巷で大きな話題になっていたビートルズのリマスター・ボックスを入手した。9月9日の発売であるから、3か月遅れだ。
ステレオ盤とモノラル盤があって、後者はビートルズがモノラルを作らなかった最後期のアルバム3枚を含まないが、マニアの間では人気が高く、稀少価値が出るかもしれない。だが、儲かるとなればまたEMIは何らかの形で発売するに決まっているから、そう慌てて入手しなくてもいいだろう。とはいえ、人生の残り時間を少なく思う人は、すぐにでも聴きたいだろう。日本では200万セットだったか、とにかく飛ぶように売れた今回の発売を見れば、いったいどこが100年ぶりの不況かと思わせられる。まだまだ日本は世界最高の金持ち国家のひとつで、ビートルズ人気を支えるであろう中年から初老のファンの買いっぷりを見た気がする。だが、音がよくなったということだけのために内容は以前と変わらぬ音楽に、確かステレオ盤の黒くて長い箱入りが35800円、モノラル盤の白くて四角い箱入りのものが39800円だったろうか、とにかく高額を支払ったのはどんな世代なのだろう。筆者はむしろそのことに興味が湧くが、そう言う筆者も同じように買ったのであるから、余裕のある部類に入ることになるか。だが、今回ビートルズ・ボックスを取り上げる気になったのは、筆者の買ったものが別の話題提供の面からもふさわしいからだ。去年の発売以降、筆者はネット・オークションで「ビートルズ・リマスター」という言葉を「お気に入り」に登録し、またアマゾンも含めて中古価格を監視し続けた。数日に1回程度見ると、ステレオ盤のセットがだいたい2万円ほどだ。もちろん日本盤とEU盤は価格が違って、日本盤は解説などがついている分もっと高いが、筆者は後者で充分だ。そして2万円はとても高く、せいぜい送料込みで1万円までと考え、2、3年経てば案外そのような価格で入手出来ると考えた。そしてクリスマス頃だろうか、2、3の出品者がスタート価格1円、あるいは7980円の即決価格で日本盤やEU盤の新品を大量に出品し始めた。1円の開始価格は最終的には7980円前後になるが、中には1万円以上で落札される場合もあった。とにかく早い者勝ちという感じで、同じ業者が1出品当たり数量3やそれ以上の場合もあって、しかも数出品の項目を2、3日置きに繰り返すため、ざっと計算しても毎週100から200セットは売れている。これは大量の在庫を抱えたどこかが円高もあってどこかに一気に売却することを考え、それを日本の業者が中間マージンを取る形でヤフー・オークションに出品しているものだろうと想像した。だが、ひょっとするとよくある詐欺で、入金させておいて商品を送付せずにそのままドロンかもしれない。というのは、筆者が落札した当初はどの出品者も海外からEMS、つまり特急便で送るとあって、その費用はどの出品者も2200円か2500円とし、それを落札代金とは別に振り込めとある。去年末からは日本国内から発送する業者も出たが、送料は同じ程度だ。となると、1万円ほどで買える計算だが、開封された中古を2万円で買うよりはるかによい。そのため、1セットではなく2セット落札する人もある。出品数に限りがあるはずで、売り切れない間に買っておこうという気にさせるが、正月休みに楽しむにはちょうどよいというファン心理も突いている。
ところで数年前、筆者の甥がヤフー・オークションでVAIOのノート・パソコンを落札して23万円ほど支払ったが、それが詐欺で、商品は届かず、同じように騙された人が10数人ほどいたことが数日以内の評価欄からわかった。即座にヤフーに連絡して保証を受けようと思ったが、ヤフー側は詐欺だと認知して即座にその出品の画面や出品者の情報全体を削除してしまった。ヤフーは年1回までに限り、詐欺に遇った場合の落札代金の何割かの弁償を謳っているが、結果的にはその保証を受けるために必要な画面を印刷することが出来なくなったしまったのだ。これでは詐欺は出品者だけではなく、ヤフーも同罪ということになる。しかし、そのヤフーの画面抹消行為を訴える証拠がこちらにはなく、泣き寝入りするしかなかった。全くひどい話で、出品者とヤフーの両方に裏切られた形だが、同じようなことはその後も生じているかもしれない。そのVAIOの出品者はソニーが使用している商品画像をそのまま掲げ、同じ商品を一斉に安価で出品したが、今回のビートルズ・リマスター・ボックスもそれと同じで、筆者は詐欺を疑ったが、1万円程度の詐欺をするだろうか。それに連日そのような出品をしていると、最初の頃に落札した人が商品が届かないと評価欄に書き込むはずだ。