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●1969年のザッパ・ベルギー・ライヴ
ここ2日ほど雪が降った。外に出て行ったてんとう虫も震えていることだろう。これは以前に書いて使わなかった話だが、2週間ほど前、わが家から1キロほど離れたところにある老木の白梅が3分咲きになっていた。



小さな花に小さな蜜蜂がたくさん飛び交い、順に花芯に潜り込んでいる。老木が「よっしゃ、よっしゃ」と喜んでいるようであった。その木はある民家の庭に咲いているが、根本の際が小川で、流れのうえに枝が張っているので、庭よりも通り道からの方がよく観察出来る。毎年北野天満宮で梅を見るのに今年はまだ訪れていないが、近所ではこの梅の木を見るのが楽しみだ。放ったらかしにされているので枝振りはよくないが、その分、田舎っぽくて豪放で、太い幹を苔やら羊歯類のような葉がびっしりと覆っている。たったこの1本の梅の木によって、周りの空気が昔の村里といった感じで漂っている。蕪村なんかが見ればきっと名句をひねり出したと思う。即席にひとつここでやってみようか。「ほほえみの梅の白さに蜂々々」、あるいは「音のなし蜂も集うや古白梅」。で、その木は数日前には満開になっていた。ところが蜂は飛んでいない。咲き切ると虫にはもう面白くないのかもしれない。実際人間が見てもそうで、蕾がたくさん残っているのがよい。そう思いながら、先日の寒い夕暮れ、ベランダから眼下を見た。畑に植わる白梅の4、5本が満開になっていた。すぐにデジタル・カメラの電源をコンセントに差し込み、1枚パチリとやった。ちょうど人が木の背後を通りかかっていて、それがぎりぎり写り込んだ。やはり手入れされないしょぼくれ梅だが、それがかえってのどかだ。「梅に雪 背曲げつ過ぎる知らぬ人」。その人の気持ちになって詠めば「チェッチェ!雪に小梅かまた春か」。
●1969年のザッパ・ベルギー・ライヴ_d0053294_11331353.jpg
 先日、東京の梅村さんからザッパの1969年のベルギーでのライヴを収録した海賊盤のコピーが届いた。メールによると来月MSIがザッパの新譜2枚の日本盤を発売するとのことで、その帯を梅村さんが担当するともあった。10年もっと前、同じMSIでCDの解説を筆者が書き、梅村さんは帯のデザインを担当し始めた。今回のザッパの新譜は去年クリスマスに出た『JOE’S XMASAGE』と、今年1月に出た『IMAGINARY DESEASE』だ。これらはどのような邦題にすればよいだろう。前者は『嬢の繰りす真世辞』か『嬢の苦しませます』、あるいは『情のグリス・マッサージ』、後者は『今痔也出血居ず』とか、また下品な語呂を考えてしまう。この2枚はまだ入手していない。通販で買おうと思ってネットの画面に進むと、パスワードを入れよと表示が出た。それを忘れてしまっているので、メール・アドレスを打ち込んで送信してもらうおうとしたが、今度はメール・アドレスが登録されていないと出た。そんなことはないはずなのに、どうもまた1から登録し直す必要がある。だが、カード決裁なので、アメリカの銀行と取り引きのある都市銀行でないと駄目であろう。以前がそうであったからだ。VISAやJCBのカードを持っているが、地方銀行と提携したものであるので、確か利用出来ない。以前はそういう人のために郵便局で為替を作って、自分で封筒に入れて送る方法もあったが、これは手間なうえ、よけいな料金が嵩み、しかも2か月経たないと届かない。そして届けばいいがそうでない場合もある。CD1枚買うのにこれだけ苦労するのは全く時代錯誤で、しかも送料がCD代より高く、何枚買っても送料はあまり割引きされない。そのため、せっかく新譜を遺族が通販で売り出されても熱心なファンしか買わない。そこに目をつけてMSIが一括輸入して日本のレコード店で販売するわけだが、MSIがかなりまとまった枚数を買ってもほとんど値引きがないらしく、日本から個人が通販で買うのとほぼ同じ価格になってしまう。面倒な手間が省けるだけまだMSIで買った方が安心だが、それにしても1枚15ドル程度のCDが4000円以上の小売価格になるのは納得しづらい。ザッパのことを忘れたわけではないが、買ったまま一度も聴いていないCDが何十枚もあって、聴くべきものには困らないどころか億劫になるほどだ。また、こうして文章を書きながら音楽をいつもかけているが、文章に没頭するとほとんど頭には入って来ない。

