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●「ロックの殿堂」続きその8
番に毎年の殿堂入りを書き続けても仕方ない気がするが、3年目まではじっくり見ておこう。



1988年は5つの演奏者が表彰された。ボブ・ディラン、ビーチ・ボーイズ、ビートルズ、ドリフターズ、シュプリームスだ。日本のドリフターズはこのアメリカの黒人男性コーラス・グループの名前をそのまま取ったのだったか、記憶が定かでないが、黒人男性コーラス・グループのシュプリームスと対で取り上げられのかもしれない。だが、シュプリームスは日本で60年代半ばに大流行したが、ドリフターズは50年代から60年代初め頃に活躍したはずで、筆者はほとんど知らない。ラジオでよくかかったかどうかが当時の筆者の唯一の知識源であったからだ。ロックのルーツは黒人音楽が大きな場を占めているから、超有名かどうかにかかわらず、ロックの殿堂は黒人ミュージシャンを取り上げる傾向にある。だが、これはバランスを考えるうえでも当然のことで、妙な偏向はないと言うべきだ。1987年にアレサ・フランクリンが入っていたが、ビートルズやディラン、ストーンズを差し置いて何事かといぶかる人はまだ見方が狭い。筆者には、2年目にしてアレサを殿堂入りさせたことは全く妥当過ぎることと思えるが、それは文句なしにその歌唱力を認めるからで、天賦の才能という言葉は彼女にこそふさわしい。日本のどんな歌手もアレサのようには歌えないが、それはもう声帯を含めて生まれ持った体が違うからだ。そういう能力にロックンロールはつながっていることを思うと、日本のロックが片田舎の小手先芸に過ぎないことが改めて実感出来る。88年の初期影響者は、リード・ベリー、レス・ポール、ウディ・ガスリーの3名で、リード・ベリーとレス・ポールはともにギタリスト、前者は黒人で12弦のアコースティック、後者は白人でエレキ・ギターということで、これも対が意図されたのだろう。やはりバランス感覚がよく働いているし、たとえばザッパはこの双方から少なからず感化を受けていることから考えても後のロックンロールに与えた影響は見逃せない。ウディ・ガスリーも言うまでもないだろう。その姿勢はピート・シーガーにつながり、そしてディランに伝わって行く。日本のフォーク歌手たちの始祖とも言えるが、日本のフォークはまたたく間に骨抜きされ、ただの懐メロ歌謡曲になってしまった。反戦や公害問題など、社会的な事柄にギター1本と歌でプロテストするという側面が、時代遅れであたかも嘲笑の対象であるかのように自他ともに陥ってしまったのは、日本のTVを初めとするメディアの力なのか政治の力なのか、今後半世紀ほどして現存のフォーク歌手がみんな死ねば総括が始るかもしれない。

●2001年10月23日(火)午後
ついにダウン。喉が腫れ上がり、食べ物が通らない。発熱でフラフラ。こんなことは数年に1度もないのだが、昨夜から10時間ほど眠って、風邪薬を飲んでまた数時間床についた。そして粥を食べた後にこれを書いている。天皇陛下に献上しているのと同じ米を10キロ毎年送ってくれるファン(本職の)があり、それを使用して妻が作った。せっかくの天皇米が粥では台なしにのようだが、やはり美味い。弘法さんの市で柿を買った時、その横にカリン・シロップの瓶詰めが300円ほどで売っていた。量から考えるととても安い。カリンは喉には薬となる。買いたかったが割れ物の伏見人形も携えているし、手には荷物がいっぱい。それを持つ元気がなかった。その時はまだ喉は全く痛まなかったのに、それに目を止めたのは本能か。そんな話をさきほど妻にしたところ、お隣の奥さんからもらった自家製のカリン酒があるとのこと。それはウィスキーより濃い色をしていて、そのまま少々飲むと甘くて美味しい。いかにも喉に効きそうだ。さて、何を書こうか。炭疽菌を封入した手紙が届いて発病した人がアメリカで増えているニュースはとても残念だ。筆者は郵便局をよく利用し、手紙はよく送るが、遠いところから届く便りは嬉しいし、郵便配達には夢があると思っているのに、それが悪用されるとは。電子メールが大流行して、手紙を出さない人が急増しているさなか、こういった事件が日本でも頻繁に起きると、手紙が嬉しいものという思いは崩れ去るだろう。しかし、一方で宅配便にも同じ問題が生ずる。つまり物が届くということ自体が迷惑ということになりかねない。どんなものでも悪用する思いがあれば、夢が悪夢に変わるということだが、郵便配達員も危なくて仕事する気力が失せるだろう。炭疽菌を培養して郵便で配っている連中を許し難く思う。古本や図書館の本を嫌悪する友人があるが、それは誰が触ったかわからない手垢にまみれているからというのが理由なのだが、その意識はわからないでもない。新品がいいのに決まっているかもしれないが、新品ではもう入手できないものが世の中にはたくさんある。古本屋へ行くひとつの理由はそこにある。東寺で買った「亀抱き童子」の伏見人形は多くの人が手に持ったらしく、ある部分だけがかなり汚れていた。それを帰宅後、綿棒と水で丁寧に拭ってやると、大半が除去できた。しかしあまりしつっこくやると色まで落ちるから難しい。それにそういった時代の汚れもいいという人もある。別の出店では裏に鉛筆で「昭和27年…」と買った日を大書している大きな伏見人形があった。筆者が1歳の時のもので、半世紀前のものだ。その古さは新品では買えず、とても価値が大きいと思える。
by uuuzen | 2007-05-15 11:01 | ○『大論2の本当の物語』
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