そして、すでに同じ商品を落札した者からの評価が2、3あって、それらを見る限り、無事に届いているようであるし、料金を支払って商品を送って来ないという心配は大幅に少なくなった。どの出品者から落札しようかと考え、評価数が300を越えて最も多い者にしたが、大量出品を発見してから2、3日後に5500円で落札出来た。送料を含めて7700円を翌日に振り込みすると、2、3日後に発送完了の返事が来て、届いたのが慌ただしい大晦日の昼だ。だが、そこで驚いた。てっきり発送はアメリカからと思っていたが、中国の広州北区にある「広州新鵬公司」の趙小姐という人物からで、内容はボールペンで「present 1pcs 35usd」と書かれ、またその下に漢字で「工芸品」とある。35ドルと言えば3000円ほどだが、これは中国において個人から個人に送ることの出来る「贈答品」の上限価格であるかもしれない。あるいは実際にその価格で現地では売っているのだろう。12月28日の発送であるから3日で到着している。外箱を入れると2キロの重さだが、これで送料2200円は妥当な気がする。ザッパ・ファミリーからCDを1枚買うと送料15ドルでしかも3週間から1か月はかかるから、それに比べると驚くほど安い。ついでに書いておくと、ザッパの『PHILLY ’76』はまだ届かない。前回の注文は23日要したので、その計算で行くと今週の土曜日となるが、今回はクリスマスを挟んだので、もう1週間ほど遅れるか。電子時代であるのにあまりにも郵便物の届くのが遅く、これでは音楽をダウンロードする人が増えるのは当然に思える。
さて、肝心のリマスター・ボックスだ。ちゃんとビニールで包装され、まずは本物かと思いつつ、中を見ると、洩れなく全部のCDが入っている。だが、ジャケットやブックレットの一部の写真の印刷がほんの少し不鮮明と言おうか、色の冴えないものがある。だが、本物の商品の写真を複写してここまで再現出来るだろうか。というのは、折り込み部分や、またブックレットの場合、ページいっぱいの断ち切りの写真が多く、トンボ印の入った、つまり商品よりわずかに天地左右の絵柄が大きい印刷用のフィルム原版がなければここまでのものは出来ないだろう。まず気になったのは、『BEATLES FOR SALE』のジャケット見開き内部だ。ビートルズ4人の顔がふたりずつペアで左右に印刷されているが、ジョンの顔が半分欠けていることからもわかるように、これは左右が入れ違っている。もし本物からの複写であるとすればこういう間違いはないし、それに本来右端に位置するポールの顔の横手の空間がCDを取り出すように丸く欠けているはずだが、ここではそれが全部写っている。つまり、印刷用のフィルムを元にし、それが製版段階で左右が入れ変わったのだ。商品には「Printrd and Made in the E.U.」と書かれるが、これはヨーロッパのEU加盟国のどこかが作ったという意味ではなく、EUの名の下に人件費の安い中国に制作を依頼したものと受け取ってよいだろう。CDのレーベル面の印刷は、リンゴの色やキャピトルの虹の輪やロゴマークが鈍いように感ずるが、明らかな複写と言うほどでもない。日本国内の正規店で売られている商品やアマゾンで入手出来るアメリカで売られているものとと見比べてはいないので、この中国製品がコピー商品であるかどうかは確認のしようがないが、出来がほんの少し悪い本物のような気がする。だが、気になるのは、帯のついた日本盤も安価で売られていることで、日本盤の制作を日本が中国に外注するだろうか。モノラル盤は内部の紙ジャケットを日本盤に限らず世界中のものを日本のとある会社が一手に引き受けて印刷したと聞いたが、今回の中国製品の大量出品にはそのモノラル盤は含まれていない。それにそのモノラル盤の紙ジャケットは確かに日本が作ったが、中のCDはどうなのだろう。食料から衣料まで、何でも中国製品が大手を振っている現在、中国で作った可能性は否定出来ない。そう考えると、ステレオ盤のボックスというものを、全部ではないにしろ、中国が作っている可能性は充分に考えられるし、そうした製品のうち、過剰生産の横流しが日本にヤフー・オークションのような、何らかの形で流入しているのかもしれない。ともかく、非常によく出来ていて、かつての粗悪な贋物のイメージからは遠く、筆者が入手したものが正規盤とどう違うのか、なかなか悩ましい日々を過ごしている。
