●温泉の満印スタンプ・カード、その10
体を洗って心もすっきり。風風の湯から戻って10分ほどの間がとても気持ちがいい。気持ちがいい時は心もきれいかと言えば、心にきれいもきたないもないと言われたことがある。



立場が違えば考えが違うし、誰かの考えが絶対に正しいということはないからだ。だが、人はよく心がきたないとかきれいという表現を使う。家内が昔、勤務先で筆者のことを数歳年長の女性に話した時、その女性は「大山さんのご主人は心がきれいやね」とえらく感動したらしい。何を言ったのかと家内を問いつめると、別に普段の生活のことで、まさか主人自慢をするつもりもなかったと言う。それはそうだろう。そのため、家内は返答に窮したそうだが、筆者から見ればその女性の心がきれいで、こっちが感動した。それはともかく、身体が汚れて臭うのと同様、心も汚れることがあるだろう。筆者が小学生低学年の頃は、嘘は泥棒の始まりとよく耳にしたし、今でも嘘は基本的にはよくないと思っている。思いやりのために嘘をつくことはしばしばることを子どもでもやがては知るが、それはきたない心や泥棒の始まりではない。一方、泥棒に三分の理という表現も間もなく覚えたが、それは泥棒する場合、やむにやまれぬ事情があることが多いからだが、三分ではなしに一分もない、あるいは一厘もない場合があることも大人になれば知る。大人になればきたないことをよく見聞きするが、人間は子どもの頃にはあまりなかった欲が肥大化するからだ。短い人生なのに、何をそう欲張る必要があるのかと思うが、人によっては欲が限りがない。そしてそういう人は顔を見ればわかる。きたないからだ。知性や品性は大人になれば意識して失わないようにすべきと思うが、そんなことを全く考えずに我欲に執着する人があって、それがそのまま顔に表われる。そしてそういう大人は子どもであっても本能的にわかる場合がある。昨夜筆者は何気なしにドーミエの顔や作品を思い出した。生まれて来て知った人物で10人好きな者を挙げるとすれば、筆者はその10人にドーミエを入れる。昔そう思ったことを思い出したのだが、昨夜は改めてまたそう思った。その10人は実際に会った人に限らない。何度会っても本当の心がわからない人もあるし、大昔に死んでいてもその人の心に接することも出来る。人生は短いが、その分、人間は過去の素敵な人の心に触れられるという才能を持っている。そして、筆者は常にと言えるほどに過去のそうした人物を影のようにそばに近寄って見つめている。そういうひとりのドーミエがいるが、彼の顔写真を見ると、同じ時代に生まれ、同じ地域に住んでいれば、筆者は接近して親しくなった。ドーミエは時の政治家を凸凹の洋梨になぞらえて戯画を描いたが、いつの時代でも政治家はそのようなもので、ろくでもない人種がなりたがる。聖人君子から最もほど遠い、醜悪な、つまり心が真っ黒な輩でなければ務まらない。そして、そういう政治家に接近しておこぼれをねだる同じように醜悪の権化もいつの時代も蟻のごとくたくさんいるが、まあいいではないか。どっちみちそういう連中は自分がそういう人間であることを世間に恥さらししている。これは何度か書いたと思うが、筆者が中3の時の担任は歴史の先生で、その授業の際、現代の政治家はみなろくでもないことを連日国会で話していると言った。その頃筆者も同じように思っていたので、先生がそのような言葉を発することが意外でありながらもそのとおりと思った。それから50年経った。その先生はもう生きていないと思うが、その先生の授業は全部忘れたのに、国会議員がろくでもないことを議論しているとの発言だけはつい先ほどのことのように記憶している。50年で日本の国会が変わるはずがなく、悪化していることもあり得る。実際そうだろう。それでも日本は国体を保っていて、誰しも不満を抱えながらもまあこんなものかと思いながら生きている。欲のかたまりの政治家は滑稽に表現されていいのであって、それが許される時代は平和だ。そんな比喩が大それたことで、けしからんと政治家が言い出すと話は別で、さて日本は今後どうなるかだが、洋梨ならまだいいが、それが時にみんな腐って用なしになる場合もある。ドーミエの話に戻ると、筆者がいつも思い出す彼の絵は、洗濯を終えた女が小さな子の手を引いて帰宅する油絵だ。洗濯女は今で言えば何に職業に匹敵するだろう。最下層の人種が携わる重労働で、人様の物を毎日川の水で洗わねばならない。小さな子どもはその母親のそばで一日を過ごすのだが、その絵「洗濯女」は女神像のように神々しい。政治家が美食のあまりぶよぶよに太っている一方で、貧しい女性は肉体労働でたくましい肉体になり、政治のことなど考える暇もなく、重労働に精を出す。そうそう、ドーミエは風刺が過ぎて逮捕され、監獄に入るが、晩年は目を悪くし、コローに家を買ってもらってそこに住む。そのエピソードを思い出すたびに筆者は涙ぐむ。ドーミエもコローも永遠に記憶される画家だが、当時の政治家は誰も覚えられていないし、知られる必要もない。今日は風風の湯に行ってスタンプ・カードの20個目を押印してもらった。体をきれいにして心もと思いたいところだが、ろくでもない政治家のきたない顔をTVで見ていると、正直なところ、心に憎悪に似た感情が湧いて来る。それは体に悪いので、無視してほかのことを考えようとしたところ、ドーミエの「洗濯女」が浮かび上がって来た。汚れたパンツをいつも洗ってくれる家内に感謝しなければならない。
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by uuuzen | 2017-06-11 23:59 | ●新・嵐山だより


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