●緑の絨毯とタペストリー、その30
ーロッパの印象がある蔦は壁を這い上がる場合が多く、それはタペストリーを思わせるから、本当はこの半ばシリーズとなっている「緑の絨毯とタペストリー」の投稿は、題名を「緑のタペストリー」とすべきだが、最初は隣家を自分でリフォームしようとしたことから始め、またわが家の1階は冬場は緑色のカーペットを敷いていることから思いついた。



d0053294_23361596.jpgリフォームは長らく中断したままで、隣家は本などの物置と化しているが、裏庭は今頃の夏場は大きな蕗の葉で埋め尽くされ、緑の絨毯になっている。それでは「緑のカーペットと綴織」と題するのもいいかもしれないが、義妹から昔贈ってもらった緑の安物のカーペットを絨毯と表現すると、多少は豪華な気分になるから、いわば字面の見栄えを気にした。これは誇張と言ってよいが、言葉はほんの少し変化させるだけでそこに実態とは違った幻想が立ち上るという利点があり、そのことを援用した。なので、筆者のブログはあちこち現実とは違う印象を与える箇所があると思う。それが嘘かと言えば、それは言い過ぎだろう。筆者が現実をたとえば他人が見ればつまらないと思う場合でもそう思わないだけのことで、ある事実の受け止め方は人によってさまざまだ。それで、小さなことに喜びを見出せる性質の方が人生は得するし、また長生きも出来ると筆者は思っているが、これはあまりいいことを期待し過ぎるなということでもあり、弱者の思想と言える。その小さなことのひとつとして、たとえば蔦で覆われる壁や建物を目撃することだ。それが美しいと感動するのではなく、このブログのネタが得られたと思うだけで、筆者の充実感はまことに小さなことから得られる。そのようにして筆者はいろんなものに注目してこのブログにその写真を載せ、文章を書いているが、身辺雑記そのものでありながら、どこかに筆者らしさが出ているはずで、またそのことを時に振り返ってみて今後の創作などのヒントに使えるのではないかと思ってみる。
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 さて、去年11月以来の「緑の絨毯とタペストリー」の投稿だが、さして理由があってのことではなく、たまっている写真を整理する思いが強い。かなり以前の写真となると、投稿すれば間延びする感じがあるので、なるべく撮影から1年未満のものを使いたい。それで写真を保存しているヤフーのマイ・ボックスを調べると、去年の8月撮影の5枚が見つかった。今日はそれを全部使い、撮った順に載せる。最初の写真は去年8月9日に訪れた神戸の生田神社境内の神木だ。右端に見上げる若い男性が少し写っているので、木の太さや高さがわかる。表面に多少蔦が覆っていて、放置すれば全体を覆いそうだが、神社としてはそうならないように注意しているだろう。こうしたほとんど切り株同然の神木は各地で見かけるが、切り株のてっぺんに金属の蓋を被せ、年輪から雨水が染み込むことを防いでいる。あるいはひこばえが出て来るのを防止するための帽子かもしれない。では生きているのか死んでいるのかとなると、何となく生殺し状態のようで、筆者はあまりこうした木を見ることを好まない。樹齢数百年の木が枯れるか倒壊することは大変惜しいが、枝葉のない無残な姿を見るのは楽しくない。おそらく外国ではこのような状態で樹齢の長い木を保存しないだろう。生田神社のこの切り株状の神木は、腐食がひどく進行することが明白になれば、次に屋根を設けるかもしれない。それでも腐食は進み、やがてさらに無残なたたずまいとなれば、根を掘り起こして全体を撤去するのだろう。そうなるまでの間は、神木として置いておこうという考えは、樹齢の長い神木であったことを重視するからだ。また、枝葉のないこうした樹木を大事に保存することで、人々に命を大切にする思いが伝わる。
