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●嵐山中ノ島復旧、その75(6号堰撤去工事)
散とした町になって行く予兆のようなことがわが自治連合会区域では次々に起こっている。わが自治連合会区域とは、渡月橋から松尾橋までの桂側右岸で、すぐに西に山が迫っているので南北に蛇のように細長い。



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以前にも書いたが、この区域は昔は右京区であった。それが西京区が出来るとなって、結果的に西京区に属することになったが、それでも警察や消防の所管は右京区という状態が長らく続いた。西京区の中心はもっと南で、桂に相当するが、わが自治連合会区域は桂の消防や警察からよりも太秦のそれらからの方が駆けつけるのが早いだろう。そういうこともあって、西京区が右京区から分離する時には、松尾橋から北、つまりわが自治連合会地域のみは右京区に残した方がいいというような意見が役所にはあったようだ。それが西京区になったのは、わが自治会のとある人の功績が大きいらしいが、それが功績かどうかは他人が決めることだ。渡月橋の南北で区が違うために、3年前に桂側の氾濫があった後の地元住民が集まっての天龍寺での毎年の勉強会でも、参加者の99パーセントは天龍寺近くの右京区の住民だろう。それはさておき、わが自治連合会地域は南北のちょうど中間辺りに嵐山郵便局がある。そして、そこから南部、つまり松尾大社に近い地域の住民からこれまで自治連合会の会長や副会長を輩出し続けて来ているため、どうしてもその南部の住民の意見が反映されやすい。なぜ北部からひとりも会長や副会長が出ないかと言えば、西京区に属することを決めた人物を初め、地元で商売をしている人が多く、自治会のことなどに時間が割けないという理由が大きい。はっきりと言えば、そんな儲かりもしないボランティアをやっている暇はないということだ。それで、筆者が自治会の会長を4年続けた間、自治連合会から誘いを受けたが、上記のような事情を聞かされた。北部の住民の意見を反映させるためには、北部つまり筆者が住む地域から代表として自治連合会の副会長のひとりになるのがよいというのであったが、自治会長でも大変であったのに、連合会となるともっとで、また時間以外に出費も嵩む。とてもそんなことは出来ないと誘いを断り続けたが、今後も北部から副会長が登場する見込みは薄いだろう。
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 さて、最近とても気になったことは、わが家から150メートルほどのところにあった郵便ポストがなくなったことだ。わが自治会の会長に新たにポストを設置してもらえないかと先日数人で言うと、私有地でなければ設置できないとのことだ。会長は郵便局長を長年勤め上げたので、郵便ポストがなくなって地元住民が困っていることを率先して解決してくれるかと思いきや、まことに素っ気ない。筆者は阪急嵐山駅前の道路際がベストと思っているが、筆者が阪急にかけ合っても、今は自治会の何の役もしていないので、まず門前払いだろう。筆者が会長をしていた頃なら駅長などに話をしに出かけたが、ここ1,2年で急速に地元は変化を来たし、先ごろなくなった郵便ポストと嵐山郵便局との間にあったポストはもっと以前に撤去され、今は同郵便局と松尾駅近くにしかない。つまり、自治連合会の北部からは消えた。この件を見ただけでも南部に比べて北部が閑散としていことがわかる。また、郵便局の北100メートルにあったわが自治連合会内で唯一のスーパーも去年暮れにはなくなり、買物の不便が生じているが、そのために自治連合会は動き、生協の販売トラックを毎週決めた日に空き地に来てもらうことにした。そのためのチラシは自治会を通じて配布されたが、自治会のFさんに聞いたところによると、そのチラシはFさん宅近くの八百屋さんにも届き、気分を害したらしい。いくら何でも自分の商売を邪魔するようなチラシを自治連合会が率先して作成し、それを自治会を通じて地元住民に知らせることはないだろうという意見だ。それは確かにそうだろう。だが、先に書いたように、自治連合会は北部に関してはほとんど関心がなく、その北部の端っこに高齢者が経営する八百屋が1軒存在することに気づかなかったのだろう。また、北部の人間はそこで買えばいいが、南部の住民は困っているから生協に協力を仰いだということだ。筆者と家内はまだ元気であるから、梅津や嵯峨まで歩いて買物に行くことが出来るが、橋を越えて向こうの地域に行かねばスーパーがないというのは、筆者が嵐山に転居した頃に比べると、とても不便になって来ている。当時は嵐山郵便局近くに3つのスーパーがあった。それが四半世紀後にゼロになった。そして、家内は今日は梅津段町の皮膚科に薬をもらいに行ったが、お金をATMで下ろそうとすると、嵐山郵便局近くに最近まであったそれが消えていて、結局梅津で下ろしたという。筆者はつい先日そのATMを利用したが、撤去されるとの告知はなかった。自治連合会内では唯一のATMがいきなりなくなった。それでお金を下ろすのに、筆者の足で25分ほどかかる梅津の銀行まで行かねばならない。そんな馬鹿なと思うが、銀行にすればスーパーがなくなったので、ATMの利用者も減ったとの理由だろう。次になくなるのは何か。四半世紀後は人口が半減し、もはや自治会も機能していないだろう。そして、わが自治会はおそらく民家が減って観光ホテルだらけになる。今日の松尾橋からの上流の眺めの写真は、10日に梅津に買物に行く途中で撮った。上流の6号堰はすっかり撤去され、この松尾橋右岸の重機進入路も近いうちに撤去されるだろう。
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by uuuzen | 2017-04-13 18:37 | ●駅前の変化
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