●手紙とメール、責任と無責任
るほど、ふむふむ、といった思いで、今日投稿する5年前の日記を斜め読みする。以前はよく手紙を書いていて、ほとんど手紙魔と言ってよかったが、それがこの3年ほどはほとんど電子メールで済ませるようになった。



これは本当はかなりまずいと思っている。たまにペンや鉛筆を持って字を書くと、かなりへたくそと思うからだ。展覧会でメモはいつも取るので、字を全く書かなくなったことはないのだが、きれいな字にはほど遠い。だが、文章は昔と変らずに書いている。そのため使う脳細胞の領域が著しく変わって歪になったかもしれない。自分の手で文字を書くのと、ワープロ、パソコンのキーを叩くのとでは、絶対に脳の働きに差があるはずで、また後者の方がより少なく脳を使っているのに違いない。ケータイで駄文を毎日たくさん送信する人の脳はもっと惨めになっていることが予想されるが、人類全体がそうになれば、別段困ることはない。かえってペンで紙に手紙を書く方が異常の烙印を押されるからだ。個性もいろいろで、優れた個性とは、万人に受けるものに対してそう言われるものであって、そうでないものはただの無意味、無気味なものとして拒絶される。時代に伴って価値感が変わるからだ。あるいは大多数の人がそう思っているからだ。そのため、本当に良識ある少数派がいてもそうは思われず、ただのアホと同じ扱いを受けやすい。ヒトラーに時代がそうであって、大きな熱病のようなものが人々を取り巻き、正常な判断が出来なくなった。だが、その亡霊はいっこうに収まらず、日本でも今はますますそうした熱病を煽るような評論屋が大手を振ってTVに登場しまくる。ま、その話はいい。ペンの力は何とかより強しという言葉があったが、ブログが登場してそれがどうなったかと言えば、罵詈雑言、誹謗中傷のうさ晴らしに利用する真正の××ばかりはびこって、政府が何らかの規制を設けて、発信者の実名がわかるシステムになる可能性もあると先日の新聞にあった。筆者はホームページでもブログでも名前を明かしているので、別にそんな時代が来ても何も変化はないが、真っ先にそれに異論を唱えるのは先の真正の××と一部の良識派のはずだが、匿名でなければペンの力と言うべき意見が、今の日本で発せられないのかどうか、筆者にはわからない。権力が管理しようと本気で思えば(種々の法律によってますますそうなりつつあるが)、匿名でも実名でも同じであろうし、ネット世界は当初喧伝されたほど薔薇色ばかりのものではないような気がする。便利なものを得れば、必ずどこかで不便は生じているという見方を忘れてはならず、たまには不便を承知で物事をするのはよい。、そういう物の見方が、おしんが濁ったおじん臭い時代遅れのものであることはよく知っているが、晩年のザッパが、先のペンの力も含めてそのあたりのことをどう思っていたかが知りたいものだ。今の日本のポップスやロックに欠けているものは、政治権力に対する眼差しと思えるが、そういう立場が格好悪いものと大多数の若者が思っている限り、何も問題ではないし、ザッパの音楽など不要、それに曲解もされるのがせいぜいのところだ。戦時中に書かれた折口信夫の『死者の書』に、戦争で兵士として死んで行く身内に対する嘆きの思いが込められているという文章があった。あからさまな批判よりも、暗喩に頼る。今はそれさえも望みにくいものではないかと思う。

●2002年4月17日(水)午後 その2
d0053294_1185219.jpg帰宅するとFさんからインターネットのザッパ関連の資料と手紙が来ていた。食事の後に返事を書く。いつも手紙の返事はすぐに書く。そうでないと妙に落ち着かない。手紙などあっという間に書いてしまうので、全く苦にはならない。昨夜、夏目漱石が毎日20通ほどの手紙を書いていたという話を妻から聞いたが、それは多過ぎる。小説を書く暇があったのだろうか。しかし明治の人であるので、時間はゆったりと流れていて、それくらいの手紙を書く時間はどうにか捻出できたのかもしれない。ヘルマン・ヘッセも生涯に2万か3万の手紙を書き、今でも新発見の手紙が世界中から見つかると、かなり以前のNHKの特集でやっていた。その手紙ないしハガキは、たいていは短いもののようであったが、そうでなければ2万通などとうてい不可能だ。この2万でも40年間毎日2通ずつの計算になるから、大変なエネルギーだ。そのように文字を書くことが全く苦にならないということが文豪の第一条件であろう。Fさんは『大論2』の書評のコピーを2種同封してくれたが、ひとつは『レコード・コレクターズ』で、もうひとつは『DIG』であった。後者はその第28号で、鉄人並みに協力な書評かと思えば、わずか11行だ。きっと全部読んで書いたものではない。いつ発売されたものか知らないので、もちろんその書評は初めて見る。つまり、まだ石原さんからはファクス送信してもらっていない。石原さんの見過ごしかもしれないので、それをさらにコピーして送ろう。それで先日の「××に書評が載っていますよ」というFさんの電話は、この『DIG』のことだったかもしれない。『大論』に比べて『2』の書評の数は目下のところ少ないが、もう音楽雑誌に関しては出尽くしたのではないだろうか。後は意外なところからの、つまり単行本などにおける反響を望むしかない。それともインターネットのチャットのコーナーか。Fさんへの手紙には、名古屋市美術館でのモネ展と確か5月上旬の名古屋骨董祭とを見るために名古屋へ行ってもよいので、つごうのよい日があれば知らせてほしいと書いた。電話では先日の朝初めて話をしたが、まだ面識はないのでちょうどいい機会だ。だがまた身分を考えて高速バスに拘束されて出かけるつもりであるので、名古屋には5、6時間しか滞在はできない。それにゴールデン・ウィークはみな忙しいから、もう家族旅行の予定など詰まっているかもしれない。それにこちらもいろいろと用事はある。まだ現段階では決まらない。さてBGMのジョン・ゾーンの93年のマサダ・ライヴはとっくに終了した。雨も上がった。
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by uuuzen | 2007-07-18 11:08 | ○嵐山だより | Comments(0)


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