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●『日本画』
展の案内はがきが相次いで届く季節になった。芸術の秋だ。



●『日本画』_d0053294_22583994.jpg個展中心に活動する人と、公募展にしか出品しない人とにだいたい分かれるが、どちらにも積極的である人でも大家と目されるようになるのは日本画や洋画など、公募展が日本では歴史のある分野、あるいはそういう団体の会員に所属している場合にほとんど限られる。明治になって西洋画が本格的に紹介されるようになった時に、それまでの日本の絵画に対して洋画という言葉と分類が行なわれたが、洋画的日本画の動きが当然生ずるし、日本画と洋画を厳密に隔てるのは画材だけということになって、それは洋行の経験がある菱田春草はいつかは日本画と洋画の区別のない時代が来ると予想したことの実現化と言えなくもない。だが、今でも日本画と洋画という区別は厳然とあるし、一方で戦後に現代美術の動きが活発化すると、日本画はかえって保守的になった感がある。それは菱田春草から見れば、狭い、そして旧態の意味での日本画ではないだろうか。そうした日本画は表向きはアメリカ文化にすっかり馴染んだ日本という歴史を無視して、まるで江戸時代からこっち日本は歴史的文化的政治的に何の変化もなかったかのようにそのまま歩んだ来たことを表現したがっているように見える。確かに人間のどんな愚かな歴史が積み重なろうと、日本の自然はほとんど全く変化せず、それに対する感受性やそれを表現しようという美意識は今でも江戸時代やそれ以前と同じままに存在すると言ってよいが、絵画で自然の風景を題材にする時、その画家はある特定の時代を生きているのであって、江戸時代の画家と同じ気持ちに完全に一致することはあり得ない。ある一部の自然の光景に感ずる気持ちは江戸も古代も現代も変化はないとしても、その気持ちの一方で江戸は江戸の、古代は古代の、現代は現代のあらゆる文化を画家は馴染んでいて、自分が意識せずともそれは表現に出て来るとするのが道理だろう。つまり、昔と同じような日本画を描いても現代性が出て来る。同じ絵を描く、つまり模写してもそうだろう。絵具や筆、紙など、画材は同じようでいて差があるからだ。そうした時代によるあらゆる差を前提とする、またしなければならないところが現代日本画が置かれた面白さの条件でもあるが、江戸時代と現代がどれほど違うのか、あるいは共通しているかは、個人によって受け止め方が異なるため、ほとんど時代遅れに見える表現とその反対に、江戸時代の花鳥画にビルの林立を添えるといった新しい時代の光景の表現を望む場合もある。ここには伝統とその革新という問題が横たわる。現代における日本的情緒なるものをもう重視しない画家は、日本画というジャンルを見限って、いわゆる現代美術という領域での活動を求める。また、この現代美術は現代の日本画を含む用意はいつでもあるが、その場合は江戸時代にあったような日本画ではなく、もっと現代特有の何かを表現する必要がある。その現代特有の何かとは、本当は日本画に限らず、洋画でも工芸でも、あらゆる表現に本当は必要なものだが、何が現代特有かは表現者にとっても鑑賞者にとっても差があるので、これがそうだとはなかなか断定出来ない。現代美術の面白さは、何が現代的であるかを見せてくれる点にあるが、個々の作家によって思いが異なるため、これが現代美術の特性であると具体的に文字でまとめることは難しい。
 現代美術における現代的表現は、ミニマル芸術を念頭に置くわけではないが、ちょっとしたアイデアを膨らませたものが目立ち、作品の大きさの割りには核となる内容はごくわずかという場合が多いように思うが、その水増しされた作品性というものもまた現代性の特徴であるので、これはあながち欠点とは言えない。そうした現代美術に比べると、総じて現代の日本画は、世界や社会に対して問題意識をほとんど持たない。かといってひたすら自己の内面を凝視するという風でもない視点による、浮世離れした「きれい事」に見えるが、それは平和的怠惰を歓迎する一般人が多い日本人が多いことを反映してのことであって、画家ばかりに責任は問えない。菱田春草は現代美術なるものを見てどう思うだろう。日本画と洋画の垣根のない世界の到来よりも、日本画でも洋画でもない新しい表現の世界が美術に訪れた。それもまた菱田は広義の日本の芸術として区別することを拒んだであろうか。そこには絵画以外の、写真や工芸、彫刻、インスタレーションといった表現者の幅広く多様な表現要求があり、もはや絵画中心の時代ではないと考えるべきだろう。そんな時代にあっても、いやそんな時代であるからこそ、日本画家を目指す人は跡を断たない。それは単に伝統が長いという理由ではなく、日本画では画商がついて有名になれば金持ちになるという打算も大いに働いているように思える。これもまた非難されるばかりの問題ではない。どんな表現者も生活して行く必要はあり、作品づくりにはお金が必要で、それには有名になる必要があるし、有名になるには伝統的世界の後釜に座る道を選んだ方がよい。