●『日本のわざと美』
10日は初午だった。伏見稲荷を訪れた後、京阪電車で京橋に出て歴史博物館に行った。実はこの展覧会が目的ではなく、新聞で知った別の展示を常設展で見たかった。ところがネットで調べてもそれがない。



d0053294_0232114.jpg何だか狐につままれたような気になりながら、ほかにも用事があるのでとにかく出かけた。その用事のひとつは歴史博物館の図書室である本を調べることで、あちこち調べた結果、ここだけにしかない本を見つけていた。展覧会を見る前に2階の図書室に行ってその用事を済ませようとしたところ、蔵書検索用のパソコンの様子がおかしい。係の人を呼ぶと、「調子がおかしいですね」。蔵書検索が出来るのはその1台のみであるから、よほど検索する人が少ないと見える。図書室はさほど大きくはない。小学校の教室程度だ。○万冊の蔵書の大部分は別室にあって、そこには一般の来場者は入れず、前述のパソコンで調べるしかない。図書室の開架にある本はわずかで、本格的な調べものには役に立たない。また、閲覧のために持参してもらった本は仕切りをされた特別の狭い一角で読む必要があり、これも何だか窮屈な感じがした。それでも図書館の高価な蔵書が次々と盗まれる被害が続出していることを考えると、これでもまだ生温い規則だ。図書館の本を平気で盗んだり、ページを破ったりする連中は、もし筆者が閻魔大王なら、即刻地獄へ突き落として、広大な図書室の迷路から永遠に脱け出られないようにするか、膨大な本で圧死させてやる。ああ、今思い出した。一昨日回転寿司の店に行ったが、レーンを挟んで隣に座った30歳ほどのアベックの女の方が、寿司と同じように回って来る容器に入った小袋入りのわさびを何度も大量につかんでは次々とバッグに隠していた。ちらちらと確認したところ、100個以上は確実に取っていたが、何ともいじましいことだ。顔は見えなかったが、貧しそうな服装ではなかった。そんな女を見ると吐き気がする。そう言えば、これは最近聞いた話だが、ある人の高校生の息子がアルバイトで八百屋に勤めた時、1万円ほどの松茸を盗んで帰った。それを母親にわたすと、何とその母親は息子をほめたそうだ。しかしその家は決して経済的に貧しくはないのだ。筆者が閻魔大王なら、わさびを大量に盗む女はわさびの大海で溺れさせ、松茸を盗む男からは大切な松茸を切り取ってそいつの母親に食わせてやる。
 いきなりいやな話になった。そういう愚かな連中は真面目な人々を嘲笑するところがあって、しかもいつも言うように、そんな考えはすぐさま広く伝染する。そしてそれを正しいと思う連中がさらに増える。真面目は決して素早くは伝わらない。真面目は格好悪いことで、ちょっと悪いことがいいとされるからだ。そのため、警察官と犯人がいた場合、必ず犯人の方が何倍も女にもてる。となると、女が世の中を悪くしている元凶ということになるが、実際キリスト教にしても仏教にしても女に普遍的に宿る魔性を常に警戒して、それを戒めるため律や説を唱えて来たと言ってよい。それはいいとして、先日書いた『兼子-Kaneko』の中で、柳兼子が、女はどんな職業を選んでも男にかなわないので、それで声楽家になったという話を紹介した。これはモノづくりはみな男が牛耳っているということだが、実際それは今でもそうかもしれない。だが、ここ20年ほどは事情が変化して来ている。数日前に平安画廊を訪れた時、美大の彫刻科の先生と少し話したが、彫刻科には男子は皆無で、そのために鉄や石を使用した彫刻を作る学生はいないそうだ。同じように美大全体が9割以上が女性で、男が小さくなっているとのことだ。女の芸術家は増加傾向にあるはずだが、それでも美大に占める学生の割合からすればまだまだ少ない。その理由をここで書くつもりはないが、論じれば面白い現在の日本の状況が浮き彫りになるかもしれない。さて、この特別展『日本のわざと美-重要無形文化財とそれを支える人々』は、毎年開催される日本伝統工芸展の回顧的かつ大規模のものであるので、わざわざ見るつもりはなかったが、結果的には見ておいてよかった。それは人間国宝の作品は見慣れていて新鮮味はないが、タイトルにある「それを支える人々」の方は初めて知ることが少なくなかったからだ。チラシ裏面にこんな文章がある。「…平成十七年度までに伝統的な工芸技術の分野において重要無形文化財保持者として認定された個人(いわゆる「人間国宝」七十六件のべ百五十二人)および保持団体(十四件十四団体)の代表的な作品と、選定保存技術(二十一件)の関連資料とを余すところなく展示します…」。
