●祇園祭の宵山―石見神楽
びすは恵比須のはずだが、舞台上のめくりには「江比須」と書いてあったと思う。つい先ほどのことだが、舞台から20メートルほど離れたところに立ち、また人混みの頭のせいで舞台の2割ほどしか視界に入らず、めくり台を一瞥しただけで記憶が曖昧になっている。



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江比須と書く場合もあるのかと漠然と思ったが、発音が大事で、充てる漢字はあまり重要でないのかもしれない。それはともかく、昨日市バスで京都市内各地を巡り、その途中でとある民家の玄関扉に貼られているポスターに目を留めた。カメラを持っていたが、玄関に向けて写真を撮るのは不審者に思われるし、また失礼だ。そのポスターはほかの場所では見かけたことがなく、筆者はそのポスターとの遭遇を喜んだ。それは17日の午後6時半から八坂神社境内の能舞台で石見神楽の奉納を告知するもので、有名な八岐大蛇とそれを退治するスサノオノミコトが中央に写っていた。筆者が石見神楽のこの演目の映像を初めて見たのは、3、4年前の奈良国立博物館でのモニターによる。14型程度の小さな画面で、そこに石見神楽の「大蛇」の場面が映し出されていて、そのとぐろを巻く蛇ののたうつ様子がとても面白かった。その後、2年前に松尾大社で石見神楽が奉納されたことを知ったが、毎年行なわれていることを先ほどまで知らなかった。それに、その奉納は2月3日の節分祭で、その日は筆者は毎年天龍寺に出かけている。筆者の地元で毎年間近で鑑賞出来るのであるから、来年の節分祭は出かけようと思う。その奉納を見てから天龍寺に行っても最後の豆撒きに間に合う。松尾大社は四条通りの西の果て、八坂神社は東の果てで、東西8キロを隔てて真冬と真夏に石見神楽が奉納されているとは知らなかった。八坂神社では1973年からで、今年は45回目と言っていた。松尾大社は4,5年前と思うが、地元住民からその話を筆者は聞いたことがない。それに松尾大社もそのことを地元に対して宣伝はしない。大社の社務所に予告ポスターを貼っていると思うが、それだけのことで、告知は自治会にはなされない。松尾大社がその存在を自治会に知らせるのは、年に2,3回ある人の形に切り抜いた白い紙のよりしろとそれを入れる小さな袋を配布して来る時だけだ。ところが、この一種の寄付はわが自治会では10数年前から自治会長が住民に配布することを大社側に伝え、その会長の後釜となった筆者もそのことを踏襲した。ところが、現在の会長はどういう経緯からかまたそれを復活し、先日回覧文書とともにそのよりしろが回って来た。ただし、強制ではない。願い事をしたい人だけがすればいいとのことで、筆者は行なわなかった。後で聞くと、久しぶりに復活したことを喜び、早速よりしろとお金を会長に持参した人がある。松尾大社の氏子の範囲はかなり大きく、わが地元の他の自治会や、またよその学区ではそのよりしろを住民に配布しているところがある。それはともかく、松尾大社で石見神楽が奉納されていることを筆者が見たことがないというのは、灯台下暗しそのもので、あまりにも同大社と縁が薄い。それは、同大社が地元に対してほとんど宣伝をしないという姿勢にも原因がある。
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 昨日見かけたポスターに動かされて、今日は家内と電車で四条河原町に出た。高島野で中元の贈り物の発送を済ませ、慌しく八坂神社に向かうと、ちょうど6時になったばかりで、四条河原町交差点から東への道路は歩行者天国になった。左側の一方通行で、祇園祭の山鉾がある地域とは反対方向に歩くこともあって、人はさほど多くなく、また見通しがよい。ゆっくり歩いても開演の6時半には充分間に合うが、1、2時間前から並んでいる人が少なくないはずで、前の列に陣取ることは無理だろう。その予想どおりで、舞台前のテントから10メートルほどはみ出たところに着いたのは6時15分であった。間もなく太鼓と笛の神楽が始まり、それが10分ほど続いて高齢の男性が挨拶をし始めた。また、外国人の観客が多いこともあって、アメリカから石見神楽を学びに来ている女子学生が通訳をしたが、石見神楽は国際的に有名であるらしいことがわかった。というのは、筆者と家内が立った場所は左に西洋人、右に中国人で、みんな大きなカメラを持ってシャッター・チャンスを狙っている。司会は八坂神社で神楽を奉納することになった経緯は説明しなかったが、石見に300ほどの神楽団体があり、最も多く集まっている地域から呼ばれて来たこと、また45回目であることや、今日の5つの演目などについて語った。300団体は聞き間違いではないと思うが、それにしても想像以上に盛んだ。