そのようにして日本画が最上位にあり、次に洋画、そして後はずっとずっと下の方に彫刻、そのまたはるか下に工芸、そのまたはるか下に写真などの分野が位置する。一方でそうしたジャンルをせせら笑うように現代美術の作家がいて、彼らは日本画や洋画など、伝統的表現とはほとんど何の接点も持たずに有名になる道を切り開いている。そうした現代美術作家は、伝統や芸術の名のもとで十年一日のごとく、いや百年一日のごとく同じような絵を描く日本画を内心軽蔑するかもしれないが、逆に日本画家は現代美術作家を一夜で忘れ去られる短命のはったりと侮蔑する。こうした美術とは別に日本には無視出来ないもうひとつの勢力がある。漫画家だ。これが名声獲得と金儲けには一番手っ取り早いかもしれない。何しろ誰しもそれが一番好きであるから、絵の上手な才能はどんどんそうした方面に流れて行く。それはそれでまた時代にかなった正しい姿とするしかない。漫画家は個展や公募展に関係せず、膨大な部数を誇る雑誌に作品が掲載され、名前の広がりは日本画や洋画家の比ではないが、それをまた日本画や洋画家は非難の道具に使うだろう。自分たちの芸術が子どもや大衆にわかってたまるかというわけだ。ここで出て来るのが「有名」いうことの問題だ。個展をしたり、公募展に出品するのは、誰しも自分の作品の価値を広く問いたいためで、あわよくば買ってくれる人との出会いを求めている。簡単に言えば、名声とお金だ。だが、無名の作家が個展を開いて大きな名声を得るのはほとんど不可能であり、個展の一方で団体に所属してその公募展で受賞を重ねる必要がある。そしてほとんどの人は個展する時間的気力的資金的才能的余裕がなく、年1回か2回の公募展用の作品を描くことで満足し、それで名声も金も得られずに長い人生を棒に振る。本人はそれで満足なのだが、公募展は罪作りな存在だ。それは日本特有の芸術家の階級社会をよく表現している。公募展が一切なくなっても描き続ける人の中から本物が生まれると思えるが、美術大学があり、そこの教授職が存在する限り、公募展もなくならない。そして、日本では本当は誰も本物の芸術家の出現など期待していない。そういう芽が出現しそうになると、叩くか無視する。あるいは早々と認めて自滅させる。
 京都文化博物館で開催中のこの展覧会は、京都を代表する大企業のワコールと京セラが所蔵する現代日本画家の作品を展示するもので、同じ作品が1985年から翌年にかけて欧米を巡回した。今年ワコールは創業60年、京セラは50年を迎え、それを記念してふたたび作品を一堂に展示しようというものだ。筆者はほとんど興味はなかったが、同じ入場券で映像ホールでの映画も見られるので、そっちを目当てに足を運んだ。85年と言えば、バブル時代に入ろうとしていて、日本は欧米を圧して経済的に大いに潤っていた。そういう時期にワコールと京セラは日本美術の一端を紹介しようとしたが、両社が作品を購入したのは欧米巡回展が前提にあったためかどうかは知らない。ともかく全作品は84年の制作で、おそらくワコールと京セラは意図を持って画家に注文したのであろう。また、画家によっては注文を得て描いたのではなく、以前に描いていたものをそれに充てたこともあったのではないだろうか。画家を選定したのは河北倫明で、これも時代をよく反映してのことであった。バブル期は絵がよく売れて、日本画家もそうとう潤ったのではないだろうか。筆者の住む地域でも画商が転居して来て主に医者相手に絵をよく売っていたが、数年後には経営が思わしくなくなったのか、田舎に引っ越して音信もなくなった。また、家内が勤務していた以前のとある会社は、当時横山大観を初め、有名日本画家の作品を多数購入し、自前の美術館を建てる計画もあったが、たちまち会社の経営が傾き、会社は人手にわたり、また収集したばかりの絵画は京都の他の有名会社が分散して所有することになった。バブル期の絵画の売れ行きというものから見れば、ワコールと京セラが当時の有名日本画家の作品を収集したことは、ひとつには時代の風潮を思ってしまうが、どのくらいの資金を要したのか、それを勘繰りもする。また、購入した絵画を両社はどこかで常設展示しているのかどうか知らないが、四半世紀ぶりに会場を借りてこうした展覧会を開催するというところ、あまり一般公開していないことが想像出来て、収蔵される作品がまるでバブル期のはかない夢の跡に思えもする。そして、もう二度と同じような試み、つまり大企業が今の日本画を買い集めて海外巡回展をしないであろうことを思うと、日本が経済的に豊かで芸術に眼差しがいささかでも向いていた時期にワコールと京セラがよくぞそうした行動を実施したなとの感慨を懐く。本当は国家がそのような行動をすべきだが、特定の日本画家の作品を集めて、税金で海外で展示するということはなかなか理解も得られなかったであろうし、また現代の日本画が日本芸術を代表するにふさわしいかという問題も提起されたことだろう。だが、今頃になって、政府は税金を使って国立のアニメや漫画館を作ろうというのであるから、日本の文化行政はどうなっているのかよくわからない。