 人間国宝はやはり全体に男が目立つが、人形や染織など、それに截金の江里佐代子といったように、女性の存在を無視出来ない分野もある。ついでながら、去年書いた『江里佐代子・截金の世界』の中で、截金の人間国宝は江里が最初と言った覚えがあるが、斎田梅亭、西田大三の先人がある。で、人間国宝になるには、その道何十年という研鑽と、新しい創意工夫、そしてその技術を弟子などに伝えるという条件が必要だ。これは真面目でなければ到達出来ない境地だ。だが、人間国宝になると、特にキモノの場合は商売として大金が動くから、あまり感心しない妙な競争心や閉鎖的とも言える人間関係や団体が業界内で生じる。また、工芸の分野もさまざまで、友禅のように絵心を必要とするものもあればそうでない手技もあって、そうしたジャンルごとにヒエラルキーのようなものがある。実際はないとしても、作り手の方にはある。『自分の仕事を、田舎のおばあさんが織るような布と一緒にしてもらいたくはない』と、これはある人間国宝が筆者の目の前で語ったことだが、ここには単純作業の割合が多い工芸を見下す思いが宿っている。どちらも人間国宝でも、一方は限りなく画家の仕事に近く、他方は無名の職人に近い仕事なのでこういう差別意識が働くのだが、人間国宝の指定に時に疑問を抱きたくなるのはそういうことがあるからだ。柳宗悦ならば、美術に近い前者をきっと評価せず、職人仕事に徹するような後者を認めたに違いないが、ひとことで人間国宝と言っても内容も質もさまざまで、確かにどれも技術的に非常に高度な点においては共通しているが、この「技術」を緻密で微細なものを機械が作るのと同じように手技で作れるという点にだけ絞るのか、あるいは表現された芸術性にまで及んで適用するかにおいて、ジャンル毎に共通した考えが昔から変わらずに伝えられているわけではない。人間国宝を指定する機関の人々も世代交代があるし、作り手も方も今現に動いている中でモノを作っているのであるから、そうした人やモノに対する評価は明文化された書類などによって決められるものではなく、時代に応じてまあ妥当かというところで決定されて行く。これは仕方のないことだ。だが、時代に応じたその場その場の決定ということの中に、どろどろした情実が入り込む隙は当然あるだろう。
 人間国宝の作品は今まで何度も見て来ているので今回は触れない。ただし、以前『清水卯一展』に書いたことの補足としてだが、陶芸の分野で清水の師であった石黒宗麿、また亡くなって間もない松井康成の作品などが鑑賞出来たのはよい機会であった。もうひとり陶芸で人間国宝がいたことを忘れていたのはラスター彩で有名な加藤卓男で、三彩の器が展示されていた。このほかに釉裏金彩の吉田美統、青磁の三浦小平二、鉄絵の田村耕一、そして民芸陶器(縄文象嵌)の島岡達三など、平成時代の作品が15点もあって、ここ十数年の間、予想以上に人間国宝の指定が多いことがわかった。また、個人指定のほかに「保持団体認定」があって、陶芸、染織、漆芸、手漉和紙の4ジャンルがある。和紙は「細川紙」「本美濃紙」「石州半紙」で、いずれもここ数年前の指定だ。和紙もいよいよ人間国宝の指定で保存する必要のある時代に突入しているわけで、今後はこの分野の認定は急増するだろう。陶芸は「柿右衛門(濁手)」「色鍋島」「小鹿田焼」の3つで、柿右衛門に関しては個人指定が別にあるが、こちらはもっと伝統的かつ職人の要素の強い濁手だ。小鹿田焼はかつて柳宗悦が見出して評価したが、平成8年に指定された。ついでに書くと染織は「小千谷縮・越後上布」「久留米絣」「喜如嘉の芭蕉布」「久米島紬」「宮古上布」、そして「伊勢型紙」だ。漆では「輪島塗」が指定されている。いずれも有名で、本来は人間国宝というおおげさな呼び方をするほどのものではなく、民芸として長く伝えられて来たものばかりだ。そういう中に収まり切らない作家が個人として人間国宝の指定を受けていた。質のよい民芸も廃絶寸前にあるからには、文化庁が何らかの手を打って保存に努める必要はある。
