●彷徨と遭遇
わり名古屋などと家では家内相手に言っているが、名古屋が終わっている都市と言うつもりではない。「尾張」が「終わり」に通じることによる言葉遊びに過ぎない。



筆者は家内相手によくそんな言葉を使う。たいていはわかってもらえるが、たまに理解が及ばないことがある。最近では「ワンサリ」だ。これはスーパーで3割引きの値札シールを見かけた時に発する。「ワリンサ」「ワサンリ」でもいいのだが、「ワンサリ」とどことなくもっさりした語感が面白い。そう言えば、「格好悪い」ことを筆者は「カチコチわるい」と言う。これは家内もすぐに理解し、大笑いしている。ともかく、筆者のあまりに子どもじみたそうした言葉遊びに家内は付き合ってくれる。言葉で思い出したが、筆者は絶対に使わない言葉がある。以前このブログに書き込みされたことがある「上から目線」という言葉だ。これがどうにも嫌いだ。こういう言葉を使う人種にはなりたくない。「上から目線」であると相手を責める人は、自分がどれだけ傲慢であるかに気づいていない。そして、そういう言葉使いをされると、心優しき人、つまりたいていの常識人は、返答に困って黙ってしまう。悪意ある言葉を浴びせかけられれば、それに対抗する言葉は即座に出て来ないものだ。これは正常な反応だ。もう20年か30年ほど前のことだが、ある宗教団体から執拗な誘いを受けたことがあって、その時に相手は筆者の息子の育て方に対して助言してやろうといったようなことを言った。それを筆者は断ると、「どれほど立派な大人になるのか見ていてあげる」と捨て台詞を言われた。信じられないことを耳にした気がしたが、そういう悪意ある人が世の中にはいることを学んだ。一昨日だったか、同僚に睡眠導入材を混ぜて逮捕された71歳の女性があった。行為の原因は、本人曰く嫉妬とのことだ。誰でも嫉妬があるのかどうか。筆者自身はないと思っているが、こういうことを書くとまた妬み心の大きな人は嘲笑する。嫉妬とはうらやましいということで、「裏山鹿楼」という名前でネット・オークションに出品している骨董業者が以前あった。嫌な名前だと思っていたが、去年か一昨年から目にしなくなった。他人が持っているものをうらやましく思うと気持ちがしんどい。筆者はしんどい思いをしたくないので、うらやましいという感情を起こさない。そういう筆者のことを家内は昨日痩せ我慢と言ったが、家内にも筆者はそのように映っているらしい。世の中は広く、いろんな価値観を持っている人がいる。そのことがわからない人が多い。家内は筆者が大金をつかんだことがないので、井の中の蛙といった表現をたまにするが、億万長者でも井の中の蛙は多いだろう。家内は筆者が金のことを憎悪しているので、懐に入って来るはずがないと言う。そのとおりだと思っている。最近TVをにぎわせている還暦を迎えた女性芸能人は、近江商人の末裔らしく、財布には布団をかぶせて大事に、札は折らないそうだ。だが、そうして得た数十億円があっても、世間に夫婦生活の醜態を晒し、とても幸福には見えない。金があっても愛は買えなかったということだろう。ただし、数十億円があれば若いツバメを何人もはべらすことが出来るし、ひとまず異性には困らないのかもしれない。
 話がツバメになった。今日はどういう題名をつけるか考えずに書いている。今日は投稿しようと思って市バスに乗り、各地に出かけ、「無題」、「今日の出来事」という題名にしようかと思ったが、それではあまりに能がない。それで、題名のことを考えずに書き進めているが、ツバメのことを次に書く。昼は家でソーメンを食べて、阪急嵐山駅前から京都バスに乗った。目指すは相国寺で、途中でバスを乗り換える必要がある。最前列の運転手の左側のひとり用の座席に陣取ると、途中から中国人観光客が7,8人、入って来て、そのうちのひとりの中年女性が運転手に金閣寺に行くにはどうすればいいかと英語で訊いた。