●浅草にて、その3
り場が生まれ育った家の近くにあるかないかで、その日とのその後の人生がかなり左右される気がする。富士正晴の小説に、兵士として一緒に中国を歩いた仲間の話が出て来る。



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その兵士は道頓堀の赤い灯、青い灯が懐かしく、復員すればまた同地に行って遊びたいと言いながら、銃弾に倒れて死んでしまった。富士はその男の盛り場を懐かしむ様子を一種の哀れみの眼差しで記述しているが、戦争の最前線にいて、平和な時代の楽しい夜の思い出を語るのはそう悪いことではない。富士はどんなことがあっても無事に帰国することを思い、そのとおりに復員するが、戦士した仲間は富士ほどに生きることに執着がなかったかと言えば、そうとは限らない。銃弾に当たるか当たらないかは運が大きく左右する。盛り場で遊びたいと思わなかった富士が生き延び、盛り場の灯を懐かしがった者が死んでしまうのは、盛り場に対する思いとは関係がない。富士は戦後はほとんど盛り場とは縁のない生活をしたが、道頓堀界隈に富士が生まれていればどうであったろう。筆者は近鉄の高架、家内は南海のそれがすぐ近くにある場所で生まれ育ったので、自然豊かな場所に訪れたいとはさほど思わず、似た者同士だが、お互い別の配偶者を得ていたならば、また人生は違っていた可能性もある。たとえば筆者の相手が田舎育ちであれば、今頃筆者は田舎で暮らしているかもしれないし、家内にもそれは言える。そう考えると、人生はたまたまが積み重なったもので、何もかも自分の意思どおりに選んだものとは言えないところがある気がする。となると、記憶もたまたまの集積で、こうして書くこともたまたま、つまり絶対的なものではない。本人はそう思いたくても、いくつも可能性のあるひとつに過ぎず、またそのひとつをより絶対的なものにしたいと思いながら格闘し続けるのが人生でもある。
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 一昨日は昔家内と一緒に東京上野でモナリザを見た後、浅草橋の駅で降りて道に迷ったことを書いた。今気になってその駅をグーグルのストリート・ヴューで調べた。山手線ではなく、山手線の秋葉原から東へひとつの駅であることがわかった。筆者らが降り立った40年ほど前と現在とでは、その駅の高架は様子がかなり違っているかもしれず、筆者の記憶どおりの眺めはないが、かなり近いものを最初の写真として掲げておく。これは同駅の西口から西方で、筆者らは秋葉原の方面に向かって歩いたことになる。あるいは西口から東方の高架は、ストリート・ヴューではせいぜい20年ほど前に改築されたものに見えるデザインなので、東方に向かって歩いたこともあり得る。また大きな交差点の角のビルの2階にあった喫茶店はもうないはずで、またその交差点の様子も40年も経てばがらりと変貌したであろうから、これはストリート・ヴューでは探すことは無理だろう。浅草橋駅の高架沿いの道は、一昨日書いたように、大阪でもよく見られるものと変わらない。それで2枚目に大阪のそうした高架沿いの道をストリート・ヴューから適当に見つけて載せておくが、東京と大阪の違いがこの2枚の写真から如実にわかるかと言えば、おそらくそんなことはない。鉄道の高架沿いの道路はどこでも似た雰囲気だ。それで筆者は浅草橋駅沿いを歩いたことが懐かしいかと言えば、そういうこともない。ただ忘れ難い記憶として残っていて、それをたまに反芻するだけに過ぎない。また、人間は記憶を反芻することのみで生きて行くことはなく、常に目の前に新しいことが生じるから、思い出にあまり重きを置く必要はないとも言える。思い出がよいものばかりではいいが、そうでないものも多く、ならば過去に囚われずに今を楽しめばよいということになる。だが、その態度を徹底すると、過去は価値なしとして、歴史の蓄積などどうでもよいということになり、過去のとんでもない過ちを同じように繰り返す可能性が増す。人間は忘れやすい動物なので、そのためにも記憶から教訓をいつでも引き出せる用意をしておくべきだが、教訓などと言えばたいては煙たがられる。生きている者は生きる勇気として自信過剰気味を歓迎するもので、またその自信過剰の態度は過去を重視しないことと結びつきやすい。話が脱線したようだが、浅草で撮って来た写真を見ると、どれもつまらないように思え、それは浅草がつまらなかったためかと考えつつも、筆者がじんわりと感じた浅草らしい場所を全く撮っておらず、写真は筆者の行動の記録としていつも価値を持つとは限らないことを思う。
d0053294_16281983.jpg それでもせっかく撮った写真であるのでまた今日も話を続ける。花やしき前を歩いている時に雨は多少ましになった。花やしき前からの帰りに団十郎の銅像を見かけ、次に遭遇したのが今日の3枚目の銭塚地蔵だ。赤い旗の列に稲荷の社かと一瞬思わせられるもので、目立つその旗の列を撮ったはいいが、この写真ほどつまらないものはない。同じようなものはネットにたくさん載っている。ということは、誰が訪れてもこの地蔵さんの見物はこの写真の角度からの眺めであって、別段珍しいものでも何でもない。そんなことを考えながら、仲見世の方に向かい、その途中で今日の4枚目を撮った。浅草寺の五重塔のすぐ近くで、なぜこの写真を撮ったかと言えば、建物の赤茶色に注目したためだ。この色は京都の寺や神社ではあまり見かけない。京都の神社はもっと明るい朱色系で、寺の場合は着色がなく、古色を帯びた自然の色だ。関西と関東ではそのような差があるのかどうか、確実なことは知らないが、浅草寺はどの建物もこの海老茶色と言えばいいか、赤銅色と言うべきか、こってり感のある色が目立つ。その色が聖なるイメージにあまりそぐわないとは言わないが、境内のすぐ隣りに花やしきという俗な空間を抱えるこの寺とすれば、奈良や平安の都を感じさせる華やかな朱色系ではなく、寿司の桶か酒樽の塗りを連想させる濃厚な赤茶色が似合う。浅草寺の金龍山は、道頓堀の金龍ラーメンを連想させるが、そう言えば浅草寺全体がどことなく中華料理店じみた色合いを思わせ、そこが中国人観光客がどのように思うのか知りたいところだ。大阪のうどんは出汁の色が淡く、東京では醤油のように真っ黒というのはよく知られたことだが、その差が浅草寺の建物の色合いにも現われていると言っていいのではないか。
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by uuuzen | 2016-06-11 23:59 | ●新・嵐山だより


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