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●「地蔵の顔 児童に描かせ 汚れなし 長生きしても 幼時忘れず」
談の 相手おらずに 自問する ひとり暮らしも 常に対話し」、「竹林に 囲まれし寺 地蔵院 身近にありて 価値を知らずに」、「新築の 祠構える ニュータウン 過疎化迎えて 世話人も消え」、「どのような 街にしたいか 京都市は 百年先の 人口如何」
●「地蔵の顔 児童に描かせ 汚れなし 長生きしても 幼時忘れず」_d0053294_00113367.jpg
一昨日、家内が入院中の病院に20分ほど早く着いた。自転車置き場から正面玄関北側の人専用の通路に折れず、そのまま山手に向かった。3日前に気になった新しい祠を確認するためで、グーグル・マップでおおよそ覚えた病院の敷地の外周を反時計回りに歩くことにした。見舞いが終わった後は同じルートを今度は時計回りに歩き、そして駐輪場に至った。その間にたくさん写真を撮った。それらを紹介するのに数日は要する。今日はその最初だ。祠の奧は薄暗いが、格子の奧におそらく児童が顔を描いた石の地蔵さんがわずかに見えた。女性的な顔でとてもやさしく、慈悲深い。それをもう一度確認したくて時計回りに歩いたのだが、家内の病気が治りますようにと帽子を取って拝むと急に胸にこみあげるものがあった。この地蔵尊は患者やその見舞い客のためのものではないだろう。祠の前に立つには病院の駐車場の鎖を跨ぐ必要があって、「通り抜け禁止」と書かれていた。鎖の端に隙間があってそこを通り抜けたが、道路面から5,6段の階段もあって、祠は東向きに駐車場の端の土盛りに建つ。病院の敷地内にあるが、道沿いにあって、すぐ近くのわずかな民家や豪華なマンションの住民のためのもののような気がする。ところで、わが自治連合会は14の自治会があって、各自治会は世帯数が数十から数百の差があるが、最大世帯数を抱える自治会は三つの地域に分けられそれぞれに自治会長を補佐する班長が頂点にいる。地蔵盆も三地域別々に催し、祠のない地域は半世紀ほど前に新調し、内部に地蔵の石仏を据え置いた。祠は買えるが、石仏はどう調達したのか知らない。たぶん近くの桂川から大きな石を拾って来て、絵具で白く塗り、墨で目鼻を描いた。祠の設置場所の問題があったが、該当地域は公園を有し、その端に据え置かれた。そして地元の寺のお坊さんに入魂の儀式をしてもらった後、自治会長は公園内に地蔵尊を新たに設けたことを区役所に届け出た。もし役所が祠の設置に難色を示すと、自治会長は「子どもたちのためのお地蔵さんを新たに設け、魂まで入れたのに今さらそれを撤去せよとはあまりに殺生」と言うつもりが、何ら問題は起きなかった。この話は筆者の先代の平安講社代表からじかに聞いた。元は田畑や荒れ地であったところに家が建つと新たな町が出来、自治会やその長が必要となる。そして地蔵盆も行なうとなれば地蔵尊の祠を新調せねばならない。病院の敷地内にあるのは、そこしか適当な場所がなかったからだろう。この祠の地蔵の顔は児童でなければ心優しい女性が描いたと想像する。専門の画家では描けない味わいがある。
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# by uuuzen | 2026-01-22 23:59 | ●新・嵐山だより
●「地蔵さん 石に彫られて 意思固く 救い求める 魂助け」
番の ゴミ掃除拒否 する人は 他人のゴミに こっそりと混ぜ」、「地蔵さん 顔が消えれば 頼りなし 邪気なき子らに 描いてほしき」、「昔から ここにあるもの そのままに 新たに造る 地蔵もありて」、「石ころに 坊さん拝み 命入れ 物より心 優先するや」