元旦に書いた筆者の友人Nは、10代の終わり頃に韓国にひとり旅し、同地でビートルズの『リヴォルヴァー』の劣悪な複製LPを買って帰った。すぐになくしたらしいが、それが今あると、かえってその粗悪な複製は非常に珍しく、笑い話のネタとしても、あるいは資料としてかなりの高価でもほしがる人は何人もいることだろう。そういう劣悪な海賊盤によってともかくビートルズの音楽は韓国でもほとんど同時代的に一部の若者に流布していたわけだが、今回の中国製のリマスター・ボックスが仮に海賊盤であれば、40年前の海賊盤とは違って本物とほとんど見分けがつかない複製で、これは大きな国際問題になる。ブランドものの時計やバッグなどは材質や縫製がまずくて見る人が見ればすぐにコピー商品であることがわかるが、デジタル録音されたCDならば、内容は全く同じものが出来るので、コピーが限りなく判別出来なくなる。本物と区別つかない贋ドル紙幣を作ることが出来る時代であるから、こんなCD程度なら田舎町の印刷工場でも充分可能だが、2か月程度でコピー商品が大量に出回り、またビートルズ人気が高い日本がターゲットにされたとすれば、いったいどの程度の数が作られ、どういうルートで売りさばかれているのかが気になる。正規盤が200万セット売れたとすれば、その100分の1でも2万セットであり、そのくらいの数のコピー商品を作って売りさばけるのであれば、充分儲けになるだろう。このボックス・セットを売るネット・オークションの出品者は輸入業者であることが多いようで、こういう商品が出たので買わないかという話の持込みがあるのだろう。そして、その価格はやはり35ドルではないだろうか。となると、ネット・オークションの出品業者は3000円以上で売れば利益が出ると思える。さきほど調べると、ある業者は悪いが数個ついていて、その評価はこのリマスター・ボックスを落札した人からのものだ。出品者は落札価格が予想以上に低いために落札者を削除したのだが、それは5750円であった。つまり、業者によっては筆者の場合のように5500円でもかまわないと思う場合もあり、また5750円では損だと考える者もいる。そして、筆者は一昨日出品者を評価しようかと思ってその画面に行くと、出品者は自分でヤフーを退会していて、評価は出来なくなっていた。その理由は、筆者より数日前に届いた人々から「非常に悪い」の評価が殺到したからで、それらを読むと、『With The Beatles』のCDが入っていないことが目立ち、またCDが割れていたりする理由からだが、幸い筆者のはそういうことはなかった。また、その業者は当初は返金を約束していたが、間もなく返金要求と悪いという評価が殺到したため、自ら口を閉ざした形だ。おそらくその業者は中国側がまともな商品を発送すると信用していたのだろうが、それが裏切られた形なのだろう。ついでに言えばその業者は広島でそれなりにまともに会社を経営している店のようで、それはネット上のホームページからも推察出来る。だが、その業者が出品しなくなっても、今はまた別の業者が同じように出品中で、それらが筆者が落札した業者とどうつながっているのかいないのか、そこまではわからない。
中国製であるからには、商品のどこかにそれが記されているはずかと思ってつぶさに調べたが、付属している50分のミニ・ドキュメンタリーのDVDを見ると、最初に中国の「彩韵文化」という漢字のロゴ・マークが輝かしく登場する。海賊盤であればそんなものは不要であるから、中国は正式にEMIから受注してEU向けに作っていると考えられる。肝心のCDはどういうわけか筆者のプレイヤーではCDの約半数が1曲目の最初当たりでポーズが自動的にかかったり、音が飛んだりする。これをCDラジカセやDVDプレイヤーで音を流すとそうではないので、プレイヤーの調子がおかしいのだろう。あるいはどのCDにも最後に付録的に収録されるクイック・タイムのソフトで見る映像が、CDプレイヤーの操作を何らの形で邪魔しているのかもしれない。当然と言えばそうだが、録音内容は正規盤と何ら変わらないようだ。今こうして書きながら後2、3枚で全部を一通りに聴くことになるが、音は想像したように、重厚感はかなり高まっている。ただし、これは好みの問題とも思える。筆者は以前とは明らかな別物というほどには感じない。それは脳裏に刻まれるビートルズの音が10代半ばの安っぽいプレーヤーやステレオであって、現在のようないい音に馴染みがあまりなく、かえって安っぽい昔の音を本物と思っているからかもしれない。