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●ついに入手したクルミの実
去年の夏、阪神の尼崎駅高架下の商店街でクルミの殻つきの実が大きなビニール袋に入って売られているのを見た。値段は書いていなかったが、10キロの米袋程度の大きながあったので、いくら安くても数千円はしたであろう。



●ついに入手したクルミの実_d0053294_1703712.jpgそんなにはいらないので、別の場所で探すことにしたが、ずっと見つけられなかった。3か月後、村上善男展を見に行った時にはもうその店がなかったことは以前に書いた。そのクルミをひょんなことで買う機会を得た。先月の8日、従姉夫婦が綾部の温泉に車で行くので一緒に行かないかと電話をかけて来た。ふたりはすぐに出かける用意が出来ていて、筆者を拾って行こうと考えたのだ。それで、電話の20分後にはもう車に乗って目的地に向かって走っていた。綾部までは国道9号線を亀岡から抜けてまだかなり北に走る。途中、上林というところで郵便局を見つけたので風景印を捺してもらうために車をとめてもらった。山間部の川と鯉、梅の木をデザインしてある。見知らぬところに出かける時ははがきサイズの小型のスケッチブックを携帯し、郵便局があれば必ず風景印を捺してもらう。そして、空いたところに写生するが、この順序が逆になることの方が多い。途中もう雪は消えていたが、2時間ほどかかって温泉のある綾部の山奥に入ると、路肩には1メートルほどがずっと積もっていた。綾部市には大本教の本山がある。本当は見学したかったが、予約が必要であるし、また従姉夫婦には関心がないから遠慮した。温泉は入浴料が350円で、銭湯と変わらない。それでも本当の温泉を使用していて、露店風呂からは遠くに雪を半ば被る山を臨んで景色は申し分ない。あまり人も来ておらず、清潔でありつつ鄙びた感じで気に入った。さらに奥の近くの山には平安時代の仁王門と像の国宝もあるが、温泉の人は雪のために行くのは難しいと話してくれた。筆者はどちらかと言えば風呂嫌いなので、誘われなければこんなところに来ることはないが、たまには目新しいところでのんびりするのもよい。
 車が温泉の玄関に到着した時、果物や野菜を売るコーナーが出迎えた。たいしてほしいものはなかったが、500円でクルミの実を詰めて売っているのを見つけた。裏を見ると、カリフォルニア産とラベルがある。これは面白くない。だが、日本産の同様の大きなオニグルミはこの機会を逃せば当分また入手出来ないと思って買うことにした。クルミになぜ関心があったかと言えば、殻の中の実が個体によってどのような形の差があるか知りたかったのだ。あの複雑なデコボコした突起がどれもみなぴったり同じ形であるのかどうかだ。予想は「全部違う」で、結果的にそれは正しかった。突起の数や形は、殻の表面のデコボコが内皮のデコボコに影響し、その内皮のデコボコに沿って決まる。とすれば殻の外皮のデコボコに個体差があることになるが、実際そのとおりで、みな形が少しずつ違っている。クルミの実はどのようにして木に成るかを言えば、中国で「胡桃」と表現することから考えても想像出来るように、桃のようなふっくらとした果肉の実が出来る。この果肉の核部分、つまりタネがクルミの硬い殻で、その中に収まっているのが食用になる実だ。そう言えば桃のタネとクルミの殻の形は似ている。また果肉の中に硬い殻に覆われた実が入っているのは、梅や銀杏を思い出せばよい。ところが桃や梅のように果肉を食するものと、銀杏やクルミのように果肉は捨てて、内部の殻の中心にある実、つまり子葉部分を食べるものとがある。厳密に言えば、銀杏はクルミとは違って裸子植物であるから、事情が違って果肉ではなく種子外層だが、あの悪臭を思えば誰も食べようとはしないし、実際食用には適さないのだろう。クルミの果肉を食べないのはアクが強過ぎるからであろう。とすれば、クルミのあの硬い殻をどう果肉と分けるかだが、図鑑によれば、クルミは川べりに成育し、実は川面に落ちる。川の流れをクルミの殻より狭い間隔で竹を串状に刺して堰き止めておくと、やがて果肉はふやけて流れ落ち、核の殻だけが竹串際に残る。
