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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●松尾山を歩く、その2
り始めて10分ほどはひたすら上方に行く。嵐山から南の苔寺へ続く道であるから、南下方向に進むが、まずは山を一気に登るので道は南下と北上をジグザグと2回ほど繰り返す。



その後は南下一筋になるが、その道も平坦ではなく、上下左右と蛇行する。10分ほど過ぎた後のもう10分ほどは比較的道幅があって、耕運機らしき轍が見える。かなり高いところまで車が入っているのがわかるが、それらの車は登山口からは出入り出来ず、ジグザグ道の途中で林の中を突っ切って民家の裏庭へと入るのだろう。誰とも会わないし、さほど野鳥の声も聞こえないので少し不気味だが、恐いということもない。だが、慣れない山道だ。ともかくわが家が真正面に見下ろせる場所まで行って、そこからわが家の写真を撮ればそのまますぐに引き返してもいいと思った。ところが予想に反して、竹林の間に進む間、竹の隙間の下方にほんのわずかに町並みが見えるだけで、どの付近を歩いているのかさっぱり見当がつかない。筆者が想像したように、竹林の中からわが家がまともに見えることは全くなく、かつて筆者が山中に見た一瞬の明かりは、山林で作業をしている人が一服吸うために灯したもので、またそうした人々がのんびりと眼下の家を覗くことが出来ないことがわかった。時計を持って出たのに、時計を見るが起こらないほどにとにかくどんどん先を急ぐと、20分ほどしてやや平坦な、車の轍のない、また車が通れるほど広くない道に入る。その頃、嵐山東消防団が設置した防火用水のドラム缶があった。それを見て初めて、自治会の会合などでよく顔を合わす消防団の人々が山にまで上がっている苦労を知ったが、同時に人が歩いている痕跡を見たことで気分が和んだ。山歩きに慣れない者からすれば、人気のない山はあまり心地よいものではないからだ。
●松尾山を歩く、その2_d0053294_1392411.jpg

100メートルほど程度だろうか、山道で迷わないようにとの計らいから、ところどころに方向を示す標識も立っている。それでもそれはごく簡単な方向のみ指示で、下界が全く見えないために、嵐山から松尾を結ぶどの付近を歩いているかは全くわからない。また誰とも会わないので、自治会の集まりで聞いたことが嘘のように思えて来たが、ちょうどその頃、前方から70代半ばとおぼしき老人がひょっこり現われた。山道で出会うとあいさつをするのが普通であることを知っている筆者は、その人が2、3メートル前に接近した時に、こんにちはと声をかけたが、老人は無言で後方に去って行った。手には水筒を持ち、全く疲れた様子はなく、まるでスーパーに買物に行くような平静な足取りであった。苔寺から登って来てもう1時間ほど歩いているに違いないが、よほど歩き慣れているのであろう。猪や鹿、あるいは野犬が道の前方に現われればどうしようと多少不安であったのが、その老人を見てやっと安心出来た。嵐山東消防団が設置したドラム缶の数字が順に増して8ほどになった頃だろうか、道が3、4方向に分かれた地点に来た。そこには大きな立て看板の立派な案内図があって、地図上にハイキング・コースを赤線で記してある。それを見るとまだ3分の1しか来ていなことがわかった。ここで家内はまたもや帰ると言い始めたが、下山するには帰る方が早いとしても、せっかくここまで来たからには先へ行った方がよい。それにもう二度とこんな機会はない。案内図の設置は道が分かれていてそこで迷いやすいからだが、苔寺方面だけではなしに、あちこちの方角に道が延びているからには、その地点は有名な場所なのだろう。途中の方向指示標にもごく簡単な道筋が描かれていて、歩いてよい道は実線、そうではない道は破線で示してある。破線は危険というのではなく、山の所有者の許可がないと駄目という意味が大きいのであろう。猟のシーズンになると、そういう道を勝手に歩いていると発砲されかねない。一般人が歩くことが許されないそうした道を辿って行くと、やがて亀岡や丹波の山にも連なっているはずで、下界に下りることなく、山から山へとわたり歩けると思える。獣道が発展して人の歩く山道になったのだ。江戸時代どころかもっと昔からそうした道は変わっていないに違いなく、そういう道を利用する山の所有者や管理者がいることを思うだけでも、時代の流れには関係なく保存されて行くもののあることがわかって、何だか頼もしい。