●「地蔵さん 石に彫られて 意思固く 救い求める 魂助け」_d0053294_00143662.jpg
家内の入院見舞い、まだ雨天はない。昨日は往路で小雪がわずかに舞い、夜は積もるかと思っていたが、積雪があったのは市内北部だけだろう。しかし今週末はわからない。午後に雨や雪が降れば見舞いはどうしようと昨日家内に訊くと、市バスを乗り継げばと言う。1時間に2,3本の市バスを乗り継ぐには、待ち時間を含めると病院まで片道1時間は要する。ならば歩く方が早い。もう決めていて、水濡れに平気な革のブーツを履き、どういう冬の服装にするかも考えている。そしていつも自転車で走る道を行く。そのルートは今日の最初の地図に青線で示す道だ。これはネットの『今昔マップ』から取った。左は明治42年(1909)測図、大正元年発行の国土地理院の地図、右は最新のそれだろう。百年少々でどれほど家が建て込んだかがわかる。左の地図では青線より西すなわち山手は竹林、右手は田畑で、「下山田」と記されているところに家が密集していた。桂病院の正門前の急な坂の付近は茶畑で、なるほどその斜面は陽当たりがとてもよく、また急峻なので田畑には適さない。百年前の風景を想像することは難しいようだが、道は車が擦れ違えるように拡幅、舗装されたものの、まだ古い屋敷は点在していて、百年前の情緒は残っている。筆者がこの青線の道路を知ったのはいつのことか記憶にないが、麓の西京図書館に頻繁に通ったのが40年ほど前だ。その頃から写生も兼ねて「下山田」すなわち現在の「山田」地区はたまに訪れ、自然とこの青線の道を走った。たぶん千年以上前からある道で、蛇行し、高低差があちこちにあって古道であることは実感出来る。今日の2,3枚目の写真の地蔵さんの集合はこの青線沿いにあり、先の左の地図では家のある地域に属し、住民が間近で世話をして来たことがわかる。京都市内の地蔵尊の祠はみな町中にある。それは身近に地蔵のご加護を祈るという思いから説明出来る。郊外に野仏はあろうが、市中で石の塊と言えば「いけず石」だ。これは狭い道路を車が走って家に衝突されないようにとの防御の意味合いによる。地図の青線沿いにはその「いけず石」を黄色と黒の縞模様でていねいに塗り分けたものがあって、ほとんど現代芸術作品だ。2,3枚目の写真を見ると大阪市内にはない鄙びた味わいで、青線以外の道にもあるかもしれないと思いはするが、「下山田」のメインストリートに2か所あるだけでも充分だ。この2か所は異なる町で、それで地蔵に着せている布の色や形が異なるのだろう。こういう風習を守る古老は若い世代にどのように世話すべきかを教えているのだろうか。
●「地蔵さん 石に彫られて 意思固く 救い求める 魂助け」_d0053294_00150312.jpg
 昨日は家内が入院する病院の駐車場の端っこにまだ新しい地蔵尊の祠があることを書いた。その場所は百年前は竹が生い茂る山で、今日の2,3枚目の写真のような祠があったとは考えられない。駐車場を造る際に邪魔になったので移動させたものではないかと昨日書いたが、病院の敷地内のどこかにあったものと考えた方がよい。となる先の左の地図で言えば青線沿い、茶畑の少し南におそらく数軒の家があって、その付近にあったものか。さて、わが家から病院への往路は必ず青線を走るが、帰りは半分ほどの割合で青線をたどるも、もう半分はスーパーへの買い物のために東方面の道を行く。そしてほとんど必ず今日の地図で言えば赤丸の場所を通る。そこは40年前からよく知っているが、小さな石仏がガードレール際に30体近くまとめて横並びに配置され、いくつかの花も手向けられている。付近は典型的な新興住宅が建ち並び、道路拡張時に邪魔になったに相違ないが、昔から同じ場所にあるもので撤去出来なかったのだろう。