それほど多くの人たちが同じように神楽を演奏し、舞っているのであるからには、完成度は高く、また後継者の心配もないはずだが、どういう時に披露するのだろう。石見のお祭りで有名なものが何であるかを筆者は知らないが、手元の週間朝日百科「日本の祭り」には、島根県の西部のいくつかのお祭りを紹介するが、そのどこにも石見神楽のことは書かれていない。これが不思議で、どういう場面で上演するのだろう。地元の祭りで出番がないか少ないので、それで八坂神社や松尾大社に出張して来るのかもしれない。司会によれば、神楽の演奏者や踊り手はみな別に職業を持っていて、空いた時間で練習を重ねている。また、金銀の豪華な刺繍を施した衣装は何百万円もするものであり、それらの修理や新調の費用はみんなからの寄付による。八坂神社や松尾大社では無料で見られるので、神社側が出演料を支払っていることになるが、芸能のプロという存在ではないので、わずかな謝礼程度ではないか。司会によれば今日は朝4時に島根を発ったというが、上演が終わったのは9時過ぎで、全員へとへとになって帰郷は明日だろう。衣装の重さや仮面をつけること、また動きの激しさから、演奏者や踊り手はみな40代が限度ではないかと思う。冬場ならまだしも、今日のような猛暑では、衣装を着ただけで全身汗が吹き出るはずだ。筆者と家内は3時間弱の鑑賞時間のすべてを立って過ごしたが、愛宕山に登った時のような汗が流れた。家内は何度か途中で帰ろうと言ったが、昨日見かけたポスターの大蛇を見ないことには帰らないと筆者は決めていた。3時間弱で5つの演目であるので、ひとつが30分以上に及ぶ長さだが、演奏者と踊り手のあまりの熱演ぶりに時間を忘れた。
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 筆者らの前にいて途中で帰って行く人がちらほらあったので、筆者は少しずつ前に割り込んで行き、最終的は舞台前のテントの下、そして舞台から20メートルほどのところに立ったが、前の人の頭が邪魔をして、舞台はわずかしか見えない。スマホで動画を撮影している人が多く、筆者と家内はその液晶画面を見て舞台の全景をわずかに垣間見たが、もう1時間早く家を出ていれば、もっと前で悠々と見られたかもしれない。現地に着いた時、ある高齢の男性が、毎年見に来ているが、年々人気が出て、今年のような混み具合は初めてだと語っていた。外国人が京都に押し寄せるようになり、また祇園祭の宵山となれば、混んであたりまえだろう。それにしても1973年からと言えば、筆者は当時まだ京都には住んでいなかったが、住むようになってからもこの神楽が八坂神社で毎年宵山に奉納されていることを知らなかった。祇園祭の宵山は山鉾を見ることにあると思っている人がほとんどで、八坂神社まで足を運ぶ人は多くないからだろう。今日気づいたが、本殿前の舞殿には、3基の黄金色の神輿が鎮座し、その眩い眺めは数多くの提灯に照らされて息を飲む豪華さであった。その3基が四条河原町西の普段はお土産品を販売する建物に置かれているところは見たことがあるが、それは宵山ではなく、いつなのであろう。それはさておき、今日上演された演目は塩祓、天神、江比須、大江山、大蛇で、最初の塩祓は石見神楽では最も重要で、必ず最初に上演される。神楽であるので、ますは舞台の清めということだ。塩祓と聞けば大相撲の取り組み前の塩を撒く力士を連想させるが、当たらずとも遠からずだろう。他の4つの演目は説明するまでもないが、天神と言えば、やはり京都で、また祇園祭の山鉾にもその名前を持つものがあって、石見神楽が京都で上演されることに違和感がない。ただし、こう言えば何だが、八坂神社の能舞台は境内の南東にあって、あまり目立たない。また、それは能舞台であるから、能の上演時は比較静かだ。ところが、石見神楽はまるでロックで、とにかく騒々しい。これを家内は祇園祭のお囃子と比較して、さすが京都は品がよく、雅を絵に描いたようだと言う。それは石見神楽があまりにもやかましく、京都らしくないとの意味だが、それもあって45回目であるというのに、さほど京都の人には知られていないのではないかと想像する。能舞台をところ狭しと動き回る舞い手たちは、今日の八坂神社ではとても目立っていたはずだが、だがそれは境内のごく片隅でのにぎやかさであり、祇園祭の主役にはほど遠い。外国人たちはそこをどう思っているかだが、京都らしさとは対極にあるものという印象は抱くのではないか。だが、そうであるだけに、日本の広さと多様性を知ることになる。演目の江比須は、海老で鯛を釣る恵比寿の神のひとり舞台で、面白い仕草がほとんど見えなかったのが残念だが、観客に豆か菓子のようなものを何度も撒いていたが、筆者のいるところまでは届かない。舞台の近くは関係者用の座席が4,5列はあったようで、もっぱらそこにいた人たちに向かって撒かれた。また釣竿を観客に向かって投げ、しばらくするとその先にたぶん千円札と思うが、それが取りつけられた。それを恵比寿は引き上げて舞台の袖の棚のようなところに置くという行為を5回ほど繰り返していたが、演歌歌手が観客からおひねりを受け取るのと同じ行為に見えた。そういった格式張らない行為は石見神楽の特徴のひとつと思うが、上品さを旨とする京都では考えられない行為ではないか。また、踊り手の舞は巫女のそれに通じ、体を右や左に回転させることがとても多いが、舞台が狭いのでよけいに迫力がある。
