上下左右対称の表紙デザインがなかなか印象的なヴァレーズの本をOさんから送ってもらった。ぱらぱらと中身を見ただけで全部はとても読む時間が今はないが、ザッパの写真も出て来る

本文最後に60年代のロック、特にマザーズとの関連も書かれていて、ヴァレーズの著作の中では概観書として位置づけてよい。近年ヴァレーズに関する大部の著作が2、3出たが、どれも5000円以上し、筆者は買っていない。そうした本の1冊くらいは翻訳されて日本で出版されていいように思うが、日本のクラシック界、現代音楽界はまだそこまで成熟していないのだろう。だが、Oさんの送ってくれた本の著者アラン・クレイソンは、筆者と同年齢のイギリス人で、ほかにジョージ・ハリソン、リンゴ・スター、セルジュ・ゲインズブール、ジャック・ブレルなどに関する著作を出しており、ヴァレーズのこの本もロック・ミュージシャンによって支持されて来た経緯に目をとめている。60年代から70年代初期にかけて、ヴァレーズ人気はザッパだけではなく、ジャズやロック界ではさまざまな人々が言及して来たから、同書はそうした、すでに歴史となったことを書き留めて、ロック音楽ファンにもわかりやすくヴァレーズを認知させようという思いがあるように見受けられる。STEVE VAIがオーケストラと共演した2枚組みアルバムでは、ヴァレーズの「IONIZATION」そのまんまという演奏があるが、VAIはそのほかマーラーなども聴いて、作曲の源泉にしている。そういう動きはザッパの方法論のひとつであったので、別段驚くに当たらず、筆者にはむしろ退屈だが、それはそういう形であまりヴァレーズが解釈されてはどうかといった思いがあるからだ。墓下のヴァレーズにすれば崇拝してくれる人が多ければ喜ぶかもしれないが、その音楽は独自のもので、ちょっとしたファッションで模倣されるべきものではない。アメリカに移住し、そこで没したヴァレーズは、必然的にアメリカの音楽界に影響を与え、しかもそのアメリカの音楽たるものが、ジャズとロックだけ、つまり商業主義的なものだけが本道とみなされ、その文脈に否応なしにヴァレーズが組み込まれ、しかも徹底して消費されて行くような姿を見ると、正直アメリカ文化の浅薄で残酷な部分を見る気がして面白くない。ま、そんなことを書き始めれば切りがないが、ヴァレーズの音楽はまだまだ一般的ではないので、VAIがそれ風の曲をやるのは、ひとまずは啓蒙になっていい。それに、ヴァレーズの音楽はそうした模倣や引用ではびくともしない貫禄がある。筆者はヴァレーズのCDやLPをかなり多く持っているが、それらを通じていつも感じることは、所詮そうした媒体では本質がわからない途方のなさだ。録音ごとにヴァレーズは姿をがらりと変える。それで思うのは、本物のオーケストラ演奏を聴くしかないということだ。アラン・クレイソンの本の扉には、ジョン・ケージのヴァレーズに対する言葉が書かれている。『ヴァレーズの生涯と作品についての事実を得ることは難しい。彼はそれらへの関心を死体愛好症のひとつとみなしていた。彼は跡づけられないことを好んだ。』この一言はヴァレーズの本質をよく表現している。
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●2002年9月9日(月)深夜 その3
ついでにもうひとつ書いておこう。それは8月25日の天神さんの市でのこと。つまり「馬乗り這い子」の落札について噂をいろいろと聞いた直後のことだが、ある業者が伏見人形の「おぼこ」を3体並べているのを見つけた。以前に「おぼこ」の入手については書いた。神戸の女性業者から5000円で入手し、その後苧麻の繊維も買って、ようやくおかっぱ頭を復元もした。顔の表情からして、3体はそのおぼこと同じ描き気になるものだが、羽織の柄が縦縞で、彩色ももっと新しい。明治末期か大正時代のものだろう。3体まとめて8000円と言うので、即座に買った。以前は1体5000円でも安いと思ったから、8000円は捨て値に思える。それを売ってくれたのは、『本当の物語』に書いたが、関東から来たふたり連れの婦人が天神さんの市で振袖を安値で買い叩いていた時、筆者が助け船を出したことで、妥当な値段で買ってもらうことに成功したあの業者だ。それ以来小柄なおばちゃんは筆者の顔を覚えてくれて、いつも挨拶や立ち話をするのだ。前歯も抜けて全く見る影もない老女かもしれないが、笑顔が実によいし、それに物事をよくわかっていて考えも優しい。人柄がよいのだ。それはさておき、すでに気に入った「おぼこ」を所有しているのに、なぜまた時代がほんの少し下がったものを3体も買うのかといぶかられるかもしれない。だが、自分の友禅という職業のせいもあるためか、キモノ姿の美しさを大きな特徴とするこの人形には特に興味がある。「馬乗り這い子」のような裸に近い童子ものも大好きだが、女の艶やかさを強調したこの人形は伏見人形の中でもとびっきり変わったものと言ってよい。