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●岡山駅前の商店街と銅像
敷に二度目に行ったのがもう7、8年前になる。その帰りの途中、岡山駅で下車した。駅前に桃太郎の銅像があることは小学生の頃から知っていた。



それを教えてくれたのは、同級生で岡山出身のKだった。Kはいつも岡山自慢をし、そしてきびだんごのおいしさを語った。Kの家には1、2度行ったことがある。Kにそっくりな姉や兄が2、3人いて、Kは末っ子だった。Kは背が高く、またちょっと不良であったが、どういうわけか筆者と仲よくなった。Kにすれば筆者のボディガードをするつもりもあったようだが、筆者は不良に囲まれていじめられることは全くなく、それどころか、同級生が不良に絡まれていじめられていれば筆者がすぐに割って入り、そしていつも不良は照れ笑いをしていじめをやめた。いじめられる連中はたいてい金持ちで、また「いいかっこしい」と言ってよく、いじめられてもほとんど誰も哀れだとは思わなかった。今のいじめとは質が違うのかもしれないし、また不良の質も違ってしまったのだろう。本当のどうしようもない不良は貧しい家庭から出るのではなく、その反対に大金持ちから出る。今から50年前の1万円は大金だが、それをせっせと父の財布から盗んでそれを威勢よく使うことで周りにこびへつらう友人を持とうとする者もあったが、大金持ちでも愛情に飢えていたのだ。Kの家は貧しく、アパートの1室で暮らしていた。Kは兄や姉から留守番させられて小遣いをよくもらっていたようで、いつも筆者によくおごってくれた。それでもそれは見返りを全く求めないもので、兄のように振る舞ってえらそうな素振りをすることも全くなかった。いったいKとどんな話をしたのかさっぱり記憶にない。放課後にKが筆者の家に自転車でやって来て、その後ろに筆者が乗って近くの駄菓子屋兼おでん屋に行くのが習わしで、それが1年ほど続いたと思う。いつの間にか会わなくなったが、お互い興味が違って行ったからだろう。それに筆者には別の友人がたくさん出来たことも理由かもしれない。Kはそういう筆者の新しい仲間に入ることが出来なかった。今から思えばそれが気になる。その後Kがどうなったかと思うからだ。そのKのことをこの年齢になってよく思い出すのは、筆者にはいつも優しかったからだ。勉強があまり出来ず、またぶっきら棒でいつも誰かと喧嘩していたようなKは、筆者のどこに興味を持ったのだろう。きっとそれは同じように貧しい家庭であるにもかかわらず、筆者がぐれもせず、勉強熱心であったからかもしれない。あるいは筆者もまたKには優しかったのだ。
 Kが岡山出身であることはしっかりと記憶したにもかかわらず、筆者は長年岡山に行く機会がなかった。そして初めて岡山駅前に立ったのが、最初に書いたように7、8年前のことだ。その時もちろんKを思ってのことだ。Kは駅から確か歩いて30分ほどのところに住んでいたと語った。もちろんそれがどこであるかは知らないが、Kの思い出と岡山のイメージは強く結ばれ、行ったこともないのに、筆者は岡山のことをつまらない町かもしれないとは一度も思ったことはない。7、8年前訪れた時は秋であったので日暮れは早く、駅前に出た時にはもう夕暮れが近かった。筆者は商店街を歩くのが好きなので、その時も駅前の桃太郎像を見た後、歩をその前に伸びる大通りではなく、その左手に口が見えた商店街に進めた。大通りからすれば裏通りだが、筆者は本能的にそうした裏通りを察知し、また歩くのを好む。だが、半ばシャッター通りと化した状態で、駅前であるにもかかわずこの雰囲気ならば、岡山全体の経済状態がわかるというもので、筆者はさびしい思いをしながらその商店街の奥まで歩いた。それはさほど長くなく、アーケードを抜けるのに5分はかからなかった。そしてアーケードを出た時、小川があり、そのほとりにカーネル・サンダースのような格好の紳士の銅像が立っていた。銘板はもう暗くて見えず、しばし見上げた後、右に進んで大通りに出た。そして後楽園の方向に歩いたが、もうあたりはかなり暗い。大きな辻に出た時だったか、中古CD屋の看板が見えたので2階に上がった。30畳ほどの店だった。Zのコーナーを見ると、ザッパの『ジャズ・ノイズ』のCDだけがあった。それは筆者が解説を書いたものだ。店を出た後、見所は何もないと考えてもうその先に行くことをやめた。市電がかたわらを音を立てながら通り過ぎていた。Uターンをして大通りを駅まで戻った。岡山にいたのは1時間にも満たなかった。