運転手は円町で降りて乗り換えろと言うと、どうやら理解したようだ。筆者も円町で降りて、今出川通りを西へと進む循環ルートを走る市バスに乗る。バスを降りて振り返ると、金閣寺に行こうとしているその7,8人も下車し、筆者の後方30メートルほどを歩いて来る。そして筆者が先に待っているバス停で彼らは追い着いたが、バスの系統はたくさんあって、どれに乗ればいいのかわかっているのかが心配で、よほど声をかけてやろうと思った。だが、一番若い女性はスマホ片手に何番のバスに乗ればいいかわかっているふうであった。筆者は何度か彼らのほうを振り返りながら、彼らの後方に二羽のツバメがせわしなく飛んでいることに気づいた。それは珍しくない光景だが、どうも様子がおかしい。普通なら巣の中の雛に餌を与えるが、そうではなく、二羽つまり夫婦はかなりうろたえていて、巣の近くに飛んで来ては10メートルほど去り、また巣に戻って来るという行動を繰り返すばかりだ。巣の下に日傘を差している男性がいて、その人の傘が巣に当たったのかと思っているとそうではなさそうだ。もうすぐ筆者の乗る市バスはやって来るし、実際100メートル南にその姿が見え始めた。筆者はツバメの様子が尋常でないことが気になり、巣の下に行って見上げた。すると、大きな揚羽蝶らしき黒いものが巣に取りついている。ツバメの夫婦はそれが邪魔なのか。だが、もう少し目を凝らすと、それは蝶ではなく、逆さになった雛であった。何かの拍子に巣から落ちかけ、そしてか弱い足で巣に逆さになりながらしがみついているのだ。脚立があればその雛を巣に戻すことが出来るが、そんなものはない。巣は町の小さな診療所の玄関の庇の片隅にある。診療所に入って事情を説明するとどうだろうか。そんなことも頭をかすめた。筆者が巣を見上げていると、日傘を差していた男性が気づき、筆者が思っていることを口にした。だが、その年配の男性が話し終わると、雛はついに地面に落ちた。「ああ、もうこうなってはあかんな」と男性は言い、来たバスに乗ろうとした。筆者もそのバスに乗ったが、後ろ髪が引かれた。雛はもう目を閉じていた。ぶら下がっていた時に力を使い果たし、暑いコンクリートの上ではすぐに死んでしまうだろう。ツバメの夫婦はもう少しでその子が飛び立てるというのに、地面に落ちればどうすることも出来ない。ぶら下がっていた雛を夫婦で協力して巣に持ち上げることも出来ず、巣の下で羽を広げて目を閉じた子を見ることしか出来ない。雛を巣に戻した場合、ツバメの親はまた元通りに餌を運ぶだろうか。そんな思いも頭をよぎった。カメラを持っていたので、雛の写真をすぐさま撮ろうと思えば出来たかもしれないが、その考えをすぐに消し去った。瀕死のツバメの雛の写真を撮って何が面白いというのか。巣のすぐ近くにいた中国人観光客たちは、筆者や傘を差した男性が巣のことに気に留めていることは全く無関心で、雛が落下したことにも気づかなかった。
 今日はいくつか用事があって、そのすべてにそれなりに感じることがあったので、ここにいくらでも書く内容はある。だが、書く時間がない。また書いても誰も喜ばない。それで次に気になったことを書く。祇園祭りの山鉾が建ったせいか、今日の市バスはひどい遅れであった。相国寺で用事を済まし、岡崎の美術館に向かう時、市役所前で下車して乗り換えようとした。バス停の時刻表によれば、10分に1本、バスがやって来る。歩いても美術館まで15分とかからないが、炎天ではその気が失せる。バスは30分待ってようやくやって来た。間引き運転しているのかもしれない。それならそうと書くべきだろう。岡崎で用事を済まし、今度は仏光寺近くに向かった。そこでも用事を済まして帰宅することにしたが、四条大宮で別の系統に乗り換え、今度は梅津で降りた。四条大宮のバス停近くに公衆電話ボックスがあり、そこから家内に電話し、スーパーのトモイチで待ち合わせをすることにした。