●『LITTLE DOTS』その2
版としてどの音源を使うのか。ザッパ/マザーズの5枚のLPが発売されると、ザッパのオフィシャル・サイトが先週発表した。CDが登場した当時、LPを叩き売りした人は多かったし、今もそうだが、CDの中古店がすぐに登場し、LPのようには大切にされないものであることが早々にわかった。



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今ではダウンロードで音楽を聴く人が増え、CDの売り上げは落ち続けているが、一方でLPの見直しが高まり、名盤が復刻されている。ザッパもその例に洩れず、ユニヴァーサル・ミュージックと手を結んだアーメット・ザッパは、母親ゲイルの時代とは違った商法を始めた。そのひとつが前述の5枚のLPの再発だが、これらのアルバムはザッパがCD化に際して曲を加えたり、マスター・テープの保管がよくなかったせいもあるが、音質を変えたりしたので、同じアルバムであるのにいくつかの版がある。そのうちのどれを選択して再発するのかは聴かないことにはわからないが、初版と同じことはあり得ないだろう。音質を改善する技術が向上し、初版よりも重厚なサウンドになっているはずで、またそうでもしないことには初版を聴き慣れているファンを満足させることも難しい。また、アルバム・ジャケットにしても、オリジナルのままではないと考えられる。『オールド・マスターズ』に収められた時のように、レーベル面がバーキング・パンプキンになるのか、あるいはザッパ・レコードのレーベルに統一するのか、またユニヴァーサル・ミュージックのロゴである「UMe」の文字は当然加えられるから、後世に「2016年版」と呼ばれるものになるのは確実だ。となると、何でも集めたがるザッパ・ファンは買わねばならない。筆者はそこまで関心はないが、ザッパがLPで発売したアルバムは、いつの時代でも同じ形で新品が買える状態であるべきと思っている。おそらくそういう考えでアーメットとユニヴァーサル・ミュージックは同意したのだろう。旧作品の再発はともかく、ザッパの遺した未発表録音が続々と新作として発売されることは、古くからのファンにとって最も嬉しいことで、筆者はそのために長生きしたいと思うほどだ。
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 さて、『LITTLE DOTS』だが、付属のリーフレットにはふたりが文章を寄せている。『IMAGINARY DISEASES』ではスティーヴ・ヴァイが書いていたが、それに比べると1972年のプチ・ワズー・ツアーに参加したメンバーの思い出であるだけに読み応えがある。このふたりの解説がなければ、本作の価値はかなり下がると思えるほどで、ようやく今頃になって、ザッパのツアーに参加したマザーズではない、目立たないサイドメンたちの思い出が昨日のことのごとくファンに知らされることになった。それはほとんどザッパと擦れ違った経験と言うにふさわしいかもしれないが、ザッパのミュージシャンへの信頼が垣間見え、演奏することの喜びを大いに感じていたことが間接的に伝わる。最初の書き手はトランペッターのマルコム・マクナブで、彼の顔写真は『ザ・グランド・ワズー』の見開きジャケットに掲載されていた。また、同じマクナブ姓の黒人女性ジョアン・コールドウェルの写真も同アルバムにあって、72年当時は夫婦かと思っていたが、やはりそうであった。ただし、本作の文章でマルコムは「my ex-wife」としているので、その後は別の女性と再婚したようだ。ところで、今日の最初の写真は『ザ・グランド・ワズー』のメンバー写真の部分だが、ふたりのマクナブを水色の枠で囲っておいた。ザッパを聴き始めた当時、このメンバー写真はよく眺めたが、写真のほかにほとんど情報がなく、もどかしかった。老若男女が集まる雑種楽団のその趣は、、一種の誇大宣伝で、なぜザッパが各メンバーの写真をそのようにわざわざ載せたのかと思えたが、才能のある演奏者を求め続けた結果、全体としてそのような雑多な雰囲気の集団になった。またそういった人材が集まるほどにザッパの才能は広く知れわたっていた。ジャン・リュック・ポンティの『キング・コング』の録音にザッパは西海岸のセッション・メンバーを起用し、ザッパがマザーズのメンバー以外に才能のある演奏家をたくさん知っていることはわかったが、『ザ・グランド・ワズー』はその集大成の感があった。その後の『アポストロフィ』ではジャケット裏面にマザーズのメンバー以外に数多くの録音に参加した人物名が列挙され、『ザ・グランド・ワズー』の見開きジャケット内のメンバー写真以上にザッパの人脈の広さを伝えはしたが、彼ら全員の実態についてはよくわからないという奇妙な感覚がふたたび起こった。それは今も続いているが、本作におけるマルコムの文章はそのことに多少の風穴を空けてくれた。
 ザッパはマルコムの才能を高く買っていたようで、新作の楽譜の題名に彼の名前を記していた。それはその後「Farther Oblivion」の一部として使われたが、同曲はプチ・ワズーで演奏され、それは『IMAGINARY DISEASES』に収録される。もちろん、歌のないヴァージョンで、『アポストロフィ』で同曲を初めて収録する時にはザッパは自分の歌声を加える。それはマルコムらの演奏が期待以上ではなかったためではなく、伴奏のみでも楽曲として成立するほどに完成度を高めながら、ザッパはそこになお誰も出来ない、あるいはしようとしない念入りさを加え、またそうした凝ったアルバム作りによって『アポストロフィ』は大ヒットする。その密度の高い、凝った作りのアルバム群の前にあって、グランやプチ・ワズーのツアーで得られた一発録りの演奏は、ザッパにすれば発表しないことはもったいないと思いつつも、ワーナー・ブラザーズが突きつけるプレッシャー、すなわち中途半端なアルバムではなく、絶対に売れるようなものを作るという思いの前では、発表の機会がほとんどないものと思えたのであろう。