●2001年9月13日(木)朝 その1
今アメリカのOさんにファクスを届けた。すると折り返しすぐに電話あり。手紙は比較的やり取りをしているが面識はない。初めてお互いの声を聴く。Oさんが勤務するのはマンハッタン中部なので、直接には被害はないが、同僚の女性の旦那さんが貿易センター・ビルに勤務していて、飛行機激突を知ってその女性が泣き出したりして、職場が仕事どころではなくなったそうだ。ニュージャージーに返るのもフェリーの待ち時間が2時間、もうもうと煙を上げるマンハッタンを見ながらの乗船であったという。そして翌日は交通が遮断のため自宅待機、明日ようやく電車が一本開通するそうで、それで通勤に向かうとのこと。TVでは激突の様子があらゆる角度から撮影されていた映像が集められて編集され、どのチャンネルでも執拗に繰り返し放送している。未曾有の事件で憂鬱がふつふつと湧いて来る。何とかラディンという、ザッパにちょっと似た細面のアフガニスタンにいるカリスマ的指導者の仕業ではないかと、今日は昨日よりいっそうその人物についての情報が流される。話が変わるが、筆者が毎週のように歩く京都の新京極通りに中古レコード店があって、何年か前、ボックス入りで21枚組のずしりと重いセットCDが売られていた。それは長らく2万円の値札がつき、「アラビアの音楽か?」といった内容表示が下手な字が書いてあった。あまり興味もなかったが、ある日それがついにいつもの目立つ場所ではなく、一番下の隅に置き直され、しかも1万円に値下げになっていることに気づいた。21枚で1万円は安い。改めてその箱を手に取ってみると、それがコーラン集であることがわかった。ほとんどアラビア文字で書いてあるので、レコード店はわけがわからなかったのだろう。手持ちのお金はなかったが、2年ほど売れなかったし、筆者以外に誰も買わないだろうと思いながら数日後に出かけ直すと、やはりそのままにあったので買って帰った。さてその内容だが、全部聴くと丸1日要する。図書館からコーランの日本語訳の本も早速借りて来て、その音と突き合わせると、コーラン1冊全部を朗唱したものであることがわかった。コーランについては民族音楽レコードの中にその一部がしばしば収録されているようだが、このような完全版は見たことがない。筆者が入手したのはエジプトで録音したもので、フランスが発売している。新しい録音で、音の広がりは素晴らしくよい。ここでは詳しく書かないが、筆者はその男の太い声をたまに聴きたくなり、聴き始めると2、3時間くらいは、つまりCD2、3枚は連続して聴く。そこには紛れもなくザッパのギターのメロディと同じ節回しがある。しかしこれ以上書くことは止めておこう。
 話はまた変わる。ジョージ・ハリソンが3枚組の『オール・シングス・マスト・パス』を出した1971年の初め、当時ガソリン・スタンドなどでアルバイトをしていた筆者はそれがほしくて、母親が「無駄遣いせずに貯金しなさい」といった意見を言うのにも耳を貸さず、2週間くらい悩んで、結局買うことに決めた。1割引いてくれる店があって、当時は消費税がなかったから、4500円を払った。当時のアルバイトは1時間300円ほどであったろうか。よく記憶していないが、4500円は高額だ。家庭教師も少ししたことがあって、それは週に2回ほど2時間教えて月に2万円だった。プラス・アルファでいろいろともらえたりしたから実質3万円になったいただろう。男兄弟ふたりを教えていたが、やんちゃでしかも勉強嫌いがケロッと収まって、そこそこ優秀な成績で中学を卒業していい高校に入ったようだった。そんなことよりよく記憶しているのはふたりをビートルズ・ファンに仕立てたことか。当時筆者が持っていたビートルズの日本盤初版の全アルバムをあげたうえに、古いギターも一緒にわたした。レコードは聴き過ぎて赤い盤が白い粉を吹いているように見えた。騒がしい少年が結局ビートルズとギターで急に大人びたせいか、勉強もどんどんするようになったから面白い。家庭教師といっても勉強的なことはさほど教えず、年上の兄さんとして接していて、それが彼らのやる気を促したようだ。筆者が途中で引っ越しするようになったこともあって、学年末まで教えられなくなってしまったが、彼らは筆者のことを記憶しているだろうか。話がそれた。ジョージ・ハリソンの先のアルバムは『マイ・スイート・ロード』から始まって『ヒア・ミー・ロード』に終わるという、まさに神、神の内容で、髭をたくさん生やした当時のジョージの顔と目は、先の何とかラディンという人物にも近い印象がある。
 先日大阪の中古レコード店でジョージの同じアルバムの2001年版の新しい箱入りCDが2000円で売られていた。買うか買うまいか迷い、結局もう一度2週間後に出かけてもまだあった。だがその時も買わず。そしてまた2週間後に3度目の正直で買うことに決め、地下街の一角にあるその中古レコード店に赴いたが、いくら歩いてもそこへ到達できない。まるで悪夢を見ている気がして体が汗ばんで来る。前に歩いたのと同じビル中の地下街であるはずなのに、その店は見当たらず、別の中古レコード店が目前に現われたりする。もぐらがもうぐらぐらしたかのような気分で、日が指さないそうした地下の街をぐるぐる回っていると、さまざまな店舗から発する食べ物の匂いや、パチンコ屋の騒音、そしてチケット・ショップの輝きなど、その物質主義に奔流に自分が流れに漂う小さな葉っぱのように思えて来る。結局小1時間ほどさまよって、ようやく目的の店の目的の棚に辿り着くと、残念、目当てのCDは売れていてなかった。『オール・シングス・マスト・パス』、つまり何事もきっと過ぎ去る。チャンスの神の髪は前に生えているだけであるのをよく知っていたではないか。しかし売れていてよかったという気もした。新品は4000円ほどの価格で、これは昔のLPから比べると10分の1くらいの安い感覚だが、何しろ毎月たくさんCDを買うので、いくら未発表曲がいくつか収録されているとはいえ、ほぼ同内容のCDをもう一度買うのは、欲望のレベルからするとBかCに下がる。そして筆者の脳裏に去来していたのは、「無駄遣いせずに貯金しなさい」という30年前の母の声で、今回はそれを守ってもいいではないかという声が耳奥に鳴り響いた。たかだか2000円の買い物で何を大袈裟と思われるだろう。だが経済的に限りがある場合、何を優先させるかは順位があるものだ。これは誰しも同じだろう。

by uuuzen | 2006-03-15 00:17 | ○『大論2の本当の物語』
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