バスに乗ると、最後列から筆者を呼ぶ声が聞こえる。梅津に住む従姉の旦那さんだ。家にいても暑いので、市バスに乗ってあちこち出歩いているのだ。隣に座って話をし、一緒にトモイチの前のバス停で降りた。トモイチの中で冷たいお茶を2杯飲み、5分ほどすると家内がやって来た。買い物を済ませ、家内は自転車で先に帰宅した。筆者は1日乗車券があるし、また買い物の大きなバッグを家内から託された。トモイチに入る前に市バスの時刻表を確認し、あまり待たずに乗れるようにと考えたが、20分に1本の嵐山まで向かう系統は、30分待ってやって来た。時刻表を頼りに5分前にバス停に立ったのに、5分後にやって来ず、また次の20分経ってのバスでもなさそうであった。つまり、間引いているのだろう。そういう不便きわまりない市バスだが、数十億円の黒字らしく、京都市は笑いが止まらない。にもかかわらず、一方で地下鉄が赤字なので、市バスの1日乗車券を値上げするらしい。500円でも儲かって仕方がないのに、値上げとは何事か。たぶん700円や800円を思っているのだろうが、市民税を支払っていない外国人観光客のみ対象にすればいいのではないか。700円や800円になると、筆者は外出の頻度を落とすだろう。それはさておき、30分もバス停で待っていると、いろんなものが目に入る。ふと気づくと、四条通りの向こう側にオレンジ色のタンクトップを着た肌の浅黒い小柄な女性が目に入った。ある人に近寄って話しかけ、手に持ってものをもらってもらおうとしている。だが、その女性に声をかけられた中年の女性は首を横に振った。以前に何度か書いたことがあるが、午後6時半頃にトモイチ近くに出没して、500円の商品券を誰かれかわまず手わたす女性だ。今日はその女性は声をかけた相手に拒否されると、車が途切れている間を見計らって、筆者向けてまっすぐに通りを横切って来た。ここ数年その女性と何度か目があったことがあるが、相手はたぶん数百人か数千人に声をかけて来ているので、筆者のことを覚えていない。筆者の目の前に来た時、彼女はふたつに折った千円札を筆者に示しながら、首を少し横に向け、笑顔を見せた。筆者はサングラスをかけていたので、筆者の表情を覗き込むような素振りであった。筆者は500円の商品券ではなく、千円札に変わっていることに驚き、首を少しだけ横に振った。それはそうだろう。筆者は乞食ではなく、その女性からお金をもらういわれがない。彼女が見せた笑顔はとても女性らしく、またかわらしく、暑さで頭が狂って終わり名古屋のようには見えなかった。彼女はすぐに次に声をかける人目指してムーギョの前に向かい、数人に声をかけた。だが、誰も千円札を受け取ろうとはしない。彼女の姿が見えなくなるまで筆者は見送りながら、彼女といつかどこかの喫茶店で話したいと思った。それが実現しても彼女は頑なな態度を示すかしれない。きっとそうだろう。では彼女に何があったのか。彼女の家はだいたいどこにあるか予想がついているが、決して裕福そうではない。むしろかなり貧しい家庭であることはその身なりからわかる。それなのに、なぜ金を他人に差し出そうとするのか。そのことが知りたい。筆者は彼女にこう訊いたことがある。「宗教関係ですか」。彼女はそれを否定した。筆者も宗教がらみではないと気づきながらそう訊くしかなかったのだが、今日思ったのは、彼女にいた子どもが何かの事情で早死にしたのではないかということだ。彼女はいつもひとりで歩いていて、その姿はさまよっているというにふさわしい。筆者も同じだが。
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by uuuzen | 2017-07-15 23:59 | ●新・嵐山だより


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