その意味において、ビートルズはモノラル録音の方を本物と思うべきなのだろうが、筆者は友人宅などでビートルズを聴き始めた1965年当時からステレオでステレオのアルバムを聴き慣れていたから、現在のビートルズの熱烈なファンがモノラル録音を崇拝することはあまり理解出来ない。それにこれは何度も書いていることだが、ビートルズはLP時代の針音のミュージシャンであり、それをCDで聴くこと自体がどこか本物から遠ざかる思いがしてならない。確かにリマスター盤はビートルズが録音した音のマスター・テープに限りなく同じ音を聞かせてくれるだろうが、マスター・テープと完全に同じではない。完全に同じと言うのは、各トラックを分離して聴くことが出来るという意味を含めてのことだが、それを理想として20年後にはそういうCDも出るかもしれない。きっとそうだろう。最終的にはビートルズが録音した各トラックを自由に聴いてそこに自分で音を重ねたり、あるいは異なるミキシングが自由自在ですよといったところにまでEMIはビートルズで商売するに決まっている。ビートルズがベートーヴェンのように歴史に残るかどうかの話はさておいて、ビートルズがレコード会社にとってよく儲かる存在であるので、レコード会社が人気を絶えず煽ることを忘れず、そのためにビートルズ人気が不滅のようになっているところを忘れてはならない。それが悪いと言っているのではない。レコードなるものが登場してからは、クラシック音楽でもそうなった。だがベートーヴェン時代とは違って、今では音楽は商品であり、その流通の度合いによって名声の確立が決まる。多くの人に同じ商品が売れれば、多くの人がその作り手を讃えるし、ビートルズはその恰好の見本であったし、またこれからもあり続けるが、この多くの人から支えられるということにおいて、ビートルズが確かにベートーヴェンに比肩する歴史的にきわめて重要な音楽家という地位に留まるかもしれないが、生前のベートーヴェンを支えた、あるいは現在支える人々と、そしてビートルズを支えた、今後支える人々との差を思わないわけには行かない。
筆者はベートーヴェンをさほど好まず、ビートルズの音楽が古臭い以上に古臭い音楽と思っている。その古臭いということの共通性は、どちらも時代の革新的音楽であったという前提を含んで思うのだが、何しろ筆者がビートルズに夢中になり始めたのは10代前半の子どもであって、当時ほとんどベートーヴェンの音楽を聴く環境になかったし、聴いたとしてもビートルズのように格好よいとは思えなかった。それはビートルズとは違って、大昔の音楽であったからか、あるいは子どもにはわからなかったためか、そこが気になるが、とにかくビートルズはベートーヴェンよりも中学1、2年生が聴き始めるのに最適な音楽という思いは今もする。そして、そうした音楽を今さらいい年齢の大人がどうのこうのということでもない。ビートルズによって多くを学んだ筆者だが、ビートルズだけを熱烈に聴くような人物は大の苦手だ。ましてや自分で何か創作しないような人々であればなおさらだ。ネットで昨夜読んだが、ある男は、ビートルズの音楽が全く時代遅れのおやじが聴く糞で、日本の幸田何とかという女性の曲が格好いいと書いていた。そいつはどうやらビートルズがいたおかげで、その延長上の延長に幸田を初めとする日本のポップスの連中が出て来られるようになったポップスの歴史を知らないらしいし、そういう考えをする頭もないらしい。どうせ10年も経たない間に幸田はすっかり忘れ去られ、別の新人歌手を支持する連中がビートルズを糞と罵っているに決まっているが、ビートルズがそれだけ古典になったことを、書き込みをした男の罵りがよく証明しているところが面白い。とかく若い頃は自分ひとりで生まれて来て、ひとりで何でも出来るようになったと錯覚しがちだが、ビートルズもベートーヴェンも先達を学んで登場して来たし、歴史を振り返ることの大切さを暗に教えている点でもビートルズはベートーヴェンに比肩している。だが、とっくの昔におやじになった筆者は、ビートルズやベートーヴェンを聴くならほかの未知なものに時間を当てたい。ビートルズ・リマスター・ボックス、1枚500円なら、ま、いいかという感じで、7700円で済んでよかった。筆者の中国製が海賊盤であっても、正規盤とどう違うのか目下のところ皆目わからず、そのどこまでも本物らしい出来ばえのよさに新しい時代を思って、それはそれで楽しい。モノラル盤はオリジナルLPを縮小した紙ジャケだが、正直な話、筆者はステレオ盤の、ブックレットつきの観音開きの新しいデザインの紙ジャケの方がはるかにいい。だけど1回聴いただけで当分は聴かないだろう。