 同じように重要なのは、そうした「わざ」を底辺で支える材料や道具を作る人々の存在だ。重要無形文化財の指定が昭和30(1955)年に始まったことに対して、これら選定保存技術の制度は昭和50(1975)年に創設された。これは人間国宝の陰に隠れて陽が当てられる割合は少なく、百貨店でよく開催される「人間国宝展」でも必ず抜け落ちている。今回はこの種々の認定が全部説明パネルによって紹介されていて、人間国宝の作品よりもむしろ興味深かった。全部で30の認定があって、だぶるものを省いて順に列挙すると、「琉球藍製造」「烏梅製造」「筬製作・修理」「杼製作」「粗苧製造」「蒔絵筆製作」「漆刷毛製作」「漆濾紙(吉野紙)製作」「研炭製造」「漆掻き用具製作」「玉鋼製造(たたら吹き)」「手漉和紙用具(紗)製作」「阿波藍製造」「植物染料(紅・紫根)生産・製造」「からむし(苧麻)生産・苧引き」「苧麻糸手積み」「日本産漆生産・精製」「浮世絵木版画技術」となるが、大半が染織と漆芸関係だ。筆者が携わる友禅染でも特殊な道具は必要とするが、そうしたものは機械的に量産されるし、また自分でもどうにか工夫すれば作れるため、上記に挙げた藍や植物染料などは必要ない。藍染あるいは植物染料で糸を染める作家の場合、染める本人の力よりも、むしろその元の材料を育てて整える人の力の方が大きいと言えるから、こうした認定もまた当然と言わねばならない。漆にしても同様で、漆を使用して緻密な技術で作品を生み出す作家は、材料の漆や漆を塗る筆や刷毛がなくては仕事が始まらない。だが、前述したようにこうした人々は作家ではなく、職人として位置づけられ、作ったものもある程度の生活が保証され得る賃金に見合っての価格にしかならない。それに決して量産出来るものではないので、説明パネルの写真に見えるそうした人々の生活ぶりはごく慎ましいものに思えた。人間国宝の作品となると、一般の人々が到底買えない天文学的な数字の価格となるが、それに引き換えて縁の下の力持ち的なこうした人々は、同じように文化庁から重要な存在と認められているにもかかわらず、ほとんど名前は知られず、多大な収入を得ることもない。これはどうにも納得し難い。同じやるならば人間国宝の作家の弟子になった方が華やかであるし、より豊かな生活の見込みもあるとなれば、そのような地味な仕事に就こうとする後継者があるのだろうか。
 ところで、上記のうちの玉鋼(たまはがね)製造について説明しておこう。これは「日本刀」の製作に欠かせないものだ。玉鋼の製造である「たたら吹き」は江戸時代以来の方法で、これによって砂鉄から玉鋼を得る。たたらの築造とその操業に精通し、かつその技術を高度に体得した技師長ならびに総監督を「村下(むらげ)」と呼ぶが、そうした人々を認定している。砂鉄から銑(ずく)、一級、二級という純度の高い鉄を得る過程で、「ノロ」と呼ぶ鉄滓で出る。これは鉄の絞りかすで、たたら工程やその後の鍛冶工程における不純物だ。日本刀には人間国宝の指定があるが、そうした人々はたたら吹きによる玉鋼がなくては仕事が出来ない。つまり、日本刀は玉鋼を作る人々があってこそだ。それを思うと日本刀がさらに途方もない技術の賜物に思えるが、まだそれだけには終わらない。上記の「研炭製造」は研磨用具としての木炭で、漆工品、金工品の製作や修理には欠かせない。紙幣の原版や光学レンズなどの研磨にも使用されるが、金属には朴炭、漆器には駿河炭と種類がある。人間技とは思えないような精度の高いモノが、結局は人間が作り出す材料や道具に多くを負っている。しかし、ふと思うことがある。後100年ほどすれば、パソコンのメモリを作る人が人間国宝になっているかななどと。あるいはそれは機械が自動的に作るというのであれば、その機械を作っている人が認定されるかもしれない。「真面目にやれ!」(陰の声)
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by uuuzen | 2006-02-22 00:24 | ●展覧会SOON評SO ON | Comments(0)


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