グーグルのストリートヴューで確認すると、明らかに道祖神が混じり、京都では道祖神崇拝がやがて地蔵崇拝に代わって行ったことを説明する。つまり、このまとめて祀られている石仏は千年くらい前のものが混じっているかもしれない。この場所は百年前の地図では田畑に囲まれた畔道であったことがわかるが、地図によれば北西に一本、細い道があって三叉路の交点となっていた。そこは道祖神を祀るにはふさわしい場所と言えそうだ。家の近くに祠を建ててきちんと地蔵像を祀るのとは違って、もっと以前は野ざらしの石仏が普通であったのだろう。田の神という意味合いも持っていたのかもしれない。この野仏群の近くには当然地蔵尊の祠もあって、それは地蔵盆の折りに活躍するが、この野仏群を地元住民はどう思っているのだろう。今日の2か所の地蔵の石仏と同じく、布を被せられているので世話をする人があるが、そのことが筆者には面白い。現代社会は信心深くない人が幅を利かせていると思うからで、ごく一部にしろ、こういう地元の石仏を大事に世話する人がいる。車が頻繁に往来し、世話人は車の邪魔になるはずだが、この道をよく通る人は意識の底に多くの石仏がまとめて置かれていることを知っていて、それは信心の対象にはならずとも、手を触れてはならないものと誰しも思っている。ただし、わんぱく坊主がただの石の塊とばかりに溝に捨てることはあるだろうし、またそのことが発覚すれば大人たちは割れた石の代わりに河原から別の適当な石を拾って来て祀るだろう。それでいいのであって、こうしたあまりに素朴な石仏はものそれ自体にはほとんど価値はなく、何百年も同じ場所で拝まれて来たという歴史が意味を持っている。したがって有名な寺が焼けてもまた同じものを建て、表向きは新建築であるにもかかわらず、創建何百年を主張する。
●「地蔵さん 石に彫られて 意思固く 救い求める 魂助け」_d0053294_00153148.jpg


# by uuuzen | 2026-01-21 23:59 | ●新・嵐山だより
●「パノラマの 眺めに並ぶ 窓の群れ それぞれの人 それぞれの生」
のある 子が何よりと 話す親 本音はいかに 金儲けるか」、「ピカピカの 車ばかりと 思い知る 老人跨る 自転車古し」、「人の影 窓に映りて 気は動き あああそこにも 孤独が歩き」、「病院で 死にたくないと 母が言い どこにいるかを 知らずに逝きし」
●「パノラマの 眺めに並ぶ 窓の群れ それぞれの人 それぞれの生」_d0053294_23020362.jpg 今日はたくさん写真を撮った。今後投稿するとして今日は昨日撮った写真を使う。いつもどおりに午後2時5分頃に病室に入ると、家内は広くてよい場所を見つけたのでそこへ行こうとベッドから起き上がりながら言った。同じ階に談話室がふたつあって、義兄や義弟、それに一昨日筆者の妹夫婦が見舞いに訪れた時にはそこで話をした。家内が新たに見つけた部屋は学校の教室くらいの大きさで、大きな窓がある。その窓際に面して一番左端にふたつの椅子があってそこに陣取った。そうして撮ったのが今日の2枚の写真だ。パノラマの右半分は車ばかり写るので、右端辺りをかなり拡大したのが最初の写真だ。黄色の楕円で囲った木造の小さな屋根が目を引いた。駐車場の端に新しそうな祠がある。古い地蔵尊を建て直したのだろう。昔から同じ場所にあったかどうかはわからないが、駐車場を造る際に邪魔になったので駐車場の一番端に移したと想像する。それでは土地の神様に申し訳ないので丁重に扱って立派な祠にした。地蔵の祠は人の多い町内にあって夏は子どもたちのための地蔵盆で賑わうもので、駐車場の端に立派なものがあっても誰が花などの世話をするか。