いずにしろ、ひとりの芸術家が個展を開催し、そして公募展に出品を続けていても、名声が世界的になることは絶望的であるから、日本の芸術家をもっと海外で有名にしたいのであれば、何らかの国家的援助は必要と思うが、現代美術の分野ではそうした例もあるようで、まずは作家が海外の人々にも歓迎される魅力ある作品を作り出すことが求められる。それはどこか鶏か卵のどちらが先かの問題に似るが、政府の援助を受ける前に作家が実力を示す作品を次々と生んでいる必要があるのは言うまでもない。そして、そこには個展や公募展から優秀な才能を見出す何らかの強い機関の必要性を思うが、その機関とは人間が運営することであり、そこに必ず恣意が入り込むから、完璧な公平や公正はあり得ない。また、そういう政府の機関の目から漏れることを望む作家も当然あるはずで、結局のところ現存のまま何も変わらないということに落ち着く。魅力のある作品を生み出す人がいても、それが日本中、あるいは世界に向けてそう認められるのは当人の造形的才能とは全く別の問題が大きく関係し、結局無名の作家として人生を終える人は、他人からは自己満足と半ば軽蔑され、またそれに対して自嘲気味になって、才能が十全に開花しないままに終わり、やはりたいした作家ではなかったとみなされる。国家の経済力や政治力が強力な時に何らかの形でそことコネクションを持つことの出来る人だけが、大画家とは言わぬまでも有名画家として歴史に名が刻まれる。そして、現在の日本からはそんな才能がどれほどあるのか疑問だが、日本画に限れば、今回の展覧会で取り上げられた中から選ぶしかない。
 出品作はひとり1点で合計45点であった。画壇の最高峰から中堅、新鋭と3つに分けて選ばれたらしい。全員の名前を列挙するのはしんどいので書かないが、下田義寛の名前があるのは少し意外であった。他人の絵をそのままシルクスクリーンに起こして自作の画題としたことが大きな事件となって、画壇から忘れ去られた形になったが、84年はまだその直前だったか。欧米に巡回したのは奥村土牛、小倉遊亀、山本丘人の3点が加えられてのことで、パリ、ストックホルム、バルセロナ、ロンドン、ケンブリッジ、パンクーバー、ロサンゼルスの5か国7都市を回った。会場の様子は記録ビデオが上映されていたのでほぼわかったが、どの都市でも現地の大使を招き、またロンドンではダイアナ妃とチャールズ王太子が顔を出し、国家的セレモニーであったことがわかるが、会場は必ずしもどの国でも一流どころではなかったようで、市庁舎の一角という雰囲気の場所もあった。7都市で約11万5000人の入場があったので、これは成功と見てよいだろう。だが、こうした展覧会は回を重ねて実績を作って行くことでようやく効果が見えるのであって、単発ではすぐに忘れ去られるだろう。チャールズも来賓の言葉として語っていたが、こうした文化事業は大きな資金が必要で、そのためになかなか大規模なものを継続的に開催することは難しい。文化交流をもっと盛んにして、日本文化を積極的に海外に向けて紹介しろという声があっても、税金を使う必要があって、大きなお金で取り引きされる現存の有名日本画家の作品となると、誰の作品を選ぶかで問題が生じる。またそうした画家は海外に目はほとんど向いておらず、日本の画商のお抱えになって日本の大金持ち相手に売れればいいのであって、海外展示に意欲的でもないだろう。また、海外の方としても現代の日本画をどれだけ評価するかだ。江戸時代の真剣勝負のような墨画やそれに準ずる着色画とは違って、現代の日本画はあまりにも洋画を意識し過ぎて、欧米人から見ればあまり意味のない作品に見えはしまいかと思う。それもまた後100年ほど経てば見方も変わるかもしれないが、戦後の日本画を見るならば、まだ日本の現代美術や漫画の方が独創性があるとみなされているのが実情ではないだろうか。そこには日本がもっと積極的に現代の日本画を海外に紹介していない現状があるにはあるが、外国人が見て即座に面白いという作品が存在しないことの理由の方が大きいように思う。今回展示された45点のすべてがそうだとは言わない。筆者の好みの画家も混じっているし、江戸時代の日本画の伝統の優れた現代的解釈や伝達と呼べる作品もあるが、概して印象に強く残る作品が少ない。それは画家の力作ばかりを集めたのではなく、100号までの普段に描いている量産画と言ってよいものが目立つからでもあるだろう。そして、個々の画家の個人展を見ると、それら個々の作品はもっと説得力を持って迫って来ると思うが、ひとり1点で総花的にまとめられると、不調和の日本がそこにいみじくも反映しているかのように、むしろ欠点の方が拡大化して見える気もする。このコレクションは時代をよく反映していて、このまま100年、200年後までも機会あるごとに展示されるのがよい。バブルに浮かれ騒いでいた日本がどのような日本画を産出したかの最も見事な作例になる。
by uuuzen | 2009-10-21 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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