●引越しのアジサイはまだ
が頭にかかって来たように思えるともうかなり老化が進んでいるだろう。だが、その速度はとてもゆっくりなので、誰でも気づいた時には老人になっている。



これは先日書いたが、風風の湯のサウナ室で、筆者より10歳ほど年長かとずっと思っていた人に「何歳くらいから体力の衰えを感じましたか」と、まるで筆者より年配者であることを念頭に置いたような質問をした。すると、「やっぱり60になった時ですかね。わたしは今62になったばかりですけど」と返答され、筆者はびっくりした。予想していた年齢より10歳ほど若かったからだ。その人は筆者を何歳と思っているのか知らないが、筆者は自分の年齢を言わなかった。お互い何歳でもいいが、相手が年長となると、それなりに敬いの気持ちで接する必要があると筆者は子どもの頃から思っている。そのように親にしつけられたからだ。今の若者はどうだか知らないが、年下が年上に無礼な言葉使いをしている様子を見ると、筆者はその年下の頭をなぐりつけたくなる。1歳でも年長であれば偉いのかと文句を言われそうだが、偉いとか偉くないの話ではなく、誰であっても、つまり相手が子どもであっても偉そうな口の利き方をするのは無礼で、品性を疑わせる。筆者はたまに朝のTV番組の「よーいドン」を見るが、とんでとんでの歌が大ヒットした歌手兼作曲家が街中を歩き回って一般人と話す様子は、いつ見てもその歌手の態度が気に入らない。簡単に言えばタメ口なのだ。相手が素人であることをいいことに、偉そうな物言いで、筆者なら横を向いて話の相手をしたくない。彼は生粋の大阪人ではないが、家内と一緒に「やっぱりな」と言い合っている。大阪の人はもっと相手に温かく接する。その歌手がそうではないとは言わないが、初対面であるにもかかわらず、何かの拍子に態度が変わる。素人をだしにTV番組を作っているという感謝の気持ちが見られないのだ。話しかけて答えてもらう相手はいわば神様みたいなものではないか。それを慣れ慣れしく、またいかにも自分は有名人で賢いという態度が時に覗き、気分が悪くなる。そして、これも時々だが、街中の中学生でもわかる英語の単語をでたらめに発音している様子を見ると、「アホちゃうか」とも思う。それはともかく、男も女も賢いと思っている人ほど、態度は大きくなりがちで、その点は筆者も重々承知しておく必要がある。賢いというのは、たとえば脳の働きが人よりいいとして、それは生まれつきと言ってよく、たとえば背が高いとか、髭が濃いというのと同じように、単なる個人の特質で、人間的に上とか下ではない。そのため、賢いと自惚れると、それは本当は賢いことではなく、かなり滑稽だ。背の高い女はより高く見せるために踵の高い靴を履くことを好むが、それと同じようなもので、本人は滑稽な姿を世間に晒していることに気づかない。それで、人間として最も愛される性質は、賢さではなく、他者に対する優しさで、これは学校の成績や社会的地位とは関係がない。むしろ、そういうことに恵まれない人が往々にして多くその素質を持っている。だが、世の中は賢い人ほど社会的地位が高く、収入は多く、また本人たちはそれを当然と思っている。何しろ自分たちは優秀な人種で、またその中でも熾烈な競争に勝ち抜いて来たのであるから、頭の悪い連中とは別世界の暮らしをして当然と思っている。はははは、実際は悪賢いからで、うまくごまかして生きることがうまいだけのことだ。顔にそう書いてある。
 今日はようやく気分的にひと区切りがついた。ちょうどこの3週間は仕事のことが夢にまで出て来た。1週間ほどで片がつくかと思っていたのが、一旦仕上げながら気になることが次々に出て来て、丸3週間を要した。その間に気温が真夏並みになればどうしようかと思っていたが、幸いと言うか、さっぱり雨は降らず、気温は上がらずで、夜は厚い布団をかぶるほどだ。風風の湯の露天風呂に浸かっていると頭が寒く、風邪をひくかと思うほどで、先日はまた体温が上昇して寝込みそうになった。3階の仕事場は真夏になるととても過ごせないので、去年は1階の最も涼しいところに移動した。その日は16日で、「引越しアジサイ」と題して投稿した。今年はまだ居場所を移す気にならない。アジサイの花は満開になったので、いずれ1階に移動するが、うまい具合にこの3週間で仕事の区切りが多少ついた。後は1階に移動してからという気分だが、3階の方が落ち着くので、気温が低いままであってほしい。とはいえ、予報では今年は猛暑とのことだ。その日がいつから始まるのか、気にしながら毎日を過ごしている。正しく言えば、「過ごしていた」で、この3週間はそれほど仕事に熱中し、とても途中で仕事する場所を変える気になれなかった。そういう多忙な日々の中、筆者は隣家の1階に行き、裏庭の雑草などをぼんやりと見ていると心が落ち着く。そこは筆者だけの空間で、ガラクタだらけで倉庫のように雑然としているが、誰からも見られずに緑を楽しむことが出来る。家内にコーヒーを持って来させ、ふたりで喫茶店のような気分を味わうのもいいかと今日は思ったが、家内は面倒がるだろう。
 頭の中に霧が薄くかかっているのか、次から次へと思いがでたらめに湧き、何を書こうかと迷う。せっかく出来た暇な時間で、今夜は投稿する気になっている。そうそう、今日は家内とムーギョとトモイチに行き、買い物をした時、見切り商品のらっきょうを見かけた。それで思い出したのは、去年の5月下旬に、らっきょうを酢に漬けたことだ。それで夕方になってそのことを思い出し、家内に言うと、もうとっくに食べたではないかと言う。どうもそのような気がしないので、筆者は執拗に訊ね、また自分でも漬けた瓶を探したが、家内がその空瓶を取り出した時には納得するしかない気分になった。それでも腑に落ちないので、この1年の間にカレーライスを何度作ったのかと言おうという気になった。月1回としても12回で食べ切れる量よりもっと多くを漬けた。筆者が漬けたのでよく覚えている。らっきょうを思い出したのは今日や昨日が初めてではない。3週間ほど前から気になった。スーパーで見かけるからだ。今年は漬けないと思ったのは、去年漬けたのがまだ残っているからと思っていたからだが、家内は全部食べたと主張するからには、また緑色の芽が出た安売り商品を買って来なければならない。そう思った時に家内はばつの悪そうな笑顔で冷蔵庫の奥から鉢入りのらっきょうを持って来た。去年漬けた時に容器をふたつに分けたのだ。ひとつは食べたが、ひとつは忘れていた。家内も筆者も頭の半分は霧が覆っている。家内が今日発見したものは、最初に食べた容器のものとは違って、とてもおいしくなっていた。昨夜、家内はカレーを作り、らっきょうは買って来たものを出した。今夜もカレーライスで、家内が買って来たらっきょうを食べた後に家内は冷蔵庫かららっきょうの酢漬けを発見した。それで食べ比べをしたのだ。緑色の芽は鋏で切って漬けたが、芯にはその緑が残っていた。1年間、冷暗所の酢の中で浸かってその緑色はすっかり抜けたのだが、そうなることを経験上知っている筆者は、らっきょうを買う時はいつも芽が出て半額で売られる時だ。だが、もうその季節も過ぎたかもしれない。まあいい。家内が見つけた容器には1年分ほど入っている。
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by uuuzen | 2017-06-18 23:59 | ●新・嵐山だより


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