●『SUMMER ‘82 : WHEN ZAPPA CAME TO SICILY』その4
モフラージュするにも限度があって、ザッパは独特の髭を剃らない限り、すぐに正体がばれてしまうだろう。そんなことを92年の『ザ・イエロー・シャーク』のコンサートで落ち合ったサイモンさんと話し合った。



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当時ザッパの体力は見るからに落ちていて、とても物見遊山の旅行は無理であったが、それでもサイモンさんは筆者の話題提供で同じようなことを思っていたと答えた。その頃の筆者はマッシモ・バッソリが82年にザッパをザッパの父が生まれたパルティニコへ連れて行ったことを知らなかったが、ザッパがあまりにも仕事に没頭するあまり、欧米や日本の各地を演奏して回って来たにもかかわらず、実際には街をゆっくりとあるいたためしがなく、一度一般人に扮して旅行するのも、創作の進展に関してはいいのではないかとサイモンさんに言った。サイモンさんも同じようなことを思っていたらしく、サイモンさんが引率してイギリス各地を見て回ることがいいと言ったが、ザッパがそのことを了承したとして、とても目立つ風貌なので、一般人に知られることなく動き回ることは難しいので、その点をどうすべきかなどと懸念を加えた。ザッパがもう少し元気な頃に、ザッパの関心のある場所、あるいはそうでなくてもたとえばサイモンさんが見せたい場所に連れて行ったのであれば、そのことが創作にどのように表われたかと思う。どのような経験も必ずといってよいほど作曲に反映させたザッパであったので、暇を見つけて心機一転の旅をしていれば、作品にいい影響を与えたように想像する。ザッパはステージごとにアドリブの部分を設けて、全く同じステージは二度と繰り返さなかったが、それでもツアーに際しては練習したレパートリーがあって、たいていはそれにしたがって演奏したので、その点はビートルズとさして大差なかった。フロ・アンド・エディが在籍した70年代初頭は、「ビリー・ザ・マウンテン」で演奏した会場のある街にちなんだ話題を毎回盛り込んだが、そのようなサーヴィスはその後はほとんどなくなった。80年代に入ってはなおさらそうであったのではないか。そして82年7月上旬のイタリア・ツアーはどうであったかと言えば、最後の演奏となったパレルモでは、実はその時のみの曲を用意した。ただし、それはリハーサルで演奏しただけで、本番には演奏する機会がなかった。本作はその事情を克明に伝える。そのような特別の曲を用意したところに、ザッパのパレルモに対する特別の思いがあると言っていいかもしれない。だが、やはりその年のヨーロッパ・ツアーは、大会場がほとんどであったためか、ザッパや他のメンバーはステージに出て来て決まりの曲を決まったように演奏した。ほとんど連日の演奏であるので、都市ごとに気を配って特別の曲や演奏を用意することは不可能であった。そのように、会場と観客が切り離されたステージは、たとえば77年のニューヨークでのハロウィーン・コンサートとは大いに違った。観客の舞台への参加がなくなったのだ。これはジョン・レノンがファンに銃殺された事件が多少は影響しているかしれない。また会場側がファンをステージに上げることは、不慮の事故の観点から許可しなかったであろう。ともかく、80年代のザッパはファンとは直接の接点がなく、なおさら不機嫌になった感じがある。
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 ザッパが82年のヨーロッパ・ツアーをどのように思っていたかはわからないが、『オン・ステージ第5集』のディスク2をそれに充てた。ただし、選曲はひとつステージからではない。それにCD1枚であるので、実際のステージの半分程度の量だ。これはある特定の都市でのステージをそのままCDするには、どのステージも満足の行くものではなかったためか、あるいはひとまず『オン・ステージ』のシリーズで小出しに発表し、やがてあるステージを丸ごとアルバム化する思いがあったのか、それはわからない。ただし、ジョー・トラヴァースはゲイルが生きていた間にその辺りのことは話し合いでほぼ煮詰めていたであろう。本作のDVDはザッパのパレルモ公演を中心としたドキュメンタリー映画で、パレルモ公演の全貌を収録することは土台無理があったが、いずれそれはCD化されるように思う。一方、ザッパはパレルモ公演は印象深かったようで、DVDでその一端をこれまで紹介して来た。そして『文明、第3期』でもパレルモ公演の最中に聞こえた銃声を取り込んだシンクラヴィア曲を収めたので、さんざんな目に遭った公演ではあったが、その分作品づくりの材料として活用出来ることが多かった。そのためにも、もっと元気な頃に引率者と一緒に面白い場所を観光していれば作品が豊かになったと想像する。とはいえ、ザッパにすればまずはシチリア、そしてイタリア、その後に他のヨーロッパ諸国、そしてアジアという順であったろう。アジアに関してはホーミィを『ダンス・ミー・ジス』では最大に取り入れたので、世界各地のさまざまな文化への関心の広がりはこれからという時にザッパはあの世に去ってしまった。オペラ『アンクル・サム』では日本文化を取り入れ、力士か歌舞伎を登場させるアイデアを持っていたが、それは煮詰まらないままとなった。