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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『若冲ワンダーランド』
わめて意表を突き、いかにも若者向けを狙ったタイトルの展覧会と言ってよいが、来春4月からは静岡と千葉で『若冲アナザーワールド』と題する展覧会が巡回開催される。



●『若冲ワンダーランド』_d0053294_072696.jpg本来はこのMIHO MUSEUMで開催中の展覧会と『アナザーワールド』は同じ内容で巡回する予定もあったと聞くが、去年12月20日、読売新聞夕刊に金沢の旧家から六曲一双の「象鯨屏風」が発見されたという記事が載り、同作が1年ほど要して京都の老舗の表具店が修復し、またMIHO MUSEUMの収蔵品となったこともあって、そのお披露目を兼ねてMIHOのみ単独で『ワンダーランド』が開催されることになった。また『アナザーワールド』の「アナザー」は何に対しての「もうひとつの」という意味であるかだが、これは動植綵絵のような着色画ではなく、水墨画と捉えていいだろう。あるいは、今までに紹介されなかった作品という意味も兼ねていると考えられる。実際、学芸員から小耳に挟んだところによると、『アナザーワールド』は『ワンダーランド』とは出品作品が異なり、そして『ワンダーランド』と同じように、そして『ワンダーランド』には展示されない新発見作を含めた展示となるが、来年もまた若冲人気は相変わらず続くことになりそうだ。『ワンダーランド』はその名のとおり、若冲の不思議な絵の世界を若い人々にもっと伝えようという同館の予想が当たって、なかなかよく入っているのでないだろうか。会期は9月1日から12月13日までの約3か月という異例の長さだが、展示作品は若干若冲以外の同時代の画家のものを若干含み、また全体を5期に分けた展示替えとなった。これは油彩画とは違って、作品にあまり光を当て続けることはよくなく、最大でも4週間程度という制約があるからで、会期が長い分、それだけ展示すべき作品を数多く用意する必要がある。そのため会場はゆったり気味に作品が配置され、また若冲ファンにとっては5回は見に行く必要があることにもなって、それが観客動員の多さにつながりもする。同館は山中にあって、京都市内から出かけるにしても1日がかりと言ってよい。JR石山駅からシャトルバスが出ているとはいえ、それに乗っても1時間近い時間を要するし、また本数は少ない。筆者はこの展覧会を初日の1日前に招待客として参加して見たが、会期の最後近い日にもう一度見ようと思い、先月22日に息子の車で家内ともども出かけた。息子は野洲に住むが、京都まで帰って来るのは面倒なので、瀬田駅前で待ち合わせをし、そこから車で5分の滋賀県立近代美術館で開催中の『日本画の時代』を見た後、同館のレストランで昼食をとり、その足で見に行く計画を立てた。JR京都駅から瀬田までは山を越えるので遠い感覚があるが、電車で15分程度だ。瀬田は野洲から京都盆地内までのちょうど中間といった感じの距離なので、息子と瀬田で待ち合わせをするのはもうほとんど恒例化している。それで、『ワンダーランド』を見た後、以前は瀬田よりも京都寄りの石山駅まで送ってもらったが、それでは息子の寮から遠くなるので、今回は逆に野洲よりの草津駅まで行ってもらい、駅前の百貨店で夕食の時間を過ごした。そうすれば息子は野洲まで二駅の距離で済み、また筆者らは新快速に乗って京都まで一足飛びで戻ることが出来た。草津はまともに一度も歩いたことのない場所だが、一度天気がよければ草津本陣を見たいと思いながら、何年もそのままになっている。ついでない限り、なかなかそうした目的を遂げることが出来ない。筆者は何事もついでに済ますことが多い「ついでの人生」で、いったい何がついででないのか自分でもよくわからないが、一度外出すれば最低でも3つは思っていたことを消化しようとすることが習慣になっている。