だが、ファンにとっては『ザ・グランド・ワズー』や『アポストロフィ』のジャケットに記される多くのメンバーの写真や名前を前に、彼らの実態がわからないことゆえの彼らの存在感の希薄があり、アルバムの完成度が高いにもかかわらず、いきなりそれまでのザッパとは違う別世界に連れて行かれたようで、戸惑いがあり続けた。それがようやく『IMAGINARY DISEASES』や本作によって、ザッパが多くのセッション・メンバーとともに楽しく演奏している姿がより鮮明化するとともに、『アポストロフィ』に至るまでの道筋が明らかになった。話を戻すと、マルコムの文章によれば、ザッパがマルコムに見せた楽譜を、ザッパはギターで演奏して見せた。演奏困難な曲は現代音楽では珍しいことではないが、ザッパは自分が演奏出来る曲を雇ったミュージシャンに演奏させた。そのためにザッパは演奏家から尊敬を得られたと言ってよい。現代音楽では自分が演奏出来ない曲を楽譜にする作曲家がいるが、机上でパズルを組むような作曲では鑑賞者に感動をどれほど与えられるだろう。難解であることをただ得意がるだけの作者はどの世界にもいるが、自分が演奏出来る曲を演奏のプロに強いると、演奏者はその相手を演奏の出来ない頭でっかちの作曲家であると侮ることは出来ない。マルコムはザッパに提示された楽譜をその後30数年も練習し続けたが、控えめに言っても人生で最も挑戦意欲をそそる楽譜であると書いている。それは、当初は自分の名前が題名になっていたための光栄の気持ちが影響しているだろうが、それ以上にそのようなメロディを書く音楽家にそれ以前も以後も出会わなかったからだ。マルコムが続けるには、ザッパはそのメロディ・ラインを演奏することが難しくないほどになれば、ステージで踊りながらで演奏出来るかと訊ねた。そのリズムはタンゴとあるので、「ザ・マルコム・マクナブ」と題された楽譜は「ビ・バップ・タンゴ」であったことがわかる。
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 マルコムの文章はさらに続くが、それはプチ・ワズー・ツアーでの大事件で、ツアー開始から1か月後の72年11月5日のことだ。ミュージシャンが麻薬を常習するのは昔からよくあることだが、12月まで続くツアーの中間で、メンバーに気の緩みがあったのかもしれない。南カリフォルニアのコロンビアでの演奏のサウンドチェック時に、マルコムとは別のトランペッターと、そしてドラムスのジム・ゴードンが、麻薬吸引中に楽屋に踏み込んだ警察に逮捕されてしまった。だがステージをキャンセルするわけに行かず、ザッパはドラムスの代役を立てる。それは当夜、プチ・ワズーの前座として演奏したティム・バックリーのバンドでドラムスを担当したモーリー・ベイカーだ。トランペットはマルコムひとりとなったが、これは仕方がなかった。モーリー・ベイカーというドラマーを筆者は知らなかったが、ホームページを見ると若い頃はエディ・ジョブスンのような美青年で、また有名ミュージシャンとの共演が多い。そのモーリーがマルコムの次に文章を寄せている。モーリーの打楽器の才能は若い頃から広く知れわたっていたようで、ニューヨークではザッパが敬愛するエドガー・ヴァレーズから家に遊びに来ないかと誘われたという。モーリーはその申し出を受けることが出来なかったが、何とも悔やまれる話だ。もしヴァレーズに面会していたならば、モーリーはザッパともっと馬が合い、プチ・ワズーの後にマザーズの一員になったかもしれない。モーリーは後に有名なオーケストラの打楽器奏者として活躍したほどで、そういう才能をザッパは見抜いていたのだろう。だが、本作ではジム・ゴードンの代役として急遽ステージに立ったモーリーの演奏が全体で25分の長さがある5曲目「コロンビア、S.C.」で味わえる。この曲はどこまでザッパが楽譜にしたのか、あるいは全くの即興なのかわからないが、特徴的なメロディ・ラインは用意されていて、ザッパは窮地に立った時にそれを思いついたのだろう。ザッパはいつもそういうところがあって、窮地にあって却って優れた演奏を披露する。この5曲目はプチ・ワズーでは異色の雰囲気があって、またそのことで本作の『IMAGINARY DISEASES』とは一線を画する特徴が出ている。もっと言えば、本作は2曲目のアルバム・タイトル曲と5曲目だけでもいい。モーリーの演奏はスティール・ドラムの音が印象的で、この楽器はザッパの他の曲には使用されたことがないように思う。モーリーが自分に求められた役割を即座にこなしたのは、ロック・ミュージシャンのドラマーの経験からすればあたりまえであったのかもしれないが、ザッパの申し出を受け、ほとんど練習もなしに本番に臨んだことからすれば、さすが名ドラマーは違うと思わせられる。そういうことは今回のリーフレットのふたつの文章があるためにわかることだが、同じように『ザ・グランド・ワズー』や『アポストロフィ』に居並ぶ他のあまり知られない多くのミュージシャンからのザッパの思い出が今後披露されることを期待したい。ジム・ゴードンはジョージ・ハリソンその他の著名なミュージシャンのドラマーを担当し、またザッパのアルバムでは『アポストロフィ』のタイトル曲が印象深いが、精神を病み、プチ・ワズーの11年後に老齢の母親を金槌と刃物で殺してしまう。その後も刑務所に入ったままで、本作を聴くことはないだろう。あるいは聴いてもドラマーであったことを忘れているか。ザッパは麻薬に手を出すべきでないと言い続けたが、ジム・ゴードンの末路を見ればそのことになおうなづきたくなる。
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by uuuzen | 2016-11-29 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編)


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