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 石見でなぜこのような動きの激しい、また大音量の神楽が奏でられるようになったのか。前述したように、筆者の手元にはこの神楽のことを詳しく記す本がない。石見という地域性に理由があるとして、ではそれはどういうことかとなると、これも筆者には知識がない。朝鮮半島の文化とある程度交わったのではないかと想像するが、確かにそういうところがあって、朝鮮のシャーマンに似た音楽や踊りと言ってよい。太鼓のリズムに筆者はキャプテン・ビーフハートの「ミラーマン」という曲を思い、現代のロック音楽よりも石見神楽の方が活力があって面白いのではないかとさえ思ったが、いつの時代も人々を熱狂させる舞台は必要とされ、またそうしたものは単調で激しい踊りのリズムの点で共通していて、能の舞台とは別種のものだ。石見神楽に似ている日本の芸能としては歌舞伎があるが、筆者は梅原猛のスーパー歌舞伎を思い出した。技術の進歩によって、石見神楽の衣装や仮面、小道具は少しずつ変化して行くと思えたからだ。それは大蛇の目が赤く光っていたことや、口から火花を吹き出すなど、ほとんどロックのステージで使われる工夫と同じで、エンターテインメント性を重視している。そういうところに特に外国人は驚き、また喝采を送るだろう。300ある団体はそれぞれ特色を持っていると思うが、おそらく必ず守るべきことと改変してよい部分とがあって、時代に合わせて変化して行くだろう。最後に上演された「大蛇」では、舞台に4匹が登場し、それが一団となってとぐろを巻いて回転する場面があった。そういうところは団体によって変化のつけどころだろうが、筆者はその10数メートルの長さのある大きな蛇の蛇腹が提灯の仕組みを使って製造されているところに感嘆する。蛇腹の仕組みは、いわば男性の性器と同じで、普段は縮んでいるが、それが数倍の体積となって伸びる。この神楽で使われる大蛇も、人間が操らない時は畳んだ提灯のようにうんとコンパクトになって、長さも1メートルほどに縮むと想像するが、そこには日本の提灯という手仕事の文化が背景にあり、またそれは日本文化の根幹を成す「縮み」の思想の一端を示してもいて、この神楽を通じて日本文化の核が垣間見えると言ってもよい。そこで、この蛇腹の仕組みを持った大蛇がいつ頃からこの石見神楽で使用されるようになったかだが、それは提灯が発明された頃に遡るはずだ。ただし、提灯は消耗品であり、大蛇の古い細工も今は残っておらず、新品も激しい踊りですぐに消耗するのだろう。「大蛇」が終わった時、観客から大きな拍手が起こり、またそれはアンコールを求める風であったが、高齢の男性司会者がまた登場し、来年の同じ日の夜にまたやって来るとの言葉でお開きとなった。アンコールはとうてい無理なほどの3時間近い熱演で、全員は2,3キロ痩せたであろう。それに神楽であり、アンコールなどとんでもない。だが、この神楽がたとえばアメリカの大きなステージで上演されると、きっと大きな感動を与える。もうそういうことは行なわれていると思うが、大きな祭りの際に見たという印象は得がたい経験だ。今日撮った写真からピンボケを覗いたすべて載せるが、どれも今時誰も持っていないオンボロのコンパクト・カメラで、前に居並ぶ客の頭の隙間から撮ったもので、雰囲気のごくわずかしか伝えられない。背の低い家内は全く見えなかったそうで、かわいそうにそれで汗まみれになって3時間近く立ちすくんだ。さすがの筆者も振り向いて帰ろうとした時、右足のひざの関節が曲がらなかった。それにあまりの大音量のために、耳が急に高所に行った時のようにおかしくなり、帰宅した頃にようやく元に戻った。そうそう、舞台を間近に見ようと前進し続けたが、舞殿の際に立って能舞台を見ると、そこからの方がよく見えた。つまり、開演に遅れても舞台は遠めに丸見えであった。
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by uuuzen | 2017-07-16 23:59 | ●新・嵐山だより


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