草津に行ったのは、息子のためを思ってもあるが、実は草津駅前の百貨店の中にある中華料理店があることを何年も前から知っていて、そこに一度行きたかったのだ。その料理店は支店が大阪の守口にあって、そこで何度か食べた時、箸袋に草津にも店があると印刷されていた。それでいつか草津店もと思ったのだ。それがようやく今回は実現した。だが、日曜日の夕刻であるにもかかわらず、広い店内はがらがらで、不況を目の当たりにした思いがした。
 どうでもいいことついでに書くが、息子は雨男で、MIHO MUSEUMに連れて行ってもらう時は必ず雨が降る。今までずっとそうであった。山の中なので特に時雨れることもある程度はあるのだろうが、雨の中の細い山道を車が猛速度で走るのは怖い。何度ももっと速度を落とせと注意するが、全く息子は言うことを聞かない。美術展を見た後の帰り道、前を走る車が後方から追い着く息子の車に恐れをなしたようで、狭い山道の中でわずかに広くなった場所で急停車し、息子の車をやり過ごすという場面もあった。山沿いのくねくねとした細い道を行くしかMIHO MUSEUMに到達するルートはないのかと言えばそうではない。筆者は車に乗らないので詳しくないが、つい最近だろうか、新名神高速道路が草津から信楽の方面に延びて、信楽のインターチェンジから従来の信楽高原鉄道に沿った国道307号線を走って美術館に行くというルートが出来て、8月末の招待客として行った時には、そこを走った。その道路から見下ろす景色はまるで鳥になった気分で、山間部のとても高い場所を道路が走っているが、それを地上の山間道路から見ると、橋脚が異様に何本もそそり立ち、その工事費の膨大さを誰しも思ってしまう。信楽は不便な場所にあり、京都市内からは1日何本かの直通のバスがある程度で、それに頼らないとすれば、事故でも有名になった信楽高原鉄道に乗るかだが、どちらにしてもゴルフ客以外はめったに行く機会がない場所だ。筆者は陶磁器に興味がありもするから、昔から信楽には行きたかったが、交通の不便のためにいつも思うだけであった。それがひょんなことで数年前に信楽を車で走ることになり、また狸の例の置物もプレゼントされることになった。そうした機会があった後、息子の車でMIHO MUSEUMやまた信楽の陶芸館に行くことになって、今ではさほど遠いという感覚はない。だが、息子と行く場合は新名神を走らず、瀬田の滋賀医大の裏手を信楽方面に向かい、新名神と平行した地上の狭い山道をひたすら行く。後方座席で筆者がネットで印刷した地図を見ながら息子に道を指図するが、今回走って思ったのは、息子が高速で走ったこともあるが、瀬田の美術館から30分ほどで、案外近い。石山駅からだと国道422号を通るが、京都方面から最大限に高速道路を使う場合は名神で草津まで行き、そこから新名神を使って信楽インターまでという先に書いたルートを採るという大回りをするので、石山駅からのルートと同じ程度に時間がかかる。そのため、瀬田の滋賀県立近美で見た後、車の少ない山道を走った方が、美術展をついでに多く見ることが出来るうえ、時間短縮にもなって効率がよい。それはいいとして、MIHOは山中にあるため、土地は広大、街中では考えられないほどの大きな建物を作ることが出来る。そんな大きな美術館に若冲の作品だけで間に合うのかという疑問が湧くが、当然今回の『ワンダーランド』は館のごく一部を使っての展示で、他の常設展、企画展も含めて見ることが出来る。だが、大半の客は若冲だけを見て帰るのではないだろうか。
●『若冲ワンダーランド』_d0053294_084461.jpg

