国が関係する催しは現存作家の個展ではなく、多くの作家を紹介する展覧会が望ましいのは当然で、それはフランクフルトの現代美術館を観てもわかるように、バルケンホールと同格と言ってよい作家はいくらでもドイツにいる。去年中之島に国立国際美術館がオープンしてすぐに行った時,常設展コーナーに珍しい木彫り彩色の作品がひとつあって目を引いていたが、それは学芸員が先のペンギンの彫刻を観た後、ドイツ国内の画廊でたまたまバルケンホールの作品が売られているのを入手して常設展示用のコレクションに加えたたもので、その後当館としてはずっとバルケンホールの個展開催の可能性を考えていたらしい。それが幸いにも『日本におけるドイツ』とうまく重なって、作品の運搬に関しても経費をドイツ側が負担することで話がまとまった。そうした経費を考えると日本で紹介したくてもそれが出来ない作家はたくさんいることだろう。バルケンホールはその点、運がよかった。しかし、それだけバルケンホールの作品は人を引きつける魅力があったということだ。実際、筆者もフランクフルトの現代美術館で最も記憶にあるのはバルケンホールのペンギン林であった。アルバムを確認すると、どうも美術館1階のほとんど最初に飾られていた作品であったようで、それだけによけいに印象に強かったのかもしれない。
 国立国際美術館ではバルケンホールのハードカヴァーの図録が1500円ほどで販売されていて、これはかなり安いが、巻末の文章をいくつかざっと流し読みしただけで買わなかった。上記の文章はその記憶に頼っている。バルケンホールが90年代初頭のペンギン林から、いかにもドイツ男(ミヒャエル・ゾーヴァにあった絵とは全然違う顔だが)といった白シャツに黒ズボン(これはペンギンと同じ色)の立ち姿を彫り、そのヴァリエーションを今に至るまでもっぱら展開していることが昨日の展覧会ではよくわかった。重さ数トンはあろうかと思える馬鹿でかい作品もあれば、手に携えられる程度の大きさのものもある。また厚さ5センチから10センチまでの板を利用して肖像や風景をレリーフ表現し、そこに彩色してある作品もたくさんあった。そうしたレリーフ作品を背景にしてその前に前述の立つ男の彫刻を立て、それらをセットで同時に見せる作品もいくつかあった。どれもモチーフ的には関連がありつつ、作品の方向性はかなりいろんなものがあって、評論家による分析を拒んでいるようなところがあった。そのことは図録にも書いてあったが、時代性の刻印という観点でバルケンホールをそれなりに論じることは出来るはずだし、そうした方法もかなりのところこの作家の特質を解明することになるだろう。だが、それをさらに乗り越えて拡散している作家の多方向というものが感じられた。これはずっと後年にならないことには見えて来ないバルケンホールの作風であるだろう。他の作品に比べると実験的過ぎて未完成と思える単発的な作品がぽつぽつとあって、そうした違和感を誘う作品と、そうではないシリーズ的作品とのギャップが強く、全体として見るとどこか冷たく不気味でもあり、とりとめのなさも感じさせた。つまり、この作家は本当は笑っているのか、そうでないのかがよくわからない。
 彩色木彫りと言えば奈良の一刀彫りを連想してしまうが、バルケンホールの作品はもっと彫りの仕上げが荒い。どこかたとえばキルヒナーの彩色木彫りにあるようなドイツ表現主義の作風を連想させるが、バルケンホールの作品はそうした荒々しい感情よりももっと別の静謐さを伝えている。それがミニマル時代の具象作品が辿る時代的必然と思えなくもない。あるいはドイツの中世のキリスト教にまつわる木彫りの聖人像といったものもバルケンホールは視野に入れているかもしれない。今から500年や1000年といった昔のそうした聖人像が着色されるのはごく自然なことであったし、ブロンズこそが彫刻の本道と考えられて来ている現在、バルケンホールの作品は本当はもっと別の方法があるということを実例で示すものであるのかもしれない。ただし、バルケンホールが聖なるものの表現を目指しているのかどうかはわからない。それは現代における聖性表現の難しさも関係している。また、ニュー・ペインティングやミニマルといった時代を画するような動向以外にも美術の方法はあるわけで、そうした一見傍流とみなされかねない、たとえばバルケンホールといった作家の作品の中に、案外もっと奥行きのある伝統を引き受けた仕事があるものだ。その意味でもこれからどういう展開をして行くのか注目したい作家だ。
by uuuzen | 2005-06-27 15:15 | ●展覧会SOON評SO ON
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