もう数年元気であれば、ザッパの名前は現在よりもはるかに現代音楽の世界において大きくなっていたのは間違いがない。それはさておき、本作に戻ると、ザッパはやはりイタリア系で、マッシモ・バッソリと親交を深めたことは、仕事のちょっとした息抜きになったようだ。昨夜アメリカの大西さんからメールがあって、イタリアで以前に購入したマッシモのザッパ本の表紙画像を添付してあった。それが今日の最初の画像だが、左がそうで、右は筆者がそれを左右反転した。実はこの右側がザッパの正しい向きで、マッシモの本では写真を裏焼きしてある。ほとんどの人の顔は左右対称ではないので、裏焼きするとかなり印象が変わる。ザッパの場合は裏焼きした方が少し優しく見える。筆者はこの本を所有せず、また持っていてもイタリア語で書かれる本なので、内容は把握出来ないが、ザッパとの個人的な思い出が多少は書かれているのかもしれない。パレルモの公演でも万単位の観客が入ったので、ザッパはイタリアでも大きな人気があった。イタリア系であるというよしみなのか、あるいはその音楽がヨーロッパの中では最もイタリア人に理解しやすいものであったのかはわからないが、そのどちらでもあるだろう。そう考えると、82年7月のイタリア・ツアーは、そのすべてのコンサートがまたUSBスティックに収録されて発売されないものかと夢見る。だが、『オン・ステージ第5集』のディスク2の最後に収録されるジュネーヴでの演奏からわかるように、この年のヨーロッパ・ツアーは騒動が多かったようで、CDで聴くより映像を見る方が面白いかしれない。それでザッパはDVDでわずかにそれを発表したのであろう。
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 このツアーの映像は77年からザッパと行動をともにして専属カメラマンとなったトーマス・ノーデッグが撮影した。以前にも書いたように、彼は膨大な録画テープをザッパ収蔵庫に収めた。それが貴重であるのは、ステージの演奏以外に、リハーサルや休憩の間もカメラを回し続けたことで、その大部分が未発表となっている。本作がそのトーマスが撮った映像を借用しているのは言うまでもないが、テープを整理しているのはジョー・トラヴァースで、最近その作業がようやく終わったようだ。ということは、今後はザッパの映像作品が増えると予想される。アレックス・ウィンターもこれからザッパのドキュメンタリー映画を製作するが、彼から断続的に支援者に向けて送信されるメールでは、トーマスが撮影した映像の断片を見せてくれたことがある。その中でフランスのどこかの郊外で撮影したものがあった。82年夏のものだ。機材を運ぶ巨大なトレーラーが2台並び、その近くにザッパや他のメンバーがくつろいでいて、アンニュイな空気が漂っていた。また録音したテープが車の中にずらりと並んでいる光景も見え、トレーラー2台は納得させられる。このトレーラー2台は日本公演でも同じで、京大の西部講堂前に広場に停車していた。機材は道路やフェリーを使い、ザッパやメンバーはバスか飛行機を使ったようだが、ある国に入れば、基本はバスであったろう。イタリア本土からシチリアへの移動はフェリーか飛行機のどちらであったかだが、フェリー乗り場からも飛行場からも演奏会場となった競技場はごく近い。さて、今日で終えるつもりが用意した写真がもう1回分あるので、明日も書くが、今日の残り3枚の写真について触れておく。これらはみなパルティニコで、グーグル・マップのストリート・ヴューから取った。昨日も書いたように、字幕対訳を済まし、解説を書く段になって筆者は本作に出て来るシチリア各地の場所がとても気になった。そしてそれらの場所をストリート・ヴューで探した。今日の3枚もそうだ。2枚目は82年にマッシモとザッパがパレルモから訪れた時、街の中心部に入った時に見た眺めだ。昨日載せたストリート・ヴューの写真は2010年3月撮影だが、今日のものは2008年10月で、またそれ以降の撮影はない。筆者が住む京都嵐山では数年に一度は撮影されるが、パルティニコは数年程度では変化がないと考えられているようだ。それはともかく、今日の2,3,4枚目の写真は、本作を見た後で改めて見ると面白い。当然本作はストリート・ヴューより後の撮影で、もはやこれらの写真と同じ状態ではない。街に着いたザッパらは、まずバーに行った。それは現在3,4枚目に見えるものとはかなり違っているが、周囲はそのままだ。ストリート・ヴューは現実の風景が見られるので、想像力を働かせると、現地に行った気になるが、それでも自分が住む地域をストリート・ヴューで見ると、えらく違う印象がある。またストリート・ヴューを見ている自分は、まるでこの世に存在しない幽霊のように感じる。その感覚が嫌なので、筆者はよほど気になった場所しか確認しないが、本作を契機にシチリア島に行ってみるのは案外楽しいかしれないなどと思った。とはいえ、ザッパでもマッシモがいたので出かけられたほどの土地だ。
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by uuuzen | 2017-12-10 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編)


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