謳歌すべき人生のうち、最も思い出に残るのはいつだろうか。それが常に今といえる人は幸福だ。あれほど元気で勇ましかった人が、今は花が萎んだようにおとなしくなったということを誰でも感じる。
それがいつかは自分のこととなるとことを知ってはいるが、その想念を凝視したくないもので、脳裏に浮かんだ瞬間に振り払いたくなる。筆者の小学校時代の友人で体格がよく、また喧嘩も強いKがいて、最近は連絡をして来なくなったが、50代になって脳梗塞で倒れ、半身不随になった。言葉も多少不自由だが、片手で運転出来るように車を改造してもらい、以前と変わらずに社長業をしている。そのKが30代は毎晩飲み歩いて最高に面白かったと言う。酒は体力が落ちると次第に飲めなくなるので、若い頃に大いに飲んで遊んだことは楽しい思い出となるが、それではさびしいので、体に薬になると思えるほどには毎日飲みたいものだろう。筆者はなくても平気だが、ネットで安い古酒をまとめて落札し、飲んだことのない珍しい酒を片っ端から空瓶にしている。ワイン、ウィスキー、ブランデー、紹興酒はもちろん、あらゆるリキュール類もOKで、それらを混ぜて飲んでいる。体にいいのかわるいのかはあまり考えない。また、昔のように大量には飲まないので、健康を害するとは全く思わない。とにかく、いろんな酒を楽しみたく、高級酒にこだわらない。澱のある場合がほとんどだが、茶漉しで濾して飲めば平気だ。そこまでして飲みたい心境が家内にはわからないが、筆者にすれば未知なる経験を求めてのことで、知らない曲を聴きたい、知らない絵を見たいという思いに近い。未知なることに関心があるのはいいことではないか。未知なる場所に旅することが本当は一番だが、それには金がかかるので、日帰り出来る近場でしのいでいる。それでもまだ訪れたことのない場所はたくさんある。金をかけずに最大限に欲求を満たす。これが筆者のモットーだが、そうとばかりは行かず、筆者にすれば超高価な買物を毎月している。それを見て家内は狂気と思っているが、いずれ身辺の整理をするつもりでいる。
さて、10日に母の家を訪れ、近くに住む妹の家に立ち寄ると、妹の旦那がゴルフの練習場で倒れ、救急車で病院に運ばれたという。それが数日前のことで、もう近いうちに退院すると聞いたが、今日は筆者は出かけたついでに病院にお見舞いに行った。ところがベッドに姿はなく、30分ほど待って帰って来た。ベッドを離れるほどに快復しているようだ。倒れたのは脳梗塞のためだ。病院に行くのが早く、また名医がその日は出勤していて、即座に手術をして最大の効果を得たらしい。後遺症もほとんど心配しなくていいらしく、幸運であった。不思議と言うか、予感と言えばいいのか、ここ2年ほどは仕事をせず、毎日賀茂川沿いを1万歩歩き、またダンス教室に通ったり、好きな酒も控えたりするなど、健康には人一倍気をつけ、人間ドックに入っても健康そのものとの診断がいつも出ていた。それが急に脳梗塞とは信じられないが、病気はそういうものだろう。また、急に発症したが、そのための原因は若い頃からの積み重ねだ。前述した筆者の友人Kも若い頃はさんざん酒や焼肉と好き放題に食べ、そのつけが50になって回って来たと考えてよい。それは誰でも言えることだが、程度というものがある。妹の旦那は筆者と同じ年齢で、酒は毎晩飲み続けて来たが、さほど強い方ではなく、本腰を入れて飲むと筆者の方が量は飲める。だが、筆者は食事にうるさくはない。粗食で平気で、それが健康にもいいと漠然と思っている。妹の旦那はそれが無理で、毎晩筆者にすればかなり豪華な料理を妹に用意させる。そして毎日サウナに長い時間入り、その後は冷たいビールをジョッキで飲む。それが血液をドロドロにさせたようだ。息子らに仕事を任せ、やることのない身となって間もなく病床に就いたとなれば、仕事のリタイヤもよしあしと思う。暮らしに何ら困ることのない経済力を得ても、体が不自由で好きな酒やサウナも控えなければならないとすれば、謳歌すべき人生なのかどうか。他者の病を見て筆者も家内も生活に困窮する経済力しか持ち合わせていなくても、思えばどこにでも赴き、また好きなものが食べられることを感謝する。病になればいくら金があっても楽しくはない。人生の謳歌は健康が第一条件だ。今のところ、筆者も家内も小さな病気はあるが、入院するほどではない。そのことを感謝して年末を迎える気分でいる。
だが、妹の旦那は人生の目的を早々と遂げたとも言える。その意味では筆者の友人Kと同じで、もう余生を送っていると考えればよい。その点、筆者はまだ思いを遂げたとは言えない。やりたいことはこれからと思っている。60半ばになってそれはないと笑われるかもしれないが、本気だ。それで、健康管理に気をつけ、無茶はしないことに限るが、前述したように今年から古酒に関心を抱き、酒の量は増えている。それはいいことではないとわかっているが、筆者は酒がなくても平気で、いずれぱたりとまた飲まなくなると思っている。酒より心配なのは運動不足だ。風風の湯にある血圧計で毎回計測すると、特に下がかなり高く、90台だ。上もびっくするほど高い時があるが、酒のせいなのか、運動不足なのか、原因がよくわからない。血圧が高ければ脳梗塞など、病気になりやすい。妹の旦那と同じように、寒気を覚えてぱたりと倒れることもあり得るが、家の中であればまだしも、ひとりで外出した時にそうなれば手遅れになるだろう。そんなことを思っていると、自治会のFさんは心配し、毎朝児童を学校に送った後、松尾橋から渡月橋の両岸を1時間ほどかけて歩こうと誘う。朝が早いので誘いに乗るつもりはなく、一方で妹の旦那が同じように毎日歩いていたのに脳梗塞になったことを思う。だが、そのように健康に気をつけ始めたことが、脳梗塞を体が予期していたのかもしれない。さて、今日の写真は去年12月14日の撮影で、本来ならば昨日投すべきだが、満月の写真を優先し、1日送れた。先月と今月はこの「駅前の変化」のカテゴリーへの投稿が多いが、文章は写真とはほとんど関係のないことばかりとなる。人生を謳歌する楽しい内容にしたいが、なかなかそういう話題は乏しい。自分でも気づいているが、高齢のこと、死や病のことなど、ネガティヴに傾きがちだ。それが現実なので仕方のないところがある。ということは、筆者の人生を謳歌する時代はもうとっくに過ぎ去ったことになるか。それは認めたくないが。