 22日に行って驚いたのは、広大な駐車場がほぼ満杯で、館から最も遠い一角に車を停めることになった。雨が降り始めて困ったが、随所に傘が置いてあってそれを利用することが出来る。その傘は錆びた色の赤やオレンジ色で、紅葉の山並みによく調和するようにとの配慮だろうか。女性が運転する7人乗りの電気自動車が3台あり、それがピストン運行している。これを待たずとも徒歩500メートルで館の前に到達するし、また途中のトンネルや谷に架かる橋をわたるのも景色を楽しむにはよい。筆者らが見終わったのは4時頃だったが、もう1時間程度しか見る時間がないというのに、まだ続々と大量の客が訪れていたことで、大型観光バスから男女の学生が降り続けていた。満員と言ってよい盛況ぶりからすれば、駐車場が満杯であるのも当然であった。これは若冲人気を端的に示すのか、あるいは美術館を経営する宗教団体の信者たちなのか、にわかに判断は出来ないものの、図録も多いに売れているようで、おそらく同館始まって以来の入場者数を記録する展覧会になるだろう。この調子で来年の『アナザーワールド』が期待出来るが、関西人にとって静岡や千葉は遠い。そのため、『アナザーワールド』は京都や大阪でも開催されることが望ましいが、美術館独自の企画力が問われる時代であって、なかなか簡単にことは運ばないのであろう。若冲つながりで言えば、京都の高麗美術館が来年の新年の企画展として『朝鮮虎展』を開催する予定で、チラシが配付されている。来年の干支が虎で、また李朝の民画にはよく虎が描かれることから同企画展が開催されるが、チラシには「若冲も手本にした朝鮮の虎の絵」というキャッチコピーが見え、京都の正伝寺所蔵の着色画の「虎図」と、それを水墨画で模した若冲の「竹虎図」が左右に大きく印刷されている。若冲はこの正伝寺の「虎図」を同じ着色画として模写しているが、それはプライス・コレクションの所蔵で、高麗美術館は借りることが出来なかったのだろうか。どうせなら、若冲の描いた虎図が全部一堂に会するのが望ましいが、日本各地で若冲の有名な作品がどこかで展示されているという現在の状況を考えると、あまりあちこちに同じ作品をたらい回しのように持ち運んで飾ることも出来にくい相談なのだろう。また、若冲の虎図は他に石峰寺が所蔵する程度であるから、全部と言っても数はごく少ない。また、高麗美術館の立場からしても、李朝の虎図をたくさん並べるのが本道であり、鑑賞者としても面白い。ともかく、来年も早々から若冲作品の展示があって、若冲人気がいつまで持続するのか興味深くもある。筆者が思うのは、7年後の若冲生誕300年だ。その時はまた盛大な展覧会が企画されるのではないだろうか。
●『若冲ワンダーランド』_d0053294_092682.jpg

 さて、『ワンダーランド』展だ。8月末に出かけた時と決定的に違ったのは、館内の展示もだが、まず若冲展示場の入口通路でビデオが上映されていたことだ。確か27分だったと思うが、これがコンパクトに内容がまとまっていた。このビデオ上映がいつから始まったのか知らないが、その時期を推定することは出来る。ビデオには9月10日の石峰寺での若冲忌の模様が映し出されていた。同寺本堂内部での法要の様子が最初の方に少し映り、そして筆者の全身がはっきりと見えた。堂内に座ったのは80人ほどだったと思うが、筆者は最前列に座った。そして眼前に三脚に据えたビデオカメラを操作する人がいたのを知っていたが、それがこのビデオになることは知らなかった。つまり、若冲忌以降に映像を編集し、館で上映が始まったから、9月の上旬に訪れた人はこの映像を見ることが出来なかった。筆者が映っているのでどうにかしてこのビデオをほしいと思うが、館内での販売はなく、非売品であろう。ビデオの内容は最初に簡単な若冲の紹介をし、その後に今回の展示で初めて紹介された作品の映像、あるいは資料の情報を伝え、そうして「象鯨屏風」の解体表装でわかったことに大きく焦点が当てられた。この屏風は明治時代に再表具されており、それ以前の状態はわからないが、画面上端で絵が2センチほど隠れていたのを今回は見せるように表具した。