その懸念は取りこし苦労で、世話をする人がいるので立派な祠になったはずだ。周辺は民家はごくわずかだが、豪華なマンションがあって、中には地蔵尊の世話をこまめにする人がいる。それはさておき、2枚目の写真を撮りながら思ったのは、「ライフイン京都」が全く見えないことだ。地図によれば写真右端上の窓のたくさんあるベージュ色のビルの背後にあるはずだが、筆者の撮影位置がそのビルよりかなり低く、山の上を下から見上げるような格好で、「ライフイン京都」はベージュ色のビルにすっぽり隠れている。「ライフイン京都」の住民は全員そのベージュ色の建物を眼下に見て、視界は遮られずに東山連峰がパノラマに見えているはずだ。写真中央辺りのコンクリートの壁面に大きな円形の飾りがあって、その左手に看板の文字が読み取れないのが、筆者が注目したのは先の祠とその円形くらいだ。家内お勧めの窓からのパノラマの眺めとはいえ、無粋な鉄筋コンクリートの建物と駐車場の車ばかりだ。しかも窓が多くてわが家の3階からの眺めのほうがはるかに西山が迫って情緒がある。見舞い客用の駐車場は別のところにあるから、これら溢れる車は病院に勤務する人たちのもので、今は誰でも車を持っている。筆者の妹は筆者がまだ電動自転車に乗っていないことに驚いていた。老人が一生懸命に古自転車のペダルを漕ぐ姿は格好悪いのか、憐憫を誘うのか、いずれにしても「ご苦労さんなことです」ということだ。
●「パノラマの 眺めに並ぶ 窓の群れ それぞれの人 それぞれの生」_d0053294_22551777.jpg


# by uuuzen | 2026-01-20 23:03 | ●新・嵐山だより
●「不思議でも 必ずあるは 原因と 知りつつ 想う 命の不思議」
新は 秒の単位と 知る人は このこと嗤う 時代は変わる」、「国境を 越えて吹く風 知る鳥は 密入国の 禁止見下ろし」、「狂い咲く 桜があれば どの花も 季節無視して 咲くことあるか」、「目障りと 思うか否か 人により 人種の同居 自然に任せ」
●「不思議でも 必ずあるは 原因と 知りつつ 想う 命の不思議」_d0053294_23141503.jpg ヒロシの迷宮グルメという番組を再放送か再々放送で途中から見て録画したが、ヒロシの降板後、スギちゃんに代わってから興味を失った。しかしたまたま再放送か再々放送で彼の出演を見て好感を抱き、ヒロシよりもいいかもと思うようになった。自動録画され、去年末で放送は終了かと思っていたのに、今日確認すると2回分が録画されていてまとめて見た。韓国のソウル近くの街とモンゴルでどちらも面白かった。韓国のその街は高層ビル群と昔ながらの木造住宅地が隣接し、韓国ドラマに出て来そうな狭い坂道をスギちゃんが上って行くと、突如モスクの尖塔が見えた。その近くまで行くと、さまざまな国のイスラム圏の人々の居住地区でソウルとは思えない。ロンドンにもそういう場所があるが、日本では東京にあるのだろうか。似たモスクは神戸にあって、近年はイスラムを信仰する人たちは嵐山にも毎日たくさんやって来る。そのうちのごくわずかでも日本に住むとやがて日本人と結婚する者が必ず出て来て、日本が多国籍国家になる趨勢は止められない。スポーツ選手には特に黒人との混血が目立ち、昭和半ばでは考えられない時代になっている。先のスギちゃんの番組でも黒人の少女が不思議そうにスギちゃんを見つめていたので、中国はさておき、アジアでは今後黒人との混血が増えるのは間違いない。それは先進国のひとつの特徴と言ってもよいが、差別がなくなるかと言えばそれは微妙な問題だ。それはさておき、家内の入院を自転車で見舞いに通い続け、自転車置き場のある正面玄関から入って、玄関裏手の人専用の通路から救急治療室のある病棟へ向かう。