●松尾山を歩く、その2_d0053294_140024.jpg

 看板の案内図から20分ほど経った頃か、今度は20代の男性が前からやって来た。体を鍛えているようで、小走りしている。これもまるで地表と同じ平静さで、松尾山ごときではとても登山とは言えないことを思った。その男性とは1、2分話をした。「苔寺まで後どれくらいですか」「もう少しですよ。それに下り坂ですからね。嵐山から登って来られたんですか。あそこは最初山道が急でしんどいです」 この言葉の意味を多少計りかねたが、登山口はどうやら途中にもあるらしい。松尾大社方面を記した標識があったが、そこに至る道は破線で記され、しかも×印がしてあったから、苔寺や嵐山から登って途中の松尾大社に降りる者は、大社の関係社でなければ許されないのだろう。そう言えば、松尾大社の境内から山に登る道があって、お金を払えばそこを利用出来るということを何年か前に聞いたことがある。先の水筒を持った老人はそうした道を利用して、苔寺からではなく、松尾大社の裏手の山道を上がって来たかもしれない。そうであればあの平気な顔は理解出来る。筆者のように嵐山から南下すると、山道は常に進行する左側が下がっているが、途中で尾根を歩いていることが明確にわかる道筋があった。左右どちらもを見ても急な下り坂で、心細い気分にさせる一方、刃の上を歩いているようなすっきりとした気にもなれる。カメラを持参したのに、1枚撮れば電池の力がなかなか回復せず、写したいと思った場所を何度も逃し、ここだけは絶対と数分粘った場所も断念した。その時、後方の家内が初めて筆者を追い越して前方へ行った。家内に追い着こうと先へと1、2分走ったところ、どこかに座り込んでいる家内を見た。近くに行くと、ベンチに腰を下ろしていた。ベンチがあるのはそこだけだったが、びっくりしたのは、そのベンチから眼下に大きな街の景色が広がっていたことだ。このハイキング・コース唯一の眺望で、そのために樹木をかなり伐採したと思える。京都タワーや京セラの本社など、目印となる高い建物がすぐにわかったが、双眼鏡があればかなり楽しめる。五条通りが真下を左上方面に続いているのが見え、この山の中の休憩地が先日見た物集女街道と国道9号線の交差点の千代原口よりかなり手前であることがわかる。これはあたりまえで、苔寺そのものが千代原口より北に位置する。ということは、もうほとんど苔寺の上方に来ていることになる。筆者がその眺望を見下ろす場所に着いて1分も経たない頃、ひょっこりひとりの70歳ほどの婦人が苔寺方面からやって来てベンチの横に姿を見せた。出会うのは3人目で、最後の人であったが、またその人に訊いた。「苔寺はもうすぐですか。」「ええ、もう下りばかりですぐですよ」 筆者も家内も驚いたのは、その婦人もすぐ隣近所を訪れるという気軽な格好と表情であったことだ。曲がりなりにも山だ。それが買物に行くような自然な顔つきの、しかも全然疲れを見せていない年配者に出会って、筆者らは自分たちの普段の運動不足を痛感した。自治会の集まりで話してくれた人の言うことは正しかったのだ。普通の散歩道として松尾山を歩く人がいる。
●松尾山を歩く、その2_d0053294_1403444.jpg

 後は下りでしかももうすぐという言葉を信じてまた歩き始めたが、婦人の言葉は嘘であった。下りどころか、その後何度も上りがあり、足を踏み外すと怪我をするような狭くて急な坂道が何度かあった。それで、さきほどの婦人がスーパーウーマンかと思えた。登山口から入った当初の疲れはすっかり消え、早い速度で歩いていると、突如空が曇って来て、風が強くなり、雨が降りそうな気配になった。まだどれほどの距離があるかもわからないところで雨が降るとやっかいだ。そう思ってさらに早足で歩いていると、雷に打たれて折れたのだろうか、1本の木が折れて内部を見せていた。まだあまり腐食していないから、折れたのはそれほど以前のことではないだろう。となれば雷ではないかもしれない。