●「WICHITA LINEMAN」
すと「内田の電線男」か。何だか電車男の向こうを張ったような田舎じみたイメージが浮かぶが、この曲は実際田舎で働く男を題材にしている。



d0053294_2234435.jpg「田舎」は「カントリー」であるから、この曲もカントリー・ソングに分類される。この曲が日本でも盛んにラジオで流れたのは1968年のことだ。筆者はこの「ウィチタ・ラインマン」がとても好きで、40年ほど経った今でも時々思い出す。ところで、何度も書くように、わが家ではTVの電波があまり届かないのでケーブルTVと契約しているが、BSを見ない最低料金でも、嬉しいことにひとつのチャンネルだけはケーブル局独自の音楽番組をよくやってくれる。再放送が多いので、見忘れてもそのうちまた放送してくれるのがありがたいが、60年代から70年代の古い映像が多いのが何とも安っぽい。1、2か月ほど前だろうが、黒人男性歌手がこの曲を歌うのを2、3度見た。歌手の名前は忘れたが、その歌ではサビの部分がかなりシャウトして、グレン・キャンベルの大ヒットしたヴァージョンと様子がかなり違っていた。今これを書きながら、グレン・キャンベル・ヴァージョンを何度も聴いているが、シャウト部分に相当するのがどこなのかわからない。それに、あっと言う間に曲は終わってしまう。昔のシングル曲、つまりドーナツ盤は2、3分の演奏時間しかなく、そのあまりに物足りないところがかえって愛着を覚えさせる部分であった。この曲もまさにそうで、良質の部分は全体を蒸留するとほんの2、3秒のような気がする。だが、その2、3秒がほかにかけがいのない味わい深い瞬間だ。脱線ついでに書いておくと、たとえばこのカテゴリーでも以前取り上げたアルヴィン・カランのピアノ曲集に『インナー・シティ』と題するのがあるが、その中の最後だったろうか、「ブルース」がある。このピアノ曲集は繰り返しの多い退屈なミニマル作品を思えばよいが、「ブルース」は途中でほんの数秒だけいかにもブルースという半音混じりの音形をふっと奏でる。その瞬間が同曲の重要部分で、そのかすかな変移が同曲全体をとてつもなく美しいものにしている。そのエキス部分だけを抜き出して聴くと同じ感動は得られないのだ。ひとりでじっくり最初から聴き始め、その瞬間が訪れるのを待つ。そしてその瞬間が来ると気分は一気に天上に登る。音楽の不思議さを最高に感じさせてくれる点でそれは筆者には忘れらない体験だが、さきほどふと考えたのはグレン・キャンベルのこの曲にも似たようなことが言えることだ。グレン・キャンベルと言えば、もうひとつビッグ・ヒット「恋はフェニックス」があるが、この曲にも一瞬ぞくっとさせる核と言うべき箇所がある。そこではバックのオーケストラが絶妙の音を1音だけ奏でるが、その瞬間を毎回同じ気分で感じることが筆者にとって同曲の存在意味となっている。そういう聴かせどころのある曲は必ずヒットすると言ってよい。
 「ウィチタ・ラインマン」はアメリカの音楽雑誌『ローリング・ストーン』が選んだ500曲の名曲のうち100位台に入っているが、それほどの名曲というのは全くうなずける。グレン・キャンベルの名前はこの曲ひとつで永遠に記憶されるだろう。ウィチタはカンザス州最大の都市だ。そこの電線工事夫の思いが歌われる。肉体労働者つまりレッド・ネックが主役であるところ、ザッパにすれば格好の揶揄の対象になる存在だが、ザッパは当然この曲をよく知っていたはずで、1971年の『200モーテルズ』にそうした人々を登場させたのは、あるいはこの曲が頭のどこかにあったからかもしれない。ザッパがレッド・ネックないしカントリー・ソングを馬鹿にしたのは、曲が単純で、名曲が少ないと思ったからか。だが、「ウィチタ・ラインマン」はカントリーにひとまず分類出来るとしても、ビートルズ時代の曲であるからして、ロック・ファンの琴線に触れるような作り方がされていることは想像出来るし、実際そうだ。グレン・キャンベルはギタリストで、一時ビーチ・ボーイズに在籍したこともある実力者だが、甘い声であるうえ、自分で曲作りも出来るが、「ウィチタ・ラインマン」はジミー・ウェッブというソング・ライターの作詩作曲だ。ジミー・ウェッブはどこかニルソンに似た顔をしていて、また世代的にもニルソンの次といった感じがあるが、フィフス・ディメンションの大ヒット曲「アップ・アップ・アンド・アウェイ」を書くなど、誰でも知る名曲をいくつか残している。後年は自分でも歌うようになったが、歴史に残るいい曲を書いてそれを自分で歌うということはなかなかなくて、ジミーもやはり地味なライターの側面が大きい。