それに筆者の所有するのは、羽織の柄は環をぐるぐると描いてあって、縦縞の3体とは印象がかなり違う。3体のうち1体は2、3センチ背が低いので、別の型を利用したもので、顔も少々異なる。それを言えば3体とも唇の紅の引き方が違うので、同じ顔には見えない。しかも2体の顔は、初めて見るタイプのものだが、胡粉の白の上にさらに水色を塗ってから目鼻を描いてある。先の「立ち狆」の肌色と同様、これは従来の白に飽きて、何か工夫してやろうとした気持ちの表われであろう。それでなおのこと時代が下がると思う。両手首は白であるのに、顔だけが水色というのはちぐはぐな感じがあるが、本来のこの人形の妖艶さがさらに増して、むしろ気味が悪い。3体とも顔や衣服に汚れが多少あり、わずかな欠けもあったが、手垢はあまりなく、保存がよかった。おそらく蔵に長年そのまま収納されていたのだろう。2日がかりで3体を丁寧に修復した。髪の毛の苧麻も大半は消失していたが、後頭部の貼りつけ部はみな残っており、本来の髪の形がどのようなものであったかがわかって、後日の修復に際して参考になる。ただし手元には苧麻は1体分しかないので、福島県の昭和村に往復はがきを出して購入可能かどうか問い合わせているのになかなか返事がない。今は坊主頭のままのこれら3体の「おぼこ」を並べているが、つくづくキモノ姿の華麗と艶めかしさ、それに奇妙さを思う。今は若い女性が股上の狭いGパンをはいて臍を出す格好が流行している。かがんだ時はお尻の割れ目が見えそうな女性もいるほどだが、汚れたGパンの下のパンティの汗臭さを連想させて、艶めかしさとはほど遠い。そういう女性に限って電車では中年のおっちゃんを痴漢呼ばわりするのであろうか。とにかくあまり近寄らないでおこう。それはいいとして、3体の修復後、元の「おぼこ」と合わせて、それをビートルズのアルバム『フォー・セイル』のジャケットのメンバーたちのように並べて写真を撮ってみようかと思う。ひとつだけ背が低いから、それはリンゴ・スターか。4体の勢揃いは「おぼこ・フォー・セイル」となって、これではまるで子ども売春のようで具合が悪いか。
まだ書き忘れていたことがある。さらについでだ。一昨日、所有する展覧会カタログでウィリアム・クラインの長崎の坂の店を写した写真を調べていた時、ひとつの発見があった。『本当の物語』に書いたと思うが、京阪電車の桃山御陵駅近くに住む稲垣足穂のふんどし姿で執筆中の写真を見つけたのだ。それは細江英公が72年に撮影したもので、氏の写真展が万博公園内の国立国際美術館で89年に開催された時に買ったカタログに載っていた。細江は60年代初頭に三島由紀夫のモデルにした「薔薇刑」を撮っており、その凝った写真は印象に強い。全部白黒写真だが、クラインのもそうで、結局白黒写真の方がなぜか印象に残る。会場には足穂を撮ったものは1枚だけあった。それは京間の6畳の畳部屋に机がひとつで、背後は古い桐箪笥が2棹、襖は下部が市松模様という和風部屋に座る足穂を真横から撮影したものだ。白のふんどしひとつの足穂は机に向かってあぐらをかき、脇にも部屋にもいっさいの資料類を置かずに原稿用紙に向かって鉛筆を走らせている。細江は小津安二郎の映画を意識したのか、視線をぎりぎり低くして撮っている。レンズの位置は畳から20センチほど上ではないだろうか。この写真の面白いところはもちろん足穂その人の存在感だが、明かりを取るために机は開いた窓に向いて置いてあり、その窓からぴょんと入った瞬間の白い猫が写っていることに次に目が行く。猫の姿はぶれているので動作の勢いをよく伝えるが、写真を見る者の視線はすぐにまた猫の動きに動じることのない足穂に逆戻りする。そしてカタログを見て初めて気がついたが、足穂の背後の暗い色の箪笥の上にはガラス・ケースに入ったひとつの人形が見える。それが白っぽいので、白猫と釣り合いが取れ、しかも構図的には足穂を中心にほぼ左右対称を成している。そう気がつけば、今度は畳の縁が写真奥に向かって放射状に広がる遠近感と、その斜線の左右対称なことにもなるほどと思う。見れば見るほど全く見事な写真だ。箪笥の上の人形は幅も高さも20数センチ程度の座した格好で、「お多福」に間違いないと思うが、あるいは着衣の童子を表現した御所人形かもしれない。しかしよく見ていると伏見人形にも思える。いや、きっとそうだろう。判然としないのが残念だが、展覧会を見た時には気にも止めなかったその人形が、今では大いに目を引く存在となっている。人間は経験を積むと、知っていると思うものでもまた新たな見所を発見する。いずれにしろ、足穂の執筆部屋にはクーラーも扇風機もないし、それにきれいに掃除が行き届いて、塵もない。置物、飾り物の類はこの人形だけだ。わずかに柱にカレンダーが見えるが、それもハガキ大程度の小さなものだ。それは本当は筆者も理想としたい境地だ。部屋に「馬乗り這い子」だけ置いて、後は本もCDも何もないところで制作する。雑念が多少は消えるだろう。