 クルミを買ったのはよいが、殻をどうして破るかが問題だ。エマーソン・レイク・アンド・パーマーのアルバム『展覧会の絵』には、B面最後にアンコール曲としてチャイコフスキーの「くるみ割り人形」が入っている。この「nutcracker」を昔ラジオでDJが「ナットロッカー」と言っているように聞こえた。『ナッツのロッカーとは、何だか面白い曲を演奏するロックンローラーの感じだな』と思ったものだが、それはいいとして、くるみ割りの道具の人形にはどんな形のものがあるのか長い間の関心事でありつつ、用がないまま今まで来た。先日ネットで調べると、さまざまな形のものがあった。大別して木製と金属製があり、金属製の人形型は1万円以上のものが多い。これはインテリアとしても役立つことを前提にしている。もっと用に徹した合理的な、つまりペンチに似た形のものならば安価で売られているが、まるで拷問道具に似たそのような道具で殻をバリバリと押しつぶすには忍びない。きっと中の実も砕けてしまう。それなら金槌で叩けば同じことだ。道具を買ってもきっとほとんど出番がないし、実の形だけがわかればいいから、ほかの方法で中身を取り出すことにした。商品の殻つきクルミがどのようにして果肉を外しているのか知らない、もし川で流しているのだとすれば、水から引き上げて乾燥させていることになる。筆者が買ったものは、よく見れば殻の底部に小さな穴が開いている。オニグルミの殻には縦方向に縫合線が4本あるが、それが底ではほんの少し口を開けているので、そこに鋏か何かを突っ込んで思い切り開いてやると、殻は簡単にふたつに開いた。だが、底がわずかに開いているのは、生のままではなくて少し煎ったものであるからだろう。実際焦げた色合いと味のするものがあるからだ。加熱することで殻が縫合線で割れると図鑑にも書いてある。もし水中で果肉を落とした状態で殻の底に穴が元から開いているならば、そこから水がすぐに入って内部が腐りやすくなると思える。しかし、食用で売られているものを確認しただけであるので、実際はどうかわからない。縫合線が底部でも完璧に殻全体で閉じているならば、たとえばクルミを食用とするリスがどのようにして殻を破るのかがわからない。歯でかじるにはまるで鉄のように硬い殻であるからだ。
 せっかく買ったはいいが、アメリカ産のクルミ、しかもよく見慣れた形のものは面白くないと思った。温泉からの帰り、ある大きな土産店に入ると、筆者の買ったものと同じものが大量に売られていた。『なんだ、田舎に行けばどこにでもあるものなのか』とありがたみが一気に失せたが、同時に今度は日本産のものがほしくなった。そしてそれも間もなくネットを通じて買うことが出来た。それは殻の色がベージュではなく、濃い紫ががった茶色をしていて、形は随分小振りだ。クルミにもさまざまな種類があって、これはヒメグルミと呼ぶようだ。週間朝日百科『世界の植物』にはこう書いてある。「…核が小さくて、心形、扁平、中央に1本の溝がある。長野県では小川に沿って、オニグルミと混じって生えている」。このヒメグルミはオニグルミのように底に穴がなく、完全に閉じている。まるで小石と同じで、どう投げつけても割れない。縫合線はオニグルミの半分で、そこがわずかに開いているものがあって、そこに鋭いペーパーナイフの刃を差し込んで、そのまま硬いところでぽんぽんと何度か叩くと、激しく殻はきっぱりとふたつに割れる。当然実もふたつに割れるので、完全な形を再現するならば割れた双方から取り出したものをくっつければよい。だが、事はそんなに簡単には行かない。オニグルミよりもっと厄介なことに、ヒメグルミの内部は殻の外側と同じような木質になっている。