●岡山駅前の商店街と銅像_d0053294_050697.jpg
 それから岡山を思うたびに思い出したのは小川沿いに立つ銅像だ。あれは有名人だろう。だが、岡山の有名人とは誰か。またなぜ小川沿いに立っているのか。疑問はふくらみ続けた。ネットをするようになって、思い出したようにたまに調べたが、手がかりがない。そうなればなおさら気になった。これはもう一度その銅像を確認しに行かねばならない。それが3月26、27の1泊旅行の目的になったと言ってもよい。気になったことは知るまで気が休まらない。他人からすれば全くつまらないことであっても、ある人にはそうではないことがある。しょせん人生はつまらないことの連続であるから、ならば少しでも心の動いた方向にさまようべきなのだ。他人の興味や関心などに惑わされてはならない。26日はまず岡山に行って、真っ先にまた駅前の薄暗い商店街を歩いた。とはいえ、今回は春の昼であるから前回とは印象がかなり違うが、相変わらずひっそりとした半シャッター通りだ。奥まで行って小川沿いを見ると、筆者の記憶とはやや違って、像は南西を向いていた。記憶の中では北西だった。それはいいとして、すぐに台座の銘板を見た。「福武一二氏」とある。知らない名前だ。裏側に回ると氏の説明があった。戦後地元の再開発に尽力した人とのことだ。岡山駅はやがて新幹線も停まる大きな駅となったが、氏が生きていた頃はかなり雑然としていたのだろう。そして、商店街を抜けたところに氏の銅像が立つのは、その付近が再開発によって整備されたことを物語る。そして、その商店街がひっそりとしているのは、おそらく再開発したはいいが、そのために昔のように人が多く集まらなくなり、活気を失ったのだ。神戸の長田を思えばいいのかもしれない。だが、筆者は駅前のそのさびれた商店街から戦前の雑然として臭いをかすかに感じ取ることが出来る。銅像を立てたのは地元の人々で、氏の裁量に感謝してのことだが、岡山市としては氏のことをどう顕彰しているのだろう。あるいはもう全く忘れ去られた人物かもしれない。帰宅してネットで調べると、わずかにヒットした。明治生まれで、昭和に活躍した実業家だ。戦後は県下最大の映画興行主でもあった。映画全盛時代に羽振りがよかったのだ。その商店街にもいくつかの映画館があったに違いない。だが、時代は急速に変わった。氏は1962年に死んでいる。ビートルズが日本に紹介される前夜だ。その頃はまだ映画を見る人は多かった。そういう時期に亡くなって幸福であった。
●岡山駅前の商店街と銅像_d0053294_0504317.jpg

 Kが生まれたのはその商店街の近くとは思わないが、幅の広い商店街として再開発される前の雑然とした町であったのと同じような地区に育ったに違いない。そして岡山より大阪と考えて一家は引っ越しをした。そのKに筆者が岡山に行って来たことを伝えたいと思うが、居場所はわからず、Kのことを知る友だちもない。Kは筆者以上に孤立していたと思う。さて、福武一二氏の銅像を見た後、また以前と同じように大通りに出て後楽園の方角に歩いた。そして目はCD店を探した。かたわらを市電が通過するのも同じ、辻や通りの雰囲気も変わらない。だが、店がどこにあったかわからず、看板もなかった。きっと閉店したのだ。映画館が根こそぎなくなったよりも今は時代の変化がもっと早く、CD店など即座に駆逐される。それでも店主は若かったから今は別の商売に精を出しているだろう。やり直しが利く年齢はいい。福武氏は61で死んだ。その年齢は今ならまだ若いが、当時ならまずまずと言ったところだ。それに銅像を建ててもらえるほどに人々から愛されたのであれば、人生は充実していた。何年も気になっていた銅像が学者のものでなくてよかった。地元に尽しただけのマイナーな人であったとしても、岡山人はそのように暖かい心を持っていることをこの銅像はよく示す。ちょうどKも同じようであった。人が思い出として生涯心に刻むのは、そうした人の温かさ以外にはない。それは物を言わずとも伝わるもので、その分本当に相手に対してそう思っている必要がある。誰しも心は敏感であるからだ。だが、大人になってよくわかるが、実際はそういう真に温かい心で接する人はごく稀だ。これは筆者がそうではないからかもしれないが。
by uuuzen | 2010-04-13 00:51 | ●新・嵐山だより
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