グレン・キャンベルはその名前の響きからしてどこか田舎じみた感じがあって、風貌もそうと言ってよいが、歌う曲はカントリー丸だしという感じはない。筆者はジョニ・ミッチェルを男にしたようなところがあると感じるし、また曲にはニルソンやビートルズかと思う場合もよくある。それは時代が同じであるから当然だ。それにニルソンもビートルズもカントリー調の曲をよくレパートリーにしたからなおさらで、グレン・キャンベルの曲の歌声をそのままビートルズに変えればビートルズの曲と思われることだろう。その意味で、あまり退屈なカントリー一辺倒の色眼鏡でグレン・キャンベルを見ない方がいい。なかなかいい曲をよく歌っていて、アメリカを代表する歌手のひとりの貫祿がある。名曲とは必ず他にはない聴かせどころの個性を持っているが、この曲もアレンジを含めてとにかくよく出来ている。グレン・キャンベル以外にもたくさんの歌手が歌っていて、ジョニー・キャッシュのヴァージョンもある。
 歌詞は2番までで、単純だ。その意味で霊感によって書かれたという感じがありありとある。室内の机に向かって考えるだけではこういう詩は生まれない。ジミー・ウェッブは実際ハイウェイを走りながら電線男を見て連想を働かせたらしいが、そこには秀逸な感情移入がある。「オレは州の電線工事夫だ。日の照る幹線道路を走りながら、ほかに修理する箇所はないかと探している」。この次のヴァースは「I hear you singing in the wire,I can hear you through the whine」と続くが、ここが並みの才能ではなかなか書けない部分だ。特に前半は、マイクロソフトの歴史について書かれた「I sing the body electric(わたしは電子の歌をうたう)」という本の題名にヒントを与えたようにも思える。頭韻のwireとwhineをどううまく訳せばいいのか難しいが、意味は「オレはお前が電線の中で歌っているのを聴く。雑音混じりでお前の声を聴く」で、工事人夫が電線を通じて、つまり電話して妻の声を聴く、あるいはそのことを想像している。これはなかなかうまく考えた設定で、不朽の古典となるべき風格を持っている。次の歌詞は「ウィチタの電線男はまだ電線の上にいる」で、これで1番が締め括られるが、この最後の1行によって遠く離れた妻を残してひとり孤独に仕事を続ける男の姿がありありと見え、しかも男の気持ちが聴く者の心に入って来る。歌詞の2番は、「ちょっとした休暇が必要なことはわかっている。だが雨は降りそうにない。それにもし雪が南部にまで降ることがあれば、電線はいっぺんに垂れてしまう」。この次のヴァースは月並みだが、正確な意味はわかりにくい。「And I need you more than want you,and I want you for all time」。「お前がほしいというより必要なんだ。いつだってお前をほしい」と訳してしまうと何のことやらわからないが、つまり、「必要」というのは、仕事が忙しいから猫の手でも借りたいという意味においてのことで、その後に、「ごめん、ごめん、いつだってお前がほしいんだよ」とのろけているわけだ。その次はまた1番の最後と同じく、「ウィチタの電線男はまだ電線の上にいる」と歌われる。筆者がこの曲を好むのは、雄大な感じがよく出ているからだ。それは日本の曲に求めるのは難しい。カントリー・ソングのひとつの特徴は平原だが、その要素ははっきりとこの曲にも見られる。またこの曲に漂う寂しげな雰囲気は、歌詞からしてよく理解出来るが、オーケストラを加えた曲調が実にそれをくうまく表現していて、しかも演奏音に電気のパルスを模したような音が加えられるなど、いかにもビートルズの実験的ロックを意識しての音作りが見られる。中間部にはキャンベルのエレキ・ギターが鳴るが、ゴツゴツしたその音はデュアン・エディ風で、つまり当代のカントリーにぴったりだ。メロディと歌詞が分かち難く、しかも歌も演奏もよく、他にはない斬新なアレンジもあるという具合で、大ヒットしない方がおかしい。