オニグルミはそうではなく、内部の実以外の部分は実と同じほどに柔らかいため、それらを外して実だけをごっそりと取り出しやすい。ヒメグルミは全くそうではない。せっかく縫合線から割れて実の断面が見えているのに、そこから実を取り出すのに大いに苦労する。と言うよりほとんど不可能に近い。そしてヒメグルミの殻の外側はオニグルミ同様デコボコがあるが、内部の構造はどれもみな同じで、入り組みつつもとてもすっきりとしていて、オニグルミのような突起は皆無だ。クルミは平安時代の書物に「久流美」と漢字を当てているが、筆者には「おくるみ」、つまり身がすっぽりと殻でくるまれている状態からこの名がついた気がする。おそらくそうではないだろうか。オニグルミもヒメグルミも味は似たものだが、オニグルミの方がはるかにおいしい。くるみ割り器がなくてもオニグルミの実は簡単に取り出せたのに、ヒメグルミはまだ大量にそのままにしてある。クルミ味噌という調理の仕方があるそうだが、それ用にいずれ全部加熱して殻から取り出そう。オニよりもヒメの方が頑固とは参ったが、そういうものだろう。松本市で有名な真味糖は筆者がとても好きな和菓子だが、オニグルミだけ食べてその味をすぐさま思い出した。真味糖はその断面にたなびく雲のような形をしてクルミを数片浮かべていて、それはオニグルミの実に凹凸があるからこその効果だが、もしその凹凸がなければ真味糖の味深い姿もなかった。それほどに真味糖の断面から見える造形は、自然しか作り得ない楽しい調べに満ちている。
●ついに入手したクルミの実_d0053294_14444842.jpg 筆者はクルミの実がどのような形をしているかに関心があって、そのために殻から完全な形で実を取り出そうとした。だが、これは前述のように思ったほど簡単ではなかった。オニグルミの殻を縫合線に沿って開けると必ず中の実までふたつに割れる。殻内部には縫合線に沿って部屋を隔てる壁があるが、中の実は完全に4個に分かれているのではなく、縦方向の中心軸部分を共有して4方向に張り出した形になっている。そのため、あくまでも1個として存在している。この実を完全な形で取り出すには、縫合線とは直角に、実を立てた状態で水平方向に割って殻を上下に外すしかない。だが、あのとんでもなく硬い殻を水平方向にきれいにくるりと切り取ることもまた絶対に出来ない相談だ。旋盤にでも取りつけて、殻を回転させながら鋭い刃物で切り取るのであれば別だが、そこまでしてクルミの完全な形の実を得ようとする人はいない。しかし、1個として取り出せなくても、ふたつとしては可能なので、それらをつなぎ合わせるとどうにか全体像が現われる。筆者もそうして実だけの姿を再現し、そしてはがき大のスケッチブックに描いて、次にはすぐに食べた。オニグルミを割って中の実を見ながら思ったのは、人間の脳に似ているということだ。あるいは縦方向に割れて左右に広がるデコボコの実は、果物のタネ部分が大抵そうであるように、女性の密かな部分も連想させる。生き物はみな共通した核心的な形をしているということだ。クルミの実が脳のような形とするならば、その脳でクルミはどんなことを思っているのだろう。水面に落ちた種子の果肉は川に住む生物の栄養源になり、残った殻つきの実はリスに持ち去られ、そしてリスは一部を食べ忘れて残りがやがてその場所で芽を出す。全く他人任せで遠くまで運ばれて万事うまく行くわけだ。人間が大量に食べてしまうとしても、クルミは人間にも栄養源になるから、クルミの木を絶やさずにむしろ毎年実をつけるように保護をする。自分が生存して行くためには、他の存在を喜ばせる必要があるということを、生物はよく知っている。生物で最も大きな脳を持っていると自惚れる人間はどうだろう。
by uuuzen | 2006-03-10 17:01 | ●新・嵐山だより
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