●『ROLLO/PORTLAND IMPROVISATION』
病な者が何かの機会にそれを脱することはよくある。他人の行為を見て、それなら自分にも出来そうだと思うからではない。



相変わらず自信はないのだが、高いところから飛び降りる気持ちでやってみると、それが見事に成功しなくても、他人はあまり気にしていないことを悟る。つまり、臆病は自意識が過剰であることが原因で、よく言われるように、大勢の人前で話す時には、目の前にたくさんのカボチャが並んでいると思えばよい。その話を筆者は小学生の時の担任から聞いた。ところがなかなか眼前の大勢の人をたくさんのカボチャとは思えないもので、筆者は今でも大勢の人の前で話すことは苦手だ。それでも長く生きて来ると、それなりに図々しくもなり、思っていることを話せるようになる。それは大人としてはほとんど常識だが、これが人前で自分が得意とする技術を見せる場合はどうであろう。得意なことであるので自信満々で、上がってしまうことはないようだが、有名な芸能人や音楽家でも人前で芸や演奏を披露する直前は大いに上がるという話をよく聞く。それで何となく筆者は安心するのだが、その人前での演奏ということで筆者が凄いと思ったことはザッパだ。ジョン・レノンとの共演ではザッパはジョンの後に続けて語り、また演奏の途中ではもっと余裕を見せて語る。その声色を最初に聴いた時、40代か50代の老練を連想したが、実際はまだ31歳であったし、またそのことを知ってからはなおさら驚いた。その老練さは多くのメンバーを雇っての翌年のグランとプチのワズー・オーケストラでのツアーでも発揮され、その後者の様子はザッパ没後のアルバム『イマジナリー・ディジージズ(想像的な病)』と去年秋に発売された『リトル・ドッツ(小さな点)』として発表されたが、後者のリーフレットに文章を寄せたツアー・メンバーのマルコム・マクナブが面白いことを書いている。彼はザッパから気に入られていたようだが、マルコム自身は即興演奏の才能に乏しいことを当時は自覚していて、ザッパから見ればどちらかと言えば経験の少ない臆病な演奏家に見えたのではないだろうか。ザッパは一緒に演奏するメンバーを選ぶ時は、自分の書く楽譜を正確に演奏してくれることを第一に考えたはずだが、それは自分の思いどおりに動いてくれることであって、あまり自己主張の強い人物は雇わなかったのではないか。その自己主張は即興演奏の優れた才能との意味ではなく、ザッパのやることに文句というか、どちらが親分かわからない横柄な態度で、つまりはザッパは自分の言うことを理解してそのとおりかそれ以上の演奏の腕前を見せる者を好んだはずだ。
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 楽譜を忠実に演奏することは演奏者としてあたりまえのことのようだが、これまで演奏したことのないような難解な楽譜であれば、事情は異なる。マルコムはまずそのことを経験した。ザッパはマルコムに対して、楽譜を容易に演奏出来るようになれば、演奏しながらステージで踊ることを頼んだが、それはさらに難しい注文というより、そのことでマルコムの緊張を解く意味と、また観客が耳慣れないメロディをリラックスさせて聴いてほしいとの考えであったろう。つまり、音楽が楽しいものでなければ意味がないとザッパは思っていた。エンタテインメントとはそういうものだ。『イマジナリー・ディジージズ』と『リトル・ドッツ』ではメンバーのクレジットはザッパの次にマルコムの名前となっていて、彼の重要度がわかるが、それは麻薬をやらず、また即興演奏の技術もまだ巧みではないにしても、努力家であることを知っていたからだろう。マルコムが『リトル・ドッツ』の解説に書くように、ザッパから与えられた楽譜をその後30数年も練習し続けた。その控え目な一文はマルコムの真面目さと努力を伝えるのに充分で、またそれほどにザッパとのツアーは大きな経験であった。難解な楽譜をやすやすと演奏することとは別に、マルコムはプチ・ワズーのツアーで即興演奏の才能を開花させる糸口をつかんだ。それは意外な事件があったためだ。ツアーの最中、マルコムとは別にもうひとり雇われていたトランペッターと、ドラムスのジム・ゴードンが麻薬で逮捕された。そのため、当夜の演奏は前座のバンドのドラマーがザッパに乞われて代役を果たした。そしてその夜の演奏はマルコムに即興演奏の重要性を認識させ、臆病さを払拭して自分らしさを前面に押し出す機会を与えた。というのは、ドラマーのモーリー・ベイカーはザッパの意図をよく汲み取って即興演奏を見事に繰り広げたからで、その勢いを目の当たりにしてマルコムはさらに努力すべきことを学んだのだ。優秀なミュージシャンの才能に触れて鼓舞されたのだが、それがジム・ゴードンらが逮捕された結果であったというのであるから、絶体絶命の窮地に陥ってもそれを逆手に取って意外な収穫を得ようとするザッパの前向きな姿勢がマルコムにそのまま伝染した。プチ・ワズー・ツアーにおけるそうした演奏の微妙な変化をザッパは録音し、またいくつかの曲を編集していずれアルバムに収める気があったようだが、『オン・ステージ』のシリーズでも発表することはなかった。そして没後にゲイルとジョー・トラヴァースがそれらの録音を聴き直し、まずは『イマジナリー・ディジージズ』を発表したが、『リトル・ドッツ』は10年後になってしまった。その事情は知らないが、前者を発表した時点で後者の編集が終わっていたことはないようだ。