 また、ここにある愛する者の不在感、あるいは存在に手が届かない感覚は、大衆の曲が普遍的に求めるものであって、日本の演歌的に共通する表現と言ってよい。そしてアメリカの肉体労働者にもストレートに歓迎されるように、しっかりと「I want you」という言葉が入っているが、この率直さはなかなかのもので、さきほど月並みと書いたが、ここではそうでしかあり得ない歌詞として思える。だが、日本でこの曲を訳して歌っても全く駄目であろう。英詞はそのままで意味を汲み取るのが理想で、この曲はその代表的なものに属する。また、この曲は男が歌ってこそよい。電線女が存在するのかどうか知らないが、危険な肉体労働は大体男のものであるから、それをどこか無骨な印象のあるグレン・キャンベルが甘い声で歌ったからヒットした。ここには労働讃歌があるだろうか。そこまではないかもしれないが、感謝に近い念をジミー・ウェッブは抱いたと思う。そうでなければ電線男にここまで感情移入してこのような詩を書くことは出来ないだろう。単純でいながら奥深いものがある。大ヒットの原則を見事に捉えた曲だが、それが40年経った今では、そして日本では果たしてどうかという気もする。電線を通じて電話の声が届くという時代ではなく、今では携帯電話が衛星を通じて電波をやり取りする。電線男の立つ瀬がなくなって電車男がはやったというわけだ。だが、喪失感、不在感は永遠のものであるから、妻や恋人が遠く離れたところにいることを思う浮かべる気持ちを歌い上げることはなくならない。それゆえ、この曲の意味するところもまだ現代の若者に通ずることだろう。恋心というものは、その相手が今ここにいないという条件があってなおのこと募るが、お互い生きていて会いたいと思っているにもかかわらず、遠く離れ離れになっているという時に最高潮に達する。そして声だけ、しかも生の声ではなく、電気によって幾分変質した声であるからこそ、よけいに想像力もかき立てられるということなのだが、その会えずに我慢して仕事しているという男の姿に、男というもののすべての象徴がある気もする。以下はついでに書いておくが、先日めったに見ない種類の夢を見た。最近夢見が非常に悪く、うなされて真夜中に目覚めることがあったりするが、そのめったに見ない夢の時は、目覚めた時に「ああ、いい夢だった」と本当に何年かぶりに思えた。夢の中に見知らぬ若い女性が出て来た。どこか見覚えがある顔だが、はっきり誰とはわからない。何人かが一緒なのだが、筆者はその女性に声をかけて、どこそこで待っているからとそそくさと告げ、そして自分ひとりで長い道のりを歩いてある場所に向かう。途中で道に迷ったりしながら、言い出した自分が遅刻するのではないかと焦るが、無事にほぼ時間どおりに目的の場所に辿り着く。すると、向こうから息を弾ませて先の女性が走って来る。筆者がさっさと言ったことをしっかりと記憶に留めてくれて、そのとおりに会いに来てくれたのだ。仲間から外れるのが難しかったが、どうにか合間を見て抜け出して来たと言う。筆者としては言葉はかけたものの、無事にふたりで会えるとはほとんど思っていなかったので、その邂逅が望外の喜びに思えた。そこで目が覚めたが、もともと不在のものを夢に見たのはどういう理由からか。そう考えていると思い当たることがあった。そしてそれがわかった途端、筆者には本物の喪失感がはっきりと認識出来た。だが、不思議なことに落胆はなかった。現実的に完全に喪失はしているのだが、夢の中で無事会えたということが何か確固とした手応えに思えるからだ。これは悲しい話かもしれない。だが、それを言えば「ウィチタ・ラインマン」における電線男の思いもそうではないか。昔はわからなかったが、この年齢になった今、この曲の歌詞の意味はまた違う深みをもって筆者には入り込んで来る。それもまた名曲のゆえんだ。

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by uuuzen | 2007-11-01 23:59 | ●思い出の曲、重いでっ♪ | Comments(3)
Commented by 名無 at 2015-01-20 22:17 x
この演奏が気に入りましたので送ります。
Commented at 2015-03-19 22:27
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by uuuzen at 2015-03-20 02:02
ご意見どうもありがとうございます。最近この曲の投稿へのアクセスが多くなっていますが、古い文章なのに今頃反応があるのは何だか面白いです。今月末はどんな曲を取り上げようかと考えていますが、同じ作曲家、歌手の曲は二度取り上げない方針で、それは投稿すれば思い残すことはないと意味も込めてのことです。そのため、まだ書いていない曲に関心があり、そのことがおおげさに言えば生きる楽しみになっています。


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