病棟に着く寸前の坂道の右手すなわち北側の斜面に今日の最初の写真のユリの種子の穂が立っている。背後の太い木は先日投稿したが、家内が一日だけ入った個室部屋の窓から見えるものだ。ユリの枯れた茎の背丈は人ほどもあってよく目立つ。咲くのは夏場であるから、その頃にまた見たいと思っていると、今日は2枚目の写真のように白い花が咲いているではないか。真冬に咲くはずがないので調べると、台湾の品種で、鉄砲百合によく似るが、花弁の裏側に臙脂色の筋があるらしい。あるいは新鉄砲百合という品種でもあるようで、とにかく冬に咲く外来種だ。たぶん勝手に育ったのだろう。風で種子はどこにでも飛んで行く。たいていの人は白い百合の花が咲くときれいと思うから、外来種が帰化したものであってもかまわない。そう言えば前述の裏手の通路で今日は東欧系の40代の美人に出会った。2年前の時代祭では右京区のどこかの学区の裃隊に20歳くらいのウクライナかロシア系の美女が参加して人目を引いた。
●「不思議でも 必ずあるは 原因と 知りつつ 想う 命の不思議」_d0053294_23144815.jpg


# by uuuzen | 2026-01-19 23:15 | ●新・嵐山だより
●「柿の実の 色は食べての 合図なり 鳥や獣の 冬の食べ物」
ル並ぶ 街にくまモン 大人気 山に熊出て ズドンイチコロ」、「冬眠を したくて出来ぬ 熊多し 生きるに必死 殺され必至」、「柿の実の 青空に映え 松の明け 腹を空かせた 小熊を想い」、「熊出れば 柿放り投げ 逃げよかと 熟し実食べつ 子熊の気分」
●「柿の実の 色は食べての 合図なり 鳥や獣の 冬の食べ物」_d0053294_01083845.jpg 家内を見舞うのに、大きな待合室がある正面玄関から一度入っただけで、いつも救急病棟の玄関を利用する。そこは土日祝や夜間でも空いていて、家内の病室に行くにもわかりやすい。玄関を入ってすぐ左手にある受付の真正面の壁に、今日の最初の写真の「熊注意」の貼り紙がある。熊が出たのは一昨年の11月で、昨年TVニュースにもなったことより1年早い。京都市内の西山でとは意外だが、綾部や丹後地方にいる熊が南下して来たのだろう。山歩きが好きな人は、熊が冬でも冬眠しない、出来ないというニュースを聞くと心配になると思うが、山で生計を立てている人はもっとだ。鉄砲を持っている猟師ならまだしも、農業や酪農の従事者は注意のしようがない。先月だったか、新聞配達員が熊に殺されたニュースがあった。まだ暗い中、バイクで新聞を配りながらまさか自分が遭遇し、しかも殺されることをわずかに予想していたにしろ、襲われた瞬間の驚愕ぶりを想像すると胸が痛む。先月26日に家内と一緒に救急車に乗って病院に駆けつけ、5時間半を椅子に座って待ち続けた時、筆者ひとりしかおらず、時間を長く感じたかと言えば、不安でいっぱいで、1時間くらいの感覚であった。椅子に座って夜を明かすのかと思っていたところ、2時半になって医師から「明朝9時に来てください」と言われて玄関から外に出た。よく知っている正面玄関ではないので一瞬慌てたが、すぐに正面玄関のある方角がわかり、正面玄関前から、いつも自転車で走る道ではなく、物集女街道の延長である車の通行量の多い道路まで一直線に坂を下りて嵐山まで北進した。曲がりくねった裏道は却って怖いと思うからだ。深夜3時前後となれば車はタクシーかコンビニの契約ゴミ回収トラックくらいで、家までの35分、10台ほどしか擦れ違わなかった。怖いのは野犬だが今はいない。となれば人で、金品を奪われることはありそうだが、財布も豪華な時計も持っていないので奪われる物がない。それでも不安を抱えながら早足で歩き続け、途中擦れ違ったのはスマホを見ながら歩く若い女性と、暗がりで顔がわからなかった若い男性のふたりのみであった。特に印象深かったのは新聞配達所の前で2,3人の男性が仕分け作業をし、ひとりがバイクに跨ろうとしていたことだ。深夜でも灯りがついているコンビニと同様、ほとんどの人が眠っている間に仕事をする人がいる。救急隊員や医師もそうで、そういう仕事に従事する人たちは現代の英雄だ。その点、筆者は単なる遊び老人に過ぎず、気晴らしにこういう文章を書いている。