d0053294_23371264.jpg 2枚目の写真は嵯峨で撮った。嵯峨は渡月橋の北だが、梅津の北は嵯峨野と呼んで、小さな住宅が密集している。田畑が多かった地域を現在も建売住宅が増殖中で、嵯峨野の言葉のイメージはほとんどない。だが、嵯峨も北部は嵯峨野と呼び、梅津の北部とは環境がかなり違って大きな家が多く、嵯峨野の名前の価値がふさわしいような地域で、嵯峨野にはふたつのイメージがある。そう思うのは筆者だけかもしれない。観光客が訪れる嵯峨野は梅津の北ではなく、竹林のある天龍寺界隈で、嵯峨野から思い起こすイメージはおおよそ共通しているだろう。今日の2枚目の写真を見ながら筆者はどこで撮ったのかを思い出せず、いかにも夏らしい雲が広がる空とタペストリーのように壁を覆う見事な蔦の緑との対比に注目する。そしてこの写真はどこで撮ったかは重要でなく、筆者が海を撮った時にいつも加工する上下二等分の構図を狙ったことを思い出す。やや斜めの構図であるので、空と海ないし空と地上のものが二等分にはなっていないが、斜めであることを活かして左上隅に青空を少しだけ見せた。また写真下辺に金属製の何かが写っているが、これを省いて上下二等分の構図に写真を加工すると、青空が入らない。そのため、この写真の重要な要素は遠近で言えば一番奥に相当する左上隅のわずかな青空となるが、蔦のタペストリーに注目しながら、そのわずかな青空を欠かせないと考えたところに、筆者の内面がよく表われていると思う。嵯峨野で筆者が歩く道、あるいは自転車で走る道は限られているし、また蔦で覆われた壁面は少ないはずで、今度通りがかった時はしっかりと場所を記憶したい。
d0053294_23375079.jpg 3枚目は京都の出雲路のどこかだ。お盆に母の家に向かう途中で見かけたはずだが、これも正確な場所を覚えていない。木造とその向こうの鉄筋コンクリートの家の壁が蔦で一体化したように見える。これほどになるまでに放置したのは住民がそのままでもよいと思っているからだろう。このように覆われる建物はだいたい住民がいないか、高齢者が住み、もうすぐ建物の寿命が尽きることを暗示している場合が多いが、中に住む人は夏は涼しくていいだろう。蔦ではなく、ゴーヤを壁面際に植え、その葉によって夏場を少しでも涼しく過ごすことを京都市は去年は積極的に宣伝し、ゴーヤの苗をほしい人に抽選で配布した。プランターで簡単に育てられるので、あちこちで今年も見かけるが、自治会のFさんは毎年朝顔の苗をホーム・センターで買って来て育てる。その葉が繁茂する様子はゴーヤとよく似て、つまりは緑のタペストリーだが、食用の果実が出来るゴーヤよりも朝顔の方が涼しげで見ていても気持ちがよい。Fさんは去年採った種子で育てた白縁に水色の珍しい品種と、新たにホーム・センターで買った品種を別々のところに植えているが、玄関のチャイムが葉によって半ば隠れていて、内部の台所は多少涼しいかもしれない。4,5枚目はお盆過ぎに伏見で撮った。息子の住むアパートに向かう前に神社の写真を撮ろうとして、印刷したヤフーの地図片手にあちこちうろついた。4枚目は伏見港の近くの長建寺の前だ。細長い倉庫のような建物で、船の運航に関係する人が使用しているのではないだろうか。弁才天の赤い幟端が立っていて、昔家内と境内に入ったことがある。女性器を象ったコインが御守りとして売られていて、去年もそれを確認しようと思ったが、家内は嫌がり、また5時を過ぎていたので中には入らなかった。御守りなのであまり人には見せないが、若い女性が見ると変態親父と思われるだろう。それで買うのは女性ではないかと想像するが、弁財天と関係があるのかどうかもわからない。この寺の前は宇治川につながる小さな川で、散策するにはなかなか楽しい道が続く。前にも書いたかもしれないが、倉敷の美観地区よりもはるかに自然な雰囲気で、さすが京都の歴史のある町という感じに気分が落ち着く。5枚目は月桂冠の記念館の前の道かもう一本東の道を少し北上し、大手筋に出る前の右手で見かけた。駐車場の奥の建物の壁で、これも建物がどうなっているのかわからないほどに生い茂っている。ここまで育つと取り除く気分は萎えるだろうし、また見事さにもっと伸びればいいという気分になるのではないか。近日中に「その31」として、去年8月から12月までに撮った蔦の写真を載せる。
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by uuuzen | 2016-07-06 23:59 | ●新・嵐山だより


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