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 プチ・ワズーからもう1作発売しようとのザッパ家の考えは、ザッパが『イマジナリー・ディジージズ』以外に充分アルバムとして発売出来る分量の曲を編集し終えていたからだが、どの曲をどういう順で収録するかはゲイルやジョーが考える必要があった。そこで、『イマジナリー・ディジージズ』と似たアルバムにしないことを前提に、同作にはない特色を出すとなると、やはりモーリー・ベイカーの演奏を収録すべきであろう。それはザッパの多彩さを示すことになる。つまり、ジム・ゴードンらが逮捕された突発的な事件に際してザッパがどううまく対処したかは、そのままザッパの即興演奏と言え、ザッパの生き方としての見事さを表わす。後年ザッパは「AAAFNRAA」という標語を使い始めるが、「どんなことでもいつでもどこでも全く理由なしに」という言葉の頭文字を並べたこの呪文めいた標語には、プチ・ワズー・ツアーの最中のジム・ゴードン逮捕とその直後のザッパの思いが反映しているように思える。どんな立場にあっても最善を尽くし、それを音楽に込めるとの態度だ。メンバーが逮捕されることは、麻薬をやらないメンバーを集めたはずであるから、ザッパにとってはあってはならないが、それでもそういう事故が起きる。そして、そんな場合でも諦めないどころか、その事故を好機と考える態度は、人生に臆することがないためだ。マルコムはザッパの演奏能力以外にそういう人間性を目の当たりにし、そして即興演奏に自分を押し出すことを学んだ。そのため、翌日にジム・ゴードンらが戻って来て、また以前と同じようにツアーは再開されたが、明らかにマルコムの意識は変わり、演奏も変わった。それをゲイルやジョーは録音から感じ取り、発表する必要を感じた。『イマジナリー・ディジージズ』では半分の曲がジムの逮捕以前の曲で、『リトル・ドッツ』では面白いことに、逮捕される前夜の録音がアルバム・タイトル曲、そして他はすべて逮捕後だ。バンドに戻ったふたりはザッパの顔を立てる意味でも、逮捕前以上に頑張ったのは充分想像出来る。また、ツアーは後半は演奏がこなれて名演が得られやすい。
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 前置きが長くなった。4月22日は「レコード店の日」とされ、欧米ではミュージシャンがその日に特別のレコードを数年前から発売するようになった。ザッパはこれまでその日にシングル盤が何枚か発売されたが、今年は『リトル・ドッツ』に収め切れなかった11分の曲と、それにA面に「ロロ」を収録した9インチのレコードが発売された。ジャケットは25センチ角だ。昨日は河原町に出なかったが、今日は大阪に出る用事があり、梅田のタワー・レコードでそれを買って来た。税抜きで2000円をほんの少し切る。また、同店ではレコード盤を買った客にはレコード・プレイヤーなどが当たる抽選券がもらえ、それを近くに中古店に持参するとガラガラの抽選が1回出来た。筆者は黄色い玉が出て、中古LPが1枚もらえた。だが、100枚ほどしかなく、その大半は日本のアイドルのもので、もらって帰ってもいいかと思うものは2、3枚しかなかった。選んだ1枚についてはいずれ書くかもしれない。話を戻して、何年かぶりかに買ったレコードは、両面ともジムの逮捕後の録音で、「ポートランドの即興演奏」にはジムのスティール・ドラムの音が控え目に入っている。これはツアーの最初から用意されたのではなく、モーリー・ベイカーが使って以降、取り入れたものではないだろうか。「ポートランドの即興演奏」は、冒頭から混沌とした、静かな短調の雰囲気が続くが、ザッパが指揮する姿が見えそうだ。最後近くに突如激しいリズムに変わってギターが鳴り響く。これはトニー・デュランだろうが、ザッパの他の曲にはない展開で、その意外性が面白い。本来はもっと長い演奏であったものを、ザッパがそのように編集したのだろう。この11分の曲を『イマジナリー・ディジージズ』に収録すると、合計で74分になり、1枚のCDとしてはきつかったか。それに同作は2枚組LPとしての編集を思わせるので、曲の追加は難しい。また『リトル・ドッツ』に含めるとすれば同作の4曲目「カンザス・シティ・シャッフル」を省くことになるが、それでは全体で75分を超えてしまう。捨てるには惜しいので、それでシングル盤として発表することにしたのだろう。ただし、7インチ盤では11分の収録は難しいので45回転の9インチとされた。シングル盤であるのでアルバム番号はついていない。アルバム裏面下に金色で番号の刻印があり、筆者のは「005985」となっている。少なくても6000枚はプレスしたようだ。盤は透明で、中袋は無地だ。ジャケットは『リトル・ドッツ』のほぼ4倍の面積があるのに、収録の音楽の長さは4分の1に近い。
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by uuuzen | 2017-04-23 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編)


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