そのため、左隻の鯨の直立した潮吹きはよりダイナミックになり、また右隻の象の鼻は画面上端で切れずに、わずかな空間が出来ることになった。展覧会のチラシ裏面にこの屏風を横一列に並べた写真があるが、それを見ると、左右隻とも中央の二扇、つまり六面あるうちの中央の二面が特に汚れが目立つ。この理由はわからないが、この二面のみ長らく見せる状態で使用されたのかもしれない。汚れがもっと除去されればよかったと思うが、若冲は中国製のきわめてうすい、そして継ぎ目のない大判の画箋紙を使用しており、裏打ちを全部やり変える再表具の際、高度な技術が要され、汚れの除去はこれが限界だったのだろう。
●『若冲ワンダーランド』_d0053294_010147.jpg

 「象鯨屏風」は再晩年の若冲がまだ気力が充実し、しかも工夫する心を忘れなかったことを如実に物語るが、小さな下絵、しかも自らの写生に基づかない、いわば粉本のようなものを用いながら、得意とする要素を合成した絵で、漫画的と言うのがふさわしい。ここに写生風を広めた応挙を持ち出すと、よりリアルな表現に努めた点で応挙の方が画家らしいと見る意見もあるだろうが、応挙の写生というのも、写真が出現して以降の写実とは大きく違って、実際に見たことのないものを想像力を逞しくしてリアルに見せるという、どこか悲しく、また滑稽な努力の跡が見えるのであって、そうした作品と若冲のたとえばこの屏風を比べると、最初から写生あるいはリアル(現実的)な表現というものをどう捉えるかといことの限界、またそうであるからこその工夫や進むべき方向というものを悟っていた若冲の態度がよくうかがえる。確かに象はあまりに単純な線で構成されて実際の象と比較するとあらゆる箇所が異なるが、それでも象に見えるというところに意味がある。一方、もっと写実に描く象の図がこの屏風と同じ時代の京都の絵師は描いたが、それは現在から見れば程度の問題で、写真で見るような象からはやはり遠い。そして、絵画というものを考えた時、そのリアルさの克明な表現はとどまることを知らず、ついにはスーパー・リアリズムといった写真をそのまま拡大して絵具で描くという派も生まれるに至ったが、そんな絵画にしてもなお現実そのままとは言えず、むしろ現実から乖離したところを楽しむものになっている。若冲はスーパー・リアリズム絵画を知ることはなかったが、観念のうえではよく知っていたと思える。そして、そういう限りのない方法よりも、逆の方向を目指した。それは現実をいくつもの細部に分けて単純化し、その単純化した独自の言語で再構成することだ。そういう伝統は日本、いや京都の絵画や工芸には長年の間に育まれた。そして、そういう伝統の現在の顕著なひとつの帰結は、漫画における物語性を省いた絵と言ってよい。あるいはパソコン関係で言えば、アバターだ。若冲はまさにアバターの製作理論を確立し、そしてその独自なパーツを揃えて絵を量産した。そのため、日本の漫画やアニメ、あるいはアバターや携帯メールにおける絵文字が国際化しつつある現在、若冲人気が若い世代の間に広まるのは当然のことであろう。だが、そこに問題もまた横たわっている。若冲の絵画は純粋に造形の問題としてのみ捉えることが許されるかどうかだ。つまり、若冲がそれを望んでいたかどうかだ。そこを考えることは、若冲を美術の領域に閉じ込めるのではなく、現在の日本の政治や国民意識にまで問題を投げかけることにもつながる。現在の筆者が若冲について関心を抱くのは、そういう部分においてである。ここではそれ以上は書かないでおこう。『アナザーワールド』に行くことがあれば、またその感想を書きたい。
●『若冲ワンダーランド』_d0053294_043939.jpg

by uuuzen | 2009-12-02 00:10 | ●展覧会SOON評SO ON
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