眺望地点から30分ほど歩いてようやく下界も近いという雰囲気がし始め、そして苔寺の伽藍が左下に見えた。曇り空はいつの間にか収まっている。山であるから、天気の移り変わりが地上より激しいのかもしれない。人の手が入っていることを感じさせる竹林の中を歩き、ようやく整備された山道から道路に出た。そこは苔寺からさらに奥に進んだところで、筆者には初めての場所であった。通常観光客は苔寺までで、その先の舗装された山道を行かない。舗装道路があることは車が走るからで、鍵のついた鉄の門扉から1台出て来たし、逆に入って行く車にも擦れ違った。門扉の向こうにどれほど道路が続いているのかは知らないが、山林の管理者専用のはずで、ハイキングには利用出来ない。また、道路に出てから抜けて来た竹林を見ると、ところどころに「まむしが出ます」と書いてある。それは関係者以外立入り禁止の意味合いからではなく、実際その危険があるからだろう。2月ならばまだまむしが出る季節には早いと思うが、春や夏はあまり松尾山を歩かない方がいいかもしれない。やがて苔寺の門の前に来た。寺に入るには前もって許可を得る必要がある。筆者が30歳頃までは予約なしで入ることが出来たし、3、4度訪れたことがあるが、京都に住むようになってから来たのは1回だけだと思う。大きな門扉の前に立っていると、30歳ほどの小太りで眼鏡の男性がひとりやって来て張り紙を見ている。筆者らがそこを後にして、その男性から30メートルほど離れた頃、その男性は大きな屁を一発放った。辺りが静かなだけにそのバフンという音はかなり響いたが、後ろを振り返るとその男性もこっちを見返していた。喝!
 お土産屋を過ぎてすぐ、人が何人も集まっているバスの終点に来た。そこからバスは京都駅まで行く。鈴虫寺の階段が目の前にあったが、そこに行きたいと言っていた家内の言葉を無視して、それとは反対方向の細い道に入って地蔵院を目指した。自転車に乗った数人の丸坊主頭の中学生が門の前にいて、そして筆者らの跡をついて来たが、拝観料を支払うことを知って引き返していた。寺を拝観した後、道を下り、スーパーで買物をした。そのスーパーは以前西京図書館に自転車でよく行った時に前を通ったが、買い物をするのは初めてだ。甘味は3本入りの花見団子を買ったが、家内はそれのどこがおいしいのかと不思議そうに言う。筆者もあまりおいしいとは思わないが、雰囲気がいいではないか。それに小野竹喬がそれを描いていたことを思い出したのだ。スーパーを出て5分ほど歩くと、郵便局の近くにケーキ屋兼喫茶店が新しく出来ていた。入ろうかと思ったが、肉などを買ったので、早く冷蔵庫に入れた方がよい。それで物集女街道に出て北上し、家まで歩いて帰った。歩きながら家内が言うのは、あれほどしんどいと思った山道なのに、足がこんなに軽いのはどうしてか、また山道で出会った婦人があまりに平気な顔をしていたことの不思議で、いやいやながらも済んでみればそれなりに面白い経験だったとのことだ。もし山の中で時計か何か高価なものを落としたことに気づいたら、今まらまた山に登ってそれを探しに行くかと家内に訊ねると、あきらめるとの答えだ。筆者なら戻るだろう。筆者は松尾山にすぐ麓に住んで30年近く経つ。今回初めてその山を縦断し、これで地元をより知ることが出来た。また山から見下ろした下界が日々変化して行くことに引き換え、山道はほとんど昔のままのはずで、しかも下界の1000人にひとり程度しかこの山道を歩いていないことを思えば、無料でこんな体験が出来ることは愉快だ。それでも1回で充分か。今こうして書いていて、筆者は山から自分を見下ろす姿が想像出来る。客観的なそういう視線は、実際に山を登ることでより現実味を帯びると思う。自己を客観視することは、自分がどのような境地にあってもうろたえずにより済むことに少しは役立つ気がするが、それは山道を歩いている時にも思ったことで、前方からもし猪が走って来たら、どのようにそれを避けようかとあれこれ考えたことにもつながる。実際は猪が走り回らないほどに人々が往来する松尾山であろうが、下界は猪以上に恐いものがいつやって来るかわからない。
by uuuzen | 2010-03-03 01:42 | ●新・嵐山だより
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