●「柿の実の 色は食べての 合図なり 鳥や獣の 冬の食べ物」_d0053294_01091824.jpg
 夏場であれば深夜3時頃は暴走族が走り回りやすく、また暑さで眠られない人が夜風に当たりたいことが多いので、老人のひとり歩きはちょっかいをかけられやすいが、真冬であれば深夜の町中に出て来るのは、嵐山地区も含めて西山では鹿くらいなものだ。そこに熊が加われば京都観光に響くかと言えば、嵐山は午後6時でどの店も閉まり、もともと夜は観光客も歩き回らない。熊に話を戻すと、去年の熊のニュース映像でとても痛々しかったのは雪の積もる地域で柿の木によじ登って柿の実を食べていた小熊が銃殺されたことだ。麻酔銃で眠らされ、その後山に放たれたかもしれないが、筆者には同じことだ。柿の木は民家にあったものと思うが、その家の住民にすれば庭に熊が入って来て恐怖でいっぱいになったので、小熊でも退治してほしいのは当然で、猿や鹿とは違う。そのことはよく理解しつつ、食べるものがなくて雪景色の中、目立つ赤い柿の実がたくさんついている柿の木に喜び勇んで駆けつけた小熊が、苦心してよじ登りつつ心行くまで実を頬張る行為は、誰にも邪魔させたくない思いがする。それは他人事で、人より熊が大事なのかと責められることはよくわかっている。それでも寒さの中、餓死の恐怖に慄きながら、柿を見つけた時の小熊の喜びを思うと、満腹になるまで食べても10個や20個であろうし、せめてそのわずかな時間はそっと見守ってやれなかったのかと思う。今日の2,3枚目の写真は病院へ自転車で通う道沿いにある柿の大きな木で、どちらも10日に撮った。見事な青空で、柿の実の色を冴えさせている。だが実は日々熟して褐色に近づき、野鳥も人も注視しなくなる。これほど悠然と枝を見事に伸ばせる土地を持つことはおそらくどちらも旧家で、いかにも田舎の風景だ。田舎人は柿の実は食べ飽きたので毎年数百の実をつけてもおそらく食べることはない。放置すればそのうち野鳥が食べるが、それはごくわずかで大半は地面に落ちる。渋柿であっても渋抜きをすれば食べられるし、干し柿にすればいいと思うが、そのような手間をかけるより、今は都会人に限らず「タイム・イズ・マネー」でスーパーで買う方が安い。それでもやはり、他人の家の柿ながら、もったいないと思う。それは筆者が都会育ちで、立派な柿の木に馴染みがないからでもある。10年ほど前に癌で死んだ従妹の夫は福知山の田舎育ちで、小さな頃のおやつは柿ばかりで、一生分を食べたので、もう見るのも嫌と笑いながら筆者に語ったことがある。田舎では誰も見向きもしないならば小熊に食べさせればいいではないかとまた話が戻ってしまう。それは筆者が自然の掟をほとんど知らない都会人で、動物愛護、小さな命の保護という自分勝手で柔な考えに染まっているからだろう。それにA.A.ミルンの『くまのプーさん』の小熊のウィニーのイラストのかわいいイメージに引っ張られ過ぎか。
●「柿の実の 色は食べての 合図なり 鳥や獣の 冬の食べ物」_d0053294_01090388.jpg


# by uuuzen | 2026-01-18 23:59 | ●新・嵐山だより

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